表示設定
表示設定
目次 目次




21,見舞いに来た恭平と政樹

ー/ー



 それから、祖母は近くにあるという個人病院の綱沢先生に往診を頼み、僕は、看護師とともにやって来た先生に、いろいろ質問されたり、診察を受けたりした。
 
 驚いたことに、僕が記憶を失ったのは、これが二度目なのだという。記憶喪失になりやすい体質や性質というのがあるものなのだろうか。
 
 一度目は、交通事故に遭ったときだったと聞いた。そのときに両親も失い、体に後遺症が残ったのだという。
 
 交通事故で、たとえば頭を強く打っていたりしたら、その衝撃で記憶を失うこともあるかもしれないけれど、今回は何が原因だったのだろう。
 
 僕はただ、ベットの上で意識を失っていたという。高熱が続いたというから、そのせいだろうか。
 
 綱沢先生は、記憶は何かのきっかけで戻ることもあれば、戻らないこともあると言った。それにしても、二度もすべてを忘れてしまうなんて……。
 
 
 
 その日の夜、叔父の恭平が見舞いに来てくれた。
 
「律人」

 叔父というから、中年男性を想像していたのだけれど、心配そうにベッドのそばにかがみ込んだ恭平は、まだ若くて、とてもハンサムだ。僕の髪を撫でながら言う。
 
「すぐにでも会いに来たかったけど、おばあちゃんに、高熱を出して意識もはっきりしないって聞いて。やっと目が覚めたって聞いてほっとしたけど、まさかこんな……」

 彼は新婚なのだという。僕の首にかかっている青いガラスのネックレスは、新婚旅行のお土産で、魔除けのお守りなのだそうだ。
 
 彼は悲しげに言う。
 
「マティが律人を守ってくれると思ったのに」

 僕は、これ以上彼を悲しませたくなくて言った。
 
「でもこれ、すごくきれい。好きだな」

「律人……」


 彼は、今までのことをいろいろ話してくれた。僕が小さい頃からかわいがってくれ、僕も彼のことを「恭平くん」と呼んで慕っていたらしい。
 
 そういえば、彼が新婚だと聞いたとき、なぜだか胸がちくりと痛んだのは、彼に自分よりも大切な人がいると知ったせいなのかもしれない。それは、彼がそろそろ帰ると言ったとき、確信に変わった。
 
 名残惜しくて、もうしばらくそばにいてほしいと思った。それを口に出すことは出来なかったけれど。
 
 
 
 翌日の午後、政樹が見舞いに来てくれた。彼は恭平の結婚相手の弟であり、僕の友達でもあるのだという。
 
 高校の制服を着てデイパックを背負った彼は、背が高く、知的な雰囲気を漂わせている。部屋に入って来たときから、泣き出しそうな顔をしていた。
 
「律人くん……」

「あっ、政樹くん、だね? そこに座って」

 彼は机の前に置かれた椅子をベッドのほうに向けて腰かけた。僕はベッドで上体を起こしている。
 
「記憶がなくなっちゃったって、本当?」

「うん、そうなんだ」

「じゃあ、本のことも全部?」

「……本?」

「君がたくさん読んでいて、僕にも貸してくれたスチームパンクのラノベとか、僕が貸した『真汐航平シリーズ』とか」

「あ……ごめん」

「謝らないで。ただ、二人で本の話をして、すごく楽しかったから……」

 彼は立ち上がり、本棚の前に行く。そして一冊取り出して、僕に差し出した。
 
「ほら、これだよ。『機械仕掛けの帝国』。

 最初は恭平さんが買って来てくれて、それからハマったって聞いたよ」

「そう」

 表紙には、飛行船と蒸気機関車のイラストが描かれている。
 
「読んでみたらどうかな。そうしたら、何か思い出すことがあるかも」

「そうだね」

「何も思い出せなかったとしても、すっごく面白いから」

「ありがとう、読んでみるよ」

 僕がそう言うと、彼はほっとしたように微笑んだ。それから、ポケットに手を入れて何かを取り出す。
 
 それは鍵に付けた、しゃれたデザインのキーホルダーだった。
 
「これ、君とお揃いなんだ。同じのを、僕がプレゼントしたんだよ」

「そうなんだ。ええと、部屋のどこかにあるかな」

「あるよ、きっと」

「じゃあ、後で探してみる」

「うん」

 僕と彼は、ずいぶん仲良くしていたらしい。何も覚えていないのは申し訳ない気がするけれど、優しい彼に好感を持った。
 
 彼は、また来ると言い、メッセージも送ると言ってくれた。彼が帰った後、ベッドサイドの引き出しを開けると、そこにキーホルダーもスマートフォンも入っていた。
 
 
 僕は、通信制の高校で勉強しているのだという。机の上や本棚に教材もあるが、どうも手を付ける気になれない。
 
 それで、僕が愛読していたという、「機械仕掛けの帝国」を読んでみることにした。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 22,スチームパンクと夢日記


