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ฅ2. 町猫Cの場合

ー/ー




 ぼくは猫だ。名前は…なんだろうね、いろんな呼ばれ方をするからなぁ。
 魚臭いおじさんは「ちび」と呼ぶし、道をきれいにしているおばさんは「たまちゃん」と呼ぶ。時々来る白い服の人たちにとっては、ぼくは「しーのナントカ」、子どもたちにとっては「ねこちゃん」。
 まあ、そんな感じでぼくは幾つかの呼ばれ方をするわけ。だから名前に関しては”これ”とは言えないけど、”猫(ねこ)”であることは間違いなさそうだ。

 町を歩いていると、どうやらぼく以外にも同じような立場の猫はいるようだけど…決まった形で耳が欠けている子が何匹かいる。怪我をしたにしてはみんな一緒なので、そうではなさそうということは予想がつく。ぼくがどうなのかは…自分の姿が分からないので判断できない。
 ただまあ、ぼくが見た範囲だけで言うと、耳が欠けた子たちは…なんというか、落ち着いている気がする。ゆっくりと歩くし、他の猫と会ってもただすれ違っておしまいということも多い。反対に、耳がそのままの子たちは、せかせかと走り回ったり自分のテリトリーにうるさい感じだ。でも、総じて言うと町は静かになった気もするね。
 そういう視点で自分を考えると…落ち着いている方だとは思うけど、どうだろう。気になったら話してみて友だちになるという点ではどの猫でも変わらないし…何にしても、以前がどうだったかを覚えていないから、分からない。


 ぼくの一日は夜明けとともに──正確に言うと自然に目が覚めるからなんだけど──はじまる。まだ眠っている町の中を気まぐれに歩いてはみるけど、知らず知らず決まってしまっているのか、一番初めに会うのは大抵、魚臭いおじさんだ。
 おじさんがいっぱい魚を置いているのを見て、はじめて一匹咥えたのはいつだったかな。その時は低い声で威嚇されてびっくりしたけど、今は小さい魚を分けてくれるようになった。「ちびはいくら食ってもちびだなァ」

 お腹が少し満足したところで歩いてみると、これも会うことが多いのが、道をきれいにしているおばさん。シャッシャッと小気味良い音が気になって、つい見てしまう。「たまちゃん、今日も早いわねえ」

 そこからは、町がだんだんと動き始めて…人間にせよ猫にせよ、誰に会うかはバラバラだ。

 猫と会っては、馴染みの散歩猫と軽い挨拶をしてみたり、動いたところを見たことがない爺猫をいたずらに突付いてみたり。どこかの家で飼われてる猫と話してみたり、あるいは元気な猫と追いかけっこしてみたり。
 人と会っては、子どもに「ねこ」や「にゃーにゃ」と呼ばれてみたり、またあるお爺さんに、「チョロスケ」「チョロゾー」「チョロマル」と毎回違う呼び方をされてみたり。チョロってなんだろう。

 日が暮れてきて、"オテラサン"と呼ばれている、町の中でも高いところに何となしに寄ってみた。
 頭がまん丸い人が中でぶつぶつ言っている何かに注意を向けていると、視界の奥に猫が一匹。ぼくら猫界隈では「姐さん」と呼ばれている猫…もっとも、オスかメスかはよく分からない。身体が大きく歩き方は静か、尻尾も揺らさず歩く様から、みんなが何となく一目置いているというだけだ。ぼくもまた何となく、話しかけてみる気分だった。
 ──姐さん。
 ──何だい、お前は…。ふん、耳が欠けてるから飼われてるわけじゃなさそうだね。なんか名前はあるのかい、ちびすけ。
 そうか、ぼくの耳は欠けていたのか。初めて知った…と、思う。
 ──名前は…人間から呼ばれるのはいろいろ。どれがぼくなんだろう。
 ──さあ。それなら、それぞれの人間にとっては、それぞれお前なんだろ。
 ──そういうもの?
 ──そういうもの。少なくとも叩き出されてないんだから、この町にいていいとは思われてるんじゃないの。
 ──そっかあ。じゃあそれでいっか。
 ──で、なんか用かよ、ちびすけ。
 ──いや、なにも。ただ何となく、見かけたから。
 ──そうかよ。なら、あたしゃ寝るからどっか行け。


 そうして日がすっかり落ちた後、お気に入りの場所に潜り込んだら、今日が終わっていく。

 ぼくは猫だ。名前は…ちびであり、たまちゃんであり、ねこであり、にゃーにゃであり、チョロスケであり、チョロゾーであり、チョロマルだ。明日はまた増えるかもしれないね。

