2,不完全な部屋
ー/ー
律人に、自分のことは「俺」と呼ぶようにと言われた。そのほかにも、生まれたばかりで何もわからない俺に、律人は自分が作った設定を事細かに説明してくれた。
そうして、少しずつ、俺は「レオン・クロックワーク」になって行った。
そして現在、律人は、レオンと同じ17歳になった。レオン自身は、今のところ最初に律人が創り出した姿のまま、年を取ることもない。
レオンは普段、これも律人が創った小さな部屋の中にいる。あくまで彼のイメージの産物なので、律人の部屋とは違い、レオンの部屋は、場所によっては曖昧で、ひどくぼやけている。
すべて律人の頭の中で作られたものなので、律人の考えが及ばない、あるいは必要としていない部分はここには存在しないのだ。レオンの部屋は、ベッドが置かれている窓辺の周辺以外は、もやもやと暗闇に溶けている。
スチームパンクとは、蒸気機関が発達し、コンピューターではなく機械仕掛けのテクノロジーが究極まで進化した架空の未来なのだそうだ。レオンは、その世界で悪と戦う勇者なのだ。
だが、実を言うと、ギアアークの勇者というのも設定だけで、実際に敵と戦うわけではない。もっと言ってしまえば、ギアアークという都市も名前だけで、存在しているのは、レオンと、レオンがいる不完全な部屋だけだ。
だが、自分と、自分の部屋が存在しているというだけでも、かなりすごいことなのではないかとレオンは思う。こうして自分が生まれ、その姿が律人に見え、触れることが出来るというのもすごいが、それは多分、律人の想像力が人並外れてすごいからなのではないか。
もしかすると、両親や過去の記憶や不自由のない体など、失ったものを補うように想像力が発達したのかもしれない。最初、まったく無の状態で生み出されたレオンは、律人によって様々な知識を授けられ、6年の間には自ら質問し、自分で思考するようにもなった。
律人は、彼が知っている限りのことはなんでも答えてくれたし、自分のことや、レオンの知らない、彼の家族のこともたくさん話してくれた。いつしか律人とレオンは、友情という強い絆で結ばれていた。
「レオン」
律人の声に、レオンは腰かけていたベッドから立ち上がる。いつものように、律人の呼びかけとともに開いた通路から彼の部屋に行く。
律人は、初めて会った頃のあどけなさを残したまま17歳になった。あまり外に出ないせいか色が白く、ほっそりとして、身長はレオンより頭一つ分低い。
ベッドサイドには、今の彼の身長に合わせた杖が立てかけてある。
「律人」
レオンは、ベッドに腰かけた律人に声をかけ、顔を上げた彼に微笑みかけた。
「座って」
律人は、自分の横を手で示し、レオンは律人の隣に腰かける。いつものルーティーンだ。
たいてい彼とはベッドに腰かけて話すのだが、レオンは自分からかけはしない。最初がそうだったので、特に考えがあってそうしているわけではないのだが、あえて言うなら礼儀のようなものか。
律人は黙ったままうつむいている。体調がすぐれないのか、気持ちが落ち込んでいるのだろうか。
今も歩くのには杖が必要で、通信制の高校で勉強している彼は、体調にも気持ちにも波がある。レオンはいつも、ほんの少しでも、そんな律人の役に立てたらと思っている。
レオンは、小さくため息をついた律人に聞いた。
「どうかしたのか?」
「うん……」
律人が、重い口を開く。
「恭平くんに縁談があるって言ったでしょう?」
「ああ」
律人には叔父が二人いて、上の叔父、健吾は既婚で別に暮らしているが、恭平は未婚で、現在26歳だ。律人の祖父が経営する会社は医療機器メーカーで、恭平の縁談の相手は、大きな病院の院長の娘だという。
会社としても悪い話ではないらしい。というか、おそらく双方のメリット込みでの縁談なのだろう。
「僕はてっきり、恭平くんは断ると思っていたんだ。だって26歳だったら、まだ独身だって当たり前だし、恋愛結婚するならまだしも、お見合いだなんて」
つまり、見合いすることが決まったのだろうか。最初から律人は、「そんなの政略結婚だ」と言って憤慨していたのだが。
「そうだな」
「それなのに恭平くんは、なんだかうきうきしてるんだ」
「うきうき……」
「恭平くんは、そんな人じゃないと思っていたのに」
「そんな人、とは?」
「だからぁ」
律人は苛立ちを滲ませて言う。
「好きでもない人と結婚してもいいと思うような、そんな人じゃないと思っていたんだよ」
