7 急上昇
ー/ー 「最初から決めてたんです。願いが叶わなければ死のう、って」
極力平静を装って――それこそ彼のように淡々と。
「だから、オフィサーさんは帰ってください」
善夜はオフィサーに告げた。
これは、『お願い』だった。
今は何とか気持ちを抑えている。
しかし、これ以上彼の――飾らない言葉を聞き続けていたならば。
また感情が爆発してしまうに違いない。
「残念ながら、責務を果たさず引き上げるわけにはいきません」
「……」
ふつふつと、ドロドロとした感情が沸き上がってきた。
知ってか知らずか、オフィサーは手を差し伸べたまま「それに」と、平気で続ける。
「この件が解決すればあなたの生活も……」
「――もう疲れたの!」
善夜は目をぎゅっと閉じ、喚き声をあげた。
両手で顔を覆い、深い溜息をつく。
案の定、心の中で濁流が渦を巻き始める。
「なんでっ……なんで、助けたんですか……! やっと終われると思ったのに……」
苦悩からの解放を遠ざけられた絶望は、大きい。
「ヒドゥンをやっつけたって……何も変わりません」
こみ上げる嗚咽を抑えもせず、彼女は続ける。
感情の濁流が溢れ出るように、鈍色のアニマが身体から止めどなく流れていく。
彼が再び過剰摂取になったとしても、もう知ったことではない。
「怒らせないように、何を言われても黙って……好きになってもらえるように、頼まれたことは何でもやって……それでもだめで……」
言葉にすればするだけ自分が情けなくなり、強く閉じた目蓋の隙間から涙がこぼれ落ちる。
「……何も叶わないんだったら――このまま消えたほうがよくないですか……?」
「そうですか」
ここまで言っても。
聞こえて来たのは、いつもの相づちだった。
「従順に振る舞っても報いを得られないから消えたい。――それがあなたの意志ですか」
いつものトーンのまま、人の神経を逆撫でしてくる。
「……はい」
そんな彼に開き直って返した声は、思った以上に低かった。
「しかし」
まだ言うか。
大怪我をしてもまだ、人の心をガンガンえぐって……
「――報いを得ることが目的であれば、『従順に振る舞うこと』だけが唯一の解決策でしょうか?」
17年間の苦労まで、あっさりと否定された。
善夜の両手が、ゆっくりと顔から剥がれる。
オフィサーは、こちらを見下ろしていた。
「……じゃあ、どうすればよかったんですか……!?」
彼女の中で暴れ回る、今にも竜巻に進化しそうな黒い感情と同様に。
彼を睨みつける自分の顔は困惑と恨みと怒りで、さぞぐちゃぐちゃになっていることだろう。
憤怒——そんな感情を込めた目で誰かを見るのは初めてだ。
「さあ、どうでしょう。疑問に思ったので質問をしただけです」
「……」
睨み続ける善夜をよそに、彼も続ける。
「人間界のことはまだよくわかりませんが……おそらくここでも、善意を利用するだけの者は少なくないでしょう」
「……」
「そのような中で従順に振る舞う者が必ず報われるとは思いませんが、いかがでしょうか?」
結局、善夜は反論できなかった。
渦は徐々に収まっていき、ドロドロとした感情は静かに底に沈んでいく。
流れ出るアニマも徐々に勢いが衰えていき――止まった。
本当に、本当に悔しいけれど。
彼の言葉で、善夜の固まった表情は徐々に緩んでいった。
怒りが薄れるにつれて、別のものが頭の中に浮かんでくる。
『それ』は、まだ試したことがなかった。
「その顔は、何か思いついたようですね」
表情が自然と緩んでいたのだろうか。
オフィサーに指摘され、気まずさに両手で顔を隠す善夜。
「……でも……」
「ではこうしましょう」
善夜は、指の隙間からチラリと彼を見上げる。
目が合った。
「せっかく消える覚悟をしたのです。公務後、今思いついたことを一度お試しになってください」
彼は淡々と続ける。
「それで叶わなければ公務代行の報酬として、私があなたを消してさしあげます」
ここまで言って、オフィサーが改めて手を差し伸べる。
「いかがでしょうか?」
揺れた瞳で彼を見上げる。
真っ直ぐにこちらを見下ろす黒い瞳は、微動だにしない。
「っ……!」
善夜は、ゆっくりと右手を上げた。
そろりそろりと、慎重に伸ばしていく。
決意と不安がせめぎ合っているのが、自分でもわかる。
――が、もう決めたことである。
それに、オフィサーの手は急かすことなく待ってくれている。
だから……
がしっ、と。
善夜は彼の手を掴んで言った。
「――命令、してください」
刹那、オフィサーの身体が黒く染まり、握った手に収束していく。
善夜の腰に剣帯が装備され、右手に漆黒の剣が出現する。
そして、
「――はい捕獲~!!」
ヒドゥンの声とともに。
寮舎の上から、木々の隙間から――無数の鎖が善夜の身体を絡め取った。
「きゃあっ……!?」
両手・両足を戒められたまま。
彼女の身体は鎖に引き上げられ、ぐんぐんと上昇していく。
見上げた先に、善夜は絶句した。
曇天に溶け込むように、巨大な塊が浮かんでいる。
無数の鎖が絡み合う歪な球体。
そこへ向かって引き上げられていき――ぶつかる直前で、善夜は目を閉じた。
