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ひと枝に 小さき花咲く静けさに
薄紅の光 冬を忘れゆく
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書斎の片隅、盆栽仕立ての「量子梅」が、パチリと音を立てて爆ぜた。
外はマイナス五度の銀世界だが、この部屋の片隅だけは、どこか現実味のない静寂が支配している。
ポップコーンが弾けたような、
小さな、小さな白い花。
この梅は大気中の「春の予感」――
わずかな湿度や光量の変化を検知して、未来の季節から光を前借りしてくる演算デバイスだ。
花びらが開くと同時に、内蔵された微細素子から、薄紅の光が淡い霧のように放射された。
厳しい冬を耐え抜いた者だけが知る、
硬くそれでいて、いつくしみ深い輝き。
光の粒子は部屋の冷気と混ざり合うと、不思議なことに、凍てつく窓の外の景色が遠い幻のように感じられる。微かに漂うのは、合成された知的な梅の香。
私は、手元の本から目を上げた。
薄紅に染まった指先は春の熱を思い出していく。演算された光に包まれているうちに、いつの間にか心の底にあった冬を忘れゆく。
「まだ外は雪だよ」と自分に言い聞かせなければ、このまま永遠の春の計算式に飲み込まれてしまいそうな、そんな心地よい静けさだった。
*日記風雑感*
何もかもが作られた世界のなかで感じる季節の移り変わり。それは果たして偽物なのか、それとも本物なのか。
本物と偽物を分ける境界はいったい何なのか。
梅の花がほころび始めました。まだまだ寒さは続き、全身もこもこで出歩く毎日。春を待ちわびながら、指先に息を吹きかけ、つかの間のぬくもりを見つめて。
はるか昔、歌に詠まれた、飛梅は今と同じように馥郁と静かに香っていたのてしょうか。
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梅咲ける 路地の曲がり香りたつ
歩み止めれば 春が息づく
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