あの日、最後に工場のドアを閉めた瞬間から、何かが変わってしまった。私の名は__。この工場を率いている社長だ。
今、私はこの場所に留まり、日々の業務を見守っているつもりだが、どうにも周囲が変わっていくのを感じている。
工場の内部は、いつも音が聞こえていた。機械の唸り、作業員たちの声。私はそのすべてを見ていた。そして、人々が忙しく働く姿を見るのが好きだった。
彼らは私の誇りであり、工場の未来だった。だが、最近は何かが違う。影が薄くなるように、物音が減っている気がする。
そんなある日だった。工場の中で奇妙な気配を感じると、明らかに工場員達と雰囲気の異なる、2人の男が現れた。急に緊張感が漂い、何かがおかしいと直感する。
そう言えば、少し前も似たようなことがあったな。部外者がいきなり建物の中に入って来たんで、その時は怒鳴り散らして追い返してやったんだが、彼等もその一味なのだろうか?一体何を企んでいるのか?
“ここは私の工場だ!君達は何者だ?なぜ、私の目の前に立ちはだかるのか!”
腹の底から大声を出す。一体、私はどうしてこんな状態なのだろうか?ここは私の所有地なのに、何故彼等は悪びれもせず入って来れるのだろう?
ただ私の大声が効いたのか、片方は入口付近で足を止める。流石に良心の呵責に触ったのだろう。
だが、もう片方はお構いなしに私の前まで来る。なんと傍若無人な立ち振舞か………そして、ぶっきらぼうにこう言い放つ。
「ここはもう、あんたの工場じゃねぇよ」
いきなり私の工場に入ってきて、なんて言い草だ。 “盗人猛々しい” とは、まさにこのこと……目付きも悪いし、格好からしてもカタギと呼べる連中ではない。
地上屋か?とすると、こいつ等は大方、ヤクザやチンピラの手先か何かだろう。
“馬鹿な、外の看板が見えなかったのか?”
こんな連中に常識が通じるとは思わなかったが、それでも私は大声を張り上げる。ここは私の守るべき場所だ。理不尽な輩に屈する訳には行かない。
すると、男はやれやれと言ったふうに口を開く。
「看板なんかねぇよ……」
“ないわけ、ないだろう!見えなかったのか?それとも、お前達が外したのか?”
もし、そうだとしたら許せん………一体、どんな権利があってそんなことを!
「確かに外してあったけど、俺達じゃねぇ……」
“外しただと!!貴様等、ただで済むと思うなよ!!!”
自分の中で、強烈な怒気が膨れ上がるのを感じる。
この場所が私にとって掛け替えの無いものであると同時に、看板だって私の魂そのもの………それを、私に黙って取り外すなんてやはり、こいつら信用出来ない人種だ!!
「おい……落ち着けよ。ここは、とっくに閉鎖されてんだよ」
“ふざけるな!!私は工場を閉めた覚えなんかない!”
駄目だ……!!こちらの話を端から無視してくる。
いや、元より聞く気などなかったのだろう。所詮人の物を奪い取る事に、なんの躊躇も持たない矮小な連中だ。寧ろ、こんな連中の目線に立って話をしようとした、私が馬鹿だったということだろう………
そうと決まれば、やることは一つだ。邪魔者の排除!
