かつて、勇者と、彼らと
ー/ー
ユウが、真剣な眼差しでテーブルに向かっている。
かと思うと、ふと呆けたように宙を仰いで、すぐにまた視線をおろす。
インクとコーヒーの香りがふわりと空気に溶けて、漂ってきた。
そっと、インク壺の横にフィナンシェの皿が置かれた。
「ありがとう──」
差し出してきた少女の顔を見て、彼女はふっと微笑んだ。
美少女と呼ぶべき、エプロンドレス姿の少女には、人間とは違う、角が二つぴょこりと出ている。
少女──リンは、ユウの真向かいに座って、じっと自分の様子を見つめていた。
「なぁに?」
焼きたてのお菓子の香りと、少女の静かな興味を孕んだ視線が、彼女の手を止めた。
「……何書いてるの?」
「あぁ──」
──ユウは時々日記をつける。
最近の日記はほとんどリンのことで埋まっている。
焼き菓子をうまく作れて一人ほくそ笑む少女。
劇団小道──青い烏のこと
ドアベルがやってきた時のはしゃぎ様。
普段は表情に乏しくはあるが、読み返すと実に情緒に溢れている、なんて思う。
少しページをさかのぼると、勇者として活動してきた頃のことが書いてある。
それは、良いこともあったし、そうでないこともあったけれど、今では大切な思い出──
彼女が、勇者として初めて冒険者になった頃、同じ様な年頃の冒険者も沢山いた。
一癖も二癖もあるように見えて、その実みんながみんな、純粋に立派な冒険者を志していた。
彼らは今どうしているだろうか──
「ユウ?」
少し心配そうな光を宿した赤い瞳が、ユウをまっすぐに見つめて、微かに首を傾げていた。
「昔ね、冒険者をしていたんだ」
「知ってる」
「あはは……でも、あんまり話したことなかったよね」
「うん」
微かに赤い瞳が揺れた。
興味があるのかもしれない、でも少女はそれに触れようとしたことはなかった。
今なら、少し話してもいいかもしれない。
そんな風に思って、口を開いた。
「ウォルさんっていう人がいてね──」
それはなんてことない昔話だったが、少女は目を輝かせるようにしてユウの話に聞き入っていた。
窓から差し込む光に、微かに紅が混じり始めた頃、そのお腹が、唐突に声をあげる。
「あ……」
「ふふ、夕食にしようか?」
「パスタ!」
「はいはい」
それから、夕食の間もリンはユウに昔話をせがむ。
夕食後の、普段は本を読んでいる時間でも、身体をくっつけて続きを心待ちにしている。
思わず笑ってしまった。
──いいことばかりではなかった。
けれど、こんな風にリンが喜んでくれるなら、無駄なことは何一つ、なかった。
彼女の微笑みと、少女の笑顔を月明かりが優しく包む。
森の奥で、獣たちがそっと寝息を立て始める頃、『小道』の灯りも、静かに闇に溶けた。
微かにコーヒーの香りを残して、青白い月の光だけが、店内に残った温もりを確かめるように包んだ。
──ここは、喫茶店『小道』
思い出をそっと包む優しさがそこにはある。
おすすめはコーヒー。二人の穏やかな寝息をそえて──
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インクとコーヒーの香りがふわりと空気に溶けて、漂ってきた。
そっと、インク壺の横にフィナンシェの皿が置かれた。
「ありがとう──」
差し出してきた少女の顔を見て、彼女はふっと微笑んだ。
美少女と呼ぶべき、エプロンドレス姿の少女には、人間とは違う、角が二つぴょこりと出ている。
少女──リンは、ユウの真向かいに座って、じっと自分の様子を見つめていた。
「なぁに?」
焼きたてのお菓子の香りと、少女の静かな興味を孕んだ視線が、彼女の手を止めた。
「……何書いてるの?」
「あぁ──」
──ユウは時々日記をつける。
最近の日記はほとんどリンのことで埋まっている。
焼き菓子をうまく作れて一人ほくそ笑む少女。
劇団小道──青い烏のこと
ドアベルがやってきた時のはしゃぎ様。
普段は表情に乏しくはあるが、読み返すと実に情緒に溢れている、なんて思う。
少しページをさかのぼると、勇者として活動してきた頃のことが書いてある。
それは、良いこともあったし、そうでないこともあったけれど、今では大切な思い出──
彼女が、勇者として初めて冒険者になった頃、同じ様な年頃の冒険者も沢山いた。
一癖も二癖もあるように見えて、その実みんながみんな、純粋に立派な冒険者を志していた。
彼らは今どうしているだろうか──
「ユウ?」
少し心配そうな光を宿した赤い瞳が、ユウをまっすぐに見つめて、微かに首を傾げていた。
「昔ね、冒険者をしていたんだ」
「知ってる」
「あはは……でも、あんまり話したことなかったよね」
「うん」
微かに赤い瞳が揺れた。
興味があるのかもしれない、でも少女はそれに触れようとしたことはなかった。
今なら、少し話してもいいかもしれない。
そんな風に思って、口を開いた。
「ウォルさんっていう人がいてね──」
それはなんてことない昔話だったが、少女は目を輝かせるようにしてユウの話に聞き入っていた。
窓から差し込む光に、微かに紅が混じり始めた頃、そのお腹が、唐突に声をあげる。
「あ……」
「ふふ、夕食にしようか?」
「パスタ!」
「はいはい」
それから、夕食の間もリンはユウに昔話をせがむ。
夕食後の、普段は本を読んでいる時間でも、身体をくっつけて続きを心待ちにしている。
思わず笑ってしまった。
──いいことばかりではなかった。
けれど、こんな風にリンが喜んでくれるなら、無駄なことは何一つ、なかった。
彼女の微笑みと、少女の笑顔を月明かりが優しく包む。
森の奥で、獣たちがそっと寝息を立て始める頃、『小道』の灯りも、静かに闇に溶けた。
微かにコーヒーの香りを残して、青白い月の光だけが、店内に残った温もりを確かめるように包んだ。
──ここは、喫茶店『小道』
思い出をそっと包む優しさがそこにはある。
おすすめはコーヒー。二人の穏やかな寝息をそえて──