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悔恨

ー/ー




「守ってくれようとして嬉しかった……」
 

「でも、彼等の気持ちもわかるんです。」
 

「『生きたい! 生きたい!』って、だからもう……」




    ◆◆◆


「くっ…………!!」


 思わず目を開くと、黄ばみの目立つ古く汚れた天井と埃っぽい蛍光灯がそこにあった。よく寝泊まりする事務所の天井だ。
 事務作業が一段落してソファに横になったら、そのまま寝ちまったらしい……






悔恨 横島
「夢に見ちまったか………」


 右手で前髪をかき上げながら、苦々しく呟く。

 自分の無力をこれでもか(・・・・・)と言うくらい突き付けられた苦々しい記憶………思い出すたびに、何度打ちのめされたことか。

 俺は霊団に追われるあの娘を護ることも、逃がすことも出来なかった……文珠なんて特別な力があっても、それを使う俺が馬鹿じゃどうにもならなかった。

 何故、もっとよく考えなかった?

 あの場を切り抜ける手段なんて、いくらでもあったんじゃないのか?


 いくら考えても意味がないと理解しつつも、考えずにはいられない。過ぎたことは変えられないのに……
 
 ただ、忘れようと努力しても、事ある毎に鮮明に浮かび上がってくる。

 グズな俺が信じられないくらい修業や仕事に打ち込んでも、この記憶は消せなかった。


 俺にどうしろってんだよ……!?


 もう何度目か解らない問いかけを自分にするが、当然答えなんて返ってこない。


 いや……自分で打ち込んだと勝手に思ってるだけで、修業全然足りてないんじゃないか?

 それとも、GSとして実績を上げて社会的に認められれば自然と忘れるものなのか?


 どちらも俺に必要かもしれないが、それが正解かと聞かれても自信はない。俺が、この記憶から開放される日は来るんだろうか?



 憂鬱な気分のまま身を起こすと、近くでTVを見ていた雪之丞が話し掛けてきた。


「起きたか?」
1人(・・)でやったから疲れたよ」


  “1人” を強調して返してやる。

 勿論嫌味だが、その上にさっきまでの憂鬱な気分は、お前のせいと言ういわば八つ当りじみた邪念を上乗せしてだ。そうしても、効果がないのは知ってる。


「ハハハ……」


 乾いたように笑って、焦点の合わない目を明後日の方向に向けやがった。

 …………ったく、この野郎は……本当に、戦闘と修業しか興味がないらしい。あと、食い意地がやたら張ってるだけか。所長と言うより、突撃隊長みたいな奴だから期待するだけ無駄だがな。

 今はまだ何とかなってるけど、今後仕事が増えるようなら手に負えなくなるぞ。そん時は、本気で事務員雇わない不味い……

 でも、いい条件なんて出せないよな?そもそも、こんな得体の知れない(オカルト関係の連中は大体そう……)所に来る物好きいるか?

 以前勢いで所長代理をやった時みたいに、机妖怪の愛子に頼むかな?アイツなら「これも青春」とか言ってやってくれ……いや、流石に甘いか?

 何にしても、もっと高額案件取れなきゃそんな心配すら出来ねぇ。こう考えれば、悩むことも一つの贅沢に思えなくもない………?



