第103話 危険すぎる番人

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 我の身体はひょいと担ぎ上げられ、ノイデスの肩に載せられる。あまり乗り心地のよいものではないが、そんなことを言っていられる状況ではない。

 ただ運悪く、我の頭が進行方向とは逆方向に向いていることが、最悪だった。

 目の前で爆裂音のような地鳴りと共に砂煙が舞い上がる。トロールが巨木をなぎ倒し、さらには地面を踏み荒らすと同時に、大岩やら倒木やらを粉砕しているのだ。

「走れ! もっと早く走れ!」
「わぁーってるよ! 必死だよ俺も!」

 トロールの巨大な足が直ぐそこに見えているという恐怖が我に生きた心地を与えてはくれなかった。なんかもう我の視点では、苔の生えた壁が爆発と共に迫ってきている光景が眼前に広がってきているようなもの。

 ノイデスの足がもう少し遅かったら、間違いなく我は走り出す前にもうぺしゃんこに潰されていたことだろう。

 森を抜けて、太陽の日差しが我とノイデスを照らす。

 外はこんなにも眩しかったのかと呑気に思っていると、丁度森の切れ目でトロールの足が止まったのが見えた。
 ノイデスは必死に森から距離をとっていくが、向こうはそれ以上進んでこない。

 もしかして、森から出られないのか?

 そういえば、トロールは太陽の光が苦手なんだったっけかな。全身が石のように固まってしまうとか聞いたことがあったような気がする。
 トロールなんて滅多なことじゃ見る機会もないしなぁ……。

 何にしても、それは都合が良かった。
 あのバカデカい奴を振り切ることができるのだから。

「ひぃひぃひぃ……」

 森の外に待機させていた馬車の元へとたどり着き、体力自慢のはずのノイデスが息を荒くしていた。相当の恐怖だったのだろう。足もガクガクだ。
 それで尻餅をつくものだから我の身体はそのまま前のめりに地面に落とされた。

「ノイデスさぁん、だ、大丈夫ですかぁ~……?」
「お嬢様、お怪我はございませんか!?」
 デニアとオキザリスの二人が馬車を飛び出してこちらに向かってくる。

「はわわわわぁ……、な、なんですか、今の、アレ。い、生き物なんですか? 拙者、あんな巨大なもの、見たことがないですよ!」
「あれはトロールですな。私も初めて見ました。まるで森そのものが動いているかと思いましたよ」

 腰を抜かしているヤスミを傍で見ていたのはサンシだった。
 実際に森に立ち入っていた我やノイデスとは違って遠目だったとはいえ、こちらもかなりの恐怖体験を味わった様子だ。

「これはまずいことになったぞ……完全に警戒態勢をとられてしまった。しばらくはもう森にも近寄れないだろう……」
「す、すまねぇ、フィー様。まさかあんな怪物が出てくるなんて思ってなくて」

 出てきたのがトロールみたいな怪物じゃなかったら立ち向かってぶっ倒すつもりだったのだろうか。だったのだろうな……ノイデスだし。

「あの、トロールっていうんですか? 森の中にはああいう生き物が沢山住んでいるのでしょうか……」
 恐る恐る怯えた様子のヤスミが聞いてくる。

「あれは普段は森の奥とかで寝ているだけのグータラな奴だ。刺激しなければそう危険でもないが、ひとたび暴れ出すと手が付けられなくなる。まさかアレフヘイムのエルフがあんなのを味方につけておったとは思わぬだろう」

 召喚魔法だっておいそれとは使えぬ類いだというのに、侵入者だと認識した途端、躊躇無く使ってきた辺り、アレフヘイムの連中は相当頭がおかしい。
 ……いや、決してミモザのことを含めては言っておらぬぞ。

「まだ日没前で命拾いしましたね、ノイデスさん」
 尻餅をついたままへたり込むノイデスに向かい、サンシが言い放つ。いつものノイデスならもう少し言い返していたところだが、その気力もない様子だ。

「ともかく、今はここを離れた方がいい。トロールは太陽の光に弱いが、日が暮れたらまた追ってくるかもしれん」

 我の一言に驚いたのか、ノイデスはそそくさと馬車の方へと戻っていった。
 まったく、とんだやぶ蛇をつついてくれたものだよ、お前は。

「分かりました。それでは今日のところは退きましょう」
「さすがにトロールさんは相手にできないものねぇ~……」

 ※ ※ ※

 アレフヘイムの森から離れること数刻。辺りはすっかり暗くなっており、これ以上の移動は無理だと判断。パエデロスに帰るにしても遠すぎるし、近くに村や町もなく、我を含む一行はここいらで野宿することとなった。

