来栖善吉という概念がこの世から消えて、早数日。
礼安たちは記憶のすり合わせを行い、英雄学園に所属する自分たち以外、山梨県や千葉県で起こったことの全貌を知る者が数少ないことに気が付いた。
それ以外にも、首謀犯や実行犯が全て、善吉の側近たる
愛田亜紗に挿げ替え、擦り付けられている、世の不条理を感じながら、合同演習会の記憶のすり合わせも同時進行で行ったのだ。
そのために、千葉支部の正式な支部長となった和井内が、皆に特別製として記憶のデータパックを作り、記憶のないメンバーに提供。記憶の齟齬が無くなった後に、東京デスティニーアイランドにてお疲れさまでした会を開くこととなった。
しかし、信玄にはあの件以降、やることが新たに出来た。それは、加賀美の墓を見繕うことであった。遺骨のない墓にはなるが、信玄自身のケジメを付けるためにも、そして命を賭して礼安に力を託した加賀美を納得させ、彼女のささやかな願いを叶えるためにも、相応の墓を建てるために、信一郎と共に墓を建てる予定地に、学園が贔屓にしている墓石屋とともに訪れていた。
「――どなたか、お亡くなりになったのですか」
「そうだね、また大事な生徒が……一人亡くなった」
学園の所有している墓地。そこは神奈川県の海が見える某所に存在し、これまで名誉ある死を遂げた英雄たちや、少し前にあった合同演習会などで戦死した学生、プロの
英雄などが皆眠る地である。
「
森信玄様、今回
建立予定のお墓に関しては、「とびきり上質なものを」との連絡がございましたが……ご予算はどのくらいでしょうか? こちらの相場としては、基本的に約百六十万円ほどにはなるのですが」
「――そうですね……七百万ほどあれば……より上等な物を作れますか。それを……二つ。無論ですが、金に糸目は付けません」
信玄から、学生がおよそ出せるとは思えないほどの値段を提示された瞬間、墓石屋の目が点になってしまった。しかし、信玄は仮免許を持つ英雄の卵であるために、それなりに稼いでいる上にそれなりに貯金している。それを現金で即座に払えるあたり、通常の学生よりも圧倒的上位存在であると否が応でも認識してしまう。
しかし、信玄の目はいたって真面目。それが自分のしてしまったことに対する責任であると自覚しているため、信一郎もとやかく言うことは無い。男同士、分かるものがあるためである。
それに、加賀美だけではない。善吉によって殺害され、同様に遺骨の無い存在である、実の弟――
森信之の物も建立することを示していたのだ。
「――承知しました。でしたら……香川県高松市から、
庵治石という最高級品を取り寄せましょう。デザイン等もしこだわりがありましたら……承ります」
「……なら、一方は『太陽』、そしてもう一方は……『蘭』を感じさせるデザインにしてください。加賀美陽という女性は、そして俺の弟は……それほどの存在ですから」
含みを感じさせる物言いであったが、墓石屋はその信玄の注文を静かに聞き届けて、一礼しどこかへ去って行った。
二人きり、美しい海を眺めながら、信一郎は信玄の肩を持つ。
「――まさか、上質なものを、って言われて、最高級品を選ぶだなんて思いもよらなかったよ。それほどに……悔いているのかい」
「……それは、そうですよ。事あるごとにこの墓に来て……頭を下げたいくらいには。信之に対しても……そして加賀美さんに対しても」
これまでの信玄の中でも、一番思い詰めている様子の信玄に、何かしてやれることは現時点存在しない。そう判断した信一郎は、ただ静かに頭を撫でる以外になかった。
信之以前に家族を殺され、欲望のために信之が殺され、そして自分は事実上とはいえ加賀美を殺害した。その事実は、一生消えない。恐らく、詳しい事情は数少ない存在以外確認していない
閉鎖的状況であるため、この事実が表に出ることは無いだろう。
それでも、背負い続けるしかなかったのだ。一見飄々とした態度を崩さないよう、自分がどこかで死してもなお、覚悟と共に背負い続ける。自分のすべきことが何かを、決して見失わないようにするための、書面を交わさない魂の契りであった。
「――全く。以前のような飄々とした君はどこに行ったんだい? 『俺っちがルール』とか言っていたような、あの頃の君はどこに行ったんだい?」
「……そんなんは、ここに立つ墓の前では有り得ねえだろ。俺は……それほどの存在なんだから」
嘆息する信一郎であったが、その空気を打ち破るように信一郎の仕事用電話が鳴る。信玄に一つ断りを入れ、どこかへ去りながら『学園長』としての彼の表情を見せながら、応対する。
一人きり、ただ波打ち際のような音ばかりが鼓膜を刺激する状況で、大樹に体を寄せその場に座り込む。
あの日以来、心をそれ以外に割くことの無い状況だった中で、心ここにあらずという様子を傍から眺めるしかできなかった、そんな綾部も心配していた。
(――俺は……大罪人だ)
深く考え込み、頭を抱え苦しむ信玄。一度寝返って礼安たちを傷付けたことを、今でも悔やんでいる。重い男だ、根に持つ男だと評されても信玄はそれを受け入れる。何故なら、自分自身でもそれを自覚しているからだった。丙良に対しても、合同演習会中私情と嫉妬心を胸に突っかかったことがあるために、それが自分の短所であることを認識していたからだった。
やることなすこと、全てが上手くいかない。
消極的なムードになりかけたその時、まるでスポットライトのように太陽が日光によって信玄を突き刺したのだ。
丁度、木陰にて日光が遮られない時間。それを認識した信玄は、その瞬間に、遠くの方で信玄に向かって手を振る少女と少年の幻影が見えたのだ。しかも、それはとても一般人が行ける場所ではない、空高くであった。
気負う信玄に対しての、最期の別れ。もうこの世には存在しないはずの『二人』が、笑いかけていたのだ。
「ッ――!! 信之、加賀美……!?」
あまりにも、思いつめた様子の信玄に呆れて、まるで穏やかな聖母のような笑みで手を振るのみ。口パクや、何かしらの言語を話している訳ではない。ただ、信玄に手を振るのみ。それが、彼の心を強く打ったのだ。
ただ、それは信玄の心を少しでも軽くする助力をした。何も語っていないのに、背に抱える荷物を、ほんの少しだけでも共に持ってくれたかのような。しかし少し持っただけ、とは思えないほどの、羽毛のような軽さを実感させた。
「――全く。奇跡というものは、実際に存在するものなんだねえ」
少し遠くで、電話をした振りで離れていた信一郎が、陰に隠れて信玄が出会った奇跡を目の当たりにしていた。それと同時に、森信玄という男、そして加賀美陽という女の『強さ』を実感したのだった。
どこか亡き妻を彷彿とさせるほどに陽だまりのような心を持った加賀美、そして苦しい運命に立ち向かった信之に対して、信一郎もまた祈りを捧げるのだった。