 それでいいらしいから、それでいっか。




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 ぼくは猫だ。名前は…なんだろうね、いろんな呼ばれ方をするからなぁ。
 魚臭いおじさんは「ちび」と呼ぶし、道をきれいにしているおばさんは「たまちゃん」と呼ぶ。時々来る白い服の人たちにとっては、ぼくは「しーのナントカ」、子どもたちにとっては「ねこちゃん」。
 まあ、そんな感じでぼくは幾つかの呼ばれ方をするわけ。だから名前に関しては”これ”とは言えないけど、”猫(ねこ)”であることは間違いなさそうだ。
 町を歩いていると、どうやらぼく以外にも同じような立場の猫はいるようだけど…決まった形で耳が欠けている子が何匹かいる。怪我をしたにしてはみんな一緒なので、そうではなさそうということは予想がつく。ぼくがどうなのかは…自分の姿が分からないので判断できない。
 ただまあ、ぼくが見た範囲だけで言うと、耳が欠けた子たちは…なんというか、落ち着いている気がする。ゆっくりと歩くし、他の猫と会ってもただすれ違っておしまいということも多い。反対に、耳がそのままの子たちは、せかせかと走り回ったり自分のテリトリーにうるさい感じだ。でも、総じて言うと町は静かになった気もするね。
 そういう視点で自分を考えると…落ち着いている方だとは思うけど、どうだろう。気になったら話してみて友だちになるという点ではどの猫でも変わらないし…何にしても、以前がどうだったかを覚えていないから、分からない。
 ぼくの一日は夜明けとともに──正確に言うと自然に目が覚めるからなんだけど──はじまる。まだ眠っている町の中を気まぐれに歩いてはみるけど、知らず知らず決まってしまっているのか、一番初めに会うのは大抵、魚臭いおじさんだ。
 おじさんがいっぱい魚を置いているのを見て、はじめて一匹咥えたのはいつだったかな。その時は低い声で威嚇されてびっくりしたけど、今は小さい魚を分けてくれるようになった。「ちびはいくら食ってもちびだなァ」
 お腹が少し満足したところで歩いてみると、これも会うことが多いのが、道をきれいにしているおばさん。シャッシャッと小気味良い音が気になって、つい見てしまう。「たまちゃん、今日も早いわねえ」
 そこからは、町がだんだんと動き始めて…人間にせよ猫にせよ、誰に会うかはバラバラだ。
 猫と会っては、馴染みの散歩猫と軽い挨拶をしてみたり、動いたところを見たことがない爺猫をいたずらに突付いてみたり。どこかの家で飼われてる猫と話してみたり、あるいは元気な猫と追いかけっこしてみたり。
 人と会っては、子どもに「ねこ」や「にゃーにゃ」と呼ばれてみたり、またあるお爺さんに、「チョロスケ」「チョロゾー」「チョロマル」と毎回違う呼び方をされてみたり。チョロってなんだろう。
 日が暮れてきて、"オテラサン"と呼ばれている、町の中でも高いところに何となしに寄ってみた。
 頭がまん丸い人が中でぶつぶつ言っている何かに注意を向けていると、視界の奥に猫が一匹。ぼくら猫界隈では「姐さん」と呼ばれている猫…もっとも、オスかメスかはよく分からない。身体が大きく歩き方は静か、尻尾も揺らさず歩く様から、みんなが何となく一目置いているというだけだ。ぼくもまた何となく、話しかけてみる気分だった。
 ──姐さん。
 ──何だい、お前は…。ふん、耳が欠けてるから飼われてるわけじゃなさそうだね。なんか名前はあるのかい、ちびすけ。
 そうか、ぼくの耳は欠けていたのか。初めて知った…と、思う。
 ──名前は…人間から呼ばれるのはいろいろ。どれがぼくなんだろう。
 ──さあ。それなら、それぞれの人間にとっては、それぞれお前なんだろ。
 ──そういうもの?
 ──そういうもの。少なくとも叩き出されてないんだから、この町にいていいとは思われてるんじゃないの。
 ──そっかあ。じゃあそれでいっか。
 ──で、なんか用かよ、ちびすけ。
 ──いや、なにも。ただ何となく、見かけたから。
 ──そうかよ。なら、あたしゃ寝るからどっか行け。
 そうして日がすっかり落ちた後、お気に入りの場所に潜り込んだら、今日が終わっていく。
 ぼくは猫だ。名前は…ちびであり、たまちゃんであり、ねこであり、にゃーにゃであり、チョロスケであり、チョロゾーであり、チョロマルだ。明日はまた増えるかもしれないね。
 それでいいらしいから、それでいっか。