静かに暮れる日は
ー/ー 楽しい時間、和やかな時間、そんな時間はすぐに終わってしまうように感じる。
昔、帝都のとある研究者が、「時の流れは人の意識によって変わる」としたり顔で言っていたのを、ユウは思い出していた。
(ゆったりとした時間はゆったりとは過ぎていかない、あっという間に過ぎ去ってしまう――)
ゆっくりしていたはずなのに、気づいたらコーヒーが冷めていたりして、日暮れだったりして。
でもそれは、その時々が愛おしい時間で、確かに安らいで、平穏で、静かにゆっくりと、時間が流れているように感じられていたのに。
楽しいとか、嬉しいとか、幸せだって感じる時間は早く過ぎてしまうような気がして。
(だったら、意識によって時間の流れが変わるんじゃなくて――)
ゆっくりと過ごす時間はゆっくりと流れるべきだし、早く過ぎ去ってほしい苦痛のような時間は、早く流れるべきだ。
きっと誰もがそう思うし、そう願う。
それなのに――
「ま、いっかぁ」
彼女は、窓側のテーブルに腰掛け、頬杖をついて焼き菓子を頬張る。
その傍らに自分で淹れたコーヒーをそえて。
店内に客の姿はない。
いつものことだ。
リンはカウンターの奥で菓子の仕込みをしている。
生地をこねているのだろう、よいしょよいしょ、と小さく声を掛けながら肩を上下に揺らしていた。
何気ないいつもの時間。
そんなゆったりとした時間の余韻は、窓から差し込む紅い夕日にさえぎられてしまって――
ユウはため息をついた。
「今日も一日が終わっちゃうなぁ……」
仕込みを終え、エプロンドレスのままで、カウンターにもたれかかる少女は、そのままうたた寝をしていた。
その鼻をこちょこちょしてやると、刹那くしゃみを起こして目を覚ます。
「ユーウー?」
心地よいまどろみを邪魔されて、ジト目で睨んできた。
「ふふっ」
それでも、頭をぽんぽんとして微笑んでみせる。
「もー」
ツノと髪を揺らしながら、ぷんすかとしつつも、丁度お菓子の焼き上がり時間に気付いて、窯の方へと行ってしまった。
窓から差し込む西日が段々弱くなってきて、辺りは薄暗くなり始めていた。
やがて、夜が世界を支配するから、勇者である彼女は、希望の光を灯す。
主に店内に。
太陽がでているうちは、外からの光が明るく照らしてくれるけど、夜は違う。
月や星々の光は家の中を満たせるほど強いものではない。だから人は光を灯す。
当たり前のことだけど、不思議なことだ。
夜の闇に紛れて生きてきたはずなのに、いつのまにか人は、夜の闇を恐れて、闇を追い払う火を作った。
太陽のように、全部を照らす光はつくれなかったけれど、小さな光は闇におびえる人々を安心させるには十分だったのだろう。
店内に何箇所か設置してあるランプに魔法で火をつけると、薄暗くなりかけていた店内が暖かな光で満ちる。
それは、窓から少し漏れて店の周りもちょっとだけ照らしてくれる。
二人がけのテーブルにキャンドルを置いて、今日はちょっと雰囲気のあるディナー気分を味わうことにした。
ディナーコースはシェフの気まぐれ、いつものご飯だ。
「雰囲気が違うと、いつものご飯も違う味がしてくるねぇ」
「そう?」
その言葉に首をかしげる。
雰囲気とかはまだわからないのかもしれない。
けれど、目の前の少女はいつも自分の料理を美味しそうに食べてくれるから、それだけで満足なのだが。
「ユウのごはん、いつもおいしいよ」
「ありがと」
先に食べ終わって、顎を組んだ手に乗せた。
一生懸命に、それでも美味しそうに食べる少女を眺める。
リンも、この視線には慣れっこになっていた。
ユウはいつも先に食べ終わって、ニコニコしながらリンを見つめている。
