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18,次期社長の噂

ー/ー



「これからは、ときどきしか会えないかもしれないけど、僕の代わりに、マティに律人のそばにいてほしいと思ってね」

 そんなふうに言われては、また涙がこみ上げてしまう。律人は、声を震わせて言った。
 
「大切にする。僕の宝物にするよ」

 ネックレスを首にかけようとすると、恭平が手を差し出して言った。
 
「貸して。かけてあげるよ」



「えぇっ、いいなあ!」

 いつものように遊びに来た政樹に、首に提げたマティのネックレスを見せると、彼が声を上げた。
 
「僕も姉ちゃんにマティをもらったよ。でも姉ちゃんがくれたのは、そんな上等なやつじゃなくて、見るからに安っぽいチャームみたいなのだよ。

 ガラスだってゆがんでて、真ん中の黒丸もゆがんでて、短い紐が付いてるやつ」
 
「そ、そうなんだ……」

「姉ちゃん、僕には安物で十分だと思ってるんだな。チキショー」

 くやしがる政樹に申し訳ないと思いながら、律人は、ちょっとうれしくなってしまった。やっぱり恭平くんは、僕のことを大切に思ってくれているんだ……。
 
 政樹は、鼻息荒く言った。
 
「姉ちゃんにもらったやつ、今度見せるよ。それがどんなにテキトーな品物か。

 それにしても、やっぱり恭平さんは違うなあ。人間が出来てる。
 
 さすがは次期社長」
 
 最後の言葉に、律人は、はっとして聞いた。
 
「それって、みんなが言ってるの?」

「え? 恭平さんのこと?」

「うん」

「ああ、医療業界の近い人たちの中には、そんなふうに言っている人がいるみたいだよ。専務より、恭平さんのほうが社長の器なんじゃないかって」

 専務とは健吾叔父のことだ。
 
「健吾叔父さんは、評判悪いのかなあ」

 政樹は首をひねる。
 
「さあ。僕はそういう話をしている人がいるっていうのを小耳にはさんだだけだから」

「そう……」

 今度は政樹が質問する。
 
「専務さんって、美理ちゃんたちのお父さんだろ?」

「うん」

「どんな人?」

「僕もそんなに話したことはないんだ。会うのは、この前みたいに別荘に集まるときくらいだし。

 でも、おじいちゃんとの仲もうまくいっているみたいだし、穏やかな人だよ。できちゃった婚だけど、家庭を大切にしていそうだし」
 
「ああ、それは、あれかも」

「え?」

「できちゃった婚。それがダメなわけじゃないとは思うけど、大きな会社の社長としては、マイナスにはなるかもね」

「でも、叔母さんとも夫婦仲はよさそうだし、子供たちのこともかわいがっているよ」

「それでも、企業のトップとしては、そういう、うっかり結婚前に子供が、みたいなわきの甘さは、いざというとき不安、みたいに見られるのかも」

「な、なるほど……」

 律人は、驚きつつも感心する。
 
「政樹くんって、やっぱりすごいね」

「何が?」

「小説の構想について聞いたときもそうだったけど、やっぱり頭がいい人は違うなあと思って。僕もできちゃった婚はまずいかもと思ったことはあったけど、そこまで深く考えたことはなかった」

 ただ、配偶者の出自に関して、恭平のほうが上だという、いたって下世話なことを考えただけだった。
 
 
 
「りっくん、タクシー来たわよ」

 祖母の声に、律人は杖をついて玄関を出る。今日は定期検診の日なのだ。
 
 恭平が学生の頃は、ほとんど彼に車で連れて行ってもらっていたのだが、今は祖母とタクシーで病院まで行く。一度、一人でも行けると言ってみたのだけれど、祖母に即座に却下された。
 
 タクシーでならば、一人でも大丈夫だと思うのだけれど、祖母が心配する気持ちもわかるので、それ以上は言わなかった。
 
 
 病院までは、11歳の頃から何度も通っている慣れた道だ。いつも頼むタクシー会社の人とも顔見知りになっているくらいだし、定期検診も何度も受けているので、それほど緊張することもない。
 
