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黄昏郵便局

ー/ー



 はら、と軽やかに影が舞った。記録の手を止め顔を上げれば、塔の遥か上方から降る線状の光が、ゆっくりと舞い落ちる小さな洋封筒に時々遮られ、ちらちらと不規則な明滅をする。円柱状の塔の内部は一面書類棚に埋め尽くされ、唯一の明かり取りである投函口の隙間ばかりが眩い。外では陽が傾き始めているのだろう。金色の陽光が、庫内を漂う埃を、まるで美しいものかのように明るく飾り立てている。

 僕は席を立った。制帽のつばを少し押し上げ、洋封筒の行方を目で追う。小鳥か蝶かと見紛(みまご)うようなそれは、無邪気に円を描きながらふらふらと落ちてきた。執務机の脇で二三歩よろめいて、僕はようやっと封筒を両手で受け止める。

 封筒には白い鳥と、色とりどりの小さな花が描かれていた。宛名面を見るもそこは白紙。ここに届く手紙にはありがちなことだった。ついでを言うと、名を記す差出人もそうそういない。それでも一応は封筒を表裏とひっくり返して、僕は席に戻った。使い込まれたレターオープナーをペン立てから取り上げ、旧型のデスクライトが作る明かりの中、封書を開ける。

 現れたのは、どこか拙い、大きめの文字で書かれた手紙だった。冒頭には「母さんへ」と書かれていたようだが、鉛筆で塗り潰されている。消しゴムで消すことはしないのだなと思いながら続きを読んだ。どうやら弟を指すと思われる愛称が何度か登場したあと、「やっぱりわたしはたっちゃんみたいないい子にはなれません」と悔やむ調子で文章を閉じている。習い立ての漢字を並べて書かれたらしい差出人の名をそっと指で撫で、僕は便箋を封筒に仕舞った。

 続いてペンを取り、机上に開いたままのノートへと保管物の情報を記していく。今日の日付、宛先、差出人、郵便物のサイズや封筒の柄といった特徴、そして中身の概要。そのうち初めの三つと、当該情報の記録されているページ数とを、索引に転記する。その傍らスタンプ台の蓋を開け、ペンを置くのと入れ違いに判子を持って、宛名も切手もない封筒に消印を押した。

 再び席を立ち、高い天井をぐると見回す。家族に、とりわけ母親に宛てた手紙というのは多いもので、最初は手の届きやすい棚に保管場所を設けていたのだが、開局以来みるみる場所が足りなくなってしまった。今では、本来の保管場所から何段も上のほうまで侵食している。

 肩掛け鞄に封筒を収めつつ、保管場所の当たりを付ける。年代を記した棚差し札を目印にして梯子を移動させ、僕は黙々とそれを登った。決められた場所に手紙を並べて、ふと息を吐く。見上げれば、天井はまだ遠い。書類棚の所々に備えられた足場で、何台もの梯子がてんでばらばらに背を伸ばしている。

 ここは、「出せなかった手紙」の保管庫だ。僕はこの塔の番をして、「出せなかった手紙」の収集業務と、保管業務とを担っている。単に、郵便屋さんと呼ばれることもあれば、手紙の墓守、と比喩的に呼ばれることもある。正式な名などないが、二十四時間三百六十五日、僕はここで誰かの「出せなかった手紙」を待ち続ける。

 記録を遡るに、郵便制度が確立され、手紙というものが一般的になった頃から、この塔は存在している。最近では電子機器の発達により、人々はむしろ手紙から疎遠になっているようだが、それでもこうして日に何度かは「出せなかった手紙」が投函される。庫内を見回すだけでも、新しい封筒が保管された区画と、色褪せた封筒やら、はがきやらが眠っている区画とが一目瞭然だ。その色彩の変遷は、長い年月を感じさせる。

 カラ、と上から微かな物音がした。差し込む光の形が長方形に変わって、次には(かげ)る。首をもたげれば、一葉のはがきが舞い降りてくるところだった。僕は片手で梯子に掴まったまま、もう一方の手と、それから片足とを宙に放つ。一杯に腕を伸ばして、落ちてきたはがきを上手いこと掴んだ。品の良い色味で干支を描いたそれは年賀状だ。これは珍しい。添えられた手書きの文字は、「結婚おめでとう! 誰よりも幸せになってね」といかにも祝福を象っている。これを「出せなかった」理由は、何だろうか。