出会った時からそうだった。
初めのころはその視線がなんだかむずがゆかったのか、気になって食べる手を止めてユウを見つめ返してきたり、食べたり無いのかと思ったのか、一口分をよそってユウの口元に突きつけたり、背を向けて食べてみたり、と色々してるうちに慣れてしまったのだろう。
彼女は、いつも何をしてもニコニコと微笑んでいた。
――キャンドルの背が少し低くなって、二人は暗闇が支配する外をぼーっと眺めていた。
今日は月が高くて月光が差し込むこともないし、月の淡い光よりランプの光が勝ってしまう。
以前見た、白い獣も現れない。
ユウはコーヒーを、リンはミルクを、飲む動作が重なって、どちらともなく笑みがこぼれた。
時折風に揺れる木々の声に耳を傾ける。
虫や蛙の声がそれに重なって、静かな合唱を奏でている。
その全ての声が一瞬止まって、静寂が訪れる。
静寂に耐えかねたのか、小さくため息が溢れる。
その赤い瞳は少し眠気を帯びて、薄くなりつつあった。
ランプの火が落ちて、二人はカウンター奥の扉へと消えていった。
しばらくして、暗くなった店内に彼女だけが戻り、再び腰掛ける。
微かに入り込んだ月光がその黒い瞳を照らす。
コーヒーの湯気が、淡い光を揺らして、それを片手に彼女が外を眺めていた。
その顔は、いつもの笑顔ではなくて、どこか悲しいような、寂しいような表情を浮かべていた。
(一日があっという間だなぁ)
リンがいて、時々フーディのような客が来て――
けれど、これからの事は何にもわからない。
それは不安にもなるけれど、楽しみなことでもあった。
ふっ、笑みが溢れた。
まだ見ぬ明日に思いを馳せながら彼女は月を見上げる。
月はただ優しく彼女を包み込んだ。
光の中で、そのまましばらく佇む――
その顔は、優しい微笑みに満ち溢れていた。
昔、帝都のとある研究者が、「時の流れは人の意識によって変わる」としたり顔で言っていたのを、ユウは思い出していた。
(ゆったりとした時間はゆったりとは過ぎていかない、あっという間に過ぎ去ってしまう――)
ゆっくりしていたはずなのに、気づいたらコーヒーが冷めていたりして、日暮れだったりして。
でもそれは、その時々が愛おしい時間で、確かに安らいで、平穏で、静かにゆっくりと、時間が流れているように感じられていたのに。
楽しいとか、嬉しいとか、幸せだって感じる時間は早く過ぎてしまうような気がして。
(だったら、意識によって時間の流れが変わるんじゃなくて――)
ゆっくりと過ごす時間はゆっくりと流れるべきだし、早く過ぎ去ってほしい苦痛のような時間は、早く流れるべきだ。
きっと誰もがそう思うし、そう願う。
それなのに――
「ま、いっかぁ」
彼女は、窓側のテーブルに腰掛け、頬杖をついて焼き菓子を頬張る。
その傍らに自分で淹れたコーヒーをそえて。
店内に客の姿はない。
いつものことだ。
リンはカウンターの奥で菓子の仕込みをしている。
生地をこねているのだろう、よいしょよいしょ、と小さく声を掛けながら肩を上下に揺らしていた。
何気ないいつもの時間。
そんなゆったりとした時間の余韻は、窓から差し込む紅い夕日にさえぎられてしまって――
ユウはため息をついた。
「今日も一日が終わっちゃうなぁ……」
仕込みを終え、エプロンドレスのままで、カウンターにもたれかかる少女は、そのままうたた寝をしていた。
その鼻をこちょこちょしてやると、刹那くしゃみを起こして目を覚ます。
「ユーウー?」
心地よいまどろみを邪魔されて、ジト目で睨んできた。
「ふふっ」
それでも、頭をぽんぽんとして微笑んでみせる。
「もー」
