22,スチームパンクと夢日記
ー/ー
政樹の説明によれば、スチームパンクとは、蒸気機関が発達し、コンピューターではなく機械仕掛けのテクノロジーが進化した架空の未来なのだそうだ。時代背景は、19世紀のイギリス産業革命期がベースになっているという。
読み始めてすぐに、ああ、これがスチームパンクの世界観なのかと納得した。
蒸気都市クロノスで、廃棄場に住む少年レイは、偶然、時を操る懐中時計を手に入れる。それは、かつて世界を滅ぼしかけた「機械神」を封印した勇者の遺産だった。
帝国の追手、反乱軍、そして目覚めつつある機械神。レイは歯車仕掛けの運命に抗い、世界を救う旅に出る。
いつしか僕は、小説の世界に没頭した。
律人は大丈夫だろうか。倒れているのを誰かが見つけて看病してくれているだろうか。
律人のことが心配でならない。律人、どうか俺を呼んでくれ。
俺に出来ることはあまりにも少ないけれど、それでも、俺を呼んでほしい。律人が俺の名前を呼んでくれたなら、すぐにそばに行くから……。
記憶を失ったことによる心細さや不安はあるものの、何一つ覚えていないというわけではない。生活するための基本的なこと、いろんな道具の使い方、それに杖を使って歩くことも、体が覚えていた。
祖父母も家政婦の琴子も、律人の心と体を気遣い、優しく接してくれる。政樹はしょっちゅうメッセージをくれるし、恭平は、次の週末に新妻の佐絵と一緒に来てくれた。
初めて会った佐絵は、とても品があって美しい。素敵な人だと思ったけれど、恭平と仲睦まじく話す様子を見て、やっぱり胸がちくりと痛むのだった。
勉強については、やらなくてはいけないのだろうけれど、まったくやる気が起きない。誰も何も言わないのをいいことに、今やすっかり放棄してしまい、律人は小説を読みふけった。
スチームパンクの世界を舞台とした小説を読むうちに、政樹がくれたというキーホルダーも、スチームパンクファッションのグッズなのだとわかった。
スチームパンクの世界の物語は面白くてわくわくする。何冊も読んでいるうちに、自分がスチームパンクの世界にいる夢を見るようになった。
現実では、杖を使わなくては歩けないし、体の不調もある。だが、夢の中では杖を持たず、痛みもなく、自由に歩き回ることが出来るのだ。
夢の中のその世界では、空には薄いスモッグがかかり、そこに夕暮れのような琥珀色の光が差し込んでいる。その空に巨大な工場の煙突が林立し、蒸気が絶えず噴き出している。
煙突の間を縫うように、プロペラのついた飛行船が飛び交い、蒸気で動く路面電車やモノレールが街中を走っている。ゴーグルや真鍮のアクセサリーを着けた、しゃれたスチームパンクファッションの人々が行き交い……。
律人は、街中を歩き回り、あちこちを見て、スチームパンクの世界を楽しんだ。すべてがくっきりとしていて、色鮮やかだ。
記憶を失ったばかりの頃は、眠りから覚めたとき、またすべてを忘れてしまっているのではないかと思い、眠るのが怖かった。何しろ、自分は今までに二度も記憶喪失になっているのだから。
だが、毎晩のように夢を見るようになってからは、恐怖は消え、むしろ眠りにつくのが楽しみになった。
政樹は、律人が記憶を失ったことを知っても、気にすることなく遊びに来てくれ、前に律人も読んでいるという、「真汐航平シリーズ」も貸してくれた。小説について話すのは楽しく、いい友達がいて、本当にありがたいと思う。
政樹が来たときに夢の話をすると、彼は言った。
「そんなに鮮明な夢を見るなんて、律人くん、すごいなあ。それ、記録しておいたらいいんじゃない?
