#30
ー/ー
女は適当に座り込んだが尻が冷たかったので壁から分厚い本を数冊抜き出してその上に改めて腰を下ろす。そして最初は戦争や災害時の備えかとも思ったのだが、どう考えても必要であろう食料などが見当たらない事もおかしいと考え始めていた。それに先程は表札と言ったがどの板に描かれている印も腑に落ちないと。
それぞれに動物や植物が描かれているが、繋がっている家のファミリーネームを掘った方がどう考えても見分けやすいはずだという所まで考えてから、彼女は長年鍛え上げた筋肉質な尻の下に敷いた物に意識が向いた。
なぜ壁一面が本棚なのか、それが分かれば答えに近づける気がしたのだ。
さっそく先程尻に敷くように抜き出した辺りから座ったまま更にもう一冊抜き出して開いてみたが、残念ながらそこに書かれている物は共通語ではなく生まれ故郷の日本語でも、この数年で何とか会得したアステカ文字でもない。当然シロには書かれている文字はさっぱり読めなかった。
しかし挿絵がやたらリアルに描かれていたことからペンギンについて書かれているということだけは分かった。
隣の本も同じような文字で書かれており、挿絵からやはりペンギンについて、その隣も、更に隣も、なんなら今尻の下に敷いている物もそうだった。
どうやらこの辺りの本は全てペンギンのようだと少し移動して抜き出すとその本にはセイウチの絵があり、また少し移動して抜いた物はアザラシでふと見上げた石造りアーチの板と符合しているように思えたが、すぐ傍の適当に抜いた物は残念ながら違う生き物だった。幼い頃は角だと勘違いしカッコイイと思っていたが、実は前歯だと知って落胆した記憶を思い返しつつ海獣の本を棚に戻す。
一番大事な事がわからないまま、あてどなく歩いていると最上段に達し、前を通りがかる度に顔を上げて眺めていた表札の中で唯一(正確には全部を見て回った訳ではないのでここまでで自分の出てきた通路を除いてだが)動物以外の表札が現れた。それはこの施設を表しているかのようにも感じる本の印だった。
試しに石造りアーチの周りにある一冊を手に取り広げてみると、残念ながら白熊の絵が描かれており真相を期待したシロはあからさま落胆した表情となる。反面もしかするとこの通路の先にこそ何かがあるのかもしれないという微かな希望もひっそり顔を覗かせた。
本の表札のかかる通路は金槌の通路よりもずっと水平部分が短く、ものの十数歩で終わった。右手には降りてきた物と同じであれば地上へと伸びているであろう石壁の階段。
シロは提げたカンテラを掲げ先程蝋燭をケチって吹き消した事を悔やみながら下ろす。今更引けないので降りてきた物と同じだと仮定し壁に手を付きながら一歩一歩踏み外さぬように踏みしめ暗闇を進んで行くと、牛歩だったにも関わらず行き止まりには想定よりずいぶん短い時間でたどり着いた。
極わずかな隙間から外の光が漏れている。
上り切ってから思い出した携帯端末のライトで照らしてみると金色のノブが光を反射し、目の前の四角いシルエットが世界中何処ででも見かける茶色いオーソドックスな扉であることがわかった。女が長年引きこもっていた穴倉から外界に出る原人のようにおっかなびっくりノブを捻って外に出ると、そこは古ぼけた協会の内装に見えた。
てっきりここ数日で訪れた幾つかの民家と同じ風景に出くわすと思っていたので異世界にでも迷い込んだ気持ちで踏み出すと、床がぎぃと泣き中々に古い建物であることが伝わってくる。
しかしよくよく考えれば民家であれば家人と遭遇して気まずいことになっていただろう事に遅ればせながら気づいた旅人は、却って気兼ねなく探索できると床を鳴らしながら堂々と歩き始めた。
数歩進んで背後を振り返り出てきた扉の周りを見てみると、ドアの位置が借宿のように上へと続く階段下のスペースであることがわかった。きっとこの階段も用心深く叩いてみれば同じように空洞音がするのだろうと予想しながらそれは後回しにし、まずは今自分がいる階層の探索からしようと足を踏み出した時だった。
上階から何者かの足音が聞こえる。
歩を停め息をひそめながら警戒。
「ジロー?こんな所で何してるの?」
上階へと続く階段の欄干から顔を覗かせたのは、ここ数日ですっかり見知らぬ他人から知った顔となったリオンだった。
