第57話 許し
ー/ー
「朝風と夕霧のことをご存じなかったのですか?」と恵子。
「ええ、そうなの。残念だけど」と裕香。「この奥之宮は第一次防衛戦争が終結して、しばらく後に閉じられました」
「桐子さんから連絡はなかったのですか?」と恵子。
「実は、大神様の転生を知ったのは朝風の重力エンジン稼働のニュース以降のことなのです。大神様から直接のご指示を頂いたのは、三か月前のことでした。奥の宮を再開して、新しい宮を建てるようにと」と裕香。
「それは桐子さんからですか?」と恵子。
「いいえ、ゲートからのお声です」と裕香。「今日の儀式の段取りもゲートから指示を受けていました。待っていた地之宮で、あなた方が姿を現した時の感動は忘れられません」
「桐子さんに会うことができてよかったですね」とサキ。
「はい。まことに」と裕香が涙ぐんだ。「お待ちしていたかいがありました。ようやくお許しいただけたのだと」
「お許しですか?」と恵子。
「ええ。私たちは長らく、大神様のお怒りをかっていたのです」と裕香。「奥之宮が閉じられたのは、そのせいです」
「戦争が終結したためではないのですか?」と恵子。
「それは表向きの理由です」と裕香。「用がなくなったからといって閉じるお宮など聞いたことがありません」
「この奥之宮と麓の地之宮は、ゲート戦争のころに最も栄えておりました。この社の森を取り囲むように、末社や摂社の宮が並び、参拝客のための宿屋や飯屋が軒を連ねていたのです」と春。「それが突然、大神様が祭神を降りてしまわれたのです。その後しだいに衰退していきました。第一次防衛戦争の際には再びゲートに大神様が戻られたのですが、終結時にまたゲートは閉ざされました」
「そして、今回またゲートが開かれたということですか」と恵子。
「そうなのです」と裕香。
「ですが、御祭神様は何に対して怒っているのでしょうか?」とサキ。「桐子さんは何も言っていませんでしたが」
「もちろん、涙の魔術師様への無礼に対してです」と裕香。
「艦長がときどき恨み言をいっている件でしょうか?」とサキ。
「どのようなことをおっしゃっておられるのでしょうか?」と春。
「二度ここで門前払いを食わされたって、昼間も参道を歩いているときに言っていました」とサキ。
「いまでも恨んでおられるのでしょうか?」と春。
「どうでしょうか。半分冗談みたいでしたが」とサキ。
「大神様に対してでしょうか?」と春。
「ええ、姉弟げんかのときに桐子さんのことを、偽りの神めってよく罵っています」とサキ。
「ああ、やはり」と裕香が涙声をあげた。
「でも艦長は誰に対しても口が悪いですから、誰も気にしていませんよ」とサキ。
「そんなことは問題ではないのです」と裕香。「神が人との約束を違えるなど、あってはならないことなのです。私たちはそれを、わが大神様に行わせてしまったのです」
「偽りの神というのはどういう意味なのでしょうか?」と恵子。
「ゲート戦争の末期に、大神様と涙の魔術師様は冥界のどこかで出会われて、ある契約をしたそうなのです」と裕香。「その結果、涙の魔術師様は術師としての能力を失い、ゲート戦後に落ちぶれたそうなのです」
「乞食をしながらさまよったと聞きました」とサキ。
「そのとき、契約の履行のために涙の魔術師様はこの宮を訪れたのです」と裕香。「ですが当時、涙の魔術師様は冥界で笹丸と呼ばれた、人とも魔物ともつかぬ卑賤のものと噂されていました。だからこの宮の神職たちは、彼の来訪を嫌がって、知らぬ顔をしたのです。川本様がおっしゃる通り、そのときの笹丸様はひどく薄汚れた身なりをされていたそうです」
「笹丸という呼び名は初めて聞きました」と恵子。
「人間でありながら、冥界に入り込んで魔物として生活していたと伝わっています」と裕香。「どこかの術師の使い魔と思わせていたようです」
「ええ!」と冷静な恵子が驚いた声をあげた。「そんなこと、できるのですか!」
「あの方は尋常ではありません」と裕香。「わが大神様は冥界での接触でこの秘密を知り、笹丸様をここへお呼びしたのです」
「そんな事情があったのですか」と恵子。「驚きました」
「それなのに、当時の宮のものは、身なりと冥界での身分の低さから知らぬ顔をして追い返してしまったのです」と裕香。「大神様から、くれぐれも丁重におもてなしするようにと言付かっていたのに」
「何も追い返さなくても」とサキ。
「当時は、この宮の権威がとても高かったのです。ですから、神職たちが増長して、大神様の言葉さえ蔑ろにしたのです」と裕香。「それに、術師としての力を失っていた笹丸様には、大神様に直接働きかける力はありませんでした。ですから、神職たちが取り次がなくては、笹丸様には何もできなかったのです」
「それで艦長はすごすご帰って行ったのですか」と恵子。
「ええ」と裕香。
「でも、それなら神様は何も知らないままで、約束を反故したことにはならないのではないでしょうか?」と恵子。
「神様の世界でそんな言い訳は通用しません」と裕香。
「では、神職たちが笹丸の訪問を知らせなかったのに、なぜ神様は怒ったのでしょうか」と恵子。
「実はまだ話に続きがあるのです」と裕香。
