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第17話 朝って本当に大変!

ー/ー



「お邪魔しまぁす」
 アカネはそんなことを言って、ベランダからぼくの個室へと入ると、ベッドにあがった。

「ほ、本当にいっしょに眠る気?」
「そうだよー。でも、眠るだけだからねー。えっちなことをしたら、だめだよー」
「そんなこと、しないって」

 ——あぁ、でもこれでまた、眠れなくなっちゃうかも……。
 ぼくは、アカネの隣にあがると、横になった。
 背中を向けると、布団をかける。

 アカネが動いた気配はするが、体は密着させてはこなかった。
 ただ——背中の首筋に、息を吹きかけられた。
 ぼくは肩をすくめるが、何も言わなかった。

 どきどきする。
 村では、こうして何度もアカネにベッドに潜り込まれたことがある。
 ぼくとしては、出来る限り、距離を取ろうとしているのに、アカネはまったく、お構いなしだった。

「ね、ジンくんには本当、感謝しているんだー」
「な、何が?」
「あたしはねー、人生に特に何の目標もなかったから。ジンくんやチカちゃんと、一緒に笑って過ごせたら、それでいいって思っていたのー。だから、ジンくんがアリアンフロッドになりたいって言い出した時は、びっくりしちゃってー」

「そんな大したことじゃないよ」
「ううん。ジンくんが、あたしに人生の目標をくれたんだよー。ただ、いっしょにいるだけじゃ、何にもできない。はじまらないってねー」
「ぼくは——姉さんには、その……」

 感謝している……と声をかけようとするが、言葉が出てこなかった。
 今さら、アカネに正面から言うのは恥ずかしいと思ったし、彼女への感情は、そんな簡単なひと言では、とても言い表すことの出来ないものだ、と感じたからでもある。

「ジンくん……あのね。父さんがいなくなって、それから、セリカ姉もいなくなっちゃって、ああ、また居場所がなくなっちゃう。みんな、あたしのところから、いなくなっちゃうんだって、少し落ち込んでいたの。でも、それは違うんだよねー」
 セリカ姉——チカの姉であり、ぼくたちの育ての母のような存在だ。
 トップクラスのアリアンフロッドでありながら、一時期、ぼくたちを育てるために引退していたのだけど、その後、復帰している。

 だが、その彼女は間もなく、失踪してしまった。
 “塔の天辺で待つ——”
 置き手紙と呼んでいいのかわからないけど、その言葉だけが書きつけられた紙片だけを残して、彼女は旅立ってしまった。

 実際、彼女が塔のなかへと入っていったのは、他のアリアンフロッドによって目撃されている。
 他の人々は、セリカはもう、塔のなかで亡くなってしまっている、と話していたが、ぼくたちはまったく信じなかった。

 ことあるごとに、セリカ姉は塔のことを——特に、天辺にあるという、別世界について、語っていた。
 どうして、彼女が突然、旅立ってしまったのか、は謎だけど、セリカは絶対に、塔の天辺に至っているに違いない。

 だから、葬式もあげていない。
 彼女は今も、塔の天辺で待ち続けているのだ。
 それが、ぼくたちがアリアンフロッドとなって、塔を目指している理由のひとつでもあった。

「やっぱり、居場所は自分で見つけなきゃー。でも、それは簡単じゃないんだよねー。あたしたちが、こうしている間も、誰かがどこかで、居場所をなくしかけている人がいるかもしれない。それなら、あたしたちが、その力添えをしてあげなきゃって」
 アカネっぽいな、と聞きながら、ぼくは思った。
 動機はそれぞれだけど、共にアリアンフロッドを目指し、頑張っているのだ。

「ジンくん? 眠くなっちゃったのかなー。お姉さんも、なんだか……」
 次第に、アカネの声が遠くから聞こえるように、小声になっていった。
 背後で、もぞり、とアカネが動く気配があったが、ぼくにはそれを追いかけることができなかった。
 目蓋が重い。

 そして、おでこに柔らかいものが触れる感覚がした。
「じゃ、ジンくん。おやすみー……」
 その声が聞こえるのと同時に、ぼくの意識は途切れていった。

 □       ■   △

「ジンくん……起きてぇ……」
 耳もとで、甘ったるい声がした。
 ぼくは、瞬きをする。

 いつもなら、目覚めるのと同時に、ベッドから飛び起きるのに、今朝に限っては身体が動かない。
 アカネを起こすのだって、いつもはぼくがしているのだから、こんな風に逆になるのは、いつの日以来のことだろう。