 なんて、よく解らないロジックで自分を納得させてると雪之丞が続けてくる。


「もう少ししたら、出るから準備してくれ」
「ん!? もう、そんな時間かよ」


 どうやら、思った以上に寝てたらしい。

 憂鬱な気分を振り払うように立ち上がると、顔を洗って身支度を整える。着るのは除霊する時の黒い特殊スーツだ。




    ◇◇◇


 そう、これから俺達は仕事で除霊に向かう。今回の場所は、都内某所と割と近場なんで夕方からの出発だ。

 準備を整えた俺達は雪之丞の運転する4WDに乗り込む。これもまた、いつも通り。
 
 俺も来年は18……誕生日が来たら免許取りに行かなきゃな。妙神山のお陰で、実年齢は既に20に迫ろうとしてんだけど……


「大丈夫か? 寝足りなくて、足引っ張んなよ♪」
「平気だよ。楽したお前が、俺の分まで動きゃぁな」
「……おおぅ。そんだけ言えりゃ安心だな」


 雪之丞の軽口に、軽口で返す。

 誰のせいで寝たと思ってんだ、こいつは……冗談じゃなくて、現場では本当に働けよ。

 車の中でそんなやり取りをしつつ、1時間程で目的地に到着する。時刻は、夜の8時を回ったところだ。

 今回の依頼場所は、大通りから少し入った所にある建設中のビル……建設が中段していて再開予定はない。

 建設中に所有会社が倒産して、そのまま買い手がつかないまま長年放置。そして、人の寄りつかないそこは都内でも珍しい自殺名所と化しちまった。

 自殺しようとしても誰も止めに来ない。その上やっても、中々発見されない。死にたがる人間にとっては好都合って訳だ……表現が余り良くないが、事実なんだから仕方ない。

 …………表現の良し悪しは別として、そんな縁起の悪い所が怨霊、悪霊の温床になるのは当然の流れで、安全性確保のためにGSに依頼が入るのもある意味当然と言うわけだ。


「実際どんくらい、いんだろうな?」


 簡易結界が貼られた、囲いの入り口の前に立った雪之丞が中を覗き込むようにしながら呟く。


「さあな?ずっと放置されて来たんだから、数体ってことはないだろ」


 そうして、俺達は借りてきた鍵で入り口の門を開き中に入った。




    ◇◇◇


「おおぉ〜、ウジャウジャいるわ♪」 

 
 事前情報では、一階周辺に複数体集中してるって話だが、この辺は情報通りか………ってか、お前は何でそんな嬉しそうなんだ?まぁ、時と場合によっちゃ頼もしくもなるんだが……
 
 そんな事を考えながら、意識を建物の中へ集中する。

 デカいのが2体。後は、雑魚が10〜体0と言ったところか……

 霊感はそう強くないんで、直接目にしないと何とも言えないが大体そんなもんだろう。


 俺が雑魚散らしやって、如何に雪之丞をデカいのにぶつけ易くするかだな。

 そんな感じで俺なりにプランを立ててると雪之丞が話し掛けてきた。


「雑魚は、頼めるか?」
「ああ、任せろ」


 以心伝心………なんて言えれば格好いいが、要するに強そうな奴とやりたいだけだよな。

 こいつはそういう奴だ。

 隣で、ワクワクしてそうな顔を見ればよく解る。まぁ、いいけど……


 そうして、殆ど骨組みしかないんでどっからでも入れるんだが、入り口らしき場所まで来る。予想通りフロアの真ん中辺にデカい(3〜4m)のが2体。その周りに小さな低級霊(70〜80cm)が十数体漂っている。

 敵を確認すると、雪之丞が戦闘態勢に入る。


「魔装述!!」


 瞬時に奴の体に霊気が収束して、甲殻類を思わせる甲冑に変化する。そして俺の方も右手に霊手(鉤爪)を展開していた。左手には文珠だ。
 

「行くぜ!!」


 奴の掛け声と同時に、俺達は悪霊達に向かって駆け出す!

 そして、俺達に気付いた近場の数体が襲い掛かって来る。

 
「散れ!」


 その数体に、俺は左手に持っていた文珠を投擲する。刻んだ文字は『浄』だ。それが奴等に肉薄した瞬間に発動!

 
 ボワァッ!! 

 バシュッ! バァシュッ!!


 文珠によって発せられる青白い浄化の光。それに巻き込まれた数体が瞬時に蒸発する。

 4、5体ってとこか……

 出来ればもっと巻き込みたかった。初撃によって今後の戦闘が大きく変わる。
 
 雪之丞がデカいのに迫るには、まだ邪魔が多い。もう一発撃ちたいが、ストックを考えるとそれは悪手か。
 ちなみに霊盾にしなかったのは、建物が崩れるのを恐れたからだ。

 そうこう考えてる内に、更に数体が迫って来る。

 今度は霊手を展開していた右手を振りかぶると、奴等に向かって、野球のピッチャーのように一気に振り下ろす! 


 伸びろっ!!

