表示設定
表示設定
目次 目次




16,三度ぎくりとすること

ー/ー



「もしかして政樹くん、小説書いてるの?」

 律人が尋ねると、政樹は苦笑した。
 
「書いてないよ。でも、いつかは書いてみたいと思ってはいる」

「すごい……」

「すごくないよ。ただそう思っているだけだから」

「でもさ、こんなのが書きたいとか、何か構想があったりするの?」

「構想ってほどじゃないけど、やっぱり僕はミステリが書きたいかな。舞台は大きな病院とか」

「それって、長篠総合病院?」

 長篠総合病院というのが、政樹の父が院長を務める病院だ。
 
「まあ、参考にはするよね。ほかの人よりは病院のことについていろいろ知っているから、細かいところなんかもリアリティーが出せると思うし」

「そうか……」

 律人は、楽しそうに語る政樹を尊敬のまなざしで見つめる。やっぱり頭のいい人は考えることが違う。
 
「それで、病院内で謎に満ちた事件が起きて、真汐航平みたいなカッコいい探偵が現れて……みたいなのが書けたらいいなあと思ってはいるけど、具体的な内容はまだ白紙だよ。今は勉強が忙しくて、小説は読むだけで手一杯だからね」

「そう、だね」

 政樹が、えへへと照れくさそうに笑った。
 
「こんな話、初めてしたよ。ホント、律人くんになら、なんでも話せちゃうんだよね」

「へえ、そうなんだ」

 律人も微笑む。そんなふうに言われると、とてもうれしい。
 
 さらに政樹は続ける。
 
「病院内の派閥争いなんかも絡めると、ちょっと社会派な感じも出るかも」

「そうだね。あの、もしかして、長篠総合病院にもあったりするの?」

「何が?」

「だから、その、派閥争いとか」

「ないよ」

 あははと笑ってから、ふと真顔になって政樹がつぶやいた。
 
「いや、僕が知らないだけで、もしかしたらあるのかも……」
 
 
 政樹を見送るため、ともに部屋を出ると、ちょうど祖母がやって来たところだった。
 
「政樹くん、もうお帰りになるの?」

「はい、お邪魔しました」

 そう言って頭を下げた政樹に、祖母が包みを差し出した。
 
「これ、クッキーなの。たくさんいただいたからおすそ分けよ」

「ありがとうございます!」
 
「これからも、この子と仲良くしてやってくださいね」

「こちらこそです!」



 夕食のときに、政樹が来たことを、祖母が祖父に話している。
 
「政樹くん、とってもいい子なのよ。礼儀正しいし、りっくんと気が合うみたいで」

 祖父が律人を見る。
 
「そうか、よかったな」

「うん」

 うなずいてから、律人は祖父に聞いてみる。
 
「将来、恭平くんがおじいちゃんの後を継いで社長になるって本当?」

 祖父が、眉を上げる。
 
「誰がそんなことを言っているんだ?」

「なんか、披露宴に来た人が言っていたみたい」

「ほう……」

「そうなの?」

 すると、祖母が答えた。
 
「健吾は、ちょっと頼りないところがあるのよねえ。その点、恭平は、とても堅実でしっかりしているから」

 祖父が言った。
 
「先のことはわからんよ。おじいちゃんも、まだまだ社長の座を譲る気はないしな」

「ふうん」

 うなずきながら、律人は考える。でもおじいちゃんは、僕が言ったことを否定はしなかったな。
 
 
 
 その夜、律人はベッドの中で考えた。政樹に言われるまで、自分で小説を書こうなどとは考えもしなかったし、今も思っているわけではない。
 
 でも、空想する時間ならば、自分には政樹の何倍もある。もしも僕が書くとしたら、やっぱり舞台は医療機器メーカーだろうか。
 
 祖父が経営する会社内のことや、具体的な仕事の内容さえ自分はよく知らない。病院が派閥争いなら、こっちは後継者争いに絡んだ謎、とか?
 
 周りから次期社長と目されていた人物が、何者かの手によって殺害され……。
 
「……え?」

 そこまで考えて、律人はぎくりとする。まさか、そんなはずないよね。
 
 両親が亡くなったのは交通事故であって、殺人なんかじゃない。でも、突然、夜中に家族そろって車で出かけた理由はわかっていないのだ。
 
 なぜなら、自分が何も覚えていないから。そして、さらに律人はぎくりとする。
 
 後継者争いと言ったって、会社を継ぐのは律人の父と決まっていて、それが気に入らない人物といえば……。当時まだ学生だった恭平がそんなことを考えるはずもないし、だったらそれは、健吾叔父しかいない。
 
 もちろん、本当に気に入らなかったかどうかもわからない。律人が見る限りでは気のいい人で、祖母は頼りないと言ったけれど、だったら、トップに立つよりも、トップをサポートする役割のほうが向いているのではないか。
 
