“パージ・成功!周回軌道に・乗りました”
狭い操縦室の中に、マリアのアナウンスが響き渡る。
恐らく船体の後ろにある、長い部分が切り離されたんだろう。
ロケットが飛び立ってから数十分……
今、俺達がいるのは広大な宇宙空間。窓から見える景色に広がるのは果てしない闇。後方には青い地球が見える。テレビや本でしか見たことのない、宇宙から見た地球だ………俺達は、本当に宇宙に出たんだ。
“了解じゃ、第2宇宙速度航行の準備!”
マリアの報告に地球のカオスが答える。
もう、この辺は俺達じゃどうにもならない。まな板の鯉じゃないが、全て連中に任せるだけだ。
“イエス、ドクター・カオス”
マリアのアナウンスが再び流れると、再度ロケットが点火したのが感覚で解る。
今までが地球からの “旅立ち” なら、これからが月への “道中” という事になるのだろうか?よく、わかんねぇな…………
そして、俺の隣にいる唯一の同乗者はと言うと…………
「くかぁ〜〜〜」
………………寝てやがる……ってか、よく寝れるな!この状況で……
いや、解るぞ!
大体、月まで2日間くらい掛かるけど、その間やることって言ったら『食うこと』と『寝ること』くらいだからな。
操縦やメンテなんかさっき言ったようにマリア達に任せるしかないから、俺達は敵と当たるまで精々体力の温存くらいしか出来ることなんかねぇ。
だから、コイツは何も間違っちゃいない!
だとしてもだ!これが人生で過ごす最後の時間になるのかもしれないのに、この男に思うことはないんだろうか?
………………信じてるのか?
自分達の生存を……それとも、生きてる内にやれることはやったから、死んだとしても後悔はない……そこまで達観してるんだろうか?
いや、単に何も考えてないだけ……?
だとしても十分に凄いか。俺は覚悟を決めた積りでも、緊張や不安が全くおさまらねぇのに…………
凄いのか? 馬鹿なのか? 凄い馬鹿なのか??
なんにしても、俺には持ち得ない図太さをコイツは持っている。呆れりゃいいのか、尊敬すりゃいいんだか…………いや、ここは大人しく尊敬すべきなのかもしれない。
イザと言う時にオタついて何も出来なくなるより、余程いい。
俺みたいにな………………
◇◇◇
「このあと彼等は次の噴射を行い、現在は月へ向かう周回軌道上にあります。正確な位置を申しますと……え〜地球から__」
謎の空間にジークの緊張した声が響き渡る。彼の声の先に居るのは、神と魔の最高指導者。否が応でも声が緊張してしまうのは仕方ないことなのだろう……
「結構、要点だけ解ればよろしい」
「一応上手いこと月へは行けそうみたいやな。どない思うキーやん?」
「どうもこうもありませんね…………あなたの所のアシュタロスとか言う人、こうなる前に抑えられなかったのですか?」
「ああいう連中はワシとちごて、宇宙を維持していく責任がないさかいな〜」
「私達は調和のある対立を、続けなければなりません。完全な融合や一方の勝利は、宇宙のエントロピーを早めてしまいますからね。宇宙の始まりに私達と言う “陰” と “陽” が生まれた意味を説明しましたか」
「あかん、あかん!あいつらは結果なんか考えてへん!魔族の本能をとことん満たす気ぃでおるんや」
「“陰”の存在としての本能ですか……それも必要には違いないのですが……」
「バランスっちうのは難しいなぁ。ま、作戦が上手く行きよったらアシュタロスの一派は失望しておとなしゅうなるやろ。その隙に勢力を半減したるわ。残ったアシュタロスはあとで両陣営揃って小突き回したろ!」
「__もし、失敗したらハルマゲドンまで一直線ですね!結果がどうあれ、もうこの星域では二度と生命も進化もなくなるでしょう」
「勿体ないこっちゃ!ここまで生物と霊的エネルギーが進化して多様化した空間は滅多にないのにな。ま、上手く行ったら、また何ホールか回りまひょ。ブッちゃんとアッちゃんにも、あんじょう言うといて!」
「ご苦労でした。引き続き任務を遂行して下さい。小竜姫達にもよろしく」
「はっ!」
先程と同じように緊張した面持ちのジークが敬礼すると同時に、彼の体は自らの力によって一瞬で転送され、その空間から完全に姿を消した。
◇◇◇
「……地球が、あんなに小さくなっちまった…………」
俺は、窓から見える地球を見て呟く。
我ながら往生際が悪いと思う。こうなる事は、始めの段階で解っていたはずだ。それでも、窓を覗く度に逃れようのない現実が大きく伸し掛かってくる……
宇宙空間で孤立無援…………地球に戻るには、依頼を無事終わらせるしかない。
「なるようにしか、ならねぇ……まぁ、お前の気持ちも解るけどな」
俺の呟きで、心情を察したのか雪之丞が独り言のように返してきた。
やっぱりコイツは既に割り切ってる……いや、割り切ろうとしてる?