 振り下ろす直前に、鉤爪の指の部分が一気に数m伸びる。


 バシュッ! ヴァシュッ! ブシュッ!!


 伸びた指は、さながら5本の鞭のようにしなり4体の霊を巻き込む。仕留められたのは2体。だが、道は開けた。


「行けっ!」
「ヨッシャー!!」


 俺が、そう言うと同時に雪之丞が突っ込む!

 相手は2体。他の雑魚よりは強いだろうが、あの程度なら負けることはないな。
 
 俺は雪之丞が行ったのを見届けると、今度は奴の背中を守るようにポジショニングして霊手を構え直す。

 形状はいつもの鉤爪に戻してたのを再び鞭状に伸ばすと、雑魚が集まって来ないように兎に角メチャクチャにぶん回す!

 霊手を鞭状にすると射程は上がるかわりに霊力消費はデカくなるし、一撃一撃の威力は落ちる。効率的とは言えないが雑魚を散らしたり、牽制するには便利だ。

 そうして、俺は雑魚が雪之丞の方に行かないようにしながら、一体一体確実に仕留めていく。

 あら方片付く頃には、雪之丞の方も既に一体仕留めつつあった。相手は2体でも、特に連携してくる訳でもなく闇雲に攻めるだけなら奴の敵じゃねぇ。

 
「オラョ!!」
 

 グシャッ!!

 
“オオオォーーーーー!!!”

 
 雪之丞の強烈な突きを貰った一体は胸を貫かれ、そのまま霧散するように消滅した。

 これで残り一体。

 勝負あったな……と思った瞬間に異変が起こる。残った一体がヤケクソにでもなったのか天井……と言うか放置された簡易的な足場を腕を伸ばして壊し始めやがった!!

 すると必然的に…………



 ガラガラガラガラ!!
 


「「うおぉ〜〜〜!!」」


 破壊され、頭上から落ちて来る無数の鉄塊。

 当たることはなかったが、避ける内にお互いの位置が解らなくなっちまった。悪あがきしやがって……!


「おい!雪の__」
“ギャーーー!!”


 ヴァキャッ!!


 返事の代わりに返ってきたのは、霊体の一撃だった。それを右に転がって躱す。

 見上げると、さっき天井を壊した奴が俺を見下ろしていた。
 

 3mを越える巨躯、半透明の青白い体。輪郭は常にブレて特定の形を持たないが、辛うじて頭と腕が判別出来るのが元が人だった名残りだろうか?
 そして、頭に開いた二つの穴……その奥から紅く発光する“ソレ”には狂気しか感じ取れなかった。
 

“グァーーー!!”


 再び奇声を発する奴は両腕を振り上げると、俺目掛けて力任せに打ち下ろして来た!!


「ふっ……」
  

 今度は、バックステップして回避する。

 さっきまで俺の居たコンクリートの床に、穴が開くほどの衝撃が突き刺さる。当たればタダじゃ済まないだろうが、こんな見え見えな攻撃当たる訳がない。

 以前は怨霊の異形を見る度にビビり散らしてたけど、見慣れちまえば、あんなのただのモッサリした動きのデクでしかない。

 臆病者の俺が、こんなこと考えるなんて………これが “場慣れ” って奴なのか?
 
 そんな感慨を抱きつつ、俺は奴を倒すことへ意識を傾ける。俺の中にあるのは、奴への微かな同情だけだった。


 死んだことを受け入れられず、異形と化すことへの悲しさ。

 生きてる者からは害悪としか見做されず、強制除霊される虚しさ。

 それでもここにいるより、成仏して転生する方がマシ。そう自分に言い聞かせて右手に意識を………


“シニタクナイ!シニタクナイーーー!!”
「………………」


 思わぬ言葉に俺の思考が一瞬停止する………別に大した言葉じゃない。自我の崩壊した怨霊の戯言なんて、聞くに値しない。それでも俺が反応したのは、急に “あの時” の事がフラッシュ・バックして来たからだ。

 多分、除霊前にあんな夢を見ちまったからだろう……


 だが、奴はそんな俺の心情お構い無しに、頭を抱えながら駄々っ子のように喚き散らす!


