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7 応用編(後半)

ー/ー



 「ヒドゥン()の能力は『悪意の結紮』」

 彼はヒドゥンに視線を注いだまま、続ける。

「あなたが思い描いているような、友好的な能力ではありません」

 ヒドゥンの眼が元の状態に戻り、善夜に繋がっている鎖が見えなくなる。
 彼は得意気な笑みを浮かべ、

人間界(ここ)だったら俺の能力さえあれば好きなだけ稼げるからな」

 続いて期待を込めた目でオフィサーを見上げる。

「どうだ、少しは考え直す気に……――いててっ」

 黒い刃が彼の首にさらに食い込んだだけだった。

「おいっ! これ以上傷を広げられたら……」
「あなたもあなたです」

 オフィサーは善夜に視線を巡らせる。

「そのような些細な理由で彼を招聘するとは……」

 が、すぐに言葉を切った。
 焦燥しきった目を地面に向ける彼女には、これ以上続けても無駄だと判断したのだろう。
 オフィサーは空いた手で善夜の腕を掴んだ。

「さあ、立って下さい。公務はもうすぐ終わります」

 善夜はうな垂れたまま動かない。

「……心中はお察ししますが、こちらも代行者制度(新制度)に対する実績が必要なのです。公務さえ終わればあとはお好きに……」

「――些細なんかじゃない!!!」

 気がつくと、善夜は感情のままに叫んでいた。
 オフィサーが、僅かに眉をひそめる。不思議そうな表情。
 でも、善夜は構わず続ける。

「私にとっては…………っ……!」

 溢れる涙で視界が滲み、声が嗚咽に飲み込まれそうになりながらも。
 オフィサーを睨むように見上げ、善夜は更に声を張り上げた。

「愛されたいって願うことって……そんなにいけないことですか!?」

 こんな当たり前のことがわからないのか、こちらを見つめる彼の目は驚いたように見開かれている。
 今回ばかりは、善夜も目をそらさない。人の気持ちがわからない冷血魔人には、死ぬ前に一度、はっきりと言ってやる――
 彼女が改めて決意した、その時だった。
 ――真っ黒なアニマを身体中から大量に放出しながら、ゆっくりと。オフィサーが前のめりに倒れていったのは。

「……え……?」

 何が起こったのかわからず、ただただ善夜はその様子を呆然と眺めている。
 善夜の腕を掴んでいた手はやがて力なく離れ、彼はその場に崩れるように地に伏した。

「お、オフィサーさん……?」

 とりあえずそっと彼を揺さぶる善夜を横切り、流れ出た漆黒のアニマが吸い寄せられていった先は――ヒドゥンの切断された腕。暗緑色の傷口に収束したかと思ったら、瞬く間にガントレットごと復元させた。

「ははははははは!!!」

 大きく飛び退きながら。
 驚きと喜びの混ざった表情を張り付けたヒドゥンの笑い声が響き渡る。

「形勢逆転だ!! 美味かったぜお前の苦痛(アニマ)!!」

 続けざまに叫ぶと、彼は再生したばかりの右腕を振った。
 じゃらり、と飛び出したのは鎖の束。
 淡緑色の魔力を纏ったそれが、未だにオフィサーの傍らでおろおろする善夜に殺到する。
 ――が、その寸前で、

「――!?」

 オフィサーの腕が伸び上がってきた。善夜の後ろ頭を掴むように強引に地面に伏せさせる。頭上を強烈な風圧が通り過ぎた。直後、じゃじゃじゃじゃじゃっ! と、コンクリートの床を鎖が引っ掻いたような、不快な音が耳を刺す。
 ……鼻が痛い。
 地面直撃は免れたが、とっさに顔を庇った手に強かに打ちつけていた。
 しかし、それだけでは終わらなかった。