その辺を確認したかったが、確認しようとは思わなかった。
流石に野暮すぎるからな…………だから、話題を変えるように別の質問をした。
「アシュタロスの部下……一体、どんな奴なんだろうな?」
俺の質問に、こいつは前を向いたまま答える。
「お前……それ解ってて、聞いてるんだよな?奴の部下でこんな大それたこと仕出かす奴、俺は香港の “あいつ” しか思い浮かばねぇよ」
「………………」
同じ考えか…………俺は席に戻ると、あの恐ろしい “ヘビ女” の姿を思いだす。
魔族『メドーサ』………………
元々、奴の手先だった雪之丞は勿論、俺にも浅からぬ因縁がある。
竜族の皇子誘拐から始まって、GS試験、香港魔界化計画……まだ仮定の段階だが、今回は地球の滅亡とまで来てる。
始めは霊能の無いただの雑用だった俺が、ここまで関わるなんて誰が予想出来た?
今更どうこう言う気はないが、俺の巡り合わせは神懸かってるとも言えるし、呪われてるとも言える………
◇◇◇
「メドーサ!!どうした?」
「フンッ!ただのイヤガラセだよ!連中にはそれしか出来ないからね!」
「しかし、急いだ方がいいぞ。俺たちゃ失点が続いてるんだ。余り遅れると、もう後がないからな」
「言うな!!ここへ寄越された時から、それを考えたことがないと思うかい!?2度とお言いでないよ!___アンテナは微調整にもう少し時間が掛かる。なにせこの距離から特定のポイントに霊波を発信するんだ。ほんの少しズレてもアシュタロス様には届かないからね。月の連中もどうせ、地球の連中と通じてて解ってるんだろう。時間を引き延ばそうとしてるんだ」
「引き延ばす……ってことは___」
「ああ、邪魔者が他にも来るってことさ」
「…………あの女、美神令子は全く動いてないぞ」
「……アンタ、本当に見てんのかい…………!?」
「当たり前だろ!!ここ数週間、神族も魔族も接触してないし、周りを警戒する様子すらない………多分、何も知らないんじゃないか?」
「…………………………」
(…………気掛かりだね。奴等だってことの重大性は理解してる筈なのに、あの女を寄越さない……?なら、一体何を考えてるんだ?)
◇◇◇
「___と言うわけで、余り時間稼ぎにもなりませんでした……」
この音声は、ロケットの通信機じゃない。地上でジークが使ってた端末を借りてきて、迦具夜姫と交信してるところだ。
やはり、月神族では連中に歯が立たないという事らしい……
だが、それとは別に俺達は手に持った端末から投影された画像に釘付けになっていた。
「雪之丞……この女…………」
「ああ……ビンゴだな、やっぱメドーサとは直接ケリつけなきゃならないらしい」