“ナンデジサツスルオレヲダレモトメナインダーー!!!”
「………………」

“オレハイキタカッタ!!イキタカッタンダゾーー!!!”
「………………」

“ソウダ!!オマエノカラダヲヨコセ!!!オマエノカラダヲヨコセーーー!!!!!”
 




    ◆◆◆


「でも、彼等の気持ちもわかるんです。」
 
「『生きたい! 生きたい!』って、だからもう……」



    ◆◆◆



 
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「………………何だと、この野郎っ……!!」


 話すと言うより腹の底から湧き上がる激情が呻きとなって、食いしばった歯の間からから漏れ出す……そんな声を俺は発した。

 怒りで全身が血が沸騰して、体中が急激に熱くなる。緊張で口の中が乾く。血走った両眼が未だ支離滅裂に喚く、目の前の “屑” の顔から離れない!
 
 
 さっきまであった、哀れみが一気に消えた。

 今は、|ただただ(・・・・)身勝手なこいつに対する苛立ちが………怒りが止まらない!!!
 
  
 俺は一瞬膝を曲げるようにして、その場を20cm程ジャンプ。その間に脚の下に霊気の盾を出現させると、それを両脚で力任せに踏み抜く!


 バゥッ!!


 霊気の爆発を推進力にして、一瞬で怨霊の頭上まで到達!いきなり視界に飛び込んだ俺に奴も気づいたが、もぅ遅い。

 次に後ろに振りかぶっていた右手を突き出して霊気を更に込める。それによって、先に展開してい霊手が手首だけの状態から前腕まで具現させて更にリーチを伸びる!

 それを落下する勢いのまま、奴の頭に叩きつけた!!


 バリバリバリバリッ!!


“ギャーーーーーーーーーーーー!!!!”


 霊手に霊体を引き裂く、独特の感触が伝わって来る。だが、それでも勢いを落とすことなく………


 ヴァキャッ!!!


 怒りに任せた渾身の一撃は、着弾した瞬間に奴の頭を叩き潰し、そのまま全身を引き裂く。そして、最後にはコンクリートの床を派手に穿いた所でようやく止まった。

 霊核が潰れた体は、その時には殆どに霧散していた。

 
「自分から死んどいて、何ほざく………!お前には、転生すら要らん………… 屑がっ……!!」


 俺は奴の居た所……霊手によって亀裂の入ったコンクリート床を睨みながら、そう吐き捨てた………


「…………大丈夫か?」


 振り向くと、いつの間にか傍らに訝しげな顔をした雪之丞が立っていた。魔装術も解いている。

 余り心配はしてなかったが、無事だったか。参ったな、さっきの聞かれちまった…… 


「怨霊達は……?」
「お前ので最後だ」
「………そうか」


 雑魚は始末してくれたのか。

 まぁ、魔装術解いてた時点で察してはいたんだけどな。取り敢えず、肩で大きく息をして自分を落ち着かせる。
 

「……コイツがあんまり勝手なこと言うんで、つい苛ついちまったんだよ」

 
 バツが悪そうな顔で弁解した。

 ……嘘ではないけ。それだけでも、ないけどな………


「ふうん……」


 俺の答えに雪之丞は余り納得した感じじゃなかったが、それ以上は聞いてはこなかった。

 気ぃ使わせちまったか?

 

 別にさっきの霊に苛ついたのは、単に身勝手だったからじゃない。そもそも、怨霊化して自我が崩壊してたんだ。意味解んねぇこと言うなんて、ある意味当然………ただ、時期が悪かった。


 あの娘の体を奪おうとした連中と、今日のこいつが俺の中で勝手にリンクしちまったんだ。もっと言えば、こいつはただの八つ当りにあったとも言える……


 …………いや、俺は本当に連中に怒ってたのか?


 本当に苛ついてたのは、あの時に何も出来なかった俺にじゃないのか?


 ” 俺が守る!!” ……なんて威勢のいいことだけ言って何の役にも立たなかった………そんな、馬鹿でどうしょうもない俺に苛ついて仕方なかったんじゃないのか?



