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第12話 オレたちの失敗【前編】

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 三田村さんの隣に安藤さんが腰を下ろしたのを合図に、打ち上げという名ばかりの捜査会議が開始された。

「まず約束してくれ。ひとりで事件について調べたりせず捜査は俺たち警察に任せること。それとこれから話すことは他言しないでくれよ。わかったかい?」

 念を押す三田村さんに、オレは「約束します」としっかり顎を引いた。

「じゃあ、被害者である戸高莉帆(とだかりほ)さんが痴漢に遭った話から始めようか」

 三田村さんのごつごつした指が封じたばかりの資料を解いた。

「戸高さんは亡くなる三日前、帰宅途中に痴漢に遭ったとフジに相談をしている。男にナンパされ、強く拒絶したところ、体を触られたとね。しかし、その翌日、彼女は被害届を取り下げた」

「なぜですか?」

「痴漢は彼女の勘違いだったからだよ」

 三田村さんは資料を指でなぞる。

「実際は体を触られたのではなく、もみ合った際に肩がぶつかっただけだったんだ。彼女の方からフジに被害届を下げて欲しいと頼み、取り下げたと記録に残っている。『迷惑をかけてごめんなさい』と謝罪があった、ともね」

「そういえば、莉帆の母親も、莉帆が藤木さんに痴漢騒動でお世話になったと話していました」

 しかし、違和感が拭えなかった。痴漢騒動が莉帆の勘違いであったのなら、なぜ莉帆はオレと初めて出会ったときに警戒心剥き出しで、オレを痴漢呼ばわりしたのだろうか。

『嘘、絶対に嘘。ナンパに決まってる。今いやらしい目であたしを見てた。お巡りさん、ここに痴漢がいます!』

 そこに莉帆の叫びを聞いた気がして、オレは食い下がる。

「莉帆が嘘をついて被害届を取り下げた可能性はありませんか?」

「何だって?」

「もしくは藤木さんか、痴漢本人が莉帆に被害届を取り下げるように指示をした可能性も考えられます。だって、彼女は一度、被害届を出したんですよ。それって、相当怖い思いをしたからですよね。莉帆が痴漢に遇ったのは勘違いなんかじゃなくて、真実だったとは考えられませんか?」

 三田村さんが不愉快そうに顔を歪ませたが、次から次へと湧き起こる疑問にオレの口は休まらない。

「莉帆は通り魔に追われて命を落としたのではなく、痴漢に殺された可能性もあるんじゃないですか? 痴漢と通り魔事件、この二つの事件はどこかで繋がっていませんか?」

 そうだ。この二つの事件が繋がっているからこそ、莉帆はオレを痴漢だと警戒したのだ。

 事件の真相に近づきつつあると確信したオレは興奮でひそかに打ち震えた。今ならこの取調室で事件を解決できる自信がある。

「さっき、(まこと)君は通り魔事件がフジの仕業ではないかと気にしていたよね?」

 三田村さんはオレの追求にじっと耳を傾けたあとで口火を切った。

「それじゃあ、聞くけど。もし、フジが通り魔だったとしたら、痴漢事案とはどういう関わりがあるというんだい?」

「それは」

「まさかキミは痴漢と通り魔が同一人物であり、それがフジの犯行だとでも思っているのかい?」

 そう言われて返す言葉を失った。

 三田村さんの静かな声は、オレの自信を失わせ、藤木さんに抱いた疑惑をあっさり揺らがせる力を持っていたからだ。

 これが刑事と取調室の魔力なのだろう。今なら完落ちする容疑者の気持ちが痛いほどよくわかる。

「俺とフジは十年以上の付き合いだから、あいつがどういう人間かよく知っている」

「でも」

 言うか言わないか躊躇(ためら)われたが、オレには事件の真相を知る義務があるのだ、と自らを奮い立たせ、三田村さんの厳しい眼光を睨み返した。

「藤木さんは別れ際、オレに言いました。『三田村に気をつけろ』と」

「あいつがそんなことを?」

「藤木さんには三田村さんの知らない一面があるんじゃないですか? だから、姿を消してしまった」

「キミはどうしてもフジを悪者にしたいみたいだね」

「オレだって藤木さんを疑いたくありませんよ。でも昨日、『大ちゃんのことを全部許す』と言った莉帆の言葉が、ずっと引っかかっているんです。これは藤木さんが莉帆に対して何か許されないことをした。という意味にはなりませんか?」