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
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それぞれに動物や植物が描かれているが、繋がっている家のファミリーネームを掘った方がどう考えても見分けやすいはずだという所まで考えてから、彼女は長年鍛え上げた筋肉質な尻の下に敷いた物に意識が向いた。
なぜ壁一面が本棚なのか、それが分かれば答えに近づける気がしたのだ。
さっそく先程尻に敷くように抜き出した辺りから座ったまま更にもう一冊抜き出して開いてみたが、残念ながらそこに書かれている物は共通語ではなく生まれ故郷の日本語でも、この数年で何とか会得したアステカ文字でもない。当然シロには書かれている文字はさっぱり読めなかった。
しかし挿絵がやたらリアルに描かれていたことからペンギンについて書かれているということだけは分かった。
隣の本も同じような文字で書かれており、挿絵からやはりペンギンについて、その隣も、更に隣も、なんなら今尻の下に敷いている物もそうだった。
どうやらこの辺りの本は全てペンギンのようだと少し移動して抜き出すとその本にはセイウチの絵があり、また少し移動して抜いた物はアザラシでふと見上げた石造りアーチの板と符合しているように思えたが、すぐ傍の適当に抜いた物は残念ながら違う生き物だった。幼い頃は角だと勘違いしカッコイイと思っていたが、実は前歯だと知って落胆した記憶を思い返しつつ海獣の本を棚に戻す。
一番大事な事がわからないまま、あてどなく歩いていると最上段に達し、前を通りがかる度に顔を上げて眺めていた表札の中で唯一(正確には全部を見て回った訳ではないのでここまでで自分の出てきた通路を除いてだが)動物以外の表札が現れた。それはこの施設を表しているかのようにも感じる本の印だった。
試しに石造りアーチの周りにある一冊を手に取り広げてみると、残念ながら白熊の絵が描かれており真相を期待したシロはあからさま落胆した表情となる。反面もしかするとこの通路の先にこそ何かがあるのかもしれないという微かな希望もひっそり顔を覗かせた。
本の表札のかかる通路は金槌の通路よりもずっと水平部分が短く、ものの十数歩で終わった。右手には降りてきた物と同じであれば地上へと伸びているであろう石壁の階段。
シロは提げたカンテラを掲げ先程蝋燭をケチって吹き消した事を悔やみながら下ろす。今更引けないので降りてきた物と同じだと仮定し壁に手を付きながら一歩一歩踏み外さぬように踏みしめ暗闇を進んで行くと、牛歩だったにも関わらず行き止まりには想定よりずいぶん短い時間でたどり着いた。
極わずかな隙間から外の光が漏れている。
上り切ってから思い出した携帯端末のライトで照らしてみると金色のノブが光を反射し、目の前の四角いシルエットが世界中何処ででも見かける茶色いオーソドックスな扉であることがわかった。女が長年引きこもっていた穴倉から外界に出る原人のようにおっかなびっくりノブを捻って外に出ると、そこは古ぼけた協会の内装に見えた。
てっきりここ数日で訪れた幾つかの民家と同じ風景に出くわすと思っていたので異世界にでも迷い込んだ気持ちで踏み出すと、床がぎぃと泣き中々に古い建物であることが伝わってくる。
しかしよくよく考えれば民家であれば家人と遭遇して気まずいことになっていただろう事に遅ればせながら気づいた旅人は、却って気兼ねなく探索できると床を鳴らしながら堂々と歩き始めた。
数歩進んで背後を振り返り出てきた扉の周りを見てみると、ドアの位置が借宿のように上へと続く階段下のスペースであることがわかった。きっとこの階段も用心深く叩いてみれば同じように空洞音がするのだろうと予想しながらそれは後回しにし、まずは今自分がいる階層の探索からしようと足を踏み出した時だった。
上階から何者かの足音が聞こえる。
歩を停め息をひそめながら警戒。
「ジロー?こんな所で何してるの?」
上階へと続く階段の欄干から顔を覗かせたのは、ここ数日ですっかり見知らぬ他人から知った顔となったリオンだった。