控えよ。
妾は神じゃ。いま人の子らが呼ぶ、その真名を── باستت という。
ほれ、頭を垂れよ。
うむ。素直で愛いやつじゃ。褒めて遣わす。
…ふむん、頭を垂れるで思い出したが、近頃の人の子らはずうっと頭を垂れておるのう。
汝らは رعに近づかんと背を天に伸ばしたのであろうに、背を丸めて、
手元の小さき板をじつと眺めて……何ぞ呪いでも書かれておるのか、あれには。
のう、汝。汝らの小さき板には何が書かれておるのじゃ。直答を許す。
よいよい、神と人との境界が──などと、أنوبيس めには吠えさせておけ。
なに?先刻から固有名らしきところが分からぬ?妾の名も?
仕方のないやつじゃ、その率直さに免じて、分かるように教えてやろう。
妾の名は──バ・ス・テ・ト、じゃ。分かったか?
他のじゃと? 嫌じゃ、面倒くさい。こぴぺして調べい。
何のことやら分からぬが今は便利だと、تحوت が申しておったぞ。
ฅ
して、その板には…
──ふむん、ゆうちうぶに、ちっくとっく。
──ほほぉ、誰ぞが藝や智を披露して、皆を楽しませておるのか。人の子は変わらぬの。
──なんと、家にいながらにして商人とやり取りまでできるのか。便利なものじゃ。
………
ははぁ……その板で何でもできるんじゃなあ。
تحوت がうるさい理由も何となく分かったわ。あやつは知識のこととなると目がないゆえな、
ぴーちくぱーちく、うるさいのじゃ。あたかも鳥のごとく……
いや、鳥じゃったわ。然らば、さもありなん。
ฅ
しかしまあ何じゃな、その板によって日々の営みも、芸事や楽士の用さえも、日常の望みが概ね叶うというのなら──それは、人の心が神から離るるも道理じゃの。
いやいや、世とはさるものと理解しておるよ。
ナイルとて、悠久に同じに見えども、その実、さにあらず。況や人の子らをや、ということじゃ。かのラメセス──アブ・シンベルに己が姿を刻みし王とて、滅んでしまえば王朝もろともよ。
神から離るるを望むというなら、止めはせぬよ。人の子らが両の足で歩むことを望むのなら、それは送り出してやらねばの。
إيزيس は嘆くかもしれぬ。あれは人の子らが大好きじゃからの。我らを信ずる子らが神に在らしめられておると考えるのと同じく、我らも人の子らに在らしめられておる。こと、人との結びが強いあれは猶更じゃ。
妾は猫ゆえなあ──いや、妾の眷属が猫というのが正しいのじゃが、汝らの思うあれらの性質を、妾も持っておると考えてよい。寄らば同胞、寄らずば関せずじゃ。ひとたび歩むと決めたのなら、行けるところまで行けばよい。
ฅ
そうじゃのう、離れんとする汝らに、妾が言うことがあるとすれば。
その板が汝らに恵みをもたらすことは心得た。そのうえで、じゃ。
覚えておくがよいぞ──恵みとは、常にそこにありはせぬ。
ナイルとて、常には民を育むいっぽうで、時に暴れて民を苛むのじゃ。
そうやって何のかんので、世の天秤は釣り合いが取れておるものじゃよ。いずれかに偏うておれば、いずれ揺り戻しが来る。偏うておればおるほど、強く…な。妾もまた──おっと、これは言わぬが花というものか。
とにかく、時には面を上げて空を見よ。
رع を見上げよ。
而して初めて見ゆるものもあろうというものぞ。妾は رع の目なれば、汝らが見らば見返してやろう。
…そんなところかの。
ฅ
さ、説教臭くなってしもうたの。なに、永く在らばそうなるのは人も神も変わらぬということよ。
ところで、じゃ。まあ人の子らは昔から猫が好きじゃから?妾の人気は疑うべくもないが?どの神が、いま信仰を得ておるのじゃ。
ほうほう……何じゃ、この白き布を被った変なのは。目がやけに大きくて、足だけ出して…。子どもの落書きか?
目から光線を出す?何じゃその化け物。なぬ、はるか東の国で妙に人気のある、我らと同じ地の神?ええ…妾、知らぬぞこやつ。あとでتحوت に訊いてみねば。
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ふふん、妾が言うたに、調べぬ者もおるじゃろう。
出血大さあびすじゃ…教えてやる。どういう神かはさすがに調べよ。
妾のほか、名を出した順に、ラー、アヌビス、トト、イシスじゃ。
ほほ、図星を突かれた者はもう一周せよ。
ではの。