「ちょっと待ってくれ」

 三田村さんの手のひらがオレの鼻先に向けられた。
 
「昨日、被害者に言われたって、どういうことだい?」

 しまった!

 こぞって餌に群がる蟻のように、三田村さんの眉間にシワが集結していくのを見て、オレは慌てて笑顔を作る。

「ゆ、ゆ、ゆ、夢の話です! 昨日の夢に莉帆が出てきて、そう言ったから!!」

「あ、そういうこと」あっさり信じてくれたようだった。

 よほど物分かりがいいのか、もしくは騙されるほど人がいいのか。

 今までオレに余すことなく注いでいた不信感もどこへやら、三田村さんからも笑みがこぼれているから、ひとまず安心してよさそうだ。

「俺が真君のおじいさんの死と、通り魔事件が関連しているなんて言ったから、キミにそんな夢を見せてしまったんだろうけど」

 それから三田村さんは、藤木さんが痴漢事案と無関係であることを証明するために、莉帆が亡くなった事故について話してくれた。

「前にも話したけど、三年前と今回の通り魔事件の被害者は全員、髪の長い女性でね。特に三年前の犯行は残忍で」

 確か三年前の事件は、被害者を執拗に追いかけ回し、転倒したところを馬乗りになって、彼女たちの長い髪をナイフで切り落とすというものだった。

「莉帆もロングヘアでしたね」

 莉帆の顔が頭をよぎる。まだ血まみれの不成仏霊だったときの姿だ。事故の衝撃で髪がひどく乱れていたが、長さがバラバラであるとか、短いとかいった印象は受けなかった。

 そんな違和感に応えるように三田村さんは説明する。

「戸高さんは髪を切られる前に通り魔から逃げ出したんだよ。その直後、通りがかった車に撥ねられてしまった」

「莉帆が通り魔に追いかけられたとわかったのは、目撃者がいたからですか?」

「いや、目撃者はいなかったんだ。あったのは本人の証言だよ」

「莉帆の?」

 三田村さんの話によると、事故の衝突音に驚いた近所の人が現場に駆け付けたとき、莉帆はまだ生きていたらしい。

『通り魔に追いかけられ、車道に飛び出してしまったの』

  息も絶え絶え第一発見者にそう話したと言う。

「切羽詰まった状況だ。もし、痴漢に襲われたのだったら、『痴漢に追いかけられた』。そう証言するはずだろ」

「莉帆は通り魔の正体や特徴について喋りませんでしたか?」

「そこまでは話せなかったよ。それが彼女の最期の言葉になってしまったから」

 三田村さんは肩を落とし残念そうに首を振った。

「お願いがあります」

 机に両手をついて、オレは頭を下げた。

「その第一発見者に、莉帆が瞬きをしたかどうかを確認してもらえませんか。彼女、嘘を吐くときにパチパチと瞬きを重ねる癖があるんですよ。昨日も通り魔事件について思い出せることはないか、と訊ねたら」

