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26,大きく息を吸って名前を呼ぶ

ー/ー



「俺たちはいつも、君の部屋で会っていた。君が俺を呼んだときだけ、俺の部屋から君の部屋への通路が開く。

 そうしたら、俺は君の部屋に行くことが出来るんだよ。ところが、少し前から様子が違ってしまった」
 
 いったい、なんでこんなことになっているのか……。少しの間、物思いに沈んでいたレオンは、我に返って言う。
 
「もしも今俺が言っていることを忘れなかったら、どうしてもやってほしいことがあるんだ」

 戸惑いの表情を浮かべながらも、律人は尋ねる。
 
「何?」

「もしも今のことを覚えていたら、部屋で一人のとき、そう、夜がいいな。夜になったら、俺の名前を呼んでほしいんだ」

「名前?」

「ああ。『レオン』と呼んでくれ。

 そうしたら、俺は必ず君のところに行くから」
 
 
 それから間もなくして、律人の体は、レオンを置き去りにしてベンチの上から消えた。レオンは祈るように、両手を握り合わせて目を閉じる。
 
 
 
 静かに目を開くと、夜が明け始めていた。律人は、ゆっくりと体を起こし、電気を点けてノートを手に取る。
 
 今の夢を忘れてしまわないよう、すべて書き記しておくのだ。青年の名前はレオン・クロックワーク。
 
 それは僕が付けた名前で、僕とは11歳の頃からの付き合いだと言っていたっけ。夢の中にいるときはすっかり忘れていたけれど、今ならば、彼と何度か会っていることもわかる。
 
 それから、ふと部屋を見回す。この部屋で、いつも会っていたと言っていたけれど……。
 
 
 過去の記憶を失ってしまったので、それ以前に自分がどんな夢を見ていたのかはわからない。それでも、ここ数日の間に見ている夢が、とても不思議で、普通ではないらしいことはよくわかる。
 
 それにしても、気になるのは「俺の名前を呼んでくれ」と言ったレオンの言葉だ。ただの夢の中のセリフで深い意味はないのか、それとも……。
 
 
 
 その日の夜、夕飯を食べて風呂に入り、パジャマに着替えた律人は、自分の部屋でベッドに腰かけていた。さっきから、レオンが呼んでくれと言ったことについて考えている。
 
 夢の中に出て来ただけの人が、名前を呼んだからといって、実際にここに現れるわけがない。そんなことはわかっているけれど、あの言葉が気になって仕方がないのだ。
 
 そんなことが現実に起こるはずがない。でも、名前を呼ぶくらいは、いたって簡単なことだ。
 
 それで何も起こらないのは当たり前だし、呼んで何かを失うわけでもない。だから、とりあえず。
 
 律人は大きく息を吸ってから、一息に言った。
 
「レオン。レオン・クロックワーク!」

 ああ、緊張した。ほら、なんにも起こるはず……。
 
「えっ!?」


 ベッドの向かい側の壁の辺りがもやもやと陽炎のように揺れ出したかと思うと、真ん中から穴が開き始めた。そして、穴の向こうに……。
 
「律人!」

 夢で会ったレオン・クロックワークが、長い足で穴の縁をまたぐようにして、こちらにやって来たではないか。う、嘘……!
 
 レオンがうれしそうに言う。
 
「よかった。やっといつも通りに会えた」

「いつも通り?」

「そうだよ。そこ、座っていいか?」

 レオンが、ベッドの上の律人の横を指す。
 
「ど、どうぞ」

 律人は、微笑みを浮かべたレオンの美しい顔から眼を離すことが出来ない。レオンが、夢で会ったレオン・クロックワークが、僕の隣に座っている……。
 
 
 レオンが言った。
 
「もしわかるなら教えてほしいんだ。どうして律人は、俺の部屋に来ることが出来たんだ?」

「それなら簡単だよ。あれは夢だから」

「……夢?」

 夢の中の住人のレオンには、夢という概念がないのかもしれないと思い、律人は説明する。
 
「夢っていうのは、眠っているときに見るんだよ。それは、つまり脳内で起こっていることだけど、まるで実際に経験しているみたいに、いろんなものを見たり、いろんな経験をしたりするんだ」

「そう、なのか。じゃあ、部屋の外の街並みも、飛行船も、歩いていた人たちも、全部律人の頭の中にあるのか」

「うーん、一応そういうことになるのかな。でも、僕は過去のことを忘れちゃったから、はっきりとは言えないけど、普通の夢は、あんなに何もかもが鮮明に見えたり、あんなに盛りだくさんじゃないんじゃないかな」