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「ええ、そうなの。残念だけど」と裕香。「この奥之宮は第一次防衛戦争が終結して、しばらく後に閉じられました」
「桐子さんから連絡はなかったのですか?」と恵子。
「実は、大神様の転生を知ったのは朝風の重力エンジン稼働のニュース以降のことなのです。大神様から直接のご指示を頂いたのは、三か月前のことでした。奥の宮を再開して、新しい宮を建てるようにと」と裕香。
「それは桐子さんからですか?」と恵子。
「いいえ、ゲートからのお声です」と裕香。「今日の儀式の段取りもゲートから指示を受けていました。待っていた地之宮で、あなた方が姿を現した時の感動は忘れられません」
「桐子さんに会うことができてよかったですね」とサキ。
「はい。まことに」と裕香が涙ぐんだ。「お待ちしていたかいがありました。ようやくお許しいただけたのだと」
「お許しですか?」と恵子。
「ええ。私たちは長らく、大神様のお怒りをかっていたのです」と裕香。「奥之宮が閉じられたのは、そのせいです」
「戦争が終結したためではないのですか?」と恵子。
「それは表向きの理由です」と裕香。「用がなくなったからといって閉じるお宮など聞いたことがありません」
「この奥之宮と麓の地之宮は、ゲート戦争のころに最も栄えておりました。この|社《やしろ》の森を取り囲むように、末社や摂社の宮が並び、参拝客のための宿屋や飯屋が軒を連ねていたのです」と春。「それが突然、大神様が祭神を降りてしまわれたのです。その後しだいに衰退していきました。第一次防衛戦争の際には再びゲートに大神様が戻られたのですが、終結時にまたゲートは閉ざされました」
「そして、今回またゲートが開かれたということですか」と恵子。
「そうなのです」と裕香。
「ですが、御祭神様は何に対して怒っているのでしょうか?」とサキ。「桐子さんは何も言っていませんでしたが」
「もちろん、涙の魔術師様への無礼に対してです」と裕香。
「艦長がときどき恨み言をいっている件でしょうか?」とサキ。
「どのようなことをおっしゃっておられるのでしょうか?」と春。
「二度ここで門前払いを食わされたって、昼間も参道を歩いているときに言っていました」とサキ。
「いまでも恨んでおられるのでしょうか?」と春。
「どうでしょうか。半分冗談みたいでしたが」とサキ。
「大神様に対してでしょうか?」と春。
「ええ、姉弟げんかのときに桐子さんのことを、偽りの神めってよく罵っています」とサキ。
「ああ、やはり」と裕香が涙声をあげた。
「でも艦長は誰に対しても口が悪いですから、誰も気にしていませんよ」とサキ。
「そんなことは問題ではないのです」と裕香。「神が人との約束を違えるなど、あってはならないことなのです。私たちはそれを、わが大神様に行わせてしまったのです」
「偽りの神というのはどういう意味なのでしょうか?」と恵子。
「ゲート戦争の末期に、大神様と涙の魔術師様は冥界のどこかで出会われて、ある契約をしたそうなのです」と裕香。「その結果、涙の魔術師様は術師としての能力を失い、ゲート戦後に落ちぶれたそうなのです」
「乞食をしながらさまよったと聞きました」とサキ。
「そのとき、契約の履行のために涙の魔術師様はこの宮を訪れたのです」と裕香。「ですが当時、涙の魔術師様は冥界で笹丸と呼ばれた、人とも魔物ともつかぬ卑賤のものと噂されていました。だからこの宮の神職たちは、彼の来訪を嫌がって、知らぬ顔をしたのです。川本様がおっしゃる通り、そのときの笹丸様はひどく薄汚れた身なりをされていたそうです」
「笹丸という呼び名は初めて聞きました」と恵子。
「人間でありながら、冥界に入り込んで魔物として生活していたと伝わっています」と裕香。「どこかの術師の使い魔と思わせていたようです」
「ええ!」と冷静な恵子が驚いた声をあげた。「そんなこと、できるのですか!」
「あの方は尋常ではありません」と裕香。「わが大神様は冥界での接触でこの秘密を知り、笹丸様をここへお呼びしたのです」
「そんな事情があったのですか」と恵子。「驚きました」
「それなのに、当時の宮のものは、身なりと冥界での身分の低さから知らぬ顔をして追い返してしまったのです」と裕香。「大神様から、くれぐれも丁重におもてなしするようにと言付かっていたのに」
「何も追い返さなくても」とサキ。
「当時は、この宮の権威がとても高かったのです。ですから、神職たちが増長して、大神様の言葉さえ|蔑《ないがし》ろにしたのです」と裕香。「それに、術師としての力を失っていた笹丸様には、大神様に直接働きかける力はありませんでした。ですから、神職たちが取り次がなくては、笹丸様には何もできなかったのです」
「それで艦長はすごすご帰って行ったのですか」と恵子。
「ええ」と裕香。
「でも、それなら神様は何も知らないままで、約束を反故したことにはならないのではないでしょうか?」と恵子。
「神様の世界でそんな言い訳は通用しません」と裕香。
「では、神職たちが笹丸の訪問を知らせなかったのに、なぜ神様は怒ったのでしょうか」と恵子。
「実はまだ話に続きがあるのです」と裕香。