「愛子と同じか……」
俺は、眼の前の爺さんを見て呟いた……
「愛子?」
「学校にある机」
「!? お……お前、ひょっとして机1個1個に女の名前を………!??」
…………んなわけあるか。変質者か俺は?
……ああ、そうだよ。 俺は変態だよ。ただ、机に欲情なんかしねぇっ……って違うわ! ビビって、後退りしてんじゃねぇ!
「そうじゃねぇ、 付喪神の名前だ! 机に宿ってんだよ」
付喪神と言うのは、人に作られてから百年以上経った物に宿る精霊のような存在だ。俺のクラスの愛子がそれに当たる。
「そ、そうか」
心底、安心したような顔だな。この野郎……
◆◆◆
ここは都内某所の寺。いや、寺だった廃墟と言ったほうが表現としては正しいな。
こんな所にこいつと一緒に居るのは……まぁ、除霊だからだ。要は、いつも通り。
ただ、除霊はもう済んでる。低級霊が数体居たのを全部殲滅……成仏させて、建物内部を隈なく確認して帰ろうとした所で異変は起きた。
「妖気……?」
「マジか……!?」
雪之丞の呟きに、俺は反射的に反応した。
事前情報じゃ、悪霊だけの筈だったが妖怪も潜んでたのか? 1度は消した右手の霊手を、再度展開させて周りを伺う。
「微かにだが感じる。 隠れようとしてるのかもしれねぇ」
……なるほど。
意識を集中すると確かに感じる。だが、どこに居るかまでは解らん……
「仕方ねぇ。 文殊に頼るか」
二人共霊感は強くないし『貝鬼くん』なんて雑踏るもん持ってねぇ………そもそも、高くて買えねぇ。
俺は文殊を一個取り出すと『探』と刻んで発動させる。
ボゥッ
俺の意思に反応した、ビー玉大の球体が霊気の力によって光を放つ。
そして俺の手から離れ、そのまま宙をフヨフヨと漂いだすと、やがて指向性を持って進み始めた。
「行こう」
「ああ」
文殊の進む速さを人間の歩く速度に調整して、後を追う。
「外か……?」
「………みたいだな」
文殊は、一直線に俺達の入って来た入口に向かって飛んで行く。どうやら中には居ないようだ。
やがて外に出ると、今度は中庭を横切るわけでもなくそのまま右の壁伝いに進み、建物の角を曲がって再び奥へ。これは、もしかして……
やがて、文殊は庭の奥にある一つの庭石の前で停止した。それを見た雪之丞が、少し肝を冷やしたように呟く。
「結構、近かったんだな……」
「ああ……あそこで、仕掛けられたらヤバかった」
そう答えながら、俺は奴よりも驚いていた。
事実、始めに俺達の居た場所は、石の右側にある建物の壁一枚隔てた向こう側。距離にすれば5mも無かった。
文殊が一直線に壁の向こうを示してくれれば、すぐ気づけた。
雪之丞が、近くに居たから気付けたんだ。ただ、文殊が出口に向かったことで、遠くにいると誤認しちまった。
壁を避けて誘導してくれたと思えば親切仕様にも感じるんだが……時と場合に寄っちゃ死にかねねぇぞ………!
この辺の仕組みは、どうなってんだ? はっきりさせなきゃ、今後これは使えねぇ……
…………ただ、今はそんな事より。
「魔装術!!」
雪之丞が臨戦態勢に入る!俺も切り替えろ。 検証は後でも出来る。
俺達は、2人揃って石に霊圧を向けた……
………………………………だが、石に変化はない。それ以前に何なんだ、この石は?