「う~ん、姉さん……」
「私はアカネじゃないですけど、もう起きたほうがいいのではなくて?」
 そこで、ぼくはぱちり、と目を覚ました。

 目の前で添い寝をしているのは、チカだった。
 寝間着姿のまま、頬杖をついて、ぼくの顔を見下ろしている。
 ——えっ……。
 どういう状況なのだろう。

「姉弟で本当に、仲のいいことですわねー。妬けてきちゃうわぁ」
 棒読みで、チカがそう言う。

 背中にぴったりと身体を寄せてきているのは、アカネだった。
 ふたりに身体を挟まれるようにして、ぼくは寝ていたらしい。
 どういうことだか、チカが不機嫌だ。

「いでででで……」
 頬をぎゅっとつねられて、ようやく、ぼくはベッドから起き上がった。


「眠れましたか?」
 それから、数十分後——。

 ぼくたちは、リーリアさん、レイドリフさんの老夫婦と朝食を終えていた。
 リーリアさんとレイドリフさんだけど、このふたりは本当に姉弟ではないか、って思うぐらい、そっくりだった。

 ふたりとも、紅葉色の髪に、褐色の瞳の持ち主で、年齢はかなりの高齢だ。
 聞くのも失礼だから口にはしないけど、ぼくたちとは孫どころか、曾孫ぐらいの年齢差があるのかもしれない。
 痩せていて、少し、腰が曲がっている姿勢なのも同じだ。
 まぁ、レイドリフさんはすっごい無口らしくて、話しかけているのはリーリアさんなんだけどね。
 でも、見ていて、ふたりとも尊重し合っているというか、強い絆で結ばれている、という印象をぼくは受けていた。

 リーリアさんとレイドリフさんは、子爵ということらしかったが、いい意味で貴族っぽいところがなかった。
 なんていうか——人柄のよさを、雰囲気から感じる。

 王都ファル=ナルシオンに到着した時、まずはこの邸宅を訪れて、夫婦に挨拶をしたんだけど、その時だって、「よく来てくれました」と言って、リーリアさんはアカネやぼく、チカを抱きしめてくれたくらいだ。
 お世話になっているのは、ぼくたちのほうなんだけどね。

「……えぇ、まぁ。睡眠時間はしっかり、取れたと思います」
 ぼくは、少し、引きつった笑顔を浮かべながら、答えた。

 チカは朝が苦手——というか、もともと、寝起きは悪いほうなんだけど、今朝はいつもに増して、不機嫌みたいだ。
 まぁ、いつものこと、と言えば、いつものことなんだけどね。

 朝食を終えたら、のんびりとした時間は終わり。
 ぼくたちはこれから、学園へ向かわなければならない。
 もちろん、ギンゲツと決闘をするためだ。


 移動中の馬車のなかで、ぼくは胸ポケットから、懐中時計を取り出してみた。
 ボタン穴からはチェーンが伸びていて、クリップで留められていた。
 これで、余程のことがなければ、時計をなくすことはないだろう。

 本当はストレージに収納しておいたほうが確実なんだろうけど、アカネに言われて、ぼくは常に持ち歩くようにしている。
 アカツキがそうしていたから、というのが理由みたいなんだけど——懐中時計は、ぼくとアカネ、アカツキ、それに彼女の母親とを結びつけている絆みたいなもの、と考えているのかもしれない。
 この間の”初心者殺しの小迷宮”に放り込まれた時も、なくしていなかったので、ちょっとほっとしていた。
 これで、なくしたり、壊してしまったりしたら、アカネに合わせる顔がなかったところだ。

 そのシルバーのチェーンは、リーリアさんとレイドリフさんが用意してくれたものだ。
 夫妻は、アンティークをコレクションしているので、ぼくが懐中時計をチェーンもなく、持ち歩いているので、気になっていたらしい。
 本当に、いい人だよね。
 これから、リーリアさんとレイドリフさんとの付き合いは長いものになっていくと思うので、少しずつでも恩を返していかないとね。


