表示設定
表示設定
目次 目次




#32

ー/ー



「儂はなにかミスをしましたかな?何者にもばれぬまま最後まで静かに過ごすつもりじゃったのに」
「何もミスなんてしちゃいないさ。ただ俺の勘が良いだけだ。しいて言うならあっさり認めちまったくらいだな」

「これは失態。しらばっくれればよかったのう」
「嘘吐き怪異の類でないって事だけは確かみたいで安心したぜ。ああいう手合いはどうにもやりづらい。話していて頭がこんがらがってくる」

「苦労したようじゃな」
「苦労させられっぱなしだ。あいつらと来たら降参の言葉すら嘘吐きやがる。背中に目玉がいくつあっても足りやしない」

 女は嫌な顔を思い出し心底不快そうな溜息を吐き、その様子を見た老人はまた「ほっほっ」と笑った。

 司書室は八畳ほどのこじんまりとしたものだった。おそらく元々は協会だった物を改築したと思われる図書館の一室は、元は壁だったろう位置をガラスに置き換え来館者の到来を観察でき、他には机と椅子とストーブ、背の低い棚とその上に乱雑に積まれクリップでとめられた書類と写真立て、来客用だろうかシロの座る物意外に畳まれたままのパイプ椅子が二脚あるくらいで全体的に空白が目立った。

「爺さん、いや見た目が爺ってだけで中身も年寄りとは限んねーか。あんたはここに住み着いて長いのか?」
「なにまだほんの千二百年くらい、受肉してからだと精々八十年といった所じゃ。あと爺さんで結構。見た所おぬしはまだ若かろう」

「じゃあお構いなく。単刀直入に聞かせてもらう。今世界はどうなってやがんだ?」
「どうも何ももうすぐ終わる。どれ新聞を持って来てやるから読むといい」

「それは人間の間で広まっている話だろ?俺が聞きてーのは怪異の間ではどうなってて、追加で悪いがあんたはどうすんだって話だ」

 立ち上がって自室に戻ろうとしていた老人はノブに掛けた手を放し、再び自分の席へと腰を戻す。考え込みながら長い髭を撫で、足元を見つめる姿をじっと見つめる姿に質問者はじれったい気持ちにもなるが、持ち前の粘り強さで次の言葉を静かに待った。

「この村に来たのは儂の消滅が目的じゃったか。まったく天網恢恢疎にして漏らさずとは言うが、今少し目が粗くともよかろうに」
「いいや偶然だ。あとあんたが何をしようとしてんのかは知らねーが、俺は俺の生き方の障害にならねー限り怪異の掟に従い干渉しない。久峩耳の名に誓おう」

 老人は女の言葉を聞いて先ほどの質問に吹き出した冷や汗を拭い、背凭れに背中を押し付けるようにして天井を仰ぐ。そして小さく「よかった」としみじみと呟いてから呼吸を整え現状の説明を開始した。

「原初と概念怪異達はほぼ全て人間の敵に回ったと見た方がよかろうな」
「ほぼってことは味方もいるのか」

「味方ではない。人間びいきで有名じゃった原初の【色彩】【音】【創造】は中立らしい。他は誰も声をあげとらんが【正義】が賛同しとるから星落しを正しい行いだと信じとるものの方が多かろうのう。無論儂も正義が言うのであればそうなんじゃろうとは思っとる」
「それじゃあ爺さんも金星を地表に落とすのに賛成ってことか?」

「星落しには賛成じゃ。しかし、それに伴う人間の断種には反対じゃ」
「それは別々に出来る問題じゃねえだろ。星が落ちれば嫌でも環境は変わるだろうし、脆弱な人間に先はねーと思うが」

「全然違うわい。環境が変わろうとも生き延びる生物はおる。その中に儂は人間を入れたいんじゃよ」

 早口になりながら熱くなりかけた頭を冷ますように老人はコーヒーを口に含む。しかし興奮したからか流し込む所を間違え盛大に咽た。

「やれやれ、この身体にも八十年世話になったが流石にガタがきとるようじゃのう。他の陸上動物に比べればずっと長生きじゃが、そろそろ乗り換えた方がよいかもしれん」
「俺の一族は最後まで身一つだが、爺さんは乗り換えるタイプなんだな」

「ああ、最初は木じゃったがどうにも退屈でな。この辺に生きておる白熊にアザラシ、シャチやイッカクに犬なんかも一通り経験して今は人間じゃ。そして次もな」
「随分と物好きなんだな。爺さんが何を司ってるのかは分からないが、一回受肉しただけで飽きて世界を漂うやつもいるって聞くが」