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。
律人に、自分のことは「俺」と呼ぶようにと言われた。そのほかにも、生まれたばかりで何もわからない俺に、律人は自分が作った設定を事細かに説明してくれた。
そうして、少しずつ、俺は「レオン・クロックワーク」になって行った。
そして現在、律人は、レオンと同じ17歳になった。レオン自身は、今のところ最初に律人が創り出した姿のまま、年を取ることもない。
レオンは普段、これも律人が創った小さな部屋の中にいる。あくまで彼のイメージの産物なので、律人の部屋とは違い、レオンの部屋は、場所によっては曖昧で、ひどくぼやけている。
すべて律人の頭の中で作られたものなので、律人の考えが及ばない、あるいは必要としていない部分はここには存在しないのだ。レオンの部屋は、ベッドが置かれている窓辺の周辺以外は、もやもやと暗闇に溶けている。
スチームパンクとは、蒸気機関が発達し、コンピューターではなく機械仕掛けのテクノロジーが究極まで進化した架空の未来なのだそうだ。レオンは、その世界で悪と戦う勇者なのだ。
だが、実を言うと、ギアアークの勇者というのも設定だけで、実際に敵と戦うわけではない。もっと言ってしまえば、ギアアークという都市も名前だけで、存在しているのは、レオンと、レオンがいる不完全な部屋だけだ。
だが、自分と、自分の部屋が存在しているというだけでも、かなりすごいことなのではないかとレオンは思う。こうして自分が生まれ、その姿が律人に見え、触れることが出来るというのもすごいが、それは多分、律人の想像力が人並外れてすごいからなのではないか。
もしかすると、両親や過去の記憶や不自由のない体など、失ったものを補うように想像力が発達したのかもしれない。最初、まったく無の状態で生み出されたレオンは、律人によって様々な知識を授けられ、6年の間には自ら質問し、自分で思考するようにもなった。
律人は、彼が知っている限りのことはなんでも答えてくれたし、自分のことや、レオンの知らない、彼の家族のこともたくさん話してくれた。いつしか律人とレオンは、友情という強い絆で結ばれていた。
「レオン」
律人の声に、レオンは腰かけていたベッドから立ち上がる。いつものように、律人の呼びかけとともに開いた通路から彼の部屋に行く。
律人は、初めて会った頃のあどけなさを残したまま17歳になった。あまり外に出ないせいか色が白く、ほっそりとして、身長はレオンより頭一つ分低い。
ベッドサイドには、今の彼の身長に合わせた杖が立てかけてある。
「律人」
レオンは、ベッドに腰かけた律人に声をかけ、顔を上げた彼に微笑みかけた。
「座って」
律人は、自分の横を手で示し、レオンは律人の隣に腰かける。いつものルーティーンだ。
たいてい彼とはベッドに腰かけて話すのだが、レオンは自分からかけはしない。最初がそうだったので、特に考えがあってそうしているわけではないのだが、あえて言うなら礼儀のようなものか。
律人は黙ったままうつむいている。体調がすぐれないのか、気持ちが落ち込んでいるのだろうか。
今も歩くのには杖が必要で、通信制の高校で勉強している彼は、体調にも気持ちにも波がある。レオンはいつも、ほんの少しでも、そんな律人の役に立てたらと思っている。
レオンは、小さくため息をついた律人に聞いた。
「どうかしたのか?」
「うん……」
律人が、重い口を開く。
「恭平くんに縁談があるって言ったでしょう?」
「ああ」
律人には叔父が二人いて、上の叔父、健吾は既婚で別に暮らしているが、恭平は未婚で、現在26歳だ。律人の祖父が経営する会社は医療機器メーカーで、恭平の縁談の相手は、大きな病院の院長の娘だという。
会社としても悪い話ではないらしい。というか、おそらく双方のメリット込みでの縁談なのだろう。
「僕はてっきり、恭平くんは断ると思っていたんだ。だって26歳だったら、まだ独身だって当たり前だし、恋愛結婚するならまだしも、お見合いだなんて」
つまり、見合いすることが決まったのだろうか。最初から律人は、「そんなの政略結婚だ」と言って憤慨していたのだが。
「そうだな」
「それなのに恭平くんは、なんだかうきうきしてるんだ」
「うきうき……」
「恭平くんは、そんな人じゃないと思っていたのに」
「そんな人、とは?」
「だからぁ」
律人は苛立ちを滲ませて言う。
「好きでもない人と結婚してもいいと思うような、そんな人じゃないと思っていたんだよ」