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第三百四十話

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 灰崎によるトレーニングが終了した後、同級生と別れ千尋と共にこの後の予定の準備をするため、二人の寮に戻る道すがら。灰崎は誰かが物陰に潜んでいることを察知した。

「――そこの校舎影に隠れている奴、出て来いよ。数日前からつけ回って……気味悪ィぞ」

 千尋を後方に下げながら、灰崎が啖呵を切ると、そこから現れたのは、灰崎が一切面識のない英雄科の生徒であった。わざとらしく学生服を着用しており、その胸元に輝く名札から二組の色である緑色であることが確認できたため、灰崎の心はどうも悲しみに満ちていた。

「――それで? 何の用だよ、名前も知らねェ同級生(どうほう)よォ」

「……何で、この高尚な学園内に……元とは言え『ヤクザ』がいるんですかね?」

 実にわざとらしい台詞に、灰崎の心は痛んでいた。通常、因子云々が関わらない限り、灰崎も縁もゆかりもない世界であることは認識していた。そして鼻つまみ者であることも重々理解している。そういう業界に長いこと居たからこそ、もうそんな感情を向けられても諦めに似た感情が胸中に渦巻くのだ。

「――何? 廉治を敵対視しているアンタたちは、懸命に這い上がろうとする(おとこ)に対して、更生の機会を一度たりとも与えないって訳? 中々に器が小さいと……お姉さん思うんだけど」

「そんなことを(のたま)う貴女もそうだ。どうやら元教会の信者らしいじゃアないですか。学生内の情報網というものは案外すぐに広まるものですよ、都合のいい情報よりも、悪い情報の方が圧倒的に広まりやすいものですから」

 千葉での一件は、礼安を始めとしたあの事件の密接な関係者でない限り、正しい記憶を一切保有していない。だからこそ、「あの事件であったことを何も知らないくせに」と語ったところで、山梨での事件も千葉での事件も歪曲されて伝わっているのみであるため、結局のところ説得材料にはなり得ない。
 だからこそ、このような一見穴のある理論であっても、その議論を終わらせる有効打になりうるのだ。

「元ヤクザに元信者……こんな見え透いた地雷(クソ)を受け入れた学園長は大馬鹿者だ。ここは高尚な学び舎。将来の日本を守る存在を育成する、光の場なんですよ。そこに……貴方がたのような汚い存在(ノイズ)は不要なんですよ」

 デバイスドライバーを構える二組の生徒であったが、灰崎はそんな見え透いた挑発行為をそのまま受け取ることはしなかった。何せ、校則違反であることは重々承知している上に、自分の身の上を思考する限り、そういった決まりごとは守ってこそ信頼がそこに芽生えると考えていた。元から信頼度はゼロであると信じ、そこから少しでも信頼のおける存在になることが、灰崎の急務であると認識していたのだ。

「――なるほど、校則は『元ヤクザ』風情でもしっかり理解しているようで。流石、人のため世のためになることを一切できない代わりに、世に馴染めなかった(はぐ)れ者ばかりの徒党で生きてきただけありますね。清掃員に数名元ヤクザがいらっしゃいますが……あちらと同じ道を歩むのも手ではありますよ? 英雄には遠く及びませんが、お給金は良いらしいですから」

「……「同い年として接しろ」とは言ったが、「舐めた口聞いていい」とは言ってねェぞ。大した功績も挙げてねェような存在が、いっちょ前に口聞いてんじゃあねェよ」

 正しい記憶を保有していない存在であろうと、今の発言は自分だけではなく礼安たちまでも馬鹿にされたと感じていたため、灰崎の額に青筋が走った。
 その怒りに呼応してか、辺りに冷えた空気が立ち込め始めた。礼安たちとは異なり、未だ力の出力や強弱のコントロールが出来ていない灰崎。いつだって全力である彼は、力を弱める方面のコントロールが出来ていないのだ。
 だからこそ、いつもやりすぎる可能性が孕む。静かにそれを察知した千尋は、灰崎のジャージの袖を強くつまむ。だが、そう簡単に引けない理由が灰崎にもあった。仲間を馬鹿にされただけに飽き足らず、あの事件の中で今も変わらぬ一般人ながら懸命に戦い生き抜いた千尋すら馬鹿にされていると感じていたからだった。
 次第に、辺りの草木が凍てつき始め、季節外れの氷柱(つらら)がそこら中に乱立していく中で、眼前の二組生徒は冷汗を掻きながらも、何とかして灰崎らを貶めてやろうと画策していた。