『思い出せること? そう言えば……五、六十代のおじさんを見たわ。白髪混じりの少し長めの髪で、目鼻立ちがはっきりとした、右眉の下にホクロがあるおじさん』
 
「そう言って莉帆は瞬きを繰り返したんですよ」

 顔を上げると三田村さんと安藤さんの驚いた表情が迫ったが、このときのオレの脳は事故の目撃者捜しに余念がなく、自分の犯した失態に気がつかなかった。


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次のエピソードへ進む 第13話 オレたちの失敗【後編】


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 三田村さんの隣に安藤さんが腰を下ろしたのを合図に、打ち上げという名ばかりの捜査会議が開始された。
「まず約束してくれ。ひとりで事件について調べたりせず捜査は俺たち警察に任せること。それとこれから話すことは他言しないでくれよ。わかったかい?」
 念を押す三田村さんに、オレは「約束します」としっかり顎を引いた。
「じゃあ、被害者である|戸高莉帆《とだかりほ》さんが痴漢に遭った話から始めようか」
 三田村さんのごつごつした指が封じたばかりの資料を解いた。
「戸高さんは亡くなる三日前、帰宅途中に痴漢に遭ったとフジに相談をしている。男にナンパされ、強く拒絶したところ、体を触られたとね。しかし、その翌日、彼女は被害届を取り下げた」
「なぜですか?」
「痴漢は彼女の勘違いだったからだよ」
 三田村さんは資料を指でなぞる。
「実際は体を触られたのではなく、もみ合った際に肩がぶつかっただけだったんだ。彼女の方からフジに被害届を下げて欲しいと頼み、取り下げたと記録に残っている。『迷惑をかけてごめんなさい』と謝罪があった、ともね」
「そういえば、莉帆の母親も、莉帆が藤木さんに痴漢騒動でお世話になったと話していました」
 しかし、違和感が拭えなかった。痴漢騒動が莉帆の勘違いであったのなら、なぜ莉帆はオレと初めて出会ったときに警戒心剥き出しで、オレを痴漢呼ばわりしたのだろうか。
『嘘、絶対に嘘。ナンパに決まってる。今いやらしい目であたしを見てた。お巡りさん、ここに痴漢がいます!』
 そこに莉帆の叫びを聞いた気がして、オレは食い下がる。
「莉帆が嘘をついて被害届を取り下げた可能性はありませんか?」
「何だって?」
「もしくは藤木さんか、痴漢本人が莉帆に被害届を取り下げるように指示をした可能性も考えられます。だって、彼女は一度、被害届を出したんですよ。それって、相当怖い思いをしたからですよね。莉帆が痴漢に遇ったのは勘違いなんかじゃなくて、真実だったとは考えられませんか?」
 三田村さんが不愉快そうに顔を歪ませたが、次から次へと湧き起こる疑問にオレの口は休まらない。
「莉帆は通り魔に追われて命を落としたのではなく、痴漢に殺された可能性もあるんじゃないですか? 痴漢と通り魔事件、この二つの事件はどこかで繋がっていませんか?」
 そうだ。この二つの事件が繋がっているからこそ、莉帆はオレを痴漢だと警戒したのだ。
 事件の真相に近づきつつあると確信したオレは興奮でひそかに打ち震えた。今ならこの取調室で事件を解決できる自信がある。
「さっき、|真《まこと》君は通り魔事件がフジの仕業ではないかと気にしていたよね?」
 三田村さんはオレの追求にじっと耳を傾けたあとで口火を切った。
「それじゃあ、聞くけど。もし、フジが通り魔だったとしたら、痴漢事案とはどういう関わりがあるというんだい?」
「それは」
「まさかキミは痴漢と通り魔が同一人物であり、それがフジの犯行だとでも思っているのかい?」
 そう言われて返す言葉を失った。
 三田村さんの静かな声は、オレの自信を失わせ、藤木さんに抱いた疑惑をあっさり揺らがせる力を持っていたからだ。
 これが刑事と取調室の魔力なのだろう。今なら完落ちする容疑者の気持ちが痛いほどよくわかる。