………………何で疑問系なんだよ? 端から解ってたことじゃねぇか…………


 ここに来る前により、暗い気持ちになりながら俺は現場を後にした。


 どうすればいいんだよ?俺は……

 


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みんなのリアクション

「守ってくれようとして嬉しかった……」
「でも、彼等の気持ちもわかるんです。」
「『生きたい! 生きたい!』って、だからもう……」
    ◆◆◆
「くっ…………!!」
 思わず目を開くと、黄ばみの目立つ古く汚れた天井と埃っぽい蛍光灯がそこにあった。よく寝泊まりする事務所の天井だ。
 事務作業が一段落してソファに横になったら、そのまま寝ちまったらしい……
「夢に見ちまったか………」
 右手で前髪をかき上げながら、苦々しく呟く。
 自分の無力を|これでもか《・・・・・》と言うくらい突き付けられた苦々しい記憶………思い出すたびに、何度打ちのめされたことか。
 俺は霊団に追われるあの娘を護ることも、逃がすことも出来なかった……文珠なんて特別な力があっても、それを使う俺が馬鹿じゃどうにもならなかった。
 何故、もっとよく考えなかった?
 あの場を切り抜ける手段なんて、いくらでもあったんじゃないのか?
 いくら考えても意味がないと理解しつつも、考えずにはいられない。過ぎたことは変えられないのに……
 ただ、忘れようと努力しても、事ある毎に鮮明に浮かび上がってくる。
 グズな俺が信じられないくらい修業や仕事に打ち込んでも、この記憶は消せなかった。
 俺にどうしろってんだよ……!?
 もう何度目か解らない問いかけを自分にするが、当然答えなんて返ってこない。
 いや……自分で打ち込んだと勝手に思ってるだけで、修業全然足りてないんじゃないか?
 それとも、GSとして実績を上げて社会的に認められれば自然と忘れるものなのか?
 どちらも俺に必要かもしれないが、それが正解かと聞かれても自信はない。俺が、この記憶から開放される日は来るんだろうか?
 憂鬱な気分のまま身を起こすと、近くでTVを見ていた雪之丞が話し掛けてきた。
「起きたか?」
「|1人《・・》でやったから疲れたよ」
  “1人” を強調して返してやる。
 勿論嫌味だが、その上にさっきまでの憂鬱な気分は、お前のせいと言ういわば八つ当りじみた邪念を上乗せしてだ。そうしても、効果がないのは知ってる。
「ハハハ……」
 乾いたように笑って、焦点の合わない目を明後日の方向に向けやがった。
 …………ったく、この野郎は……本当に、戦闘と修業しか興味がないらしい。あと、食い意地がやたら張ってるだけか。所長と言うより、突撃隊長みたいな奴だから期待するだけ無駄だがな。
 今はまだ何とかなってるけど、今後仕事が増えるようなら手に負えなくなるぞ。そん時は、本気で事務員雇わない不味い……
 でも、いい条件なんて出せないよな?そもそも、こんな得体の知れない(オカルト関係の連中は大体そう……)所に来る物好きいるか?
 以前勢いで所長代理をやった時みたいに、机妖怪の愛子に頼むかな?アイツなら「これも青春」とか言ってやってくれ……いや、流石に甘いか?
 何にしても、もっと高額案件取れなきゃそんな心配すら出来ねぇ。こう考えれば、悩むことも一つの贅沢に思えなくもない………?
 なんて、よく解らないロジックで自分を納得させてると雪之丞が続けてくる。
「もう少ししたら、出るから準備してくれ」
「ん!? もう、そんな時間かよ」
 どうやら、思った以上に寝てたらしい。
 憂鬱な気分を振り払うように立ち上がると、顔を洗って身支度を整える。着るのは除霊する時の黒い特殊スーツだ。
    ◇◇◇
 そう、これから俺達は仕事で除霊に向かう。今回の場所は、都内某所と割と近場なんで夕方からの出発だ。