「――ああ、危なっかしい。力のコントロールもままならないような野蛮人が英雄の卵だなんて。そんなだから、どっちつかずのような立場なのではありませんか、『ヤクザ』風情が」

「それに関しては明確に反論できるぞ、クソッタレ。このベース能力のコントロールに関してはどうやら二年次(つぎ)でやるらしい内容じゃあねえか。俺は手前(テメェ)と同じ一年次、精彩を欠く粗っぽさが許されるのは一年次の特権じゃあねえのか? さらに言えるのは――この力の量に手前がビビった結果……少しでも校則に則ってやり返そうとしているんじゃあねえのか??」

 全て図星。全て灰崎の想定通り。英雄の卵の中での権力闘争、誰が頂点を取るかだなんてのは大体分かり切っているものだが、少しでも自分の位を高めたいのはハングリー精神に満ち溢れた、実に健全である証拠なのだが、非常に相手が悪い。
 喧嘩を売ろうとした存在は――神の喉笛すら喰い千切る狼の因子を持った、それ以上に厳しい縦社会で生き抜き、一時的にとは言え組長にまで上り詰めた男であるのだから。

「もし喧嘩売りてェならよ……もうちょい正々堂々とできねえもんかねェ。自分で言うんだ、それくらいに自信のある高尚(おたか)い存在なんだろ?? 手前の中にいる英雄(いんし)が泣いてんぜ、こんな下らねェいざこざのために情けねぇ姿見せんのをよ」

 その一言が琴線に触れたのか、ドライバーにライセンスを叩き込んで即座に変身する眼前の生徒。千葉での一件を経験したからこそ、眼前の存在に脅威性など欠片も感じなかった。呉がどれほど生身でも驚異の相手だったかが、彼が死んだ今痛いほど理解できたのだ。装甲を纏っているのにも拘らず、たかだかちっぽけな主義主張を振りかざそうと、高尚な力を振るおうとしているのだから。