「俺とフジは十年以上の付き合いだから、あいつがどういう人間かよく知っている」
「でも」
 言うか言わないか|躊躇《ためら》われたが、オレには事件の真相を知る義務があるのだ、と自らを奮い立たせ、三田村さんの厳しい眼光を睨み返した。
「藤木さんは別れ際、オレに言いました。『三田村に気をつけろ』と」
「あいつがそんなことを?」
「藤木さんには三田村さんの知らない一面があるんじゃないですか? だから、姿を消してしまった」
「キミはどうしてもフジを悪者にしたいみたいだね」
「オレだって藤木さんを疑いたくありませんよ。でも昨日、『大ちゃんのことを全部許す』と言った莉帆の言葉が、ずっと引っかかっているんです。これは藤木さんが莉帆に対して何か許されないことをした。という意味にはなりませんか?」
「ちょっと待ってくれ」
 三田村さんの手のひらがオレの鼻先に向けられた。
「昨日、被害者に言われたって、どういうことだい?」
 しまった!
 こぞって餌に群がる蟻のように、三田村さんの眉間にシワが集結していくのを見て、オレは慌てて笑顔を作る。
「ゆ、ゆ、ゆ、夢の話です! 昨日の夢に莉帆が出てきて、そう言ったから!!」
「あ、そういうこと」あっさり信じてくれたようだった。
 よほど物分かりがいいのか、もしくは騙されるほど人がいいのか。
 今までオレに余すことなく注いでいた不信感もどこへやら、三田村さんからも笑みがこぼれているから、ひとまず安心してよさそうだ。
「俺が真君のおじいさんの死と、通り魔事件が関連しているなんて言ったから、キミにそんな夢を見せてしまったんだろうけど」
 それから三田村さんは、藤木さんが痴漢事案と無関係であることを証明するために、莉帆が亡くなった事故について話してくれた。
「前にも話したけど、三年前と今回の通り魔事件の被害者は全員、髪の長い女性でね。特に三年前の犯行は残忍で」
 確か三年前の事件は、被害者を執拗に追いかけ回し、転倒したところを馬乗りになって、彼女たちの長い髪をナイフで切り落とすというものだった。
「莉帆もロングヘアでしたね」
 莉帆の顔が頭をよぎる。まだ血まみれの不成仏霊だったときの姿だ。事故の衝撃で髪がひどく乱れていたが、長さがバラバラであるとか、短いとかいった印象は受けなかった。
 そんな違和感に応えるように三田村さんは説明する。
「戸高さんは髪を切られる前に通り魔から逃げ出したんだよ。その直後、通りがかった車に撥ねられてしまった」
「莉帆が通り魔に追いかけられたとわかったのは、目撃者がいたからですか?」
「いや、目撃者はいなかったんだ。あったのは本人の証言だよ」
「莉帆の?」
 三田村さんの話によると、事故の衝突音に驚いた近所の人が現場に駆け付けたとき、莉帆はまだ生きていたらしい。
『通り魔に追いかけられ、車道に飛び出してしまったの』
  息も絶え絶え第一発見者にそう話したと言う。
「切羽詰まった状況だ。もし、痴漢に襲われたのだったら、『痴漢に追いかけられた』。そう証言するはずだろ」
「莉帆は通り魔の正体や特徴について喋りませんでしたか?」
「そこまでは話せなかったよ。それが彼女の最期の言葉になってしまったから」
 三田村さんは肩を落とし残念そうに首を振った。
「お願いがあります」
 机に両手をついて、オレは頭を下げた。
「その第一発見者に、莉帆が瞬きをしたかどうかを確認してもらえませんか。彼女、嘘を吐くときにパチパチと瞬きを重ねる癖があるんですよ。昨日も通り魔事件について思い出せることはないか、と訊ねたら」
『思い出せること? そう言えば……五、六十代のおじさんを見たわ。白髪混じりの少し長めの髪で、目鼻立ちがはっきりとした、右眉の下にホクロがあるおじさん』
「そう言って莉帆は瞬きを繰り返したんですよ」
 顔を上げると三田村さんと安藤さんの驚いた表情が迫ったが、このときのオレの脳は事故の目撃者捜しに余念がなく、自分の犯した失態に気がつかなかった。