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「お邪魔しまぁす」
 アカネはそんなことを言って、ベランダからぼくの個室へと入ると、ベッドにあがった。
「ほ、本当にいっしょに眠る気?」
「そうだよー。でも、眠るだけだからねー。えっちなことをしたら、だめだよー」
「そんなこと、しないって」
 ——あぁ、でもこれでまた、眠れなくなっちゃうかも……。
 ぼくは、アカネの隣にあがると、横になった。
 背中を向けると、布団をかける。
 アカネが動いた気配はするが、体は密着させてはこなかった。
 ただ——背中の首筋に、息を吹きかけられた。
 ぼくは肩をすくめるが、何も言わなかった。
 どきどきする。
 村では、こうして何度もアカネにベッドに潜り込まれたことがある。
 ぼくとしては、出来る限り、距離を取ろうとしているのに、アカネはまったく、お構いなしだった。
「ね、ジンくんには本当、感謝しているんだー」
「な、何が?」
「あたしはねー、人生に特に何の目標もなかったから。ジンくんやチカちゃんと、一緒に笑って過ごせたら、それでいいって思っていたのー。だから、ジンくんがアリアンフロッドになりたいって言い出した時は、びっくりしちゃってー」
「そんな大したことじゃないよ」
「ううん。ジンくんが、あたしに人生の目標をくれたんだよー。ただ、いっしょにいるだけじゃ、何にもできない。はじまらないってねー」
「ぼくは——姉さんには、その……」
 感謝している……と声をかけようとするが、言葉が出てこなかった。
 今さら、アカネに正面から言うのは恥ずかしいと思ったし、彼女への感情は、そんな簡単なひと言では、とても言い表すことの出来ないものだ、と感じたからでもある。
「ジンくん……あのね。父さんがいなくなって、それから、セリカ姉もいなくなっちゃって、ああ、また居場所がなくなっちゃう。みんな、あたしのところから、いなくなっちゃうんだって、少し落ち込んでいたの。でも、それは違うんだよねー」
 セリカ姉——チカの姉であり、ぼくたちの育ての母のような存在だ。
 トップクラスのアリアンフロッドでありながら、一時期、ぼくたちを育てるために引退していたのだけど、その後、復帰している。
 だが、その彼女は間もなく、失踪してしまった。
 “塔の天辺で待つ——”
 置き手紙と呼んでいいのかわからないけど、その言葉だけが書きつけられた紙片だけを残して、彼女は旅立ってしまった。
 実際、彼女が塔のなかへと入っていったのは、他のアリアンフロッドによって目撃されている。
 他の人々は、セリカはもう、塔のなかで亡くなってしまっている、と話していたが、ぼくたちはまったく信じなかった。
 ことあるごとに、セリカ姉は塔のことを——特に、天辺にあるという、別世界について、語っていた。
 どうして、彼女が突然、旅立ってしまったのか、は謎だけど、セリカは絶対に、塔の天辺に至っているに違いない。
 だから、葬式もあげていない。
 彼女は今も、塔の天辺で待ち続けているのだ。
 それが、ぼくたちがアリアンフロッドとなって、塔を目指している理由のひとつでもあった。
「やっぱり、居場所は自分で見つけなきゃー。でも、それは簡単じゃないんだよねー。あたしたちが、こうしている間も、誰かがどこかで、居場所をなくしかけている人がいるかもしれない。それなら、あたしたちが、その力添えをしてあげなきゃって」
 アカネっぽいな、と聞きながら、ぼくは思った。
 動機はそれぞれだけど、共にアリアンフロッドを目指し、頑張っているのだ。
「ジンくん? 眠くなっちゃったのかなー。お姉さんも、なんだか……」
 次第に、アカネの声が遠くから聞こえるように、小声になっていった。
 背後で、もぞり、とアカネが動く気配があったが、ぼくにはそれを追いかけることができなかった。
 目蓋が重い。
 そして、おでこに柔らかいものが触れる感覚がした。
「じゃ、ジンくん。おやすみー……」
 その声が聞こえるのと同時に、ぼくの意識は途切れていった。
 □       ■   △
