12,特別な存在
ー/ー
「そうなのか」
「政樹くんも本が好きなんだって。それで、今度お互いの本を貸しっこする約束をしたんだ」
「それはよかったな」
レオンは心からそう思った。レオンが知っている限り、律人が家族以外の誰かと交流するのは、ほとんど初めてかもしれない。
恭平のほかにも言葉を交わす相手が出来たのは、とても喜ばしいことだ。趣味が同じなら、なおのこと。
「うん」
律人は、子供のようなあどけない表情でこくりとうなずいた。
「おー、カッコいい」
政樹は、「機械仕掛けの帝国」を手に取って言った。表紙には、飛行船と蒸気機関車が描かれている。
部屋の中央にあるテーブルには、先ほど琴子が運んで来てくれた紅茶とケーキが置かれている。週末の午後、政樹がやって来たのだ。
祖母はリビングルームを使っていいと言ったのだが、じっくり本を選んでもらえるように、律人の部屋に来てもらった。
「どれも僕のお気に入りだけど、この中から好きなのを選んで」
政樹は、並べた本を一冊ずつ手に取っては眺める。
「いやあ、迷うなあ」
「もちろん、全部読んでもらってもいいんだけど、持って帰るの重いよね」
「重いのは平気だけど。あっ、ちょっと待って」
そう言って政樹は、床の上に置いたデイパックのファスナーを開けて数冊の本を取り出す。
「僕がハマってる『真汐航平シリーズ』だよ」
「わあ……」
こちらは本格ミステリで、表紙の名探偵・真塩航平のイラストがカッコいい。あまり読んだことのないジャンルだけれど、頭脳明晰な探偵の謎解きは面白そうだ。
ペラペラとページをめくりかけたところで、律人は気がついて言った。
「とりあえず、ケーキ食べようか」
「うん」
「あー……」
ケーキを食べながら、政樹が嘆息した。
「どうしたの?」
尋ねる律人に、政樹は苦笑しながら言った。
「ずっと好きな本だけ読んで暮らせたらいいのになあと思ってさ」
「勉強が忙しいの?」
「まあね。僕の成績だと、よっぽどがんばらないと医学部は難しいから。
なんで医者にならなくちゃいけないんだよって、ムッとすることもあるけど、とてもそんなこと言える雰囲気じゃないし」
「そうなんだ」
「姉ちゃんだって医者を目指したってよかったのに、『私は血が苦手だから』とか言っちゃって、医学部に入るのを拒否したんだぜ。お父さんは姉ちゃんには甘いんだから。
自分が医者にならないなら、医者と結婚すればいいのに」
「はあ……」
律人が口ごもると、政樹が慌てたように言った。
「あっ、ごめん。変なこと言って。
別に恭平さんがどうこうってわけじゃ……」
「ううん、政樹くんは大変なんだね。僕はこんな感じで学校にも行ったことがないし、誰にも何も期待されていないから気楽なもんだけど」
「そんなことないだろ?」
「え?」
「気楽ってことはないだろ?」
まっすぐな視線に、少したじろぐ。たしかに、本当の気持ちは決して気楽ではない。
「まあ、将来のことを考えると不安になるから、なるべく考えないようにしてるっていうところはあるけど」
「そっか……」
政樹はうなだれる。今度は律人が謝る。
「僕のほうこそ、変なこと言ってごめん」
「いや。でも、姉ちゃんが恭平さんと見合いしたおかげで、律人くんと知り合えてよかったよ。
今みたいな話、人にしたの初めて。小説の話が出来るのもすごく楽しいし」
「あ……僕も。僕は今まで友達がいなかったから、今こうして政樹くんが自分の部屋にいるのが信じられないくらい」
「そっか」
そして、どちらからともなく二人は微笑みあった。
その日から、律人にとって政樹は、確実に特別な存在になった。毎日のようにメッセージのやり取りをしたし、政樹はときどき遊びに来てくれるようになった。
政樹は勉強が忙しく、塾にも通っているそうだ。そういう彼に刺激を受け、律人も今までよりは勉強に身を入れるようになった。
医者を目指している政樹と違い、律人には目標があるわけではないし、この体で、将来何が出来るのかも、よくわからない。正直なところ、それについて突き詰めて考えることは、怖くて避けているところがある。
ただ、とりあえずは、通信制の高校を卒業できるくらいにはがんばろうという気持ちになった。政樹と仲良くなったおかげだ。
そんなある日のこと。
政樹が来ることになっている日の前日、律人は体調を崩して寝込んでしまった。翌日には回復することを願っていたものの、叶わなかった。
恭平が断りの連絡を入れてくれると言ったのだが、律人は、自分ですると言った。痛みをこらえながらメッセージを打つ。
―― 体調が悪いので、申し訳ないけど、今日の約束は中止にしてもらえるかな。