私の決断は早いぞ。人の権利を踏みにじる者に決して容赦はしない。
そして、目の前にいる目付きの悪い小男を見下ろす。前に来た連中は、私が一睨みしただけで慌てふためいてたが、こいつに逃げる気はないようだ。
少しは肝が座ってるのか?それとも、ただの虚勢か?もしかしたら、恐くて動けないのかもな……まぁ、なんでもいい。私は、お前を許す気などないのだからな。
「聞く耳なしかよ……」
下種が何か呟いたが、私は答えない。
聞く価値も、答える価値もないしな。私は、右手を思い切り振りかぶる。これが当たれば、お前など一溜りもない。死ぬかもしれないが、知ったことではない。私の領域を犯したお前等が悪いのだ。
一応、後ろの方にいる、もう1人にも視線を向けるが一向に動く気配はない。壁に腕を組んで寄り掛かり、始めに来た場所から微動だにせずにいる。仲間が死にそうになっているのに薄情なものだ。
そもそも、仲間意識などないのかもしれないな……所詮、甘い汁に縋りつきたがる蛆虫どもだ。自分以外の誰かを思いやるなんて、高尚な思考持ち合わせてないのだろう。不幸なことだ…………だが、私の目の前の男の無惨な死に様を見れば、速攻で逃げ出すだろうな。そうなったら、私も捕まえられない。そうに考えれはある意味奴は、幸運なのかもしれない。
そうして、逃げたら仲間を呼んでまた来るのか?
フフッ……なら、結果は同じことではないか。死ぬのが早いか、遅いかだ…………
まぁ、いい。まずは私の目の前に居る目障りなこいつを始末してやろう。そう思った私は右腕に力を込める。数秒後に、こいつは私の腕に吹き飛ばされて無惨な肉塊と化す………腕が奴に届く直前まで、そのイメージが揺らぐことは無かった。
だが………
“ぐぅあああぁぁぁぁーーーーー!!!!”
熱い……熱いぃ…………!!私の腕が……私の腕が肘より、少し前から切り飛ばされてしまった!
何だ!?何をされた?奴の左腕が少し動いたと思った瞬間、焼かれるような痛みが右腕に走ったのだ!私の半分にも満たない、こいつのどこにそんな力が!?
ふと、見ると男は私を見上げていた。不思議に思った。そいつは攻撃仕掛けた、私に怒るのではなくどこか哀れんだような目をしていたからだ。
どういうことだ……?何故、私はこいつに哀れんだ目を向けられなければならないんだ?
だが、男はそんな私に構わず今度は右手を向けてきた。
「じゃあな……」
そして、奴の掌が光る…………
“ぎゃあああーーーーーー!!!”
それが、私の見た最後の記憶となった…………
奴の放った光に焼かれながら、私は思う……
何故だ?何故、こうなった……?私は自分の大切な場所を守ろうとしただけだ…………そんな私が、なぜ殺されなければならないんだ?
なぜ、私は死ぬんだ……!?
………………………………死ぬ?…………
…………………………………………違う…………思い出したぞ……
私は、今死ぬんじゃない。もう………何年も前に、死んでいたんだ……
苦しかった……どんなに藻掻いても上がらない業績、離れて行く顧客、迫りくる借金取り達…………
どうにも首の回らなくなった私は、事務所で首を吊って死んだんだ。
無念だった……悔しかった…………私にとって生き甲斐とも呼べる、この工場をこんな形で終わらせる事がどうにも納得出来なかった。
だから私は、工場が潰れたことも、自分が死んだことにも忘れて何年もこの場所にとどまり続けたんだ。
…………なんと愚かしいことだ……何も変わりはしないのに、いつか良くなるなんて都合の良いことを考えながら、何年も何年も…………
そうか……目の前の彼が、哀しんだ目をしていたのが解ったぞ…………彼は、私を救___
◇◇◇
「お前にしちゃ、随分と粘ったな……」
ここは廃墟と化した事務所(廃工場)。そこに居座る地縛霊を、(霊波砲で)消滅させて戻ってくる雪之丞に俺はそう呟いた。
大して力も強くなかったから、近づいて速攻で仕留めると思ったんだけどな……
そう言うと、雪之丞は少しバツが悪そうな顔をしながら答える。
「ん……あの親父、他の連中と違ってまだ生前の面影が残ってたからな。納得はしねぇだろうが、一応消される理由くらい教えてやってもいいと思ったんだよ。まぁ、途中からはどうにもならなかったけど…………」
「そうか……」
…………本当に、因果な商売だな。GSってのは……
多少手こずっても同情の余地がない怨霊や妖怪の方が、まだやりやすいぜ……