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4,部屋を出て行く恭平

ー/ー



 だが律人は、そのことが辛くてたまらない。大好きな恭平には、自分だけを見ていてほしいし、ずっと自分だけの恭平でいてほしかった。
 
 そして、そんなふうに思う自分のことが嫌でたまらない。自分のことばかりで、恭平の気持ちや、恭平の幸せなんて少しも考えていない、なんて自分勝手な人間なんだろうと呆れる。
 
 とはいえ、恭平が結婚してこの家を出て行ってしまったら、自分は一人ぼっちになって、いったいどうやって毎日を過ごしていけばいいのだろう……。そう思うと、また涙がこみ上げてきた。
 
 
 
 翌朝起きると、鈍い頭痛がして食欲もなかったが、すねていると思われたくなかったので、着替えてダイニングルームに行った。祖母と家政婦の琴子がテーブルに朝食を並べているところで、祖父と恭平は、すでに席に着いている。
 
「おはよう」

「おはよう」

 口々に朝の挨拶を交わす。恭平が、素早く立って椅子を引いてくれる。
 
「ありがとう」

 律人は椅子に腰かけながら、杖を床に横にして置く。椅子に立てかけておいて、何かの拍子に倒れたりしないためだ。
 
 恭平が、こちらを見ながら言った。
 
「少し顔色がよくないみたいだけど、大丈夫?」

「ああ、ちょっとだけ頭が痛いけど、大丈夫」

 祖母が、自分の席に着きながら言う。
 
「今日はりっくんにはお留守番してもらわなくちゃいけないけど」

 祖母は律人のことを「りっくん」と呼ぶ。今日は祖父母も見合いに同席するのだ。
 
 律人は答える。
 
「大丈夫だよ、琴子さんもいるし」

 琴子は、律人が退院してこの家に来たときには、すでに働いていた。祖父母の信頼もあつく、律人にも優しく接してくれる。

「そうね。琴子さん、よろしくお願いしますね」

 琴子は、穏やかな笑顔で律人を見ながら言った。

「はい、承知いたしました」



 朝食が終わると、すぐに祖父母と恭平は出かける準備を始めた。見合いはホテル内の料亭で行われるのだそうだ。
 
 律人は自分の部屋に戻り、ベッドで横になる。このまま眠ってしまえたらいいと思うものの、それが無理なこともわかっている。
 
 後でレオンと話したいけれど、出来るだろうか。彼を呼び出すのは、それなりに気力とが集中力いるし、頭痛がするときは、特に難しいのだ。
 
 
 じっと目を閉じていると、やがてノックの音とともに恭平の声がした。
 
「律人」

「どうぞ」

 静かにドアが開き、恭平が入って来た。新しいスーツは、彼にとてもよく似合っていて素敵だ。
 
「それじゃ、行って来るよ」

「うん」

 恭平が、心配そうな表情で見つめる。それで、律人は言った。
 
「恭平くん、すごくカッコいい」

 彼が、ほっとしたように微笑む。
 
「ありがとう。ゆっくり休んで」

「うん。行ってらっしゃい」


 恭平は部屋を出て行った。律人は、ベッドの中で体を丸める。
 
 きっと結婚は成立するのだろう。僕は今から覚悟をして、一人ぼっちに慣れなくちゃ……。
 
 枕に顔をうずめながら、過去の出来事に思いをはせる。それは、祖父母や恭平から伝え聞いた、事故が起きる以前のことだ。
 
 
 
 三人兄弟の長男である律人の父は、とても優秀な人だったという。夫婦仲もよく、律人を、とてもかわいがっていた。
 
 健在であれば、将来は彼が会社を継ぐことになっていたという。それは、周囲の誰もが認めていた。
 
 だが、ある日の夜更けに両親と律人は車に乗って出かけ、その途中で交通事故に遭ったのだった。そんな時間に、なんの用事でどこへ向かっていたのか、両親が亡くなり、律人も記憶を失ったため、理由は知りようもない。
 
 それで、順番としては、次男の健吾叔父が後継者となるはずなのだが、もしも恭平が結婚したなら、番狂わせがあるかもしれないと律人は思う。
 
 健吾の妻の梨沙子は、健吾が通う飲食店で働いていたのだが、交際中に妊娠した。祖父母も子供が出来たのでは反対するわけにもいかず、仕方なく結婚を許したらしい。
 
 現在二人の間には、三人の女の子がいて、今も夫婦仲はいいようだが、問題は、叔母の出自だ。叔母が働いていたのは、いわゆるナイトクラブで、学歴は高卒だという。
 
 一方、恭平の見合い相手は、女子大を卒業して間もない病院長の一人娘だ。もちろん律人だって、そういうことで人を判断するのはよくないことだとわかっている。
 
 けれども、決して小さくはない会社の後を継ぐとなれば、配偶者にもある程度のレベルが求められるのではないか。そうでなくても、律人の目から見て、健吾よりも恭平のほうが、頭脳も品格も上のような気がするのだ。
 