「ジンくん……起きてぇ……」
 耳もとで、甘ったるい声がした。
 ぼくは、瞬きをする。
 いつもなら、目覚めるのと同時に、ベッドから飛び起きるのに、今朝に限っては身体が動かない。
 アカネを起こすのだって、いつもはぼくがしているのだから、こんな風に逆になるのは、いつの日以来のことだろう。
「う~ん、姉さん……」
「私はアカネじゃないですけど、もう起きたほうがいいのではなくて?」
 そこで、ぼくはぱちり、と目を覚ました。
 目の前で添い寝をしているのは、チカだった。
 寝間着姿のまま、頬杖をついて、ぼくの顔を見下ろしている。
 ——えっ……。
 どういう状況なのだろう。
「姉弟で本当に、仲のいいことですわねー。妬けてきちゃうわぁ」
 棒読みで、チカがそう言う。
 背中にぴったりと身体を寄せてきているのは、アカネだった。
 ふたりに身体を挟まれるようにして、ぼくは寝ていたらしい。
 どういうことだか、チカが不機嫌だ。
「いでででで……」
 頬をぎゅっとつねられて、ようやく、ぼくはベッドから起き上がった。
「眠れましたか?」
 それから、数十分後——。
 ぼくたちは、リーリアさん、レイドリフさんの老夫婦と朝食を終えていた。
 リーリアさんとレイドリフさんだけど、このふたりは本当に姉弟ではないか、って思うぐらい、そっくりだった。
 ふたりとも、紅葉色の髪に、褐色の瞳の持ち主で、年齢はかなりの高齢だ。
 聞くのも失礼だから口にはしないけど、ぼくたちとは孫どころか、曾孫ぐらいの年齢差があるのかもしれない。
 痩せていて、少し、腰が曲がっている姿勢なのも同じだ。
 まぁ、レイドリフさんはすっごい無口らしくて、話しかけているのはリーリアさんなんだけどね。
 でも、見ていて、ふたりとも尊重し合っているというか、強い絆で結ばれている、という印象をぼくは受けていた。
 リーリアさんとレイドリフさんは、子爵ということらしかったが、いい意味で貴族っぽいところがなかった。
 なんていうか——人柄のよさを、雰囲気から感じる。
 王都ファル=ナルシオンに到着した時、まずはこの邸宅を訪れて、夫婦に挨拶をしたんだけど、その時だって、「よく来てくれました」と言って、リーリアさんはアカネやぼく、チカを抱きしめてくれたくらいだ。
 お世話になっているのは、ぼくたちのほうなんだけどね。
「……えぇ、まぁ。睡眠時間はしっかり、取れたと思います」
 ぼくは、少し、引きつった笑顔を浮かべながら、答えた。
 チカは朝が苦手——というか、もともと、寝起きは悪いほうなんだけど、今朝はいつもに増して、不機嫌みたいだ。
 まぁ、いつものこと、と言えば、いつものことなんだけどね。
 朝食を終えたら、のんびりとした時間は終わり。
 ぼくたちはこれから、学園へ向かわなければならない。
 もちろん、ギンゲツと決闘をするためだ。
 移動中の馬車のなかで、ぼくは胸ポケットから、懐中時計を取り出してみた。
 ボタン穴からはチェーンが伸びていて、クリップで留められていた。
 これで、余程のことがなければ、時計をなくすことはないだろう。
 本当はストレージに収納しておいたほうが確実なんだろうけど、アカネに言われて、ぼくは常に持ち歩くようにしている。
 アカツキがそうしていたから、というのが理由みたいなんだけど——懐中時計は、ぼくとアカネ、アカツキ、それに彼女の母親とを結びつけている絆みたいなもの、と考えているのかもしれない。
 この間の”初心者殺しの小迷宮”に放り込まれた時も、なくしていなかったので、ちょっとほっとしていた。
 これで、なくしたり、壊してしまったりしたら、アカネに合わせる顔がなかったところだ。
 そのシルバーのチェーンは、リーリアさんとレイドリフさんが用意してくれたものだ。
 夫妻は、アンティークをコレクションしているので、ぼくが懐中時計をチェーンもなく、持ち歩いているので、気になっていたらしい。
 本当に、いい人だよね。
 これから、リーリアさんとレイドリフさんとの付き合いは長いものになっていくと思うので、少しずつでも恩を返していかないとね。