 律人は、シートに体を預けて車窓に目をやる。大通りに面して、中古車販売店やコンビニ、ファミリーレストランなどが並んでいる。
 
 
 だが、病院まであと数分というところで、それは起こった。交差点で、信号無視の車が飛び出して来たのだ。
 
 運転手が急ブレーキを踏み、一瞬、前のめりになった体が、シートベルトで、強く座席に引き戻された。大事に至ることはなく、信号無視した車は、そのまま走り去った。
 
「危ないなあ!」

 吐き捨てるように言った後、運転手は、すぐに振り返って言った。
 
「大丈夫ですか?」

「びっくりしたわねえ。りっくん、大丈夫だった?」

 祖母が、胸を押さえながらこちらを見る。
 
「あ……!」


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「これからは、ときどきしか会えないかもしれないけど、僕の代わりに、マティに律人のそばにいてほしいと思ってね」
 そんなふうに言われては、また涙がこみ上げてしまう。律人は、声を震わせて言った。
「大切にする。僕の宝物にするよ」
 ネックレスを首にかけようとすると、恭平が手を差し出して言った。
「貸して。かけてあげるよ」
「えぇっ、いいなあ!」
 いつものように遊びに来た政樹に、首に提げたマティのネックレスを見せると、彼が声を上げた。
「僕も姉ちゃんにマティをもらったよ。でも姉ちゃんがくれたのは、そんな上等なやつじゃなくて、見るからに安っぽいチャームみたいなのだよ。
 ガラスだってゆがんでて、真ん中の黒丸もゆがんでて、短い紐が付いてるやつ」
「そ、そうなんだ……」
「姉ちゃん、僕には安物で十分だと思ってるんだな。チキショー」
 くやしがる政樹に申し訳ないと思いながら、律人は、ちょっとうれしくなってしまった。やっぱり恭平くんは、僕のことを大切に思ってくれているんだ……。
 政樹は、鼻息荒く言った。
「姉ちゃんにもらったやつ、今度見せるよ。それがどんなにテキトーな品物か。
 それにしても、やっぱり恭平さんは違うなあ。人間が出来てる。
 さすがは次期社長」
 最後の言葉に、律人は、はっとして聞いた。
「それって、みんなが言ってるの?」
「え? 恭平さんのこと?」
「うん」
「ああ、医療業界の近い人たちの中には、そんなふうに言っている人がいるみたいだよ。専務より、恭平さんのほうが社長の器なんじゃないかって」
 専務とは健吾叔父のことだ。
「健吾叔父さんは、評判悪いのかなあ」
 政樹は首をひねる。
「さあ。僕はそういう話をしている人がいるっていうのを小耳にはさんだだけだから」
「そう……」
 今度は政樹が質問する。
「専務さんって、美理ちゃんたちのお父さんだろ?」
「うん」
「どんな人?」
「僕もそんなに話したことはないんだ。会うのは、この前みたいに別荘に集まるときくらいだし。
 でも、おじいちゃんとの仲もうまくいっているみたいだし、穏やかな人だよ。できちゃった婚だけど、家庭を大切にしていそうだし」
「ああ、それは、あれかも」
「え?」
「できちゃった婚。それがダメなわけじゃないとは思うけど、大きな会社の社長としては、マイナスにはなるかもね」
「でも、叔母さんとも夫婦仲はよさそうだし、子供たちのこともかわいがっているよ」
「それでも、企業のトップとしては、そういう、うっかり結婚前に子供が、みたいなわきの甘さは、いざというとき不安、みたいに見られるのかも」
「な、なるほど……」
 律人は、驚きつつも感心する。
「政樹くんって、やっぱりすごいね」
「何が?」
「小説の構想について聞いたときもそうだったけど、やっぱり頭がいい人は違うなあと思って。僕もできちゃった婚はまずいかもと思ったことはあったけど、そこまで深く考えたことはなかった」
 ただ、配偶者の出自に関して、恭平のほうが上だという、いたって下世話なことを考えただけだった。
「りっくん、タクシー来たわよ」
 祖母の声に、律人は杖をついて玄関を出る。今日は定期検診の日なのだ。
 恭平が学生の頃は、ほとんど彼に車で連れて行ってもらっていたのだが、今は祖母とタクシーで病院まで行く。一度、一人でも行けると言ってみたのだけれど、祖母に即座に却下された。
 タクシーでならば、一人でも大丈夫だと思うのだけれど、祖母が心配する気持ちもわかるので、それ以上は言わなかった。
 病院までは、11歳の頃から何度も通っている慣れた道だ。いつも頼むタクシー会社の人とも顔見知りになっているくらいだし、定期検診も何度も受けているので、それほど緊張することもない。
 律人は、シートに体を預けて車窓に目をやる。大通りに面して、中古車販売店やコンビニ、ファミリーレストランなどが並んでいる。
 だが、病院まであと数分というところで、それは起こった。交差点で、信号無視の車が飛び出して来たのだ。
 運転手が急ブレーキを踏み、一瞬、前のめりになった体が、シートベルトで、強く座席に引き戻された。大事に至ることはなく、信号無視した車は、そのまま走り去った。
「危ないなあ!」
 吐き捨てるように言った後、運転手は、すぐに振り返って言った。
「大丈夫ですか?」
「びっくりしたわねえ。りっくん、大丈夫だった?」
 祖母が、胸を押さえながらこちらを見る。
「あ……!」