極力平静を装って――それこそ彼のように淡々と。
「だから、オフィサーさんは帰ってください」
善夜はオフィサーに告げた。
これは、『お願い』だった。
今は何とか気持ちを抑えている。
しかし、これ以上彼の――飾らない言葉を聞き続けていたならば。
また感情が爆発してしまうに違いない。
「残念ながら、責務を果たさず引き上げるわけにはいきません」
「……」
ふつふつと、ドロドロとした感情が沸き上がってきた。
知ってか知らずか、オフィサーは手を差し伸べたまま「それに」と、平気で続ける。
「この件が解決すればあなたの生活も……」
「――もう疲れたの!」
善夜は目をぎゅっと閉じ、喚き声をあげた。
両手で顔を覆い、深い溜息をつく。
案の定、心の中で濁流が渦を巻き始める。
「なんでっ……なんで、助けたんですか……! やっと終われると思ったのに……」
苦悩からの解放を遠ざけられた絶望は、大きい。
「ヒドゥンをやっつけたって……何も変わりません」
こみ上げる嗚咽を抑えもせず、彼女は続ける。
感情の濁流が溢れ出るように、鈍色のアニマが身体から止めどなく流れていく。
彼が再び過剰摂取になったとしても、もう知ったことではない。
「怒らせないように、何を言われても黙って……好きになってもらえるように、頼まれたことは何でもやって……それでもだめで……」
言葉にすればするだけ自分が情けなくなり、強く閉じた目蓋の隙間から涙がこぼれ落ちる。
「……何も叶わないんだったら――このまま消えたほうがよくないですか……?」
「そうですか」
ここまで言っても。
聞こえて来たのは、いつもの相づちだった。
「従順に振る舞っても報いを得られないから消えたい。――それがあなたの意志ですか」
いつものトーンのまま、人の神経を逆撫でしてくる。
「……はい」
そんな彼に開き直って返した声は、思った以上に低かった。
「しかし」
まだ言うか。
大怪我をしてもまだ、人の心をガンガンえぐって……
「――報いを得ることが目的であれば、『従順に振る舞うこと』だけが唯一の解決策でしょうか?」
17年間の苦労まで、あっさりと否定された。
善夜の両手が、ゆっくりと顔から剥がれる。
オフィサーは、こちらを見下ろしていた。
「……じゃあ、どうすればよかったんですか……!?」
彼女の中で暴れ回る、今にも竜巻に進化しそうな黒い感情と同様に。
彼を睨みつける自分の顔は困惑と恨みと怒りで、さぞぐちゃぐちゃになっていることだろう。
憤怒——そんな感情を込めた目で誰かを見るのは初めてだ。
「さあ、どうでしょう。疑問に思ったので質問をしただけです」
「……」
睨み続ける善夜をよそに、彼も続ける。
「人間界のことはまだよくわかりませんが……おそらくここでも、善意を利用するだけの者は少なくないでしょう」
「……」
「そのような中で従順に振る舞う者が必ず報われるとは思いませんが、いかがでしょうか?」
結局、善夜は反論できなかった。
渦は徐々に収まっていき、ドロドロとした感情は静かに底に沈んでいく。
流れ出るアニマも徐々に勢いが衰えていき――止まった。
本当に、本当に悔しいけれど。
彼の言葉で、善夜の固まった表情は徐々に緩んでいった。
怒りが薄れるにつれて、別のものが頭の中に浮かんでくる。
『それ』は、まだ試したことがなかった。
「その顔は、何か思いついたようですね」
表情が自然と緩んでいたのだろうか。
オフィサーに指摘され、気まずさに両手で顔を隠す善夜。
「……でも……」
「ではこうしましょう」
善夜は、指の隙間からチラリと彼を見上げる。
目が合った。
「せっかく消える覚悟をしたのです。公務後、今思いついたことを一度お試しになってください」
彼は淡々と続ける。
「それで叶わなければ公務代行の報酬として、私があなたを消してさしあげます」
ここまで言って、オフィサーが改めて手を差し伸べる。
「いかがでしょうか?」
揺れた瞳で彼を見上げる。
真っ直ぐにこちらを見下ろす黒い瞳は、微動だにしない。
「っ……!」
善夜は、ゆっくりと右手を上げた。
そろりそろりと、慎重に伸ばしていく。
決意と不安がせめぎ合っているのが、自分でもわかる。
――が、もう決めたことである。
それに、オフィサーの手は急かすことなく待ってくれている。
だから……
がしっ、と。
善夜は彼の手を掴んで言った。
「――命令、してください」
刹那、オフィサーの身体が黒く染まり、握った手に収束していく。
善夜の腰に剣帯が装備され、右手に漆黒の剣が出現する。
そして、
「――はい捕獲~!!」
ヒドゥンの声とともに。
寮舎の上から、木々の隙間から――無数の鎖が善夜の身体を絡め取った。
「きゃあっ……!?」
両手・両足を戒められたまま。
彼女の身体は鎖に引き上げられ、ぐんぐんと上昇していく。
見上げた先に、善夜は絶句した。
曇天に溶け込むように、巨大な塊が浮かんでいる。
無数の鎖が絡み合う歪な球体。
そこへ向かって引き上げられていき――ぶつかる直前で、善夜は目を閉じた。
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