「――!!?」

 何が起こったのかわからないまま、善夜の頭を押さえていた手が腰に移った。視界が一回転し、暗転。続いて、がきんっ! という激しい金属音とともに吹っ飛ばされた。

「あぅっ……!?」

 身体を襲った強い衝撃を最後に、ようやく落ち着いた。
 状況把握が追いつかない。
 軽く頭を振りつつ、衝撃による身体の痛みに耐えつつ、善夜はそっと目を開く。
 視界に飛び込んできたのは白と黒――ワイシャツにネクタイ、上着。
 ここで自分がオフィサーの懐に抱き込まれていることに気付いた。

「ご、ごめんなさいっ……」

 反射的に謝り、善夜は慌てて彼から身を離し、

「……!!」

 まるで庭木に背中を打ちつけたように。力なくもたれかかっているオフィサーを見て、彼女はようやく状況を理解した。鎖の攻撃から自分を守ってくれていたことに。
 彼がこんなに衰弱している理由は未だにわからないが、このまま放っておくわけにもいかない。

「だ、大丈夫ですか……?」

 起き上がるのを手伝おうと、善夜は手を差し伸べる。

「オフィサーさ……」

 彼女が名前を呼び終わる前に。彼は、がしっ! とその腕を掴み、

「きゃっ……」

 彼女の身体ごと真横に放り投げた。

「うくっ……」

 じゃきじゃきじゃきっ! という金属が砕けるような音を聞きながら。
 善夜は勢いのままに生け垣に側面からぶつかる。葉が密集していたお陰で枝による串刺しは免れたが、頬に軽い擦り傷を負った。
 しかし、それどころではない。

「オフィサーさん!?」

 先ほどの音に嫌な予感を覚え、彼女が慌てて振り返ると――剣を地面に突き立てた彼が、フラリと立ち上がったところだった。足元には幾条もの鎖の残骸が散乱し、暗緑色のアニマに溶けつつある。
 立ち上る黒いアニマの量からして大丈夫ではなさそうだが、善夜はひとまず安堵の溜息をこぼす。

過剰摂取(オーバードーズ)……」

 彼女が次の言葉をかける前に、荒い息の下で彼が言った。

「身体への過剰なアニマの流入が引き起こす、一時的な身体の崩壊です……」

 続いて破損箇所を再生してアニマを止めると、

「……あなたのアニマの質量が、私の今の最大アニマ容量を上回るのは想定外でした」

 フラフラとした足取りで善夜と合流した。

「それって、どういう……」
「――確かにそいつのアニマは特別に良質だけどよ……」

 代わりに答えたのは、2人の前方に着地したヒドゥン。
 彼はオフィサーを嘲笑って続ける。

「アニマの大量放出1回で過剰摂取(オーバードーズ)とか……お前のアニマ容量クソザコかよ」
「たしかに容量はやや少なめですが、攻撃に当たらなければ問題ありません」
「……その言い方、なんかムカツクな」

 オフィサーの返しに一瞬不機嫌になるも、ヒドゥンは再び意地の悪い笑みを浮かべ、

「けどよ、俺の勝ちは変わらねぇ! お前にはもう反撃の能力は残ってねーんだからなぁっ!!!」

 ヒドゥンは篭手に覆われた右腕を振りかざした。
 篭手の奥から幾条もの鎖が飛び出す。淡緑色の魔力を帯びたそれが、寄り集まり束ねられていく。
 オフィサーは――変わらず善夜の傍らに立っている。
 出会った時とは打って変わった、ボロボロの姿で。

