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#35

ー/ー



 今日決めていた予定を何とか消化し終えたシロは、色々とよくない話も聞いてしまったがそう悪くない気分でストーブに火を入れ夕飯の準備をしていた。

 女がここ数日の中で一番上機嫌だった。受肉した怪異達はどうにも享楽的で他の怪異など宛てにならないと思っていたが、たった一人であるが人間の未来の為に動こうとする同胞を見つけ意外とそんな事もないと考えを改められたからだ。柄にもなく長年調律をしていないピアノで演奏したような、絶妙に音の外れた鼻歌に興じながらすっかり萎んだ食料袋から肉を取り出し適当に火で炙って齧りつく。

 スープにしなかったのは昨夜の経験からだ。結局のところ限られた調味料で、普段料理をしない者がアドリブしてみても碌な物が出来上がらない。返ったら母親の作った地元料理や実は料理上手な河童にでも飯を教わろうと考えていると、いつになく乱暴に玄関のドアが叩かれ部屋中に重たい音が響き渡った。

 戸を開けて見下ろすと戸を叩いていた者はタローを侍らせたリオンであったが、まるで余裕の感じられない真っ青な顔をしており、シロは何事かを問う前にとにかく一人と一匹を玄関に入れ周囲を見渡し何も居ない事を確認してからドアの鍵を締めた。

「どうした?」

 聴いてから少女が過呼吸となっているのに気が付いたシロは自分様に用意していた白湯を与える。余程の事があった様子に感化され湧き上がり始めた焦燥感を抑え、少女が落ち着くのを辛抱強く待った。

 しばらくリオンの背をさすりながら珍しくリビングまで入って来た犬にもこれから食べるはずだった乾燥肉を与え、徐々に少女の呼吸が落ち着いてきたのを見計らって再度同じ内容の質問をした。

「血相かえてどうしたんだ?とうとう夜抜け出してるのがばれたのか?」

 シロはそんな程度ではないと分かっていながらも適当な言葉で茶化しながら聞くと、安楽椅子に座った少女は呆然と絶望の入り混じった目で女を見上げぽつりとつぶやいた。

「皆いなくなっちゃったの」

 ストーブの中で燃える薪の音にも負ける程の小声であったが、シロの耳はきちんと言葉を捉えていた。しかし訳が分からず返答に詰まる。

「ねえジロー、皆いなくなっちゃたの。まるで村の人間なんて最初から誰も居なかったみたいに」

 直ぐに反応が無かったがゆえに聞こえていなかったと判断した少女は、今度ははっきりと自分の見た物をシロへと発し直した。

「なんだ賑わってんじゃねーか。毎日夜遊びしてるから夢でもみてたんじゃねーか?」

 シロは顔色を悪くしながら発せられた言葉を百聞は一見に如かずと確認すべく広場までやって来た。

 近づくにつれ祭り囃子や笑い声が聞こえ出し、シロは半歩後ろの少女を振り返り見下ろしたが、その顔は未だに晴れていない。それどころか熟れる前の林檎のような顔色は先程よりも悪くなっているまであり、シロはうっすら浮かべた笑みを潜めつつ無言の少女から目を広場方面に戻し足音を潜めながらそっと近づくことにした。

 建物の影から半分だけ顔を出し様子を覗くと、影達は思った通り楽しそうを杯を打ち合わせ夜光祭りを楽しんでいるように見えたが、安心しながら近づいて影から実像へとかわった姿を見た途端シロは少女が何一つ嘘を言っていないことを痛感する。

 突如脳の奥からやって来る鈍痛と眩暈が女を襲い、無様に膝を尽かせ食べたばかりの肉片を地面へと吐き出させた。

「おや?ジローさん飲み過ぎですか?でしたらあちらに休憩所がありますんで水でも飲んでお休みください。気分がよくなったらまた顔を出してください。もう少ししたらジローさんから頂いた白熊の肉が配られますから朝まで一緒に楽しみましょう」