 だから、自分なんかが恭平の縁談に文句を言ってはいけないし、そんな権利もないとわかっている。それでも、本当の本音は、恭平に結婚してほしくないし、寂しくてたまらない。


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 だが律人は、そのことが辛くてたまらない。大好きな恭平には、自分だけを見ていてほしいし、ずっと自分だけの恭平でいてほしかった。
 そして、そんなふうに思う自分のことが嫌でたまらない。自分のことばかりで、恭平の気持ちや、恭平の幸せなんて少しも考えていない、なんて自分勝手な人間なんだろうと呆れる。
 とはいえ、恭平が結婚してこの家を出て行ってしまったら、自分は一人ぼっちになって、いったいどうやって毎日を過ごしていけばいいのだろう……。そう思うと、また涙がこみ上げてきた。
 翌朝起きると、鈍い頭痛がして食欲もなかったが、すねていると思われたくなかったので、着替えてダイニングルームに行った。祖母と家政婦の琴子がテーブルに朝食を並べているところで、祖父と恭平は、すでに席に着いている。
「おはよう」
「おはよう」
 口々に朝の挨拶を交わす。恭平が、素早く立って椅子を引いてくれる。
「ありがとう」
 律人は椅子に腰かけながら、杖を床に横にして置く。椅子に立てかけておいて、何かの拍子に倒れたりしないためだ。
 恭平が、こちらを見ながら言った。
「少し顔色がよくないみたいだけど、大丈夫?」
「ああ、ちょっとだけ頭が痛いけど、大丈夫」
 祖母が、自分の席に着きながら言う。
「今日はりっくんにはお留守番してもらわなくちゃいけないけど」
 祖母は律人のことを「りっくん」と呼ぶ。今日は祖父母も見合いに同席するのだ。
 律人は答える。
「大丈夫だよ、琴子さんもいるし」
 琴子は、律人が退院してこの家に来たときには、すでに働いていた。祖父母の信頼もあつく、律人にも優しく接してくれる。
「そうね。琴子さん、よろしくお願いしますね」
 琴子は、穏やかな笑顔で律人を見ながら言った。
「はい、承知いたしました」
 朝食が終わると、すぐに祖父母と恭平は出かける準備を始めた。見合いはホテル内の料亭で行われるのだそうだ。
 律人は自分の部屋に戻り、ベッドで横になる。このまま眠ってしまえたらいいと思うものの、それが無理なこともわかっている。
 後でレオンと話したいけれど、出来るだろうか。彼を呼び出すのは、それなりに気力とが集中力いるし、頭痛がするときは、特に難しいのだ。
 じっと目を閉じていると、やがてノックの音とともに恭平の声がした。
「律人」
「どうぞ」
 静かにドアが開き、恭平が入って来た。新しいスーツは、彼にとてもよく似合っていて素敵だ。
「それじゃ、行って来るよ」
「うん」
 恭平が、心配そうな表情で見つめる。それで、律人は言った。
「恭平くん、すごくカッコいい」
 彼が、ほっとしたように微笑む。
「ありがとう。ゆっくり休んで」
「うん。行ってらっしゃい」
 恭平は部屋を出て行った。律人は、ベッドの中で体を丸める。
 きっと結婚は成立するのだろう。僕は今から覚悟をして、一人ぼっちに慣れなくちゃ……。
 枕に顔をうずめながら、過去の出来事に思いをはせる。それは、祖父母や恭平から伝え聞いた、事故が起きる以前のことだ。
 三人兄弟の長男である律人の父は、とても優秀な人だったという。夫婦仲もよく、律人を、とてもかわいがっていた。
 健在であれば、将来は彼が会社を継ぐことになっていたという。それは、周囲の誰もが認めていた。
 だが、ある日の夜更けに両親と律人は車に乗って出かけ、その途中で交通事故に遭ったのだった。そんな時間に、なんの用事でどこへ向かっていたのか、両親が亡くなり、律人も記憶を失ったため、理由は知りようもない。
 それで、順番としては、次男の健吾叔父が後継者となるはずなのだが、もしも恭平が結婚したなら、番狂わせがあるかもしれないと律人は思う。
 健吾の妻の梨沙子は、健吾が通う飲食店で働いていたのだが、交際中に妊娠した。祖父母も子供が出来たのでは反対するわけにもいかず、仕方なく結婚を許したらしい。
 現在二人の間には、三人の女の子がいて、今も夫婦仲はいいようだが、問題は、叔母の出自だ。叔母が働いていたのは、いわゆるナイトクラブで、学歴は高卒だという。
 一方、恭平の見合い相手は、女子大を卒業して間もない病院長の一人娘だ。もちろん律人だって、そういうことで人を判断するのはよくないことだとわかっている。
 けれども、決して小さくはない会社の後を継ぐとなれば、配偶者にもある程度のレベルが求められるのではないか。そうでなくても、律人の目から見て、健吾よりも恭平のほうが、頭脳も品格も上のような気がするのだ。
 だから、自分なんかが恭平の縁談に文句を言ってはいけないし、そんな権利もないとわかっている。それでも、本当の本音は、恭平に結婚してほしくないし、寂しくてたまらない。