 はがきを鞄に仕舞い、梯子を下りる。机の際まで張り出した書類棚を避け、もうこの保管庫も一杯だなと考える。かと言って、古いものを処分する気にもなれない。休憩用のソファを諦めれば、まだ少し場所は作れるだろう。そんなことを考えながら席に着く。記録を取り、消印を押す。そうする間にも天井近くの小窓は開いて、一つ二つと手紙を送り込んでくる。僕は今度はがたつく椅子に座ったまま、それらを受け取った。

 ペンを持ちつつ、卓上の時計に目を遣る。ほとんど同時に投函された手紙を、時刻まで正確に記録してから、中身が入れ違うことのないよう一つずつ封筒を開けた。

 初めは無地のもの。収められていた便箋もまた、薄く罫線の引かれているだけの地味なものだ。宛先は女性の名になっているが、書き様を見るに差出人の祖母にあたるらしい。「子のない老後は寂しいよと、乞うてもいない助言をありがとう。寂しいか否かは私が決める。産まない自由のある世界に、私は生きたい」と語る筆跡は、やり場のない感情の発露ゆえか少し乱れてはいるが、差出人は結局この手紙を「出さなかった」。それがすべての答えのようである。彼女は祖母を見限ったのだ。伝わらぬ相手に、人は言葉を尽くして語りかけることなどしない。

 続いて、オーロラのような不思議な配色に染められた封筒。便箋の上部にも、同じ印刷がなされている。宛先には「先生」とあった。学校の恩師かと思えば、ピアノ教室の先生のようだ。「教室のあった小さな建物の前をバスで通る度、あそこにはまだ先生がいるのだろうか、と考えます。あの頃の私はピアノを続けることができず、今、何になれたという訳でもありませんが、それでもまた音楽を始めました。楽譜はもうあまり読めませんので、小曲を作ることをしています」。楽譜を読めないという人の、それでも譜面のように優美な字形の集合から、音楽が聞こえるようだった。僕は椅子に深く腰掛けて続きを読む。「ぜひ先生にも聴いていただきたいと思うものの、連絡先を存じ上げないため、こうして出せない手紙を書いています」。

 届かないと知っていながら、人は思いを綴ることがある。オーロラ色の封筒に消印を押して、僕は机の抽斗(ひきだし)から一筆箋を取り出した。いずれ月明かりへと変わる夕闇色の中、「代読」した手紙の一つひとつに、今夜も届かぬ返事を書く。誰の思いも、なかったことにされぬように。

(了)