 準備を整えた俺達は雪之丞の運転する4WDに乗り込む。これもまた、いつも通り。
 俺も来年は18……誕生日が来たら免許取りに行かなきゃな。妙神山のお陰で、実年齢は既に20に迫ろうとしてんだけど……
「大丈夫か? 寝足りなくて、足引っ張んなよ♪」
「平気だよ。楽したお前が、俺の分まで動きゃぁな」
「……おおぅ。そんだけ言えりゃ安心だな」
 雪之丞の軽口に、軽口で返す。
 誰のせいで寝たと思ってんだ、こいつは……冗談じゃなくて、現場では本当に働けよ。
 車の中でそんなやり取りをしつつ、1時間程で目的地に到着する。時刻は、夜の8時を回ったところだ。
 今回の依頼場所は、大通りから少し入った所にある建設中のビル……建設が中段していて再開予定はない。
 建設中に所有会社が倒産して、そのまま買い手がつかないまま長年放置。そして、人の寄りつかないそこは都内でも珍しい自殺名所と化しちまった。
 自殺しようとしても誰も止めに来ない。その上やっても、中々発見されない。死にたがる人間にとっては好都合って訳だ……表現が余り良くないが、事実なんだから仕方ない。
 …………表現の良し悪しは別として、そんな縁起の悪い所が怨霊、悪霊の温床になるのは当然の流れで、安全性確保のためにGSに依頼が入るのもある意味当然と言うわけだ。
「実際どんくらい、いんだろうな?」
 簡易結界が貼られた、囲いの入り口の前に立った雪之丞が中を覗き込むようにしながら呟く。
「さあな?ずっと放置されて来たんだから、数体ってことはないだろ」
 そうして、俺達は借りてきた鍵で入り口の門を開き中に入った。
    ◇◇◇
「おおぉ〜、ウジャウジャいるわ♪」 
 事前情報では、一階周辺に複数体集中してるって話だが、この辺は情報通りか………ってか、お前は何でそんな嬉しそうなんだ?まぁ、時と場合によっちゃ頼もしくもなるんだが……
 そんな事を考えながら、意識を建物の中へ集中する。
 デカいのが2体。後は、雑魚が10〜体0と言ったところか……
 霊感はそう強くないんで、直接目にしないと何とも言えないが大体そんなもんだろう。
 俺が雑魚散らしやって、如何に雪之丞をデカいのにぶつけ易くするかだな。
 そんな感じで俺なりにプランを立ててると雪之丞が話し掛けてきた。
「雑魚は、頼めるか?」
「ああ、任せろ」
 以心伝心………なんて言えれば格好いいが、要するに強そうな奴とやりたいだけだよな。
 こいつはそういう奴だ。
 隣で、ワクワクしてそうな顔を見ればよく解る。まぁ、いいけど……
 そうして、殆ど骨組みしかないんでどっからでも入れるんだが、入り口らしき場所まで来る。予想通りフロアの真ん中辺にデカい(3〜4m)のが2体。その周りに小さな低級霊(70〜80cm)が十数体漂っている。
 敵を確認すると、雪之丞が戦闘態勢に入る。
「魔装述!!」
 瞬時に奴の体に霊気が収束して、甲殻類を思わせる甲冑に変化する。そして俺の方も右手に霊手(鉤爪)を展開していた。左手には文珠だ。
「行くぜ!!」
 奴の掛け声と同時に、俺達は悪霊達に向かって駆け出す!
 そして、俺達に気付いた近場の数体が襲い掛かって来る。
「散れ!」
 その数体に、俺は左手に持っていた文珠を投擲する。刻んだ文字は『浄』だ。それが奴等に肉薄した瞬間に発動!
 ボワァッ!! 
 バシュッ! バァシュッ!!
 文珠によって発せられる青白い浄化の光。それに巻き込まれた数体が瞬時に蒸発する。
 4、5体ってとこか……
 出来ればもっと巻き込みたかった。初撃によって今後の戦闘が大きく変わる。
 雪之丞がデカいのに迫るには、まだ邪魔が多い。もう一発撃ちたいが、ストックを考えるとそれは悪手か。
 ちなみに霊盾にしなかったのは、建物が崩れるのを恐れたからだ。
 そうこう考えてる内に、更に数体が迫って来る。
