「…………久しぶりだな」
“!?”
「…………ふっ……俺が誰か解るらしいな」
“何をしに来た……!?”
そいつの顔が、歪むと同時に辺りへ広がる強烈な霊圧………そいつの警戒……いや、これから感じるのは “怒り” と “憎しみ” だ……
◆◆◆
「ま〜た、退屈な仕事だぜ」
「あるだけ、ありがたく思えよ」
んなデカい仕事、滅多にあるわけねぇだろ。在ったとしても俺等のようなペーペーに回って来ねぇよ!
…………いつものGS協会の『依頼検索コーナー』で、いつものやりとり。最近ずっと、こんな調子な気がする。
毎回似たようにボヤく雪之丞に、似たようなつっ込みを入れる俺……お互い(社会的に)成人前なのに、既に脳が老化してんじゃないかと本気で不安になる。
「…………ちょうど、2件やれそうなのがある。どっちも、ショボいから分担してやろう」
パソコンの画面には、2つの案件が表示されている。
さっき言ったように、どっちも大した事のない安い案件。ただ、片方は個人的にかなり気になる………が出来るなら、こいつにそれを悟られたくない。
「チッ、しゃあねぇな。どっちやるか?」
「こっちの建設現場に居座る地縛霊なんか、お前向きなんじゃねぇの?片方は、女子高の教室に居座る霊だ。やるか?」
頼む……建設現場行ってくれ………
「確かにどっちも、ショボいな……わかった、建設現場行くよ」
………よし、第一関門はクリアだ。
ぶっちゃけ、2人で2箇所回った方が早い気がするんだが、この件はどうしても気になるんで、俺1人でしたかった。
◇◇◇
「り…理事長室は、3階に上がって、突き当りの右の部屋になります……」
「解りました」
俺の格好に若干引き気味になってる、受付の女性から説明を受けて目的の場所を目指す。
…………やっぱ、この格好(コンバットスーツに特殊マスク)もっと考えた方がいいかもな。
除霊に適してるとは言え、会うたびに相手に引かれてんじゃ、今後の仕事にも差し支えそうだ。もっと言えば、普通にメンタルに来る……特に今日みたいに、1人の時なんか余計だ。
だからと言って、他にどんな格好をすればいいんだって話でもあるけどな。オカルトGメンみたいにスーツなんか着ても、着こなせる自信がねぇし、いつものGパンにシャツなんて論外だ…………毎回ウダウダ考える割に、結局同じ格好するしかねぇのが苦しいところだよ。
もっと有名になれば、この格好でも皆納得してくれるのか?出る杭は打たれる……だけど、打てないくらい出れば、打つこ事も出来なくなる。
そんな事を考えてながら歩いていたら、すぐに目的の理事長へ着いた。前回も先生にくっついて来てたけど、ここに来るのは今回が初めてだ。
木製の重厚な作りの扉をノックをして、中へ入る。
「失礼します。依頼を受けた、伊達除霊事務所の横島です」
「……よ…良く、お出で下さいました。理事長の___です」
俺が一礼すると、すでに老年に達したであろう恰幅のいい、理事長に出迎えられた。俺は彼女を知ってるが、向こうは知っちゃいないだろうな……いや、知ってて欲しくないからいいんだけどな。色々やらかしたし………
顔には……思いっきり、疑念が浮かんでやがる。ついでに言えば、そこに受付が感じたのと同じような感情も混ざってるんだろうな。
まぁ、オカルト関係者なんて何処行っても訝しまれるのが常だ。慣れちゃいるんだが、目の前の婆さんが放つそれがいつもより強く感じるのは絶対気の所為じゃない。
多分、こんな若くて物々しい格好した得体のしれない奴に頼んで大丈夫か?……って感じだろうな。
「あの……お呼びだてして、なんなのですが…………随分お若いですわね。失礼ですが、お幾つですか?」
「は、はぁ……今年で21になりますが………」
……はい、 “逆サバ” です。嘘です、(社会的に)17歳です。
オカルト関係者はただでさえ怪しまれるとは、さっき言った。その上、無名で後ろ盾もない俺達は、依頼者から軽く見られることが多い。そこに加えて、二人とも未成年なんて知れた場合、もう目も当てらんねぇ。
