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20,胸がよじれるような焦燥

ー/ー



「関係なくなんか……」

 言いかけたところで、今度は母が大きな声を上げた。
 
「律人に当たるのはやめてちょうだい!」

「当たってなんてないだろうが!」

 ああ、なんてことだ……。律人は、醜く言い争う両親を呆然と見つめる。
 
「もう、いい加減にしてよ!」

 泣きながら叫ぶと、両親が、はっとしたように律人の顔を見た。
 
 
 
 律人の体がガクガクと震え、目から涙がこぼれ落ちる。
 
「律人」

 レオンは、思わず彼の肩を抱く。律人が、震える両手を握りしめながら言った。
 
「それで、僕は言ったんだ」

「……なんて?」

「こんな家にはいたくない、お父さんもお母さんも大嫌い、いなくなっちゃえばいいのにって」

 律人は泣き崩れる。
 
「律人」

「今なら、自分がどんなにひどいことを言ったか、よくわかるよ。だけど、あのときの僕には、二人がどんなに苦しんでいるかも、問題を抱えながら、必死になんとかしようとしていたことも、全然わかっていなかった」

「それは、まだ子供だったから」

 律人は、何度も首を横に振る。
 
「子供だって、言っちゃいけないことがあるよ。それなのに、僕は……」

 深いため息をついてから、律人は言った。
 
「僕は二人に向かって、今までのこと、全部おじいちゃんたちにばらしてやるって言ったんだ」

「あ……」

「最低だよね」

「いや……」

 律人は、流れる涙を拭いながら続ける。
 
「僕の言葉に、お父さんは逆上した。そりゃそうだよね。

 僕は叩かれて、体が吹っ飛んで、食器棚の角かどこかに思いっきり頭をぶつけたんだ。お母さんの悲鳴が聞こえた気がしたけど、すぐに何もわからなくなった」
 
「意識を失ったのか」

「そう。気がついたときには、僕は車の後部座席に乗せられていた。

 頭が、すごく痛くて……。お母さんが横に座っていて、『病院までもう少しだからね』って。
 
 車に乗って出かけたのは、僕を病院に連れて行くためだったんだ」
 
「そうだったのか」

「頭がズキズキして、目を開けていられなくて、ずっと目を閉じていた。だけど、突然クラクションが鳴って、急ブレーキがかかって……」

 レオンは、声を詰まらせ、苦し気に背中を丸める律人を抱きしめる。律人は、嗚咽しながら言った。
 
「驚いて、目を開けたら、前から、トラックが……!」

 律人は、喘ぐように呼吸している。とても苦しそうだ。
 
「わかった。それ以上話さなくていい」

 だが、律人は、絞り出すように言った。
 
「全部、僕のせいだ。僕のせいで、お父さんと、お母さんは……死んだ」

 不意に律人の体から力が抜け、くたりとレオンにもたれかかった。意識を失ったのだ。
 
「律人、大丈夫か? しっかりしろ」

 だが、律人は目を覚まさない。レオンの体がぼやけ始め、律人の体が腕をすり抜けて、ベッドの上にどさりと倒れた。
 
「律人!」

 レオンはなすすべもなく、自分の部屋に引き戻される。律人のことが心配でたまらないが、どうすることも出来ない。
 
 
 レオンは、いつものように律人が名前を呼んでくれるのを、ひたすら待った。律人に呼ばれることでしか、彼は律人のそばに行くことが出来ないのだから。
 
 今までのレオンは、あまり時間の感覚がなく、律人に呼ばれるまで、じっと自分の部屋で座っていることを苦痛に感じたことはなかった。彼にとっては、それが当たり前であり、ごく普通のことだったからだ。
 
 だが今、彼は初めて時間の経過というものを体感し、じりじりとした、胸がよじれるような焦燥を感じている。律人、早く俺を呼んでくれ……。
 
 
 
 僕は高熱を出したらしかった。しばらくの間、意識が朦朧とし、体中がひどく痛んで、何も考えることが出来なかった。
 
 ようやく目が覚めたとき、僕は空っぽになっていた。
 
 
「やっと目が覚めたのね。熱も下がってよかったわ。

 ちっとも目を覚まさないから、救急車を呼ぼうかと思ったけど、おじいちゃんに言われて綱沢先生に往診していただいたのよ。

 恭平もとても心配して、お見舞いに来るって言っていたわよ。政樹くんも、何度も電話をくれて……」
 
 何を言ってもぽかんとしたまま答えない僕に、ようやく異変を感じたのだろうか。
 
「りっくん?」

 年配の女性が、不安そうに僕の顔を見つめた。それで僕は、何か言わなくてはと口を開く。
 
「あの、えぇと……」

 女性は、僕の祖母なのだろうか。「りっくん」というのは、僕のこと?
 