 いや、でも、本人がそれを望んでいたかどうか。周りにそういうふうに見られることをよしとしていたかどうか……。
 
 そこで三度目にぎくりとし、律人は布団をはねのけて叫んだ。
 
「レオン!」


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 17,ほっとしたように微笑む律人


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



「もしかして政樹くん、小説書いてるの?」
 律人が尋ねると、政樹は苦笑した。
「書いてないよ。でも、いつかは書いてみたいと思ってはいる」
「すごい……」
「すごくないよ。ただそう思っているだけだから」
「でもさ、こんなのが書きたいとか、何か構想があったりするの?」
「構想ってほどじゃないけど、やっぱり僕はミステリが書きたいかな。舞台は大きな病院とか」
「それって、長篠総合病院?」
 長篠総合病院というのが、政樹の父が院長を務める病院だ。
「まあ、参考にはするよね。ほかの人よりは病院のことについていろいろ知っているから、細かいところなんかもリアリティーが出せると思うし」
「そうか……」
 律人は、楽しそうに語る政樹を尊敬のまなざしで見つめる。やっぱり頭のいい人は考えることが違う。
「それで、病院内で謎に満ちた事件が起きて、真汐航平みたいなカッコいい探偵が現れて……みたいなのが書けたらいいなあと思ってはいるけど、具体的な内容はまだ白紙だよ。今は勉強が忙しくて、小説は読むだけで手一杯だからね」
「そう、だね」
 政樹が、えへへと照れくさそうに笑った。
「こんな話、初めてしたよ。ホント、律人くんになら、なんでも話せちゃうんだよね」
「へえ、そうなんだ」
 律人も微笑む。そんなふうに言われると、とてもうれしい。
 さらに政樹は続ける。
「病院内の派閥争いなんかも絡めると、ちょっと社会派な感じも出るかも」
「そうだね。あの、もしかして、長篠総合病院にもあったりするの?」
「何が?」
「だから、その、派閥争いとか」
「ないよ」
 あははと笑ってから、ふと真顔になって政樹がつぶやいた。
「いや、僕が知らないだけで、もしかしたらあるのかも……」
 政樹を見送るため、ともに部屋を出ると、ちょうど祖母がやって来たところだった。
「政樹くん、もうお帰りになるの?」
「はい、お邪魔しました」
 そう言って頭を下げた政樹に、祖母が包みを差し出した。
「これ、クッキーなの。たくさんいただいたからおすそ分けよ」
「ありがとうございます!」
「これからも、この子と仲良くしてやってくださいね」
「こちらこそです!」
 夕食のときに、政樹が来たことを、祖母が祖父に話している。
「政樹くん、とってもいい子なのよ。礼儀正しいし、りっくんと気が合うみたいで」
 祖父が律人を見る。
「そうか、よかったな」
「うん」
 うなずいてから、律人は祖父に聞いてみる。
「将来、恭平くんがおじいちゃんの後を継いで社長になるって本当?」
 祖父が、眉を上げる。
「誰がそんなことを言っているんだ?」
「なんか、披露宴に来た人が言っていたみたい」
「ほう……」
「そうなの?」
 すると、祖母が答えた。
「健吾は、ちょっと頼りないところがあるのよねえ。その点、恭平は、とても堅実でしっかりしているから」
 祖父が言った。
「先のことはわからんよ。おじいちゃんも、まだまだ社長の座を譲る気はないしな」
「ふうん」
 うなずきながら、律人は考える。でもおじいちゃんは、僕が言ったことを否定はしなかったな。
 その夜、律人はベッドの中で考えた。政樹に言われるまで、自分で小説を書こうなどとは考えもしなかったし、今も思っているわけではない。
 でも、空想する時間ならば、自分には政樹の何倍もある。もしも僕が書くとしたら、やっぱり舞台は医療機器メーカーだろうか。
 祖父が経営する会社内のことや、具体的な仕事の内容さえ自分はよく知らない。病院が派閥争いなら、こっちは後継者争いに絡んだ謎、とか?
 周りから次期社長と目されていた人物が、何者かの手によって殺害され……。
「……え?」
 そこまで考えて、律人はぎくりとする。まさか、そんなはずないよね。
 両親が亡くなったのは交通事故であって、殺人なんかじゃない。でも、突然、夜中に家族そろって車で出かけた理由はわかっていないのだ。
 なぜなら、自分が何も覚えていないから。そして、さらに律人はぎくりとする。
 後継者争いと言ったって、会社を継ぐのは律人の父と決まっていて、それが気に入らない人物といえば……。当時まだ学生だった恭平がそんなことを考えるはずもないし、だったらそれは、健吾叔父しかいない。
 もちろん、本当に気に入らなかったかどうかもわからない。律人が見る限りでは気のいい人で、祖母は頼りないと言ったけれど、だったら、トップに立つよりも、トップをサポートする役割のほうが向いているのではないか。
 いや、でも、本人がそれを望んでいたかどうか。周りにそういうふうに見られることをよしとしていたかどうか……。
 そこで三度目にぎくりとし、律人は布団をはねのけて叫んだ。
「レオン!」