だから、最近は歳を聞かれたら二十歳過ぎと通してる。駆け出しGSの、苦肉の策ってやつだ……肉体年齢はそこに近いし、そんな嘘ってことにもならないだろ?どうせ、そんなもんいちいち調べたりしねぇだろうし…………多分。
※時代設定は1990年代初頭。ネットやスマホも無い時代で今に比べて書類管理もガバガバ。だから、こんなハッタリも結構効くはず……
「そう……前に来た方も大体同じくらいだったわね。その方は女性だっけど…………」
「………前に?その人もGSですか?」
以前何があったかは知ってるが、無関係を装う為にとぼけて質問する。
多分………いや、絶対先生のこと言ってるよな。しかも、それにいい感情を持ってないことも知ってる。
「前にも、今回とは違った騒ぎがあったのよ……その方は、即日で除霊はしてくれたのだけど…………いや、この話は止めましょう」
「はぁ……」
まぁ、わざわざ話したくはないよな。
以前、美神先生は、この女子校でセクハラ行為を繰り返す悪霊……悪霊じゃなくて、この婆さんの旦那にして、この学校の校長の積もり積もった『不満や煩悩』が怨念化したものだったんだが、とにかく除霊はした。
そのやり方は、元あった場所に『不満や煩悩』を返すもの。
要するに吐き出した張本人である校長に返したんだが、そのせいで更なる問題が発生しちまった。
怨念による騒ぎは治まったんだが、その代わりに校長の人格が激変……いや、本来持ってるものを返されて、元に戻ったって言うのが正しい表現だな………
とにかく始めは妻に尻を敷かれて、枯れきった元気のねぇ爺さんだったのが、今じゃファンキーなエロジジィだ。
本人的には人生を謳歌出来て幸せなんだろうが、妻の側からしたら溜まったもんじゃねぇだろう……
そのせいで婆さんは先生、ひいてはGSそのものに不信感を持っちまったわけだ。
前回、そして今回と悪霊騒ぎが起こってんのに一流所に頼まないで、協会の方に行ったのがいい証拠だ。頼みはしても、こんな連中に高い金は払いたくない……そんな所か?
だが、そのお蔭で俺達の所に仕事が回って来るんだから、世の中とはある意味よく出来てる。いや、全くもって嬉しくねぇけど…………
俺がこの件をずっと気にしてるのは、今回の騒ぎの “元凶” に心当たりがあるからだ。依頼内容を見て、すぐにピンと来たよ。
しかも、その原因……恐らく俺だ。
「ま……まぁ、いいわ。こちらとしては、騒ぎを収めてくれるなら。どのくらい掛かるかしら?」
「今日、明日中には何とか出来ると思います」
余裕を見て、そう言ったが本心は今すぐにでもケリを付けたい。
その後、幾つか確認を済ませると俺を理事長室を後にした。婆さんは最後まで、俺への不信感が拭えないようだったが、正直今の俺にはそんな事どうでも良かった。
◇◇◇
今回の騒ぎは2週間前、突如校舎の一角にある1階の教室に悪霊が現れた事から始まった。
…………と言っても、見つけた周りの人間が騒いだだけで悪霊その物からの実害は、今の所出ていないらしい。
放課後に学校の用務員が窓の外から発見して、その用務員が言うには、教室の中心に佇んでいるだけで特に何もしていなかったそうだ。
今は、その教室の周りの入口や窓、壁に至るまで隅々まで簡易結界を張り巡らせて閉じ込めている。そして、閉じ込められても特にそいつは逃げようとも暴れようともしていないとの事だった。
本来なら、早急に対処しなきゃいけない事態にも関わらず、理事長がGSに頼むことを躊躇した……躊躇出来たのも、この辺の事情からだろう。
ちなみに、そいつの飛び出した教室………正確に言うと、その下には使われなくなった古井戸があった。そう……爺さんが、自分の『不満や煩悩』を封印した、あの井戸。
要するにそいつは井戸の底から生まれて、業者が埋めた土の中から這い出して来た訳だ。
以上の点から、始めは爺さんが疑われた。だが、爺さんのアレは完全に本人と同化してるんで、それは違うと結論付けたようだ。
