台所のセンサーが、私の体温と心拍数を検知して自動で照明を落とした。
「お疲れさまです、オーナー。本日の夕食は、身体を温める根菜のポトフを推奨します」
音声ガイドに従い、私は鍋を火にかける。
数年前までの古い鍋は、ふたり分の具材を適当に放り込んでも、吹きこぼれるか足りないかのどちらかで、その「誤差」を笑いながら直箸でつつき合ったものだ。
鍋から立ち昇る湯気は、ふたりの境界線を曖昧にするほど濃く、部屋全体を白く染めていた。
彼が「向こう側」へ転属してからは、家中の家電が最新の精密機器に置き換わった。
今の鍋は、ひとり分の水分量を 0.1ミリリットル単位で計測する。
冬の冷えた空気の中、鍋から上がる湯気は、驚くほど細く、まっすぐだ。空間計算エンジンが、室温と湿度の最適解を維持するために、加湿器と連動して湯気の拡散を完璧に制御している。
「正確すぎるのよ」
私は、誰に言うでもなくつぶやいた。
野菜を切りながら、ふとガーデニング用の温度計に目をやる。外の土壌も、今は自動管理システムが水分を完璧に制御しているはずだ。
以前は雪が降れば「明日は芽が凍るかも」と心配し、二人で重いシートを被せたものだが、今の庭にそんな情緒的な失敗は許されない。
ポトフが完成した。
皿に盛られポトフは、一滴の無駄もなく、私の今日の活動量に合わせた栄養素を含んでいる。
一口運ぶ。
完璧な温度。完璧な塩分濃度。
ふと、視界の端で湯気が揺れた。
システムが制御しきれなかった、ほんのわずかな熱のゆらぎ。それが一瞬、隣に座っていたはずの彼の、あの少し猫背なシルエットに見えた気がした。
「……バグかしら」
私は、あえてシステムの補正を切った。
窓ガラスが、みるみるうちに白く曇っていく。正確さを失った部屋で、私はようやく、少しだけ人肌の暖かさを感じた。
*日記風雑感*
鍋物のおいしい季節。
おでんは鍋物にはいるのかなーとまたしても去年と同じ事を考えています。
ポトフは鍋物?
以前見た古い料理本に、「洋風おでん」と書かれていたことをふと思い出します。