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オフィス機器

ー/ー



 事業所の立ち上げが終わった翌日、事務担当が額を押さえてうめくように言った。



「しまった……シュレッダーの手配、完全に忘れてた……」



 それを聞いた別の社員が慌ててネットで検索し始める。



「シュレッダーの業者か……っと。えーっと、エリシア商事……?こんな会社あったっけ?」



 画面には、どこか怪しげなデザインのサイトが表示されている。「迅速対応!あらゆる書類を完全粉砕!」の派手なキャッチコピーが目立つ。



「レビューとか載ってますね……『速い』『確実』『なんか派手』『二度と頼みたくない』……?」



「なんだよその最後のやつ……」

 一抹の不安を抱えながらも、他に時間がなく、ひとまず依頼することになった。



 ——プルルルル、ガチャ



「お電話ありがとうございますわ。エリシア商事でございます」



「あ、こちら事務所なんですが、シュレッダーのレンタルをお願いしたくて……」



「かしこまりましたわ!どのような用途でお使いですの?」



「えっと、A3サイズ対応で、厚紙やラミネートフィルムなんかも処理できると助かるんですけど」



「まぁ、素晴らしい選択ですわ!もちろん、対応しておりますわよ!」




 スムーズすぎる対応に少し不安を感じつつも、さらに確認を続ける。



「じゃあ、1台お願いしたいんですが、設置場所には何も置かない方がいいんですよね?」



「ええ、そうですわ!作業スペースを確保してくださいませ。」



「やっぱりコンセントも?」
「コンセント?まあ一応……」



 最後の部分が気になったが、特に深追いせずに電話を切った。



「……なんだか変な対応だったな」

「まぁ、対応してるって言ってたし、大丈夫じゃないですか?」



 気にしないようにと自分に言い聞かせつつ、設置場所を片付け、コンセントを空けて準備を整えた。


 
 ——事務所にプロボックスが横付けされる。



 エリシアがプロボックスから降りてきた時点で、妙に場違いな雰囲気を醸し出していた。



「どうも〜、設置前の現場確認に伺いましたわ」

「え、わざわざどうも……」



 事務所の担当者は少し戸惑いながらも、エリシアをオフィス内に案内することにした。



「こちらがオフィスになります。普通の事務所ですが……」



「ふむ、なかなか綺麗に整頓されてますわねぇ」



 エリシアは壁や床、机の配置を目でざっと見渡しながら歩いている。



「ちなみに、トイレはどこにありますの?」



「え?あ、トイレですか……突き当たりを右に曲がったところにあります」



 言われた方向をチラリと一瞥しただけで、それ以上は近づかない。



(……え、使わないのか?)



「それから、給湯室はどちら?」



「え、給湯室……ですか?それ、シュレッダーの設置に関係あるんですか?」



「まぁ、一応確認しておきたいですの」



 その回答にやや不信感を抱きつつも、仕方なく給湯室まで案内する。



「こちらが給湯室です。……まあ普通にお茶とかコーヒーとか、あとお菓子なんかも置いてますけど」



「なるほど、なるほど。なかなか充実してますわね」



 エリシアはまるで家の内見でもするかのように、棚の中や冷蔵庫の扉まで開けてチェックしている。



(なんだこの人……?これ本当にシュレッダーの設置確認か?)



「とりあえずシュレッダーが来るまで、この専用ボックスに書類を入れておいてくださいましね〜」



 エリシアはプロボックスの後部から、何やら大きめの木製の箱を持ってきた。



「はぁ……これに入れればいいんですね」



 担当者は戸惑いながらも、エリシアが指差した箱に目をやる。

 見るからに手作り感のある箱だ。



 数日後、事務所は異様な雰囲気に包まれていた。



 ——ザワザワ……
 ——ヒソヒソ……



 職員たちが怪訝な顔をしながらシュレッダーのはずだった場所に目を向けている。



「……ねえ、何あれ?」

「もしかして……これがシュレッダー?」

「いやいや、シュレッダーって普通機械でしょ?」



 そこにいたのは、全身に覆面をした筋肉隆々の男。



 彼の全身の筋肉がまるで波打つように蠢きながら、目の前の山積みの書類に向かって黙々と作業をしていた。



「ふんぬ……んん〜!!」



 ——バリバリィ!