 今度は霊手を展開していた右手を振りかぶると、奴等に向かって、野球のピッチャーのように一気に振り下ろす! 
 伸びろっ!!
 振り下ろす直前に、鉤爪の指の部分が一気に数m伸びる。
 バシュッ! ヴァシュッ! ブシュッ!!
 伸びた指は、さながら5本の鞭のようにしなり4体の霊を巻き込む。仕留められたのは2体。だが、道は開けた。
「行けっ!」
「ヨッシャー!!」
 俺が、そう言うと同時に雪之丞が突っ込む!
 相手は2体。他の雑魚よりは強いだろうが、あの程度なら負けることはないな。
 俺は雪之丞が行ったのを見届けると、今度は奴の背中を守るようにポジショニングして霊手を構え直す。
 形状はいつもの鉤爪に戻してたのを再び鞭状に伸ばすと、雑魚が集まって来ないように兎に角メチャクチャにぶん回す!
 霊手を鞭状にすると射程は上がるかわりに霊力消費はデカくなるし、一撃一撃の威力は落ちる。効率的とは言えないが雑魚を散らしたり、牽制するには便利だ。
 そうして、俺は雑魚が雪之丞の方に行かないようにしながら、一体一体確実に仕留めていく。
 あら方片付く頃には、雪之丞の方も既に一体仕留めつつあった。相手は2体でも、特に連携してくる訳でもなく闇雲に攻めるだけなら奴の敵じゃねぇ。
「オラョ!!」
 グシャッ!!
“オオオォーーーーー!!!”
 雪之丞の強烈な突きを貰った一体は胸を貫かれ、そのまま霧散するように消滅した。
 これで残り一体。
 勝負あったな……と思った瞬間に異変が起こる。残った一体がヤケクソにでもなったのか天井……と言うか放置された簡易的な足場を腕を伸ばして壊し始めやがった!!
 すると必然的に…………
 ガラガラガラガラ!!
「「うおぉ〜〜〜!!」」
 破壊され、頭上から落ちて来る無数の鉄塊。
 当たることはなかったが、避ける内にお互いの位置が解らなくなっちまった。悪あがきしやがって……!
「おい!雪の__」
“ギャーーー!!”
 ヴァキャッ!!
 返事の代わりに返ってきたのは、霊体の一撃だった。それを右に転がって躱す。
 見上げると、さっき天井を壊した奴が俺を見下ろしていた。
 3mを越える巨躯、半透明の青白い体。輪郭は常にブレて特定の形を持たないが、辛うじて頭と腕が判別出来るのが元が人だった名残りだろうか?
 そして、頭に開いた二つの穴……その奥から紅く発光する“ソレ”には狂気しか感じ取れなかった。
“グァーーー!!”
 再び奇声を発する奴は両腕を振り上げると、俺目掛けて力任せに打ち下ろして来た!!
「ふっ……」
 今度は、バックステップして回避する。
 さっきまで俺の居たコンクリートの床に、穴が開くほどの衝撃が突き刺さる。当たればタダじゃ済まないだろうが、こんな見え見えな攻撃当たる訳がない。
 以前は怨霊の異形を見る度にビビり散らしてたけど、見慣れちまえば、あんなのただのモッサリした動きのデクでしかない。
 臆病者の俺が、こんなこと考えるなんて………これが “場慣れ” って奴なのか?
 そんな感慨を抱きつつ、俺は奴を倒すことへ意識を傾ける。俺の中にあるのは、奴への微かな同情だけだった。
 死んだことを受け入れられず、異形と化すことへの悲しさ。
 生きてる者からは害悪としか見做されず、強制除霊される虚しさ。
 それでもここにいるより、成仏して転生する方がマシ。そう自分に言い聞かせて右手に意識を………
“シニタクナイ!シニタクナイーーー!!”
「………………」
 思わぬ言葉に俺の思考が一瞬停止する………別に大した言葉じゃない。自我の崩壊した怨霊の戯言なんて、聞くに値しない。それでも俺が反応したのは、急に “あの時” の事がフラッシュ・バックして来たからだ。
 多分、除霊前にあんな夢を見ちまったからだろう……
 だが、奴はそんな俺の心情お構い無しに、頭を抱えながら駄々っ子のように喚き散らす!
“ナンデジサツスルオレヲダレモトメナインダーー!!!”