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「政樹くんも本が好きなんだって。それで、今度お互いの本を貸しっこする約束をしたんだ」
「それはよかったな」
レオンは心からそう思った。レオンが知っている限り、律人が家族以外の誰かと交流するのは、ほとんど初めてかもしれない。
恭平のほかにも言葉を交わす相手が出来たのは、とても喜ばしいことだ。趣味が同じなら、なおのこと。
「うん」
律人は、子供のようなあどけない表情でこくりとうなずいた。
「おー、カッコいい」
政樹は、「機械仕掛けの帝国」を手に取って言った。表紙には、飛行船と蒸気機関車が描かれている。
部屋の中央にあるテーブルには、先ほど琴子が運んで来てくれた紅茶とケーキが置かれている。週末の午後、政樹がやって来たのだ。
祖母はリビングルームを使っていいと言ったのだが、じっくり本を選んでもらえるように、律人の部屋に来てもらった。
「どれも僕のお気に入りだけど、この中から好きなのを選んで」
政樹は、並べた本を一冊ずつ手に取っては眺める。
「いやあ、迷うなあ」
「もちろん、全部読んでもらってもいいんだけど、持って帰るの重いよね」
「重いのは平気だけど。あっ、ちょっと待って」
そう言って政樹は、床の上に置いたデイパックのファスナーを開けて数冊の本を取り出す。
「僕がハマってる『真汐航平シリーズ』だよ」
「わあ……」
こちらは本格ミステリで、表紙の名探偵・真塩航平のイラストがカッコいい。あまり読んだことのないジャンルだけれど、頭脳明晰な探偵の謎解きは面白そうだ。
ペラペラとページをめくりかけたところで、律人は気がついて言った。
「とりあえず、ケーキ食べようか」
「うん」
「あー……」
ケーキを食べながら、政樹が嘆息した。
「どうしたの?」
尋ねる律人に、政樹は苦笑しながら言った。
「ずっと好きな本だけ読んで暮らせたらいいのになあと思ってさ」
「勉強が忙しいの?」
「まあね。僕の成績だと、よっぽどがんばらないと医学部は難しいから。
なんで医者にならなくちゃいけないんだよって、ムッとすることもあるけど、とてもそんなこと言える雰囲気じゃないし」
「そうなんだ」
「姉ちゃんだって医者を目指したってよかったのに、『私は血が苦手だから』とか言っちゃって、医学部に入るのを拒否したんだぜ。お父さんは姉ちゃんには甘いんだから。
自分が医者にならないなら、医者と結婚すればいいのに」
「はあ……」
律人が口ごもると、政樹が慌てたように言った。
「あっ、ごめん。変なこと言って。
別に恭平さんがどうこうってわけじゃ……」
「ううん、政樹くんは大変なんだね。僕はこんな感じで学校にも行ったことがないし、誰にも何も期待されていないから気楽なもんだけど」
「そんなことないだろ?」
「え?」
「気楽ってことはないだろ?」
まっすぐな視線に、少したじろぐ。たしかに、本当の気持ちは決して気楽ではない。
「まあ、将来のことを考えると不安になるから、なるべく考えないようにしてるっていうところはあるけど」
「そっか……」
政樹はうなだれる。今度は律人が謝る。
「僕のほうこそ、変なこと言ってごめん」
「いや。でも、姉ちゃんが恭平さんと見合いしたおかげで、律人くんと知り合えてよかったよ。
今みたいな話、人にしたの初めて。小説の話が出来るのもすごく楽しいし」
「あ……僕も。僕は今まで友達がいなかったから、今こうして政樹くんが自分の部屋にいるのが信じられないくらい」
「そっか」
そして、どちらからともなく二人は微笑みあった。
その日から、律人にとって政樹は、確実に特別な存在になった。毎日のようにメッセージのやり取りをしたし、政樹はときどき遊びに来てくれるようになった。
政樹は勉強が忙しく、塾にも通っているそうだ。そういう彼に刺激を受け、律人も今までよりは勉強に身を入れるようになった。
医者を目指している政樹と違い、律人には目標があるわけではないし、この体で、将来何が出来るのかも、よくわからない。正直なところ、それについて突き詰めて考えることは、怖くて避けているところがある。
ただ、とりあえずは、通信制の高校を卒業できるくらいにはがんばろうという気持ちになった。政樹と仲良くなったおかげだ。
そんなある日のこと。
政樹が来ることになっている日の前日、律人は体調を崩して寝込んでしまった。翌日には回復することを願っていたものの、叶わなかった。
恭平が断りの連絡を入れてくれると言ったのだが、律人は、自分ですると言った。痛みをこらえながらメッセージを打つ。
―― 体調が悪いので、申し訳ないけど、今日の約束は中止にしてもらえるかな。