「わたしを置いて、逃げてください」

 目は伏せたまま、善夜は言った。
 彼はヒドゥンに視線を向けたまま、何も答えない。

「わたしは、このまま死にますから……」

 善夜は構わず要望を伝える。
 ヒドゥンが頭上に掲げた鎖が、とぐろを巻いた大きな蛇の姿を完成させたのは、この時だった。

「――ってことで、俺と組まなかったことを後悔して滅びろ!」

 鋭い歯の並んだ口を開けて、大きな蛇が2人に襲いかかる。

「……何もできなくて、ごめんなさい。さようなら」

 オフィサーが無事に離脱することを祈って、――善夜は座り込んだまま静かに目を閉じた。



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 「|ヒドゥン《彼》の能力は『悪意の結紮』」
 彼はヒドゥンに視線を注いだまま、続ける。
「あなたが思い描いているような、友好的な能力ではありません」
 ヒドゥンの眼が元の状態に戻り、善夜に繋がっている鎖が見えなくなる。
 彼は得意気な笑みを浮かべ、
「|人間界《ここ》だったら俺の能力さえあれば好きなだけ稼げるからな」
 続いて期待を込めた目でオフィサーを見上げる。
「どうだ、少しは考え直す気に……――いててっ」
 黒い刃が彼の首にさらに食い込んだだけだった。
「おいっ! これ以上傷を広げられたら……」
「あなたもあなたです」
 オフィサーは善夜に視線を巡らせる。
「そのような些細な理由で彼を招聘するとは……」
 が、すぐに言葉を切った。
 焦燥しきった目を地面に向ける彼女には、これ以上続けても無駄だと判断したのだろう。
 オフィサーは空いた手で善夜の腕を掴んだ。
「さあ、立って下さい。公務はもうすぐ終わります」
 善夜はうな垂れたまま動かない。
「……心中はお察ししますが、こちらも|代行者制度《新制度》に対する実績が必要なのです。公務さえ終わればあとはお好きに……」
「――些細なんかじゃない!!!」
 気がつくと、善夜は感情のままに叫んでいた。
 オフィサーが、僅かに眉をひそめる。不思議そうな表情。
 でも、善夜は構わず続ける。
「私にとっては…………っ……!」
 溢れる涙で視界が滲み、声が嗚咽に飲み込まれそうになりながらも。
 オフィサーを睨むように見上げ、善夜は更に声を張り上げた。
「愛されたいって願うことって……そんなにいけないことですか!?」
 こんな当たり前のことがわからないのか、こちらを見つめる彼の目は驚いたように見開かれている。
 今回ばかりは、善夜も目をそらさない。人の気持ちがわからない冷血魔人には、死ぬ前に一度、はっきりと言ってやる――
 彼女が改めて決意した、その時だった。
 ――真っ黒なアニマを身体中から大量に放出しながら、ゆっくりと。オフィサーが前のめりに倒れていったのは。
「……え……?」
 何が起こったのかわからず、ただただ善夜はその様子を呆然と眺めている。
 善夜の腕を掴んでいた手はやがて力なく離れ、彼はその場に崩れるように地に伏した。
「お、オフィサーさん……?」
 とりあえずそっと彼を揺さぶる善夜を横切り、流れ出た漆黒のアニマが吸い寄せられていった先は――ヒドゥンの切断された腕。暗緑色の傷口に収束したかと思ったら、瞬く間にガントレットごと復元させた。
「ははははははは!!!」
 大きく飛び退きながら。
 驚きと喜びの混ざった表情を張り付けたヒドゥンの笑い声が響き渡る。
「形勢逆転だ!! 美味かったぜお前の|苦痛《アニマ》!!」
 続けざまに叫ぶと、彼は再生したばかりの右腕を振った。
 じゃらり、と飛び出したのは鎖の束。
 淡緑色の魔力を纏ったそれが、未だにオフィサーの傍らでおろおろする善夜に殺到する。
 ――が、その寸前で、
「――!?」
 オフィサーの腕が伸び上がってきた。善夜の後ろ頭を掴むように強引に地面に伏せさせる。頭上を強烈な風圧が通り過ぎた。直後、じゃじゃじゃじゃじゃっ! と、コンクリートの床を鎖が引っ掻いたような、不快な音が耳を刺す。