「………………」
“オレハイキタカッタ!!イキタカッタンダゾーー!!!”
「………………」
“ソウダ!!オマエノカラダヲヨコセ!!!オマエノカラダヲヨコセーーー!!!!!”
    ◆◆◆
「でも、彼等の気持ちもわかるんです。」
「『生きたい! 生きたい!』って、だからもう……」
    ◆◆◆
<i14674|55568>
「………………何だと、この野郎っ……!!」
 話すと言うより腹の底から湧き上がる激情が呻きとなって、食いしばった歯の間からから漏れ出す……そんな声を俺は発した。
 怒りで全身が血が沸騰して、体中が急激に熱くなる。緊張で口の中が乾く。血走った両眼が未だ支離滅裂に喚く、目の前の “屑” の顔から離れない!
 さっきまであった、哀れみが一気に消えた。
 今は、|ただただ《・・・・》身勝手なこいつに対する苛立ちが………怒りが止まらない!!!
 俺は一瞬膝を曲げるようにして、その場を20cm程ジャンプ。その間に脚の下に霊気の盾を出現させると、それを両脚で力任せに踏み抜く!
 バゥッ!!
 霊気の爆発を推進力にして、一瞬で怨霊の頭上まで到達!いきなり視界に飛び込んだ俺に奴も気づいたが、もぅ遅い。
 次に後ろに振りかぶっていた右手を突き出して霊気を更に込める。それによって、先に展開してい霊手が手首だけの状態から前腕まで具現させて更にリーチを伸びる!
 それを落下する勢いのまま、奴の頭に叩きつけた!!
 バリバリバリバリッ!!
“ギャーーーーーーーーーーーー!!!!”
 霊手に霊体を引き裂く、独特の感触が伝わって来る。だが、それでも勢いを落とすことなく………
 ヴァキャッ!!!
 怒りに任せた渾身の一撃は、着弾した瞬間に奴の頭を叩き潰し、そのまま全身を引き裂く。そして、最後にはコンクリートの床を派手に穿いた所でようやく止まった。
 霊核が潰れた体は、その時には殆どに霧散していた。
「自分から死んどいて、何ほざく………!お前には、転生すら要らん………… 屑がっ……!!」
 俺は奴の居た所……霊手によって亀裂の入ったコンクリート床を睨みながら、そう吐き捨てた………
「…………大丈夫か?」
 振り向くと、いつの間にか傍らに訝しげな顔をした雪之丞が立っていた。魔装術も解いている。
 余り心配はしてなかったが、無事だったか。参ったな、さっきの聞かれちまった…… 
「怨霊達は……?」
「お前ので最後だ」
「………そうか」
 雑魚は始末してくれたのか。
 まぁ、魔装術解いてた時点で察してはいたんだけどな。取り敢えず、肩で大きく息をして自分を落ち着かせる。
「……コイツがあんまり勝手なこと言うんで、つい苛ついちまったんだよ」
 バツが悪そうな顔で弁解した。
 ……嘘ではないけ。それだけでも、ないけどな………
「ふうん……」
 俺の答えに雪之丞は余り納得した感じじゃなかったが、それ以上は聞いてはこなかった。
 気ぃ使わせちまったか?
 別にさっきの霊に苛ついたのは、単に身勝手だったからじゃない。そもそも、怨霊化して自我が崩壊してたんだ。意味解んねぇこと言うなんて、ある意味当然………ただ、時期が悪かった。
 あの娘の体を奪おうとした連中と、今日のこいつが俺の中で勝手にリンクしちまったんだ。もっと言えば、こいつはただの八つ当りにあったとも言える……
 …………いや、俺は本当に連中に怒ってたのか?
 本当に苛ついてたのは、あの時に何も出来なかった俺にじゃないのか?
 ” 俺が守る!!” ……なんて威勢のいいことだけ言って何の役にも立たなかった………そんな、馬鹿でどうしょうもない俺に苛ついて仕方なかったんじゃないのか?
………………何で疑問系なんだよ? 端から解ってたことじゃねぇか…………
 ここに来る前により、暗い気持ちになりながら俺は現場を後にした。
 どうすればいいんだよ?俺は……