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6 急変(後)

ー/ー



 「オフィサーさん……!?」

 善夜は、傍らで地に伏したオフィサーを呆然と見つめていた。
 彼の身体のあちこちが破れたように、真っ黒なアニマが立ち昇っている。

「……アニマの過剰摂取による……一時的な、身体の崩壊です……」

 地面に剣をついて、オフィサーがフラリと立ち上がる。
 ひびの入った石像が動くような、軋む音を立てて。

 未だ動けないでいる善夜の脇を、流れ出たオフィサーのアニマが通り過ぎていく。
 吸い寄せられていった先は――

「ははははははは!!! 形勢逆転だ!!」

 笑い声が降ってきた。
 善夜が見上げると、ヒドゥンが鎖の足場に立っていた。
 さっきまで半分しかなかった右腕が、完全に再生している。

「美味かったぜテメーの苦痛(アニマ)!!」

 彼の頭上で、無数の鎖が寄り集まり束ねられていく。
 鎖が絡み合い密集し、鱗のようにざらついた表面を形成する。
 巨大な蛇の頭が、こちらを見下ろしていた。

「俺を見逃さなかったことを後悔して滅びろ!!!」

 鋭い歯の並んだ口を開けて、大蛇が2人に襲いかかる。

 がっ、と。
 善夜の身体を硬く――温かい感触が覆った。
 ゴツゴツしているが、痛みはない。

 ガキンッ!!
 続いて襲ったのは衝撃。
 身をこわばらせ、善夜はきつく目を閉じた。

 ゴキリ、ゴキリ、と硬いものが壊れる音が続く。
 それでも、痛みは来ない。
 自分を包んでいるものが動いた。

 突然、暗闇に光が射した。
 まぶた越しでも感じる確かな明るさに、思わずうっすらと目を開けて――

「えっ……!?」

 善夜は目を丸くした。

 先ほどと変わらぬ園庭の真ん中で。
 鎖でできた大きな蛇が、大きな黒い塊を咥えてぐんぐんと遠ざかっていた。

 ――いや、自分が何かに運ばれているようだった。

 寮舎の壁に、石像のように固まった木々、児童たち。
 指先で色を掻き回すように、乱れた景色が流れていく。
 耳には曲がる度にトーンを変える風切り音。

 唯一変わらないものは、自分を包み込む温かさだけだった。

 ***

 解放されたのは――中高生用の寮舎の裏。
 伸び放題に枝を広げた古木の下。

「……!? ……!!?」

 壁際に追い詰められた善夜は、凍りついていた。
 腰は恐怖で抜けている。

 善夜を庇いここまで運んできたのは――左肩が大きく欠損した異形であった。

 人間のサイズを超える鉱物質の真っ黒な体躯。
 1対の黒く捻れた角を有した頭が、昔話に登場する悪鬼を思わせる。

 普段の善夜であれば、驚き大声を出すところだが。
 彼女が悲鳴を飲み込めたのは、悪鬼が装備していた剣帯と剣のお陰だった。

 不意に悪鬼の姿がさらに黒く染まった。
 シルエットが変化する。
 色が戻り――見知った公務員の姿となる。

 ただし、左腕は肩ごと失ったままだった。
 傷口は塞がっているのか、アニマは止まっている。

「っ……」

 オフィサーがフラリと膝をつく。
 善夜は急いで立ち上がり、彼の身を支える。

「大丈夫ですか……!?」
「ええ……問題ありません」

 明らかに問題はありそうだ。
 にもかかわらず、

「――では、公務の続きとまいりましょう」

 態勢を立て直したオフィサーは、善夜に手を差し伸べてくる。
 しかし、

「いいえ。しません」

 善夜は真顔で首を横に振った。



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 「オフィサーさん……!?」
 善夜は、傍らで地に伏したオフィサーを呆然と見つめていた。
 彼の身体のあちこちが破れたように、真っ黒なアニマが立ち昇っている。
「……アニマの過剰摂取による……一時的な、身体の崩壊です……」
 地面に剣をついて、オフィサーがフラリと立ち上がる。
 ひびの入った石像が動くような、軋む音を立てて。
 未だ動けないでいる善夜の脇を、流れ出たオフィサーのアニマが通り過ぎていく。
 吸い寄せられていった先は――
「ははははははは!!! 形勢逆転だ!!」
 笑い声が降ってきた。
 善夜が見上げると、ヒドゥンが鎖の足場に立っていた。
 さっきまで半分しかなかった右腕が、完全に再生している。
「美味かったぜテメーの|苦痛《アニマ》!!」
 彼の頭上で、無数の鎖が寄り集まり束ねられていく。
 鎖が絡み合い密集し、鱗のようにざらついた表面を形成する。
 巨大な蛇の頭が、こちらを見下ろしていた。
「俺を見逃さなかったことを後悔して滅びろ!!!」
 鋭い歯の並んだ口を開けて、大蛇が2人に襲いかかる。
 がっ、と。
 善夜の身体を硬く――温かい感触が覆った。
 ゴツゴツしているが、痛みはない。
 ガキンッ!!
 続いて襲ったのは衝撃。
 身をこわばらせ、善夜はきつく目を閉じた。
 ゴキリ、ゴキリ、と硬いものが壊れる音が続く。
 それでも、痛みは来ない。
 自分を包んでいるものが動いた。
 突然、暗闇に光が射した。
 まぶた越しでも感じる確かな明るさに、思わずうっすらと目を開けて――
「えっ……!?」
 善夜は目を丸くした。
 先ほどと変わらぬ園庭の真ん中で。
 鎖でできた大きな蛇が、大きな黒い塊を咥えてぐんぐんと遠ざかっていた。
 ――いや、自分が何かに運ばれているようだった。
 寮舎の壁に、石像のように固まった木々、児童たち。
 指先で色を掻き回すように、乱れた景色が流れていく。
 耳には曲がる度にトーンを変える風切り音。
 唯一変わらないものは、自分を包み込む温かさだけだった。
 ***
 解放されたのは――中高生用の寮舎の裏。
 伸び放題に枝を広げた古木の下。
「……!? ……!!?」
 壁際に追い詰められた善夜は、凍りついていた。
 腰は恐怖で抜けている。
 善夜を庇いここまで運んできたのは――左肩が大きく欠損した異形であった。
 人間のサイズを超える鉱物質の真っ黒な体躯。
 1対の黒く捻れた角を有した頭が、昔話に登場する悪鬼を思わせる。
 普段の善夜であれば、驚き大声を出すところだが。
 彼女が悲鳴を飲み込めたのは、悪鬼が装備していた剣帯と剣のお陰だった。
 不意に悪鬼の姿がさらに黒く染まった。
 シルエットが変化する。
 色が戻り――見知った公務員の姿となる。
 ただし、左腕は肩ごと失ったままだった。
 傷口は塞がっているのか、アニマは止まっている。
「っ……」
 オフィサーがフラリと膝をつく。
 善夜は急いで立ち上がり、彼の身を支える。
「大丈夫ですか……!?」
「ええ……問題ありません」
 明らかに問題はありそうだ。
 にもかかわらず、
「――では、公務の続きとまいりましょう」
 態勢を立て直したオフィサーは、善夜に手を差し伸べてくる。
 しかし、
「いいえ。しません」
 善夜は真顔で首を横に振った。