「ならその高尚(おたか)い力を振るってやるよ元ヤクザァァァッ!!」



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 灰崎によるトレーニングが終了した後、同級生と別れ千尋と共にこの後の予定の準備をするため、二人の寮に戻る道すがら。灰崎は誰かが物陰に潜んでいることを察知した。
「――そこの校舎影に隠れている奴、出て来いよ。数日前からつけ回って……気味悪ィぞ」
 千尋を後方に下げながら、灰崎が啖呵を切ると、そこから現れたのは、灰崎が一切面識のない英雄科の生徒であった。わざとらしく学生服を着用しており、その胸元に輝く名札から二組の色である緑色であることが確認できたため、灰崎の心はどうも悲しみに満ちていた。
「――それで? 何の用だよ、名前も知らねェ|同級生《どうほう》よォ」
「……何で、この高尚な学園内に……元とは言え『ヤクザ』がいるんですかね?」
 実にわざとらしい台詞に、灰崎の心は痛んでいた。通常、因子云々が関わらない限り、灰崎も縁もゆかりもない世界であることは認識していた。そして鼻つまみ者であることも重々理解している。そういう業界に長いこと居たからこそ、もうそんな感情を向けられても諦めに似た感情が胸中に渦巻くのだ。
「――何? 廉治を敵対視しているアンタたちは、懸命に這い上がろうとする|奴《おとこ》に対して、更生の機会を一度たりとも与えないって訳? 中々に器が小さいと……お姉さん思うんだけど」
「そんなことを|宣《のたま》う貴女もそうだ。どうやら元教会の信者らしいじゃアないですか。学生内の情報網というものは案外すぐに広まるものですよ、都合のいい情報よりも、悪い情報の方が圧倒的に広まりやすいものですから」
 千葉での一件は、礼安を始めとしたあの事件の密接な関係者でない限り、正しい記憶を一切保有していない。だからこそ、「あの事件であったことを何も知らないくせに」と語ったところで、山梨での事件も千葉での事件も歪曲されて伝わっているのみであるため、結局のところ説得材料にはなり得ない。
 だからこそ、このような一見穴のある理論であっても、その議論を終わらせる有効打になりうるのだ。
「元ヤクザに元信者……こんな見え透いた|地雷《クソ》を受け入れた学園長は大馬鹿者だ。ここは高尚な学び舎。将来の日本を守る存在を育成する、光の場なんですよ。そこに……貴方がたのような|汚い存在《ノイズ》は不要なんですよ」
 デバイスドライバーを構える二組の生徒であったが、灰崎はそんな見え透いた挑発行為をそのまま受け取ることはしなかった。何せ、校則違反であることは重々承知している上に、自分の身の上を思考する限り、そういった決まりごとは守ってこそ信頼がそこに芽生えると考えていた。元から信頼度はゼロであると信じ、そこから少しでも信頼のおける存在になることが、灰崎の急務であると認識していたのだ。
「――なるほど、校則は『元ヤクザ』風情でもしっかり理解しているようで。流石、人のため世のためになることを一切できない代わりに、世に馴染めなかった|逸《はぐ》れ者ばかりの徒党で生きてきただけありますね。清掃員に数名元ヤクザがいらっしゃいますが……あちらと同じ道を歩むのも手ではありますよ? 英雄には遠く及びませんが、お給金は良いらしいですから」
「……「同い年として接しろ」とは言ったが、「舐めた口聞いていい」とは言ってねェぞ。大した功績も挙げてねェような存在が、いっちょ前に口聞いてんじゃあねェよ」
 正しい記憶を保有していない存在であろうと、今の発言は自分だけではなく礼安たちまでも馬鹿にされたと感じていたため、灰崎の額に青筋が走った。
 その怒りに呼応してか、辺りに冷えた空気が立ち込め始めた。礼安たちとは異なり、未だ力の出力や強弱のコントロールが出来ていない灰崎。いつだって全力である彼は、力を弱める方面のコントロールが出来ていないのだ。
 だからこそ、いつもやりすぎる可能性が孕む。静かにそれを察知した千尋は、灰崎のジャージの袖を強くつまむ。だが、そう簡単に引けない理由が灰崎にもあった。仲間を馬鹿にされただけに飽き足らず、あの事件の中で今も変わらぬ一般人ながら懸命に戦い生き抜いた千尋すら馬鹿にされていると感じていたからだった。
 次第に、辺りの草木が凍てつき始め、季節外れの|氷柱《つらら》がそこら中に乱立していく中で、眼前の二組生徒は冷汗を掻きながらも、何とかして灰崎らを貶めてやろうと画策していた。
「――ああ、危なっかしい。力のコントロールもままならないような野蛮人が英雄の卵だなんて。そんなだから、どっちつかずのような立場なのではありませんか、『ヤクザ』風情が」
「それに関しては明確に反論できるぞ、クソッタレ。このベース能力のコントロールに関してはどうやら|二年次《つぎ》でやるらしい内容じゃあねえか。俺は|手前《テメェ》と同じ一年次、精彩を欠く粗っぽさが許されるのは一年次の特権じゃあねえのか? さらに言えるのは――この力の量に手前がビビった結果……少しでも校則に則ってやり返そうとしているんじゃあねえのか??」
 全て図星。全て灰崎の想定通り。英雄の卵の中での権力闘争、誰が頂点を取るかだなんてのは大体分かり切っているものだが、少しでも自分の位を高めたいのはハングリー精神に満ち溢れた、実に健全である証拠なのだが、非常に相手が悪い。
 喧嘩を売ろうとした存在は――神の喉笛すら喰い千切る狼の因子を持った、それ以上に厳しい縦社会で生き抜き、一時的にとは言え組長にまで上り詰めた男であるのだから。
「もし喧嘩売りてェならよ……もうちょい正々堂々とできねえもんかねェ。自分で言うんだ、それくらいに自信のある|高尚《おたか》い存在なんだろ?? 手前の中にいる|英雄《いんし》が泣いてんぜ、こんな下らねェいざこざのために情けねぇ姿見せんのをよ」
 その一言が琴線に触れたのか、ドライバーにライセンスを叩き込んで即座に変身する眼前の生徒。千葉での一件を経験したからこそ、眼前の存在に脅威性など欠片も感じなかった。呉がどれほど生身でも驚異の相手だったかが、彼が死んだ今痛いほど理解できたのだ。装甲を纏っているのにも拘らず、たかだかちっぽけな主義主張を振りかざそうと、高尚な力を振るおうとしているのだから。
「ならその|高尚《おたか》い力を振るってやるよ元ヤクザァァァッ!!」