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9,フルーツケーキと本を貸す約束

ー/ー



 そこに、琴子が紅茶とスイーツをトレイに載せてやって来た。
 
「失礼します」
 
 香りのいい紅茶とともにテーブルの上に置いたのは、フルーツケーキだ。
 
「あ……」
 
 それはドライフルーツがふんだんに入ったパウンドケーキで、家の近くの洋菓子店で作っているものだ。琴子があらかじめ買って持ってきたのだろう。
 
 琴子が言った。
 
「これ、律人さんも恭平さんもお好きですものね」

「うん」


 律人は、ふと過去に思いをはせる。事故後、病院で目覚めてから、律人はずっと食欲がなかった。
 
 体調が悪いことに加えて、病院の食事が口に合わず、なかなか喉を通らなかったのだ。医師にも祖父母たちにも、回復するために栄養を摂らなくてはと言われたが、ほんのわずかしか食べることが出来ずにいた。
 
 そんなある日、恭平が持って来てくれたのが、このフルーツケーキだった。
 
「これ、大好きでよく食べているんだ。律人と一緒に食べようと思って買って来たんだよ」

 恭平はそう言って、ペットボトルのお茶と一緒に、ベッドの上部に設置されたテーブルの上に置いてくれた。中のフルーツはセミドライでみずみずしく、律人は二切れをぺろりと食べてしまったのだった。
 
 それ以来大好きで、今も琴子がよく買って来てくれる。
 
 
 琴子が室内に戻り、フルーツケーキを見つめていた律人は、我に返って政樹に言った。
 
「これ、すごくおいしいから食べて」

「うん、いただきます」

 フォークで大きく切り分けて、ぱくりと食べて政樹が言った。
 
「うんまっ」

「でしょう?」

 政樹がおいしそうに食べるので、なんだかうれしくなった。律人も食べ始める。
 
 食べながら、思い切って尋ねてみた。
 
「学校って楽しい?」

 紅茶のカップを持ったまま、政樹がこちらを見た。律人は続ける。
 
「僕、学校に行ったことがないから。……ていうか、小学校の途中までは通っていたんだけど」

「ああ、君の身に起こったことは聞いたよ。ずいぶん大変な目に遭ったんだね」

「まあ、僕は覚えていないんだけどね」

「そうなんだってね」

 政樹が神妙な顔でうつむいたので、律人は慌てて言った。
 
「気にしないで、僕なら平気だから」

「うん」

 政樹はうなずき、かすかに微笑んでから言った。
 
「さっきの質問だけど、学校はそんなに楽しくないよ」

「そうなの?」

「両親に興聖じゃなきゃダメだって言われて必死に勉強して入ったけど、授業について行くだけで大変だし、クラスメイトとも表面だけの付き合いで、心を許せるやつもいないし」

「そうなんだ……」

 それでは、さっき友達がたくさんいるから寂しくないだろうと思ったのは間違いだったか。さらに政樹は言う。
 
「両親には医学部に入って当たり前みたいに思われているのも、けっこうプレッシャーなんだよね」 
 
「そうなんだ。僕はこんなだから、誰にも期待されていないし、勉強も、ほんの申し訳程度にしかやっていないけど」

 自嘲すると、政樹が言った。

「でも、本をたくさん読んでいるって聞いたよ」

 恭平が話したのか祖母が話したのか知らないが、そんなことまで知られているのかと、内心驚きながら律人は答える。
 
「読んでいるっていっても、ちゃんとした文芸作品とかじゃなくてラノベが中心だけど、最初は恭平くんが買って来てくれたんだ。それでハマって、いろいろ読むようになったんだよ」

 すると、政樹が目を輝かせた。

「僕もラノベは好きだよ。どんなジャンル?」

「僕が好きなのは、スチームパンクの世界で勇者が敵と戦う話とか」

「へえ。まだ読んだことないけど、面白そうだね」

「あっ、よかったら貸すけど」

「マジ? やった」

 政樹は、小さくガッツポーズをした。気がつけば、すっかり話がはずみ、本を貸す約束までしていた。
 
 
 