 分厚い書類の束を一気に握りつぶすと、そのまま綺麗に二つに裂いて次々と裁いていく。



「なんだあれ……」

「見たことないタイプのシュレッダーだ……」

「いや、あれ人間だろ!?」



 まあ、紙を破るまではいい。仕方ない。目をつぶろう。



 だが――。



「……請負工事費……47万で4人工で1ヶ月か……えらい安いなぁ!」



 覆面の男が、破る書類をいちいち読み上げている。
 それも、無駄に抑揚をつけた渋い声で。



 職員たちはそのたびにピクリと反応する。



「ちょ、なに読んでんの!?」
「え、それ機密書類だよね!?」



 覆面男はまるで聞こえていないかのように黙々と作業を続ける。



 ——バリバリィ!
 ——ペラ……ゴシゴシ……



「……はぁ、出張交通費未精算、6,800円……あぁ、かわいそうに」



「えっ、それ俺の申請書じゃないか!?」



 覆面男がまた何かを読み上げ始めた。



「……部長のハゲ……まじ消えろ……」



 一瞬、事務所全体が静まり返る。
 そして、次の瞬間――



「うわあああああああ!」



 スタッフの一人が顔を真っ赤にしながら覆面男に飛びかかった。



「やめてぇ!読まないでぇ!」



 覆面男はまったく動じることなく、手にした紙を持ち上げたままのポーズで静かに言った。



「いや、これ……お前の手帳から出てきたぞ」



「ぎゃあああああ!」



 スタッフは半泣きになりながら必死に紙を奪い返す。


 そして昼休憩の時間。



 社員たちはそれぞれの机で弁当やカップ麺を広げ、静かに食事を取っている。



 だが、事務所の一角から妙な鼻歌が響いていた。



「悔しいけれど〜♪お前に夢中〜♪ギャランドゥー♪」



 声の主は、例の覆面男だ。



 給湯室の奥に陣取って、カップ焼きそばに湯を注ぎながらノリノリで歌っている。



 ——ザワザワ。



「……社員じゃねえよな?」

「いや、聞いた話だと派遣でもないらしいぞ」



「じゃあ嘱託か?」

「いや、違う違う。アレは……シュレッダーだって」



 一同、沈黙。



「シュレッダー……?」

「いやいや、シュレッダーって……物じゃないのかよ」



 給湯室からさらに響く覆面男の声。



「お湯を注いで3分かぁ!待つ時間も幸せだなぁ!」



「こっち来ないでくれよ……」
「静かにしてくれ……」



 事務担当は、覆面男の存在が気になって仕方なかった。



「エリシア商事……本当にあんなやつをレンタルできるのか?」



 自分のデスクに戻ると、こっそりエリシア商事のウェブサイトを検索する。



 ——カタカタ、ッタン



「……これか?」



 画面に映ったのはシンプルなデザインのサイト。目立つ見出しにはこう書かれていた。



「シュレッダーレンタル!」

「……マジかよ……」



 さらにスクロールしてみると、小さな字で説明文が書かれていた。



「電源不要!あらゆるサイズ・種類の紙を迅速に裁断!環境に優しい手動式シュレッダーです!」



 事務担当はその「電源不要」の一文に目を奪われた。



「……手動って、あいつのことかよ……」



 隅に掲載された写真には、筋骨隆々の覆面男が、笑顔で紙を破りながらピースサインをしている。



「……なんだこれ、なんだこれ……」



 事務担当は頭を抱えつつも、覆面男がこれ以上何かしでかさないことを祈るしかなかった。