何より爺さんが強弁に違うと主張していて、「自分の分身を受け入れてやろうかと思ったら、拒否された。アレは感じからして、自分じゃない」そうだ。
拒否されたと言うことは、直接そいつの前まで行ったと言う事であって………爺さんすげぇな。
度量が広いんだか、度胸があるんだか、それとも単に頭がおかしいんだか判断に苦しむ所だが、とにかく違うらしい。
…………まぁ、その辺は正直どうでもいい。
問題は出てきたそいつが何者かってことなんだが、それは、もう解ってる。さっきも言ったように元凶は俺。
俺が『押さえ付けていた俺』………それが、そいつの正体…………要は、俺自身だ。
あの除霊の後、俺は数時間に渡って日頃の鬱憤やら、自分ではどうにもならない苛立ちを、全て井戸の中へ吐き出した。
爺さんがしたのと同じように、井戸の底へ向かって叫びまくった。
………ただの憂さ晴らしだ。
あの行為に、それ以上の意味なんて特に無かった。あの時は、少なくともそうに思っていた。
だけど、爺さんのじゃないとするなら、俺しか可能性はないんだよ。
長い時間を掛けて積み重ねた爺さんと違って、俺がしたのは数時間のみ。しかも、それがたった数ヶ月で顕現するなんて普通に考えりゃ有り得ない。
だが、俺は爺さんと違って霊能力者だ。あの時は覚醒前だったけど、無意識に霊波を乗せて叫んでたとしたら………
勿論確証はない。そいつと相対するまで解らないし、正直違ってて欲しいと思う。
でも、それは無いだろうなぁ……悪い予感ってのは大体当たる。
だから、この件は俺の手で片を付けなきゃならない。
◇◇◇
「ここか……」
問題の校舎を見上げて、独りごちる。
建てられたばかりの綺麗な建物だが、今は誰も居らず静まり返っている。当たり前だ。現れたそいつが何もしないと言っても、流石に使う訳には行かず、その校舎はその騒ぎ以来閉鎖されているからだ。
意識を集中すると、微かにだが霊気を感じ取れる。今は、まだ解らないが、相対すれば判断出来るか……?
「行くか………」
再び独りごちる。
ここで、考え続けた所でどうにもならない。今は、最悪を想定して警戒を怠らない事だけを考えてればいい。
そう自分に言い聞かせると、俺は借りてきた鍵で扉を開けた。中からは真新しい建物特有の匂いが鼻腔を擽ると同時に、感じる霊気も若干だが強まった様に感じた。
そうして、2、3分もしない内に俺は問題の教室の前まで来ていた。今なら、簡易結界の隙間から漏れる霊気をはっきりと感じ取れる。そして、確信する。
この感じは間違いない。中に “俺” が居る………!
……………ガララ。
逸る気持ちを何とか抑えながら、慎重に引き戸を開ける。
開けた瞬間に襲い掛かって来ることも想定していたが、特に何も無かった。誰も居ない、無人の寂しい教室。多少、机の配置が乱れていたが、それ以外は何の変哲も無い部屋………そんな光景が、俺の前に広がっただけだった。
でも、解る。奴はそこに居る……
そう思った俺は、教室の中へ一歩踏み込む。そして、その真ん中辺りに向かって声を上げた。
「おいっ!居るのは解ってる。姿を見せろ!!」
すると………
ボウッ…………
そんな音ともに宙空から鈍い光が生まれ、それが直ぐに人型を成した。
青白く光る、17〜8歳くらいの少年のエネルギー体………あの頃の俺…………いや、違うな。
俺は、あんな険しい顔なんてしない。あんな、苦悩に満ちてる顔なんて………当時の俺は、いつもヘラヘラして周りを誤魔化してた。
お前の事を気付かれないように……
そんな奴は、俺を見ると警戒する表情こそ見せたが、それでも何かをするような様子は見せなかった。多分、戸惑ってるんだろう。
「…………久しぶりだな」
“!?”
俺がそうに言うと、一瞬だけ奴の顔に当惑の色が浮かぶが、それを直ぐに嫌悪感丸出しの物へ変える。
「…………ふっ……俺が誰か解るらしいな」
“何をしに来た……!?”
そいつの顔が、歪むと同時に辺りへ広がる強烈な霊圧………そいつの警戒……いや、これから感じるのは “怒り” と “憎しみ” だ……
「お前を迎えに来たんだ」
“迎えに……?”