 甲斐甲斐しく声を掛けてくれた声は今日図書館から出てきて話しかけた男の物であったが、その姿は厚い脂肪に覆われ地面をビタビタと這いずるアザラシであった。


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 今日決めていた予定を何とか消化し終えたシロは、色々とよくない話も聞いてしまったがそう悪くない気分でストーブに火を入れ夕飯の準備をしていた。
 女がここ数日の中で一番上機嫌だった。受肉した怪異達はどうにも享楽的で他の怪異など宛てにならないと思っていたが、たった一人であるが人間の未来の為に動こうとする同胞を見つけ意外とそんな事もないと考えを改められたからだ。柄にもなく長年調律をしていないピアノで演奏したような、絶妙に音の外れた鼻歌に興じながらすっかり萎んだ食料袋から肉を取り出し適当に火で炙って齧りつく。
 スープにしなかったのは昨夜の経験からだ。結局のところ限られた調味料で、普段料理をしない者がアドリブしてみても碌な物が出来上がらない。返ったら母親の作った地元料理や実は料理上手な河童にでも飯を教わろうと考えていると、いつになく乱暴に玄関のドアが叩かれ部屋中に重たい音が響き渡った。
 戸を開けて見下ろすと戸を叩いていた者はタローを侍らせたリオンであったが、まるで余裕の感じられない真っ青な顔をしており、シロは何事かを問う前にとにかく一人と一匹を玄関に入れ周囲を見渡し何も居ない事を確認してからドアの鍵を締めた。
「どうした?」
 聴いてから少女が過呼吸となっているのに気が付いたシロは自分様に用意していた白湯を与える。余程の事があった様子に感化され湧き上がり始めた焦燥感を抑え、少女が落ち着くのを辛抱強く待った。
 しばらくリオンの背をさすりながら珍しくリビングまで入って来た犬にもこれから食べるはずだった乾燥肉を与え、徐々に少女の呼吸が落ち着いてきたのを見計らって再度同じ内容の質問をした。
「血相かえてどうしたんだ?とうとう夜抜け出してるのがばれたのか?」
 シロはそんな程度ではないと分かっていながらも適当な言葉で茶化しながら聞くと、安楽椅子に座った少女は呆然と絶望の入り混じった目で女を見上げぽつりとつぶやいた。
「皆いなくなっちゃったの」
 ストーブの中で燃える薪の音にも負ける程の小声であったが、シロの耳はきちんと言葉を捉えていた。しかし訳が分からず返答に詰まる。
「ねえジロー、皆いなくなっちゃたの。まるで村の人間なんて最初から誰も居なかったみたいに」
 直ぐに反応が無かったがゆえに聞こえていなかったと判断した少女は、今度ははっきりと自分の見た物をシロへと発し直した。
「なんだ賑わってんじゃねーか。毎日夜遊びしてるから夢でもみてたんじゃねーか?」
 シロは顔色を悪くしながら発せられた言葉を百聞は一見に如かずと確認すべく広場までやって来た。
 近づくにつれ祭り囃子や笑い声が聞こえ出し、シロは半歩後ろの少女を振り返り見下ろしたが、その顔は未だに晴れていない。それどころか熟れる前の林檎のような顔色は先程よりも悪くなっているまであり、シロはうっすら浮かべた笑みを潜めつつ無言の少女から目を広場方面に戻し足音を潜めながらそっと近づくことにした。
 建物の影から半分だけ顔を出し様子を覗くと、影達は思った通り楽しそうを杯を打ち合わせ夜光祭りを楽しんでいるように見えたが、安心しながら近づいて影から実像へとかわった姿を見た途端シロは少女が何一つ嘘を言っていないことを痛感する。
 突如脳の奥からやって来る鈍痛と眩暈が女を襲い、無様に膝を尽かせ食べたばかりの肉片を地面へと吐き出させた。
「おや?ジローさん飲み過ぎですか?でしたらあちらに休憩所がありますんで水でも飲んでお休みください。気分がよくなったらまた顔を出してください。もう少ししたらジローさんから頂いた白熊の肉が配られますから朝まで一緒に楽しみましょう」
 甲斐甲斐しく声を掛けてくれた声は今日図書館から出てきて話しかけた男の物であったが、その姿は厚い脂肪に覆われ地面をビタビタと這いずるアザラシであった。