「盛りだくさん?」

「うん。街の広さとか、乗り物とか、たくさんの人たちとか、あまりにもスケールが大きくて、僕もびっくりしたよ。

 普通の夢は、もっと曖昧で、何もかもがぼやけて見えているんじゃないかな。政樹くんが、そんなふうに言っていた」


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「俺たちはいつも、君の部屋で会っていた。君が俺を呼んだときだけ、俺の部屋から君の部屋への通路が開く。
 そうしたら、俺は君の部屋に行くことが出来るんだよ。ところが、少し前から様子が違ってしまった」
 いったい、なんでこんなことになっているのか……。少しの間、物思いに沈んでいたレオンは、我に返って言う。
「もしも今俺が言っていることを忘れなかったら、どうしてもやってほしいことがあるんだ」
 戸惑いの表情を浮かべながらも、律人は尋ねる。
「何?」
「もしも今のことを覚えていたら、部屋で一人のとき、そう、夜がいいな。夜になったら、俺の名前を呼んでほしいんだ」
「名前?」
「ああ。『レオン』と呼んでくれ。
 そうしたら、俺は必ず君のところに行くから」
 それから間もなくして、律人の体は、レオンを置き去りにしてベンチの上から消えた。レオンは祈るように、両手を握り合わせて目を閉じる。
 静かに目を開くと、夜が明け始めていた。律人は、ゆっくりと体を起こし、電気を点けてノートを手に取る。
 今の夢を忘れてしまわないよう、すべて書き記しておくのだ。青年の名前はレオン・クロックワーク。
 それは僕が付けた名前で、僕とは11歳の頃からの付き合いだと言っていたっけ。夢の中にいるときはすっかり忘れていたけれど、今ならば、彼と何度か会っていることもわかる。
 それから、ふと部屋を見回す。この部屋で、いつも会っていたと言っていたけれど……。
 過去の記憶を失ってしまったので、それ以前に自分がどんな夢を見ていたのかはわからない。それでも、ここ数日の間に見ている夢が、とても不思議で、普通ではないらしいことはよくわかる。
 それにしても、気になるのは「俺の名前を呼んでくれ」と言ったレオンの言葉だ。ただの夢の中のセリフで深い意味はないのか、それとも……。
 その日の夜、夕飯を食べて風呂に入り、パジャマに着替えた律人は、自分の部屋でベッドに腰かけていた。さっきから、レオンが呼んでくれと言ったことについて考えている。
 夢の中に出て来ただけの人が、名前を呼んだからといって、実際にここに現れるわけがない。そんなことはわかっているけれど、あの言葉が気になって仕方がないのだ。
 そんなことが現実に起こるはずがない。でも、名前を呼ぶくらいは、いたって簡単なことだ。
 それで何も起こらないのは当たり前だし、呼んで何かを失うわけでもない。だから、とりあえず。
 律人は大きく息を吸ってから、一息に言った。
「レオン。レオン・クロックワーク!」
 ああ、緊張した。ほら、なんにも起こるはず……。
「えっ!?」
 ベッドの向かい側の壁の辺りがもやもやと陽炎のように揺れ出したかと思うと、真ん中から穴が開き始めた。そして、穴の向こうに……。
「律人!」
 夢で会ったレオン・クロックワークが、長い足で穴の縁をまたぐようにして、こちらにやって来たではないか。う、嘘……!
 レオンがうれしそうに言う。
「よかった。やっといつも通りに会えた」
「いつも通り?」
「そうだよ。そこ、座っていいか?」
 レオンが、ベッドの上の律人の横を指す。
「ど、どうぞ」
 律人は、微笑みを浮かべたレオンの美しい顔から眼を離すことが出来ない。レオンが、夢で会ったレオン・クロックワークが、僕の隣に座っている……。
 レオンが言った。
「もしわかるなら教えてほしいんだ。どうして律人は、俺の部屋に来ることが出来たんだ?」
「それなら簡単だよ。あれは夢だから」
「……夢?」
 夢の中の住人のレオンには、夢という概念がないのかもしれないと思い、律人は説明する。
「夢っていうのは、眠っているときに見るんだよ。それは、つまり脳内で起こっていることだけど、まるで実際に経験しているみたいに、いろんなものを見たり、いろんな経験をしたりするんだ」
「そう、なのか。じゃあ、部屋の外の街並みも、飛行船も、歩いていた人たちも、全部律人の頭の中にあるのか」
「うーん、一応そういうことになるのかな。でも、僕は過去のことを忘れちゃったから、はっきりとは言えないけど、普通の夢は、あんなに何もかもが鮮明に見えたり、あんなに盛りだくさんじゃないんじゃないかな」
「盛りだくさん?」
「うん。街の広さとか、乗り物とか、たくさんの人たちとか、あまりにもスケールが大きくて、僕もびっくりしたよ。
 普通の夢は、もっと曖昧で、何もかもがぼやけて見えているんじゃないかな。政樹くんが、そんなふうに言っていた」