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 事業所の立ち上げが終わった翌日、事務担当が額を押さえてうめくように言った。
「しまった……シュレッダーの手配、完全に忘れてた……」
 それを聞いた別の社員が慌ててネットで検索し始める。
「シュレッダーの業者か……っと。えーっと、エリシア商事……?こんな会社あったっけ?」
 画面には、どこか怪しげなデザインのサイトが表示されている。「迅速対応!あらゆる書類を完全粉砕!」の派手なキャッチコピーが目立つ。
「レビューとか載ってますね……『速い』『確実』『なんか派手』『二度と頼みたくない』……?」
「なんだよその最後のやつ……」
 一抹の不安を抱えながらも、他に時間がなく、ひとまず依頼することになった。
 ——プルルルル、ガチャ
「お電話ありがとうございますわ。エリシア商事でございます」
「あ、こちら事務所なんですが、シュレッダーのレンタルをお願いしたくて……」
「かしこまりましたわ!どのような用途でお使いですの?」
「えっと、A3サイズ対応で、厚紙やラミネートフィルムなんかも処理できると助かるんですけど」
「まぁ、素晴らしい選択ですわ!もちろん、対応しておりますわよ!」
 スムーズすぎる対応に少し不安を感じつつも、さらに確認を続ける。
「じゃあ、1台お願いしたいんですが、設置場所には何も置かない方がいいんですよね?」
「ええ、そうですわ!作業スペースを確保してくださいませ。」
「やっぱりコンセントも?」
「コンセント?まあ一応……」
 最後の部分が気になったが、特に深追いせずに電話を切った。
「……なんだか変な対応だったな」
「まぁ、対応してるって言ってたし、大丈夫じゃないですか?」
 気にしないようにと自分に言い聞かせつつ、設置場所を片付け、コンセントを空けて準備を整えた。
 ——事務所にプロボックスが横付けされる。
 エリシアがプロボックスから降りてきた時点で、妙に場違いな雰囲気を醸し出していた。
「どうも〜、設置前の現場確認に伺いましたわ」
「え、わざわざどうも……」
 事務所の担当者は少し戸惑いながらも、エリシアをオフィス内に案内することにした。
「こちらがオフィスになります。普通の事務所ですが……」
「ふむ、なかなか綺麗に整頓されてますわねぇ」
 エリシアは壁や床、机の配置を目でざっと見渡しながら歩いている。
「ちなみに、トイレはどこにありますの?」
「え?あ、トイレですか……突き当たりを右に曲がったところにあります」
 言われた方向をチラリと一瞥しただけで、それ以上は近づかない。
(……え、使わないのか?)
「それから、給湯室はどちら?」
「え、給湯室……ですか?それ、シュレッダーの設置に関係あるんですか?」
「まぁ、一応確認しておきたいですの」
 その回答にやや不信感を抱きつつも、仕方なく給湯室まで案内する。
「こちらが給湯室です。……まあ普通にお茶とかコーヒーとか、あとお菓子なんかも置いてますけど」
「なるほど、なるほど。なかなか充実してますわね」
 エリシアはまるで家の内見でもするかのように、棚の中や冷蔵庫の扉まで開けてチェックしている。
(なんだこの人……?これ本当にシュレッダーの設置確認か?)
「とりあえずシュレッダーが来るまで、この専用ボックスに書類を入れておいてくださいましね〜」
 エリシアはプロボックスの後部から、何やら大きめの木製の箱を持ってきた。
「はぁ……これに入れればいいんですね」
 担当者は戸惑いながらも、エリシアが指差した箱に目をやる。
 見るからに手作り感のある箱だ。
 数日後、事務所は異様な雰囲気に包まれていた。
 ——ザワザワ……
 ——ヒソヒソ……