 別荘は、普段は管理会社に任せている。夕方になると、その会社に手配してもらっていた地元の店の料理が届いた。
 
 その頃に、健吾叔父の一家も到着した。中学生の長女は部活があるとかで家に残ったそうで、やって来たのは叔父夫婦と、小学生の女の子二人だ。
 
「りっくん!」

 リビングに政樹といた律人に、入って来た二人がうれしそうに駆け寄って来る。美理と理亜は一歳違いだが、双子のようによく似ていて仲がいい。
 
 今日も色違いでおそろいのワンピースを着ている。律人は言った。
 
「久しぶり。こちらは政樹くんだよ」

 理亜が言う。
 
「恭平叔父さんのお嫁さんの弟でしょ?」

「まだお嫁さんじゃないでしょう」

 そう言ったのは年上の美理だ。政樹が笑いながら言った。
 
「まあ、だいたいはそんな感じ。どうぞよろしく」

「よろしく」

「よろしくお願いしまぁす」

 二人は、キャッキャと笑いながら、祖父母や恭平たちと挨拶を交わしている両親のもとに駆けて行った。
 
「かわいいね」

「うん」


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 そこに、琴子が紅茶とスイーツをトレイに載せてやって来た。
「失礼します」
 香りのいい紅茶とともにテーブルの上に置いたのは、フルーツケーキだ。
「あ……」
 それはドライフルーツがふんだんに入ったパウンドケーキで、家の近くの洋菓子店で作っているものだ。琴子があらかじめ買って持ってきたのだろう。
 琴子が言った。
「これ、律人さんも恭平さんもお好きですものね」
「うん」
 律人は、ふと過去に思いをはせる。事故後、病院で目覚めてから、律人はずっと食欲がなかった。
 体調が悪いことに加えて、病院の食事が口に合わず、なかなか喉を通らなかったのだ。医師にも祖父母たちにも、回復するために栄養を摂らなくてはと言われたが、ほんのわずかしか食べることが出来ずにいた。
 そんなある日、恭平が持って来てくれたのが、このフルーツケーキだった。
「これ、大好きでよく食べているんだ。律人と一緒に食べようと思って買って来たんだよ」
 恭平はそう言って、ペットボトルのお茶と一緒に、ベッドの上部に設置されたテーブルの上に置いてくれた。中のフルーツはセミドライでみずみずしく、律人は二切れをぺろりと食べてしまったのだった。
 それ以来大好きで、今も琴子がよく買って来てくれる。
 琴子が室内に戻り、フルーツケーキを見つめていた律人は、我に返って政樹に言った。
「これ、すごくおいしいから食べて」
「うん、いただきます」
 フォークで大きく切り分けて、ぱくりと食べて政樹が言った。
「うんまっ」
「でしょう?」
 政樹がおいしそうに食べるので、なんだかうれしくなった。律人も食べ始める。
 食べながら、思い切って尋ねてみた。
「学校って楽しい?」
 紅茶のカップを持ったまま、政樹がこちらを見た。律人は続ける。
「僕、学校に行ったことがないから。……ていうか、小学校の途中までは通っていたんだけど」
「ああ、君の身に起こったことは聞いたよ。ずいぶん大変な目に遭ったんだね」
「まあ、僕は覚えていないんだけどね」
「そうなんだってね」
 政樹が神妙な顔でうつむいたので、律人は慌てて言った。
「気にしないで、僕なら平気だから」
「うん」
 政樹はうなずき、かすかに微笑んでから言った。
「さっきの質問だけど、学校はそんなに楽しくないよ」
「そうなの?」
「両親に興聖じゃなきゃダメだって言われて必死に勉強して入ったけど、授業について行くだけで大変だし、クラスメイトとも表面だけの付き合いで、心を許せるやつもいないし」
「そうなんだ……」
 それでは、さっき友達がたくさんいるから寂しくないだろうと思ったのは間違いだったか。さらに政樹は言う。
「両親には医学部に入って当たり前みたいに思われているのも、けっこうプレッシャーなんだよね」 
「そうなんだ。僕はこんなだから、誰にも期待されていないし、勉強も、ほんの申し訳程度にしかやっていないけど」
 自嘲すると、政樹が言った。
「でも、本をたくさん読んでいるって聞いたよ」
 恭平が話したのか祖母が話したのか知らないが、そんなことまで知られているのかと、内心驚きながら律人は答える。
「読んでいるっていっても、ちゃんとした文芸作品とかじゃなくてラノベが中心だけど、最初は恭平くんが買って来てくれたんだ。それでハマって、いろいろ読むようになったんだよ」
 すると、政樹が目を輝かせた。
「僕もラノベは好きだよ。どんなジャンル?」
「僕が好きなのは、スチームパンクの世界で勇者が敵と戦う話とか」
「へえ。まだ読んだことないけど、面白そうだね」
「あっ、よかったら貸すけど」
「マジ? やった」
 政樹は、小さくガッツポーズをした。気がつけば、すっかり話がはずみ、本を貸す約束までしていた。
 別荘は、普段は管理会社に任せている。夕方になると、その会社に手配してもらっていた地元の店の料理が届いた。
 その頃に、健吾叔父の一家も到着した。中学生の長女は部活があるとかで家に残ったそうで、やって来たのは叔父夫婦と、小学生の女の子二人だ。
「りっくん!」
 リビングに政樹といた律人に、入って来た二人がうれしそうに駆け寄って来る。美理と理亜は一歳違いだが、双子のようによく似ていて仲がいい。
 今日も色違いでおそろいのワンピースを着ている。律人は言った。
「久しぶり。こちらは政樹くんだよ」
 理亜が言う。
「恭平叔父さんのお嫁さんの弟でしょ?」
「まだお嫁さんじゃないでしょう」
 そう言ったのは年上の美理だ。政樹が笑いながら言った。
「まあ、だいたいはそんな感じ。どうぞよろしく」
「よろしく」
「よろしくお願いしまぁす」
 二人は、キャッキャと笑いながら、祖父母や恭平たちと挨拶を交わしている両親のもとに駆けて行った。
「かわいいね」
「うん」