「ふむ言われてみればそうじゃのう。意識しておらなんだが儂も自分の怪異性に引っ張られておるのかもしれん」
「悪い。別に正体を探る気はなかった忘れてくれ」

「なに構わんよ。なによりお前さんは先に久峩耳と自己紹介しておるのに儂はしとらんという方がマナー違反とも取れる」

 老人はそこまで言うとカップに残ったコーヒーを今度は正しく食道へと流し込み、長い髭を撫でながら自己紹介をした。

「儂は【継承】の怪異サンディ。文化や命を次の世に継ぐ怪異じゃ」


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む #33


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「儂はなにかミスをしましたかな?何者にもばれぬまま最後まで静かに過ごすつもりじゃったのに」
「何もミスなんてしちゃいないさ。ただ俺の勘が良いだけだ。しいて言うならあっさり認めちまったくらいだな」
「これは失態。しらばっくれればよかったのう」
「嘘吐き怪異の類でないって事だけは確かみたいで安心したぜ。ああいう手合いはどうにもやりづらい。話していて頭がこんがらがってくる」
「苦労したようじゃな」
「苦労させられっぱなしだ。あいつらと来たら降参の言葉すら嘘吐きやがる。背中に目玉がいくつあっても足りやしない」
 女は嫌な顔を思い出し心底不快そうな溜息を吐き、その様子を見た老人はまた「ほっほっ」と笑った。
 司書室は八畳ほどのこじんまりとしたものだった。おそらく元々は協会だった物を改築したと思われる図書館の一室は、元は壁だったろう位置をガラスに置き換え来館者の到来を観察でき、他には机と椅子とストーブ、背の低い棚とその上に乱雑に積まれクリップでとめられた書類と写真立て、来客用だろうかシロの座る物意外に畳まれたままのパイプ椅子が二脚あるくらいで全体的に空白が目立った。
「爺さん、いや見た目が爺ってだけで中身も年寄りとは限んねーか。あんたはここに住み着いて長いのか?」
「なにまだほんの千二百年くらい、受肉してからだと精々八十年といった所じゃ。あと爺さんで結構。見た所おぬしはまだ若かろう」
「じゃあお構いなく。単刀直入に聞かせてもらう。今世界はどうなってやがんだ?」
「どうも何ももうすぐ終わる。どれ新聞を持って来てやるから読むといい」
「それは人間の間で広まっている話だろ?俺が聞きてーのは怪異の間ではどうなってて、追加で悪いがあんたはどうすんだって話だ」
 立ち上がって自室に戻ろうとしていた老人はノブに掛けた手を放し、再び自分の席へと腰を戻す。考え込みながら長い髭を撫で、足元を見つめる姿をじっと見つめる姿に質問者はじれったい気持ちにもなるが、持ち前の粘り強さで次の言葉を静かに待った。
「この村に来たのは儂の消滅が目的じゃったか。まったく天網恢恢疎にして漏らさずとは言うが、今少し目が粗くともよかろうに」
「いいや偶然だ。あとあんたが何をしようとしてんのかは知らねーが、俺は俺の生き方の障害にならねー限り怪異の掟に従い干渉しない。久峩耳の名に誓おう」
 老人は女の言葉を聞いて先ほどの質問に吹き出した冷や汗を拭い、背凭れに背中を押し付けるようにして天井を仰ぐ。そして小さく「よかった」としみじみと呟いてから呼吸を整え現状の説明を開始した。
「原初と概念怪異達はほぼ全て人間の敵に回ったと見た方がよかろうな」
「ほぼってことは味方もいるのか」
「味方ではない。人間びいきで有名じゃった原初の【色彩】【音】【創造】は中立らしい。他は誰も声をあげとらんが【正義】が賛同しとるから星落しを正しい行いだと信じとるものの方が多かろうのう。無論儂も正義が言うのであればそうなんじゃろうとは思っとる」
「それじゃあ爺さんも金星を地表に落とすのに賛成ってことか?」
「星落しには賛成じゃ。しかし、それに伴う人間の断種には反対じゃ」
「それは別々に出来る問題じゃねえだろ。星が落ちれば嫌でも環境は変わるだろうし、脆弱な人間に先はねーと思うが」
「全然違うわい。環境が変わろうとも生き延びる生物はおる。その中に儂は人間を入れたいんじゃよ」
 早口になりながら熱くなりかけた頭を冷ますように老人はコーヒーを口に含む。しかし興奮したからか流し込む所を間違え盛大に咽た。
「やれやれ、この身体にも八十年世話になったが流石にガタがきとるようじゃのう。他の陸上動物に比べればずっと長生きじゃが、そろそろ乗り換えた方がよいかもしれん」
「俺の一族は最後まで身一つだが、爺さんは乗り換えるタイプなんだな」
「ああ、最初は木じゃったがどうにも退屈でな。この辺に生きておる白熊にアザラシ、シャチやイッカクに犬なんかも一通り経験して今は人間じゃ。そして次もな」
「随分と物好きなんだな。爺さんが何を司ってるのかは分からないが、一回受肉しただけで飽きて世界を漂うやつもいるって聞くが」
「ふむ言われてみればそうじゃのう。意識しておらなんだが儂も自分の怪異性に引っ張られておるのかもしれん」
「悪い。別に正体を探る気はなかった忘れてくれ」
「なに構わんよ。なによりお前さんは先に久峩耳と自己紹介しておるのに儂はしとらんという方がマナー違反とも取れる」
 老人はそこまで言うとカップに残ったコーヒーを今度は正しく食道へと流し込み、長い髭を撫でながら自己紹介をした。
「儂は【継承】の怪異サンディ。文化や命を次の世に継ぐ怪異じゃ」