夢日記っていうやつだよ。後から読み返すのも楽しいんじゃないかな」
「そうか……」
なるほどと思う。そして、さらに律人は思いついた。
またいつか記憶を失ってしまうのではないかという不安があったけれど、夢に限らず、日々あったことも、大事なことはすべて記録しておけばいいのだ。そうしておけば、万が一記憶を失うことがあったとしても、それを読めば、過去のことがわかるではないか。
初めは、勉強用のパソコンに書こうと思ったのだが、パソコンの使い方はかろうじてわかるものの、自分で設定したであろうロックを解除するパスコードがわからない。スマートフォンもパスコードがわからなかったので、そちらは政樹とメッセージを交わすために初期化した。
パソコンを初期化するのはさすがにまずい気がするけれど、調べれば何かしら方法はあるだろう。今はとりあえず、祖母にノートを買ってもらい、ベッドサイドに置いて、いつでもすぐに手に取って書けるようにした。
そのことに満足し、ますます眠るのが楽しみになった。
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読み始めてすぐに、ああ、これがスチームパンクの世界観なのかと納得した。
蒸気都市クロノスで、廃棄場に住む少年レイは、偶然、時を操る懐中時計を手に入れる。それは、かつて世界を滅ぼしかけた「機械神」を封印した勇者の遺産だった。
帝国の追手、反乱軍、そして目覚めつつある機械神。レイは歯車仕掛けの運命に抗い、世界を救う旅に出る。
いつしか僕は、小説の世界に没頭した。
律人は大丈夫だろうか。倒れているのを誰かが見つけて看病してくれているだろうか。
律人のことが心配でならない。律人、どうか俺を呼んでくれ。
俺に出来ることはあまりにも少ないけれど、それでも、俺を呼んでほしい。律人が俺の名前を呼んでくれたなら、すぐにそばに行くから……。
記憶を失ったことによる心細さや不安はあるものの、何一つ覚えていないというわけではない。生活するための基本的なこと、いろんな道具の使い方、それに杖を使って歩くことも、体が覚えていた。
祖父母も家政婦の琴子も、律人の心と体を気遣い、優しく接してくれる。政樹はしょっちゅうメッセージをくれるし、恭平は、次の週末に新妻の佐絵と一緒に来てくれた。
初めて会った佐絵は、とても品があって美しい。素敵な人だと思ったけれど、恭平と仲睦まじく話す様子を見て、やっぱり胸がちくりと痛むのだった。
勉強については、やらなくてはいけないのだろうけれど、まったくやる気が起きない。誰も何も言わないのをいいことに、今やすっかり放棄してしまい、律人は小説を読みふけった。
スチームパンクの世界を舞台とした小説を読むうちに、政樹がくれたというキーホルダーも、スチームパンクファッションのグッズなのだとわかった。
スチームパンクの世界の物語は面白くてわくわくする。何冊も読んでいるうちに、自分がスチームパンクの世界にいる夢を見るようになった。
現実では、杖を使わなくては歩けないし、体の不調もある。だが、夢の中では杖を持たず、痛みもなく、自由に歩き回ることが出来るのだ。
夢の中のその世界では、空には薄いスモッグがかかり、そこに夕暮れのような琥珀色の光が差し込んでいる。その空に巨大な工場の煙突が林立し、蒸気が絶えず噴き出している。
煙突の間を縫うように、プロペラのついた飛行船が飛び交い、蒸気で動く路面電車やモノレールが街中を走っている。ゴーグルや真鍮のアクセサリーを着けた、しゃれたスチームパンクファッションの人々が行き交い……。
律人は、街中を歩き回り、あちこちを見て、スチームパンクの世界を楽しんだ。すべてがくっきりとしていて、色鮮やかだ。
記憶を失ったばかりの頃は、眠りから覚めたとき、またすべてを忘れてしまっているのではないかと思い、眠るのが怖かった。何しろ、自分は今までに二度も記憶喪失になっているのだから。
だが、毎晩のように夢を見るようになってからは、恐怖は消え、むしろ眠りにつくのが楽しみになった。
政樹は、律人が記憶を失ったことを知っても、気にすることなく遊びに来てくれ、前に律人も読んでいるという、「真汐航平シリーズ」も貸してくれた。小説について話すのは楽しく、いい友達がいて、本当にありがたいと思う。
政樹が来たときに夢の話をすると、彼は言った。
「そんなに鮮明な夢を見るなんて、律人くん、すごいなあ。それ、記録しておいたらいいんじゃない?
夢日記っていうやつだよ。後から読み返すのも楽しいんじゃないかな」
「そうか……」
なるほどと思う。そして、さらに律人は思いついた。
またいつか記憶を失ってしまうのではないかという不安があったけれど、夢に限らず、日々あったことも、大事なことはすべて記録しておけばいいのだ。そうしておけば、万が一記憶を失うことがあったとしても、それを読めば、過去のことがわかるではないか。
初めは、勉強用のパソコンに書こうと思ったのだが、パソコンの使い方はかろうじてわかるものの、自分で設定したであろうロックを解除するパスコードがわからない。スマートフォンもパスコードがわからなかったので、そちらは政樹とメッセージを交わすために初期化した。
パソコンを初期化するのはさすがにまずい気がするけれど、調べれば何かしら方法はあるだろう。今はとりあえず、祖母にノートを買ってもらい、ベッドサイドに置いて、いつでもすぐに手に取って書けるようにした。
そのことに満足し、ますます眠るのが楽しみになった。