妖怪が隠れてるような感じじゃない。石に封印されてることも考えたが、それも違う気がする。
縦横約50cm、高さ70〜80cmくらいか?その石だけで他には何もない。何年も前に閉めた廃寺っても、痕跡くらい何かあるはずだ。
眼の前の石には何もない。タダのオブジェとして鎮座して、周りの伸び放題の雑草に半ば埋もれかかってる。
「チッ 変化なしかよ……なら、こっちから行くぜ!!」
「気を付けろ! まだ、相手の正体も解らないんだ」
そうは言ってみたが、俺も特に代案があるわけじゃない。精々、遠距離攻撃を薦めるくらいだ。そして、雪之丞もそれくらい理解してる。
「こっからなら、問題ねぇだろ。粉々にしてやるぜ!!」
不用意に近寄りはしないが、獰猛な笑みを浮かべながら言い放つ。こんな時の奴は、正に野獣だな。マザコンの癖に……
「ハアァァァ〜〜〜!!!」
腰を落とし、両腕を前に突き出して『霊波砲』の構えを取る。
一瞬で、奴の霊気が両手に凝縮。
そして、臨界点寸前まで高まり一気に解放………その一歩手前に突然、老人の声が響き渡った!!
「止めろ! 撃つな! 撃たんでくれぇ!!」
「「………………!?」」
突然の事体に、俺達の空気が一瞬止まった……そして…………
「参った……降参じゃよ」
眼の前の石から手が生えてきた。そう思った次の瞬間には70過ぎくらいの爺さんの顔が出て来て、上半身、最期に足が少し出たくらいで止まった。
この感じ……なんか見たことあるぞ。
◆◆◆
「お〜い……」
眼の前の少漫才する俺達に爺さんが、少し辟易した顔で呼びかけてくる。手は両片上げたままだ。
やべぇ、やべぇ……
俺達は改めて爺さんに向き直る。
綺麗に剃り上げた頭に人の良さそうな顔。身に付けてるのは黒い袈裟……って、まんま寺の住職だな。石から生えてなきゃ…………
「あんた、ここで何してたんだ?」
質問として適当とは思えねぇけど、取り敢えずそうに聞いてみた。雪之丞も対応の仕方に迷ってるくさい。
「ワシは、この石に宿る精霊じゃよ。お前さんが、さっき言った付喪神と言う奴じゃ! ずっと、この寺を護っておった」
「……護ってねぇじゃねぇか。悪霊湧いてんだぞ」
テキトーな事言ってんじゃねぇぞ。ジジィ……
確かに付喪神にはその場を守護する力があるのは知ってるけど、俺はこの寺に来た時に何も感じなかった。
ただの寂れた汚え寺に、淀んだ空気が漂ってただけだ。そんな場所は、得てして悪霊達の温床になる。
「別にいいじゃろ、どうせ誰も来ないんだし!」
「生臭かよ……!?」
誰も来ない廃寺を長い間一人で護り続けたなんて言えば同情だって出来たのに、何か身も蓋もねぇ答えが返ってきたぞ。
「ワシだって寺が開いてる頃はちゃんと護ってたんだぞ。それを閉める時には黙って出て行きおって、誰もワシに感謝せん……」
おいおい、手を上げたまま何かブツブツ愚痴り出したぞ。ただ、言ってることは解らなくもねぇし放っとくかもぅ……
「何で出てこなかったんだよ? 俺達だって敵意がなきゃ襲わねぇぞ」
「 “襲う” って言うな……せめて除霊とか成仏と言」
俺達がしてるのは、救い(?)なんだ。 多分………
「だからじゃよ! ワシも除霊士なら見たことあるけど、お前さん達みたいに乱暴なのは初めてじゃ。出てったら速攻で破壊されると思って、やり過ごそうとしてたんじゃよ……」
「んだと! ジジィ……」
「止めろ。自分で肯定すんな」
まぁ、理解は出来る。理解したくねぇけど………
でも、今のやり取りで一番信憑性がある。やっぱ、第三者からは俺達って、そんな風に映ってるわけだよな…………悪霊を癒やすんじゃなくて、拳に霊力込めて強制デリートだから仕方ねぇけど。
そんな感じで、怯え切る爺さんと、飛び掛からうとする雪之丞の間に割って入ると改めて爺さんに聞いてみる。
「俺達の依頼は悪霊退治だから、爺さんは見逃してもいいよ。だけど、ここ更地になる予定なんだ。そうしたら、爺さんも撤去されちまうぞ」
ここは近い内に取り壊す予定だったのが、悪霊のせいでずっと延期になっていた。(ちなみに依頼人は地元の自治体だ)その原因を今日取り除いたから、いずれ始まるはずだ。
「知っとる。ここに来た連中がそんな事話してたからな。だから悪霊を呼び込んでやったんじゃよ」
「テメェが原因かっ……!!」
ジジィ、何してくれてんだ!?