 焚き火を起こし、テントを張り、夕食の準備が整ったところで、今後の作戦会議が行われる。

「それでお嬢様。森ではどのような交渉がなされたのですか?」
「わざわざエルフの格好までしていきましたものねぇ」

 早速と言わんばかりに、オキザリスからいの一番に訊ねられる。
 それに続くデニアの言葉が皮肉に聞こえてしまうのはなんでだろうな。

「……ミモザがいる。それは確定した。だが、明後日に処刑が行われるそうだ」

 一同に息を飲む、あるいは驚きの声が並ぶ。我自身、こんなことを自分の口で発言することが心苦しかった。

「師匠が処刑、だと!? なんでそんなことになってんだよ!!」

 立ち上がって吼えたのはノイデスだ。我も同じ気持ちだ。なんだったら我もあの場で感情を剥き出しにして叫びたかったくらいだ。

「アレフヘイムの掟だとか、族長の判断だそうだ。そこは、追求するだけ無駄だと思え。向こうは相当閉塞的な世界らしいからな」

 無論、我も納得していないし、するわけもない。

「まあ、我も深入りしすぎて怪しまれてしまったが――それ以前の問題としてノイデス、貴様が割り込んでくるから余計に厄介なことになってしまったではないか」
「うっ……だって、フィー様がエルフの奴らに囲まれて睨まれてるからヤベェんだなって……、ぅぐ、スミマセンデシタ」

 あまり人に対して謝り慣れていないのか、片言で謝罪する。
 まあ、確かにあのままでいたらノイデスがどうこうしなくとも、我の怒りが爆発して結果として同じことになっていた可能性は多いにはあったがな。

「しかし、お嬢が処刑とは。ただでさえ森に入ることもできないというのに、時間の猶予さえないというのが何とも」
「じゃ、じゃあさ、フィー様が交渉するのに使ったあのエルフに変身する指輪! あれを使ってもっかいみんなでエルフのフリして里に入るってのはどうだ?」

 名案とばかりに言ってくれるが、残念なことに我の持っている瞬間的人違い(スルーポーズ)は見た目だけエルフっぽくなるだけであって、それでアレフヘイムのエルフたちを誤魔化せるわけじゃない。幻惑の腕輪との併せ技だからできたのだ。