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 はら、と軽やかに影が舞った。記録の手を止め顔を上げれば、塔の遥か上方から降る線状の光が、ゆっくりと舞い落ちる小さな洋封筒に時々遮られ、ちらちらと不規則な明滅をする。円柱状の塔の内部は一面書類棚に埋め尽くされ、唯一の明かり取りである投函口の隙間ばかりが眩い。外では陽が傾き始めているのだろう。金色の陽光が、庫内を漂う埃を、まるで美しいものかのように明るく飾り立てている。
 僕は席を立った。制帽のつばを少し押し上げ、洋封筒の行方を目で追う。小鳥か蝶かと|見紛《みまご》うようなそれは、無邪気に円を描きながらふらふらと落ちてきた。執務机の脇で二三歩よろめいて、僕はようやっと封筒を両手で受け止める。
 封筒には白い鳥と、色とりどりの小さな花が描かれていた。宛名面を見るもそこは白紙。ここに届く手紙にはありがちなことだった。ついでを言うと、名を記す差出人もそうそういない。それでも一応は封筒を表裏とひっくり返して、僕は席に戻った。使い込まれたレターオープナーをペン立てから取り上げ、旧型のデスクライトが作る明かりの中、封書を開ける。
 現れたのは、どこか拙い、大きめの文字で書かれた手紙だった。冒頭には「母さんへ」と書かれていたようだが、鉛筆で塗り潰されている。消しゴムで消すことはしないのだなと思いながら続きを読んだ。どうやら弟を指すと思われる愛称が何度か登場したあと、「やっぱりわたしはたっちゃんみたいないい子にはなれません」と悔やむ調子で文章を閉じている。習い立ての漢字を並べて書かれたらしい差出人の名をそっと指で撫で、僕は便箋を封筒に仕舞った。
 続いてペンを取り、机上に開いたままのノートへと保管物の情報を記していく。今日の日付、宛先、差出人、郵便物のサイズや封筒の柄といった特徴、そして中身の概要。そのうち初めの三つと、当該情報の記録されているページ数とを、索引に転記する。その傍らスタンプ台の蓋を開け、ペンを置くのと入れ違いに判子を持って、宛名も切手もない封筒に消印を押した。
 再び席を立ち、高い天井をぐると見回す。家族に、とりわけ母親に宛てた手紙というのは多いもので、最初は手の届きやすい棚に保管場所を設けていたのだが、開局以来みるみる場所が足りなくなってしまった。今では、本来の保管場所から何段も上のほうまで侵食している。
 肩掛け鞄に封筒を収めつつ、保管場所の当たりを付ける。年代を記した棚差し札を目印にして梯子を移動させ、僕は黙々とそれを登った。決められた場所に手紙を並べて、ふと息を吐く。見上げれば、天井はまだ遠い。書類棚の所々に備えられた足場で、何台もの梯子がてんでばらばらに背を伸ばしている。
 ここは、「出せなかった手紙」の保管庫だ。僕はこの塔の番をして、「出せなかった手紙」の収集業務と、保管業務とを担っている。単に、郵便屋さんと呼ばれることもあれば、手紙の墓守、と比喩的に呼ばれることもある。正式な名などないが、二十四時間三百六十五日、僕はここで誰かの「出せなかった手紙」を待ち続ける。
 記録を遡るに、郵便制度が確立され、手紙というものが一般的になった頃から、この塔は存在している。最近では電子機器の発達により、人々はむしろ手紙から疎遠になっているようだが、それでもこうして日に何度かは「出せなかった手紙」が投函される。庫内を見回すだけでも、新しい封筒が保管された区画と、色褪せた封筒やら、はがきやらが眠っている区画とが一目瞭然だ。その色彩の変遷は、長い年月を感じさせる。
 カラ、と上から微かな物音がした。差し込む光の形が長方形に変わって、次には|翳《かげ》る。首をもたげれば、一葉のはがきが舞い降りてくるところだった。僕は片手で梯子に掴まったまま、もう一方の手と、それから片足とを宙に放つ。一杯に腕を伸ばして、落ちてきたはがきを上手いこと掴んだ。品の良い色味で干支を描いたそれは年賀状だ。これは珍しい。添えられた手書きの文字は、「結婚おめでとう! 誰よりも幸せになってね」といかにも祝福を象っている。これを「出せなかった」理由は、何だろうか。
 はがきを鞄に仕舞い、梯子を下りる。机の際まで張り出した書類棚を避け、もうこの保管庫も一杯だなと考える。かと言って、古いものを処分する気にもなれない。休憩用のソファを諦めれば、まだ少し場所は作れるだろう。そんなことを考えながら席に着く。記録を取り、消印を押す。そうする間にも天井近くの小窓は開いて、一つ二つと手紙を送り込んでくる。僕は今度はがたつく椅子に座ったまま、それらを受け取った。
 ペンを持ちつつ、卓上の時計に目を遣る。ほとんど同時に投函された手紙を、時刻まで正確に記録してから、中身が入れ違うことのないよう一つずつ封筒を開けた。
 初めは無地のもの。収められていた便箋もまた、薄く罫線の引かれているだけの地味なものだ。宛先は女性の名になっているが、書き様を見るに差出人の祖母にあたるらしい。「子のない老後は寂しいよと、乞うてもいない助言をありがとう。寂しいか否かは私が決める。産まない自由のある世界に、私は生きたい」と語る筆跡は、やり場のない感情の発露ゆえか少し乱れてはいるが、差出人は結局この手紙を「出さなかった」。それがすべての答えのようである。彼女は祖母を見限ったのだ。伝わらぬ相手に、人は言葉を尽くして語りかけることなどしない。
 続いて、オーロラのような不思議な配色に染められた封筒。便箋の上部にも、同じ印刷がなされている。宛先には「先生」とあった。学校の恩師かと思えば、ピアノ教室の先生のようだ。「教室のあった小さな建物の前をバスで通る度、あそこにはまだ先生がいるのだろうか、と考えます。あの頃の私はピアノを続けることができず、今、何になれたという訳でもありませんが、それでもまた音楽を始めました。楽譜はもうあまり読めませんので、小曲を作ることをしています」。楽譜を読めないという人の、それでも譜面のように優美な字形の集合から、音楽が聞こえるようだった。僕は椅子に深く腰掛けて続きを読む。「ぜひ先生にも聴いていただきたいと思うものの、連絡先を存じ上げないため、こうして出せない手紙を書いています」。
 届かないと知っていながら、人は思いを綴ることがある。オーロラ色の封筒に消印を押して、僕は机の|抽斗《ひきだし》から一筆箋を取り出した。いずれ月明かりへと変わる夕闇色の中、「代読」した手紙の一つひとつに、今夜も届かぬ返事を書く。誰の思いも、なかったことにされぬように。
(了)