「そうだ。捨てて、すまなかった。一緒に帰ろう」
“巫山戯るなっっ!!”
バチバチバチバチッ!
そいつの怒りによって、霊圧が更に高まり空気中に帯電現象が起こり始める。
…………当然だ。ずっと、放ったらかしにしておいて今更一緒に帰ろうなんてむしが良過ぎる。
「怒る気持ちも解る。俺は、お前にそれだけの事をしたからな……」
“………何故、俺を捨てた!?”
「……あの時は、それが正しいなんて勘違いしてたんだ」
“何故?”
「お前を見せる事で……本当の俺に気付かれる事で、周りは皆俺から離れて行く。それが、怖かった………だから、お前を捨てたんだ」
“フ……フフフフッ………じゃあ、俺を捨てた事でお前は皆から好かれたのか?”
その質問に俺は、物凄く自嘲的に答える。
「まさかっ……!逆に呆れられて、皆居なくなっちまったよ。馬鹿に相応しい末路だっ」
“いい様だな……”
「だろう?あの時、本当に捨てなきゃいけなかったのは “偽りの自分” だったんだ。お前じゃなくてな………その事に、全て手遅れになってからやっと気付いた。頼む、戻ってくれ。もう、お前を捨てる様な真似なんかしない!」
“嫌だと言ったら?”
その質問に、俺は奴の目を見ながらはっきりと答える。
「お前を消す」
言った瞬間、奴の表情は更に険しくなり、圧力も更に増す!だが、それでも俺は奴を見続けた。
“言う通りにならないなら消すか……本当に身勝手だな。あの時と何も変わりゃしない”
「………言われても仕方ない。だが、俺が黙って帰った所で別のGSがお前を狩りに来る。お前だって、それは良く解ってる筈だ」
“……………………”
「他の連中は、何も知りゃあしない。お前は、抵抗するだろうが結局は狩られるぞ。ただの悪霊として、除霊と言う名の “強制デリート” だ」
“……………………”
「 “俺” をただの悪霊として消されるくらいなら、俺が消す。俺が自分で “俺” を消す。でも、そんな事はしたくない!」
“……………………”
「お前は、ここに出て来て誰も襲わなかった。お前の立場なら、全てに復讐したいと思って仕方ない筈なのに……それだけじゃない。閉じ込められても、特に逃げようともしないで大人しくしていた。何故だ?」
“………………そ、それは”
「理性があるからだろ? “無関係な人間を巻き込むべきじゃない” “逃げたら、騒ぎになって余計追い回される” お前は、そうに思ったんだ」
“……………………”
「理性があるなら、解るはずだ……ここで、じっとしていても先はない」
“…………お前に戻ったら……俺は消えちまう”
話している内に、教室にあった奴の霊圧や帯電は既に消えていた。
そんな、教室の中を俺は奴に向かって一歩踏み出す。すると、俺に合わせたように奴も踏み出す。
「消えない……お前は俺で、俺はお前だ。消えやしないさ」
“俺が、お前を乗っ取るとは考えないのか?”
言い合いながら、互いの右手を握り合う。
抵抗は、全く感じない。奴の手は寧ろ、俺に馴染む………いや、手が延長してこいつに繋がる……何と表現して良いか解からんが、とにかく嫌じゃなかった。
「ふっ……そん時は、お前が俺の人生を生きればいい。お前の自由だ」
“………………お前、本当に変わ__”
ボォウァッッ……!!
「くぅ………!」
奴は、言葉を最後まで紡出す事が出来なかった。
そうなる前に霊気の奔流となって、一気に俺の中へ流れ込んで来たからだ……!
◇◇◇
「ふっ……はぁはぁ………」
どのくらいの時間だったんだろうか?多分、10秒も無かった気がするがその何倍、何十倍もの密度の濃い時間だった気がする。
俺は、奴を掴んでいた右手を見るが、特に変わった様子は無い。次いで周りを見渡す。
奴の怒りの波動によって、幾つもの机や椅子が倒れていた。帯電の影響か床や壁に幾つも焼け焦げた跡があり、窓ガラスも何枚も割れていた。
だが、それを放った奴の気配は何処にも無い。
完全に俺と同化したと言う事だろうか………?
「すまない……」
俺は、もう一度右手を見ながら呟いた。