 ……鼻が痛い。
 地面直撃は免れたが、とっさに顔を庇った手に強かに打ちつけていた。
 しかし、それだけでは終わらなかった。
「――!!?」
 何が起こったのかわからないまま、善夜の頭を押さえていた手が腰に移った。視界が一回転し、暗転。続いて、がきんっ! という激しい金属音とともに吹っ飛ばされた。
「あぅっ……!?」
 身体を襲った強い衝撃を最後に、ようやく落ち着いた。
 状況把握が追いつかない。
 軽く頭を振りつつ、衝撃による身体の痛みに耐えつつ、善夜はそっと目を開く。
 視界に飛び込んできたのは白と黒――ワイシャツにネクタイ、上着。
 ここで自分がオフィサーの懐に抱き込まれていることに気付いた。
「ご、ごめんなさいっ……」
 反射的に謝り、善夜は慌てて彼から身を離し、
「……!!」
 まるで庭木に背中を打ちつけたように。力なくもたれかかっているオフィサーを見て、彼女はようやく状況を理解した。鎖の攻撃から自分を守ってくれていたことに。
 彼がこんなに衰弱している理由は未だにわからないが、このまま放っておくわけにもいかない。
「だ、大丈夫ですか……?」
 起き上がるのを手伝おうと、善夜は手を差し伸べる。
「オフィサーさ……」
 彼女が名前を呼び終わる前に。彼は、がしっ! とその腕を掴み、
「きゃっ……」
 彼女の身体ごと真横に放り投げた。
「うくっ……」
 じゃきじゃきじゃきっ! という金属が砕けるような音を聞きながら。
 善夜は勢いのままに生け垣に側面からぶつかる。葉が密集していたお陰で枝による串刺しは免れたが、頬に軽い擦り傷を負った。
 しかし、それどころではない。
「オフィサーさん!?」
 先ほどの音に嫌な予感を覚え、彼女が慌てて振り返ると――剣を地面に突き立てた彼が、フラリと立ち上がったところだった。足元には幾条もの鎖の残骸が散乱し、暗緑色のアニマに溶けつつある。
 立ち上る黒いアニマの量からして大丈夫ではなさそうだが、善夜はひとまず安堵の溜息をこぼす。
「|過剰摂取《オーバードーズ》……」
 彼女が次の言葉をかける前に、荒い息の下で彼が言った。
「身体への過剰なアニマの流入が引き起こす、一時的な身体の崩壊です……」
 続いて破損箇所を再生してアニマを止めると、
「……あなたのアニマの質量が、私の今の最大アニマ容量を上回るのは想定外でした」
 フラフラとした足取りで善夜と合流した。
「それって、どういう……」
「――確かにそいつのアニマは特別に良質だけどよ……」
 代わりに答えたのは、2人の前方に着地したヒドゥン。
 彼はオフィサーを嘲笑って続ける。
「アニマの大量放出1回で|過剰摂取《オーバードーズ》とか……お前のアニマ容量クソザコかよ」
「たしかに容量はやや少なめですが、攻撃に当たらなければ問題ありません」
「……その言い方、なんかムカツクな」
 オフィサーの返しに一瞬不機嫌になるも、ヒドゥンは再び意地の悪い笑みを浮かべ、
「けどよ、俺の勝ちは変わらねぇ! お前にはもう反撃の能力は残ってねーんだからなぁっ!!!」
 ヒドゥンは篭手に覆われた右腕を振りかざした。
 篭手の奥から幾条もの鎖が飛び出す。淡緑色の魔力を帯びたそれが、寄り集まり束ねられていく。
 オフィサーは――変わらず善夜の傍らに立っている。
 出会った時とは打って変わった、ボロボロの姿で。
「わたしを置いて、逃げてください」
 目は伏せたまま、善夜は言った。
 彼はヒドゥンに視線を向けたまま、何も答えない。
「わたしは、このまま死にますから……」
 善夜は構わず要望を伝える。
 ヒドゥンが頭上に掲げた鎖が、とぐろを巻いた大きな蛇の姿を完成させたのは、この時だった。
「――ってことで、俺と組まなかったことを後悔して滅びろ!」
 鋭い歯の並んだ口を開けて、大きな蛇が2人に襲いかかる。
「……何もできなくて、ごめんなさい。さようなら」
 オフィサーが無事に離脱することを祈って、――善夜は座り込んだまま静かに目を閉じた。