 職員たちが怪訝な顔をしながらシュレッダーのはずだった場所に目を向けている。
「……ねえ、何あれ?」
「もしかして……これがシュレッダー?」
「いやいや、シュレッダーって普通機械でしょ?」
 そこにいたのは、全身に覆面をした筋肉隆々の男。
 彼の全身の筋肉がまるで波打つように蠢きながら、目の前の山積みの書類に向かって黙々と作業をしていた。
「ふんぬ……んん〜!!」
 ——バリバリィ!
 分厚い書類の束を一気に握りつぶすと、そのまま綺麗に二つに裂いて次々と裁いていく。
「なんだあれ……」
「見たことないタイプのシュレッダーだ……」
「いや、あれ人間だろ!?」
 まあ、紙を破るまではいい。仕方ない。目をつぶろう。
 だが――。
「……請負工事費……47万で4人工で1ヶ月か……えらい安いなぁ!」
 覆面の男が、破る書類をいちいち読み上げている。
 それも、無駄に抑揚をつけた渋い声で。
 職員たちはそのたびにピクリと反応する。
「ちょ、なに読んでんの!?」
「え、それ機密書類だよね!?」
 覆面男はまるで聞こえていないかのように黙々と作業を続ける。
 ——バリバリィ!
 ——ペラ……ゴシゴシ……
「……はぁ、出張交通費未精算、6,800円……あぁ、かわいそうに」
「えっ、それ俺の申請書じゃないか!?」
 覆面男がまた何かを読み上げ始めた。
「……部長のハゲ……まじ消えろ……」
 一瞬、事務所全体が静まり返る。
 そして、次の瞬間――
「うわあああああああ!」
 スタッフの一人が顔を真っ赤にしながら覆面男に飛びかかった。
「やめてぇ!読まないでぇ!」
 覆面男はまったく動じることなく、手にした紙を持ち上げたままのポーズで静かに言った。
「いや、これ……お前の手帳から出てきたぞ」
「ぎゃあああああ!」
 スタッフは半泣きになりながら必死に紙を奪い返す。
 そして昼休憩の時間。
 社員たちはそれぞれの机で弁当やカップ麺を広げ、静かに食事を取っている。
 だが、事務所の一角から妙な鼻歌が響いていた。
「悔しいけれど〜♪お前に夢中〜♪ギャランドゥー♪」
 声の主は、例の覆面男だ。
 給湯室の奥に陣取って、カップ焼きそばに湯を注ぎながらノリノリで歌っている。
 ——ザワザワ。
「……社員じゃねえよな?」
「いや、聞いた話だと派遣でもないらしいぞ」
「じゃあ嘱託か?」
「いや、違う違う。アレは……シュレッダーだって」
 一同、沈黙。
「シュレッダー……?」
「いやいや、シュレッダーって……物じゃないのかよ」
 給湯室からさらに響く覆面男の声。
「お湯を注いで3分かぁ!待つ時間も幸せだなぁ!」
「こっち来ないでくれよ……」
「静かにしてくれ……」
 事務担当は、覆面男の存在が気になって仕方なかった。
「エリシア商事……本当にあんなやつをレンタルできるのか?」
 自分のデスクに戻ると、こっそりエリシア商事のウェブサイトを検索する。
 ——カタカタ、ッタン
「……これか?」
 画面に映ったのはシンプルなデザインのサイト。目立つ見出しにはこう書かれていた。
「シュレッダーレンタル!」
「……マジかよ……」
 さらにスクロールしてみると、小さな字で説明文が書かれていた。
「電源不要!あらゆるサイズ・種類の紙を迅速に裁断!環境に優しい手動式シュレッダーです!」
 事務担当はその「電源不要」の一文に目を奪われた。
「……手動って、あいつのことかよ……」
 隅に掲載された写真には、筋骨隆々の覆面男が、笑顔で紙を破りながらピースサインをしている。
「……なんだこれ、なんだこれ……」
 事務担当は頭を抱えつつも、覆面男がこれ以上何かしでかさないことを祈るしかなかった。