ツノと髪を揺らしながら、ぷんすかとしつつも、丁度お菓子の焼き上がり時間に気付いて、窯の方へと行ってしまった。
窓から差し込む西日が段々弱くなってきて、辺りは薄暗くなり始めていた。
やがて、夜が世界を支配するから、勇者である彼女は、希望の光を灯す。
主に店内に。
太陽がでているうちは、外からの光が明るく照らしてくれるけど、夜は違う。
月や星々の光は家の中を満たせるほど強いものではない。だから人は光を灯す。
当たり前のことだけど、不思議なことだ。
夜の闇に紛れて生きてきたはずなのに、いつのまにか人は、夜の闇を恐れて、闇を追い払う火を作った。
太陽のように、全部を照らす光はつくれなかったけれど、小さな光は闇におびえる人々を安心させるには十分だったのだろう。
店内に何箇所か設置してあるランプに魔法で火をつけると、薄暗くなりかけていた店内が暖かな光で満ちる。
それは、窓から少し漏れて店の周りもちょっとだけ照らしてくれる。
二人がけのテーブルにキャンドルを置いて、今日はちょっと雰囲気のあるディナー気分を味わうことにした。
ディナーコースはシェフの気まぐれ、いつものご飯だ。
「雰囲気が違うと、いつものご飯も違う味がしてくるねぇ」
「そう?」
その言葉に首をかしげる。
雰囲気とかはまだわからないのかもしれない。
けれど、目の前の少女はいつも自分の料理を美味しそうに食べてくれるから、それだけで満足なのだが。
「ユウのごはん、いつもおいしいよ」
「ありがと」
先に食べ終わって、顎を組んだ手に乗せた。
一生懸命に、それでも美味しそうに食べる少女を眺める。
リンも、この視線には慣れっこになっていた。
ユウはいつも先に食べ終わって、ニコニコしながらリンを見つめている。
出会った時からそうだった。
初めのころはその視線がなんだかむずがゆかったのか、気になって食べる手を止めてユウを見つめ返してきたり、食べたり無いのかと思ったのか、一口分をよそってユウの口元に突きつけたり、背を向けて食べてみたり、と色々してるうちに慣れてしまったのだろう。
彼女は、いつも何をしてもニコニコと微笑んでいた。
――キャンドルの背が少し低くなって、二人は暗闇が支配する外をぼーっと眺めていた。
今日は月が高くて月光が差し込むこともないし、月の淡い光よりランプの光が勝ってしまう。
以前見た、白い獣も現れない。
ユウはコーヒーを、リンはミルクを、飲む動作が重なって、どちらともなく笑みがこぼれた。
時折風に揺れる木々の声に耳を傾ける。
虫や蛙の声がそれに重なって、静かな合唱を奏でている。
その全ての声が一瞬止まって、静寂が訪れる。
静寂に耐えかねたのか、小さくため息が溢れる。
その赤い瞳は少し眠気を帯びて、薄くなりつつあった。
ランプの火が落ちて、二人はカウンター奥の扉へと消えていった。
しばらくして、暗くなった店内に彼女だけが戻り、再び腰掛ける。
微かに入り込んだ月光がその黒い瞳を照らす。
コーヒーの湯気が、淡い光を揺らして、それを片手に彼女が外を眺めていた。
その顔は、いつもの笑顔ではなくて、どこか悲しいような、寂しいような表情を浮かべていた。
(一日があっという間だなぁ)
リンがいて、時々フーディのような客が来て――
けれど、これからの事は何にもわからない。
それは不安にもなるけれど、楽しみなことでもあった。
ふっ、笑みが溢れた。
まだ見ぬ明日に思いを馳せながら彼女は月を見上げる。
月はただ優しく彼女を包み込んだ。
光の中で、そのまましばらく佇む――
その顔は、優しい微笑みに満ち溢れていた。
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