今度は俺が右手の霊手を巨大化させて、そのままぶち込んでやろうと振りかぶった瞬間に爺さんが再び喚き始める。
「うわぁーーー待て待て待て!! こんなことをしたのは、話を聞いて貰いたかったんじゃ!!!」
「話だ……?」
「ああ、普通の人間じゃワシの話なんか相手にしてくれん。ただ、普段から物の怪に接してる除霊士なら可能性があると思ったんじゃ」(来たのが普通よりヤバい連中だったけどな……)
聞こえてるよジジィ……でも、触れるとエンドレスになりそうなんでスルーして先を促す。
「何を聞いて欲しかったんだよ?」
「引っ越しじゃよ」
「引っ越しだぁ?」
俺の代わりに雪之丞が聞き返す。でよ、なんか想像は付いてきたぞ。
「ああ、ワシは見ての通りここから動けん。このまま行けば、お前さん達の言うように人間に撤去されてしまう。そうなったら、どうなるか解らん。だから事情を話して、適当な所に移して貰いたかったんじゃ」
なるほど……理解した。
今でこそ普通に接してるが、俺も愛子会った時は妖怪ってことでビビり散らかしてた。
それが普段オカルトに慣れてない人間なら当然だ。最悪、爺さんの除霊を依頼することだってあり得る。
だから悪霊呼ぶなんて周りくどいことして、相手が話せる人間か見極めようとしてたわけか。
爺さんのお眼鏡に適わなかった場合、また同じことの繰り返しだったかもしれないな。
リアクションを見るに、俺等完全にバズれだろうが………
「事情は理解したよ。ただ、運ぶっても爺さんどんくらいあんだ?」
無論、石の重さだよ。
埋まってる部分も含めると高さ1mくらいあるぞ。軽く見積もって数100kgって所か?
「大体500〜600kgくらいかのぉ」
「重労働だな……」
そんな爺さんの答えを聞いた雪之丞が、面倒臭そうに口を開く。
「んなもん運べっかよ。お前砕いて軽くするとか出来ねぇのか?」
そりゃ流石に無理だろ?俺も考えたけど。
「無茶言うな!! 死んでしまうわ!!!」(だからお前等には言いたくなかったんじゃ)
だから、聞こえんだよジジィ! 助かりたいなら、もっと、しおらしうしとけや……
「要はアレだろ。俺達に人間との“橋渡し”をして欲しいと?」
「そう! それじゃ!! ワシの話は聞かなくても、除霊のプロが事情を話せば通じると思ったんじゃ」
我が意を得たりと、得意げに胸を張る爺さん。
まぁ、確かに理に適っちゃいるんだけど上手く行くか……?
