0.05グラムの誤差
ー/ー
ー*ー*ー*ー
正確な 鼓動を刻むこの胸に
不意にこぼれた 熱き「測定外」
ー*ー*ー*ー
補正を切ったことで、台所は瞬く間に白い霧に包まれた。視界が遮られ、世界がぼやけていく。その湿り気を帯びた静寂の中で、不意に、卓上のスマートハブが淡い青色の光を放った。
「未登録のパケットを受信しました」
無機質なAIの声が響く。
「送信元は……『外縁居住区・第三セクター』。量子暗号の展開を開始します」
私は、スプーンを持ったまま固まった。
彼が転属した先――。人類の居住圏を広げるために、肉体的な「曖昧さ」を切り離した者たちが暮らす、あまりに遠い場所だ。
ハブの投影機が、空中に数行の文字列を浮かび上がらせた。それは画像でも音声でもなく、ただのテキストだった。
『こちらの計量は、さらに正確すぎて困るよ。
呼吸の回数から、夢の内容まで、すべてが管理されている。
でも、どうしてもシステムに登録できない数値があったんだ』
文字列が揺れる。湯気の向こうで、彼の声が聞こえたような気がした。
『今日の僕の食事には、塩分が 0.05グラム足りなかった。
システムは「誤差」だと言ったけれど、僕は知っている。
それは君がいつも、最後の仕上げに目分量で足していた、あのひとつまみの名残だ』
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
精密すぎる世界に生きる彼もまた、あえて計算を狂わせる「バグ」を探していたのだ。
『窓を曇らせておいて。いつかその曇り空を、僕の視覚同期が拾えるまで。
美味しいポトフを』
メッセージはそこで途絶え、ハブの光は消えた。
私は再び、スプーンを口に運ぶ。
正確すぎるはずのポトフの味が、なぜか少しだけ、しょっぱく感じられた。
それはきっと、私の目から溢れた「計算外」の雫のせいだ。
窓の向こう、冬の夜空。
何万光年先か、あるいはすぐ隣か。
見えない場所にいる彼と、この不確かな湯気で繋がっていることを信じて、私は最後の一口を飲み干した。
*日記風雑感*
寒い寒い。こんなに寒い日は、あたたかい食べ物がいちばん。
ポトフに何を入れる?
じゃがいも、玉ねぎ、にんじん、セロリ、キャベツも忘れちゃいけません。お肉は何を使うかな?
コトコト煮込む鍋を見ていると、苛立った自分がどこかに吹っ飛んでいきます。
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「未登録のパケットを受信しました」
無機質なAIの声が響く。
「送信元は……『外縁居住区・第三セクター』。量子暗号の展開を開始します」
私は、スプーンを持ったまま固まった。
彼が転属した先――。人類の居住圏を広げるために、肉体的な「曖昧さ」を切り離した者たちが暮らす、あまりに遠い場所だ。
ハブの投影機が、空中に数行の文字列を浮かび上がらせた。それは画像でも音声でもなく、ただのテキストだった。
『こちらの計量は、さらに正確すぎて困るよ。
呼吸の回数から、夢の内容まで、すべてが管理されている。
でも、どうしてもシステムに登録できない数値があったんだ』
文字列が揺れる。湯気の向こうで、彼の声が聞こえたような気がした。
『今日の僕の食事には、塩分が 0.05グラム足りなかった。
システムは「誤差」だと言ったけれど、僕は知っている。
それは君がいつも、最後の仕上げに目分量で足していた、あのひとつまみの名残だ』
胸の奥が、ぎゅっと締め付けられる。
精密すぎる世界に生きる彼もまた、あえて計算を狂わせる「バグ」を探していたのだ。
『窓を曇らせておいて。いつかその曇り空を、僕の視覚同期が拾えるまで。
美味しいポトフを』
メッセージはそこで途絶え、ハブの光は消えた。
私は再び、スプーンを口に運ぶ。
正確すぎるはずのポトフの味が、なぜか少しだけ、しょっぱく感じられた。
それはきっと、私の目から溢れた「計算外」の雫のせいだ。
窓の向こう、冬の夜空。
何万光年先か、あるいはすぐ隣か。
見えない場所にいる彼と、この不確かな湯気で繋がっていることを信じて、私は最後の一口を飲み干した。
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寒い寒い。こんなに寒い日は、あたたかい食べ物がいちばん。
ポトフに何を入れる?
じゃがいも、玉ねぎ、にんじん、セロリ、キャベツも忘れちゃいけません。お肉は何を使うかな?
コトコト煮込む鍋を見ていると、苛立った自分がどこかに吹っ飛んでいきます。