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 それから、祖母は近くにあるという個人病院の綱沢先生に往診を頼み、僕は、看護師とともにやって来た先生に、いろいろ質問されたり、診察を受けたりした。
 驚いたことに、僕が記憶を失ったのは、これが二度目なのだという。記憶喪失になりやすい体質や性質というのがあるものなのだろうか。
 一度目は、交通事故に遭ったときだったと聞いた。そのときに両親も失い、体に後遺症が残ったのだという。
 交通事故で、たとえば頭を強く打っていたりしたら、その衝撃で記憶を失うこともあるかもしれないけれど、今回は何が原因だったのだろう。
 僕はただ、ベットの上で意識を失っていたという。高熱が続いたというから、そのせいだろうか。
 綱沢先生は、記憶は何かのきっかけで戻ることもあれば、戻らないこともあると言った。それにしても、二度もすべてを忘れてしまうなんて……。
 その日の夜、叔父の恭平が見舞いに来てくれた。
「律人」
 叔父というから、中年男性を想像していたのだけれど、心配そうにベッドのそばにかがみ込んだ恭平は、まだ若くて、とてもハンサムだ。僕の髪を撫でながら言う。
「すぐにでも会いに来たかったけど、おばあちゃんに、高熱を出して意識もはっきりしないって聞いて。やっと目が覚めたって聞いてほっとしたけど、まさかこんな……」
 彼は新婚なのだという。僕の首にかかっている青いガラスのネックレスは、新婚旅行のお土産で、魔除けのお守りなのだそうだ。
 彼は悲しげに言う。
「マティが律人を守ってくれると思ったのに」
 僕は、これ以上彼を悲しませたくなくて言った。
「でもこれ、すごくきれい。好きだな」
「律人……」
 彼は、今までのことをいろいろ話してくれた。僕が小さい頃からかわいがってくれ、僕も彼のことを「恭平くん」と呼んで慕っていたらしい。
 そういえば、彼が新婚だと聞いたとき、なぜだか胸がちくりと痛んだのは、彼に自分よりも大切な人がいると知ったせいなのかもしれない。それは、彼がそろそろ帰ると言ったとき、確信に変わった。
 名残惜しくて、もうしばらくそばにいてほしいと思った。それを口に出すことは出来なかったけれど。
 翌日の午後、政樹が見舞いに来てくれた。彼は恭平の結婚相手の弟であり、僕の友達でもあるのだという。
 高校の制服を着てデイパックを背負った彼は、背が高く、知的な雰囲気を漂わせている。部屋に入って来たときから、泣き出しそうな顔をしていた。
「律人くん……」
「あっ、政樹くん、だね? そこに座って」
 彼は机の前に置かれた椅子をベッドのほうに向けて腰かけた。僕はベッドで上体を起こしている。
「記憶がなくなっちゃったって、本当?」
「うん、そうなんだ」
「じゃあ、本のことも全部?」
「……本?」
「君がたくさん読んでいて、僕にも貸してくれたスチームパンクのラノベとか、僕が貸した『真汐航平シリーズ』とか」
「あ……ごめん」
「謝らないで。ただ、二人で本の話をして、すごく楽しかったから……」
 彼は立ち上がり、本棚の前に行く。そして一冊取り出して、僕に差し出した。
「ほら、これだよ。『機械仕掛けの帝国』。
 最初は恭平さんが買って来てくれて、それからハマったって聞いたよ」
「そう」
 表紙には、飛行船と蒸気機関車のイラストが描かれている。
「読んでみたらどうかな。そうしたら、何か思い出すことがあるかも」
「そうだね」
「何も思い出せなかったとしても、すっごく面白いから」
「ありがとう、読んでみるよ」
 僕がそう言うと、彼はほっとしたように微笑んだ。それから、ポケットに手を入れて何かを取り出す。
 それは鍵に付けた、しゃれたデザインのキーホルダーだった。
「これ、君とお揃いなんだ。同じのを、僕がプレゼントしたんだよ」
「そうなんだ。ええと、部屋のどこかにあるかな」
「あるよ、きっと」
「じゃあ、後で探してみる」
「うん」
 僕と彼は、ずいぶん仲良くしていたらしい。何も覚えていないのは申し訳ない気がするけれど、優しい彼に好感を持った。
 彼は、また来ると言い、メッセージも送ると言ってくれた。彼が帰った後、ベッドサイドの引き出しを開けると、そこにキーホルダーもスマートフォンも入っていた。
 僕は、通信制の高校で勉強しているのだという。机の上や本棚に教材もあるが、どうも手を付ける気になれない。
 それで、僕が愛読していたという、「機械仕掛けの帝国」を読んでみることにした。