確かに俺達が言えば理解はしてくれるかもしれないが、所詮、普段オカルトに関わらない人間だ。そんな連中がただの庭石……もっと言えば “意思を持つ不気味な石” にそこまで融通してくれるとは考えにくい。
俺がそんなふうに考えてると、雪之丞が答える。奴も俺と同じだったらしい。
「……事情を話すくらいならしてもいいけどよぉ。あんたの為に動くかは解らねぇぞ」
「難しいか?」
落胆したように呟く爺さんに、雪之丞は続ける。
「ああ……爺さんも解ってるだろうけど、あんたを動かすには大掛かりになる。その上で石が嫌がるから適当な場所探してくれっても、連中が納得するとは思えねぇよ」
「……そんな、じゃあワシはどうすれば…………」
目に見えて肩を落とす爺さん。こうなると流石に哀れだな……移動する手段が無いわけじゃないんだが…………
「“転移”でも無理か?」
…………それは、勿論考えたよ。雪之丞の問い掛けに答えると同時に俺は爺さんにも聞いてみる。
「……可能性はある。所で爺さん、アンタどこから来たか解るか?」
「……居たところ? 多分この辺の山奥だと思うんじゃが、ワシの意識が芽生えた時は既にここじゃったしなぁ……」
転移も無理だな。
文殊を使えば、距離は把握しきれてないが恐らく国内なら何処でも行けるだろう。
ただ、転移するには本人が行き先を強くイメージしなきゃならない。要するに “一度は行った場所” じゃないと無理なわけだ。
イメージなしで強行すれば、時空を越えるのに失敗して体が木っ端微塵に弾け飛ぶ。
もっともこれは俺が転移を試した時の感覚から導き出した“憶測”に過ぎない。でも、この予測は恐らく正しい……
爺さんがここに来る前の記憶を持ってれば可能だったんだが、どうも無理っぽい。ただ、あっても100年以上前だろうから地形が今と変わってて危ねぇよな。
「爺さんが、ここ以外の場所知らなきゃ転移は無理だな。そもそも何処に行く気だったんだ?」
「いや、そこまではな。とにかく撤去されない安全な所なら……」
特に候補はないか。まぁ、そこまで考える余裕もなかったのかも知れない。
「引き取ってくれそうな寺を探すか……」
「それしか、ねぇだろうな……ただ、奴等が待ってくれるか?」
難しいだろうなぁ……だから。
「それまで、事務所で補完」
「冗談だろ……?」
顔を引き攣らせんなって……俺の部屋じゃ、床が抜けるわ。
「外にだって、多少のスペースあるだろ。見付かるまでの間だ」
「置くのはいいとして、そこまでどうやって運ぶ気だ?」
「明日、トラックでもレンタルすりゃいいだろ。」
「ちっ……面倒くせぇけど、それしかねぇな」
取り敢えず話を纏めると、俺は爺さんに向き直りながら聞いてみた。
「それでいいか?爺さん」
「ああ……ワシじゃどうにもならんしな。お前さん達を信じるよ」
…………言葉は殊勝だけど、顔面は全く信じてなさそうだがな。本当に解りやすいジジィだぜ。
「爺さん事務所に悪霊呼びやがったら、速攻砕くからな!」
「やらんよ。ワシだって死にとうない」(……ったく、何でこんな奴等と…………ブツブツ)
…………コイツ、本当にこの場で砂利にしてやろうかな?
◇◇◇
…………結論から言うと、一週間もしないで引き取り手が見つかった。
胡散臭いジジィだったが、その場を守護する力が在るのは本当みたいで、取り敢えずと思って近所にある寺にその話をしてみたらあっさりと受け入れてくれた。
早く決まった事に、爺さんと雪之丞は大喜びだったよ。居る間お互い漫才みたいな事してたからな。
「やれやれ、どうなることかと思ったわい……」
寺の境内に設置されて、一息つく爺さん。
「ちゃんとやれよ。変なことしたら、責められんの俺等だかんな!」
「わーっとるわい。また、お前さん達の世話になるのは御免じゃからな!」
飽きねぇな、こいつらも……さっきまで2人で石を埋める穴を掘ってたんだが、そん時からずっとこの調子だ。まぁ、それも最後だろうけど。
しっかし、今回は除霊よりこっちのが疲れたぜ。放っとけねぇと思って始めたけど、結局タダ働きだからなぁ…………
そうして、全部を終えて帰ろうとした時に爺さんに呼び止められた。
「正直、人間なんて自分の都合ばかりで、物の事なんてお構いなしの連中とばかり思うとった……だが、お前さん達は違ったな。あの時に、ワシを砕く事だって出来たはずじゃ。それが一番楽だし、誰も責めない。ワシも、もう少し人間を信じられるよう努力してみるよ……ありがとう」
そう言って、俺達に頭を下げてくれたよ。