「りっくん、まさか……」

 「まさか」の次にどんな言葉が続くのかわからなかったけれど、それを聞く前に、僕は思い切って言った。
 
「僕、何も覚えていなくて」

「なんてこと……。おばあちゃんのことがわからないの?」

 やはり、この人は僕の祖母なのだ。
 
「あぁ、はい」

「恭平のことも? おじいちゃんのことも? じゃあ、自分の名前も?」

「はい……」

「なんてこと!」

 祖母が、両手で顔を覆った。


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次のエピソードへ進む 21,見舞いに来た恭平と政樹


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「関係なくなんか……」
 言いかけたところで、今度は母が大きな声を上げた。
「律人に当たるのはやめてちょうだい!」
「当たってなんてないだろうが!」
 ああ、なんてことだ……。律人は、醜く言い争う両親を呆然と見つめる。
「もう、いい加減にしてよ!」
 泣きながら叫ぶと、両親が、はっとしたように律人の顔を見た。
 律人の体がガクガクと震え、目から涙がこぼれ落ちる。
「律人」
 レオンは、思わず彼の肩を抱く。律人が、震える両手を握りしめながら言った。
「それで、僕は言ったんだ」
「……なんて?」
「こんな家にはいたくない、お父さんもお母さんも大嫌い、いなくなっちゃえばいいのにって」
 律人は泣き崩れる。
「律人」
「今なら、自分がどんなにひどいことを言ったか、よくわかるよ。だけど、あのときの僕には、二人がどんなに苦しんでいるかも、問題を抱えながら、必死になんとかしようとしていたことも、全然わかっていなかった」
「それは、まだ子供だったから」
 律人は、何度も首を横に振る。
「子供だって、言っちゃいけないことがあるよ。それなのに、僕は……」
 深いため息をついてから、律人は言った。
「僕は二人に向かって、今までのこと、全部おじいちゃんたちにばらしてやるって言ったんだ」
「あ……」
「最低だよね」
「いや……」
 律人は、流れる涙を拭いながら続ける。
「僕の言葉に、お父さんは逆上した。そりゃそうだよね。
 僕は叩かれて、体が吹っ飛んで、食器棚の角かどこかに思いっきり頭をぶつけたんだ。お母さんの悲鳴が聞こえた気がしたけど、すぐに何もわからなくなった」
「意識を失ったのか」
「そう。気がついたときには、僕は車の後部座席に乗せられていた。
 頭が、すごく痛くて……。お母さんが横に座っていて、『病院までもう少しだからね』って。
 車に乗って出かけたのは、僕を病院に連れて行くためだったんだ」
「そうだったのか」
「頭がズキズキして、目を開けていられなくて、ずっと目を閉じていた。だけど、突然クラクションが鳴って、急ブレーキがかかって……」
 レオンは、声を詰まらせ、苦し気に背中を丸める律人を抱きしめる。律人は、嗚咽しながら言った。
「驚いて、目を開けたら、前から、トラックが……!」
 律人は、喘ぐように呼吸している。とても苦しそうだ。
「わかった。それ以上話さなくていい」
 だが、律人は、絞り出すように言った。
「全部、僕のせいだ。僕のせいで、お父さんと、お母さんは……死んだ」
 不意に律人の体から力が抜け、くたりとレオンにもたれかかった。意識を失ったのだ。
「律人、大丈夫か? しっかりしろ」
 だが、律人は目を覚まさない。レオンの体がぼやけ始め、律人の体が腕をすり抜けて、ベッドの上にどさりと倒れた。
「律人!」
 レオンはなすすべもなく、自分の部屋に引き戻される。律人のことが心配でたまらないが、どうすることも出来ない。
 レオンは、いつものように律人が名前を呼んでくれるのを、ひたすら待った。律人に呼ばれることでしか、彼は律人のそばに行くことが出来ないのだから。
 今までのレオンは、あまり時間の感覚がなく、律人に呼ばれるまで、じっと自分の部屋で座っていることを苦痛に感じたことはなかった。彼にとっては、それが当たり前であり、ごく普通のことだったからだ。
 だが今、彼は初めて時間の経過というものを体感し、じりじりとした、胸がよじれるような焦燥を感じている。律人、早く俺を呼んでくれ……。
 僕は高熱を出したらしかった。しばらくの間、意識が朦朧とし、体中がひどく痛んで、何も考えることが出来なかった。
 ようやく目が覚めたとき、僕は空っぽになっていた。
「やっと目が覚めたのね。熱も下がってよかったわ。
 ちっとも目を覚まさないから、救急車を呼ぼうかと思ったけど、おじいちゃんに言われて綱沢先生に往診していただいたのよ。
 恭平もとても心配して、お見舞いに来るって言っていたわよ。政樹くんも、何度も電話をくれて……」
 何を言ってもぽかんとしたまま答えない僕に、ようやく異変を感じたのだろうか。
「りっくん?」
 年配の女性が、不安そうに僕の顔を見つめた。それで僕は、何か言わなくてはと口を開く。
「あの、えぇと……」
 女性は、僕の祖母なのだろうか。「りっくん」というのは、僕のこと?
「りっくん、まさか……」
 「まさか」の次にどんな言葉が続くのかわからなかったけれど、それを聞く前に、僕は思い切って言った。
「僕、何も覚えていなくて」
「なんてこと……。おばあちゃんのことがわからないの?」
 やはり、この人は僕の祖母なのだ。
「あぁ、はい」
「恭平のことも? おじいちゃんのことも? じゃあ、自分の名前も?」
「はい……」
「なんてこと!」
 祖母が、両手で顔を覆った。