 というか、これ、我しか持ってないしな。
 こいつを作れるのはミモザだけ。そのミモザも今は森で囚われている。
 やれやれ、溜め息しか出んわ。

「……この指輪はこの一つしかないし、もう向こうが警戒態勢になっている今では誤魔化すも何もない。エルフだろうと何だろうとあのトロールに排除されるぞ」

 それだけ聞くと、ノイデスもまたがっくりと肩を落とす。
 トロールの恐ろしさはもう十分堪能しただろうしな。

 打つ手はないものか。何か、何でもいい。
 何か策を打たなければミモザが処刑されてしまう。ミモザが、ミモザが、ミモザが。焦る気持ちに急かされ、頭が働かない。

「……少し、拙者に時間をいただけませんか?」

 そういって立ち上がったのは、意外にもヤスミだった。エルフでも、オーガでも、ドワーフでもない、ただの人間が一点に我の方を見ていた。

「ヤスミ、お前に妙案があるのか?」

 我の問いかけに、ヤスミはそっと頷く。


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 我の身体はひょいと担ぎ上げられ、ノイデスの肩に載せられる。あまり乗り心地のよいものではないが、そんなことを言っていられる状況ではない。
 ただ運悪く、我の頭が進行方向とは逆方向に向いていることが、最悪だった。
 目の前で爆裂音のような地鳴りと共に砂煙が舞い上がる。トロールが巨木をなぎ倒し、さらには地面を踏み荒らすと同時に、大岩やら倒木やらを粉砕しているのだ。
「走れ! もっと早く走れ!」
「わぁーってるよ! 必死だよ俺も!」
 トロールの巨大な足が直ぐそこに見えているという恐怖が我に生きた心地を与えてはくれなかった。なんかもう我の視点では、苔の生えた壁が爆発と共に迫ってきている光景が眼前に広がってきているようなもの。
 ノイデスの足がもう少し遅かったら、間違いなく我は走り出す前にもうぺしゃんこに潰されていたことだろう。
 森を抜けて、太陽の日差しが我とノイデスを照らす。
 外はこんなにも眩しかったのかと呑気に思っていると、丁度森の切れ目でトロールの足が止まったのが見えた。
 ノイデスは必死に森から距離をとっていくが、向こうはそれ以上進んでこない。
 もしかして、森から出られないのか?
 そういえば、トロールは太陽の光が苦手なんだったっけかな。全身が石のように固まってしまうとか聞いたことがあったような気がする。
 トロールなんて滅多なことじゃ見る機会もないしなぁ……。
 何にしても、それは都合が良かった。
 あのバカデカい奴を振り切ることができるのだから。
「ひぃひぃひぃ……」
 森の外に待機させていた馬車の元へとたどり着き、体力自慢のはずのノイデスが息を荒くしていた。相当の恐怖だったのだろう。足もガクガクだ。
 それで尻餅をつくものだから我の身体はそのまま前のめりに地面に落とされた。
「ノイデスさぁん、だ、大丈夫ですかぁ~……?」
「お嬢様、お怪我はございませんか!?」
 デニアとオキザリスの二人が馬車を飛び出してこちらに向かってくる。
「はわわわわぁ……、な、なんですか、今の、アレ。い、生き物なんですか? 拙者、あんな巨大なもの、見たことがないですよ!」
「あれはトロールですな。私も初めて見ました。まるで森そのものが動いているかと思いましたよ」
 腰を抜かしているヤスミを傍で見ていたのはサンシだった。
 実際に森に立ち入っていた我やノイデスとは違って遠目だったとはいえ、こちらもかなりの恐怖体験を味わった様子だ。
「これはまずいことになったぞ……完全に警戒態勢をとられてしまった。しばらくはもう森にも近寄れないだろう……」
「す、すまねぇ、フィー様。まさかあんな怪物が出てくるなんて思ってなくて」
 出てきたのがトロールみたいな怪物じゃなかったら立ち向かってぶっ倒すつもりだったのだろうか。だったのだろうな……ノイデスだし。
「あの、トロールっていうんですか? 森の中にはああいう生き物が沢山住んでいるのでしょうか……」
 恐る恐る怯えた様子のヤスミが聞いてくる。
「あれは普段は森の奥とかで寝ているだけのグータラな奴だ。刺激しなければそう危険でもないが、ひとたび暴れ出すと手が付けられなくなる。まさかアレフヘイムのエルフがあんなのを味方につけておったとは思わぬだろう」
 召喚魔法だっておいそれとは使えぬ類いだというのに、侵入者だと認識した途端、躊躇無く使ってきた辺り、アレフヘイムの連中は相当頭がおかしい。
 ……いや、決してミモザのことを含めては言っておらぬぞ。
「まだ日没前で命拾いしましたね、ノイデスさん」
 尻餅をついたままへたり込むノイデスに向かい、サンシが言い放つ。いつものノイデスならもう少し言い返していたところだが、その気力もない様子だ。
「ともかく、今はここを離れた方がいい。トロールは太陽の光に弱いが、日が暮れたらまた追ってくるかもしれん」
 我の一言に驚いたのか、ノイデスはそそくさと馬車の方へと戻っていった。
 まったく、とんだやぶ蛇をつついてくれたものだよ、お前は。
「分かりました。それでは今日のところは退きましょう」
「さすがにトロールさんは相手にできないものねぇ~……」
 ※ ※ ※
 アレフヘイムの森から離れること数刻。辺りはすっかり暗くなっており、これ以上の移動は無理だと判断。パエデロスに帰るにしても遠すぎるし、近くに村や町もなく、我を含む一行はここいらで野宿することとなった。
 焚き火を起こし、テントを張り、夕食の準備が整ったところで、今後の作戦会議が行われる。
「それでお嬢様。森ではどのような交渉がなされたのですか?」
「わざわざエルフの格好までしていきましたものねぇ」
 早速と言わんばかりに、オキザリスからいの一番に訊ねられる。
 それに続くデニアの言葉が皮肉に聞こえてしまうのはなんでだろうな。
「……ミモザがいる。それは確定した。だが、明後日に処刑が行われるそうだ」
 一同に息を飲む、あるいは驚きの声が並ぶ。我自身、こんなことを自分の口で発言することが心苦しかった。
「師匠が処刑、だと!? なんでそんなことになってんだよ!!」
 立ち上がって吼えたのはノイデスだ。我も同じ気持ちだ。なんだったら我もあの場で感情を剥き出しにして叫びたかったくらいだ。
「アレフヘイムの掟だとか、族長の判断だそうだ。そこは、追求するだけ無駄だと思え。向こうは相当閉塞的な世界らしいからな」
 無論、我も納得していないし、するわけもない。
「まあ、我も深入りしすぎて怪しまれてしまったが――それ以前の問題としてノイデス、貴様が割り込んでくるから余計に厄介なことになってしまったではないか」
「うっ……だって、フィー様がエルフの奴らに囲まれて睨まれてるからヤベェんだなって……、ぅぐ、スミマセンデシタ」
 あまり人に対して謝り慣れていないのか、片言で謝罪する。
 まあ、確かにあのままでいたらノイデスがどうこうしなくとも、我の怒りが爆発して結果として同じことになっていた可能性は多いにはあったがな。
「しかし、お嬢が処刑とは。ただでさえ森に入ることもできないというのに、時間の猶予さえないというのが何とも」
「じゃ、じゃあさ、フィー様が交渉するのに使ったあのエルフに変身する指輪! あれを使ってもっかいみんなでエルフのフリして里に入るってのはどうだ?」
 名案とばかりに言ってくれるが、残念なことに我の持っている|瞬間的人違い《スルーポーズ》は見た目だけエルフっぽくなるだけであって、それでアレフヘイムのエルフたちを誤魔化せるわけじゃない。幻惑の腕輪との併せ技だからできたのだ。
 というか、これ、我しか持ってないしな。
 こいつを作れるのはミモザだけ。そのミモザも今は森で囚われている。
 やれやれ、溜め息しか出んわ。
「……この指輪はこの一つしかないし、もう向こうが警戒態勢になっている今では誤魔化すも何もない。エルフだろうと何だろうとあのトロールに排除されるぞ」
 それだけ聞くと、ノイデスもまたがっくりと肩を落とす。
 トロールの恐ろしさはもう十分堪能しただろうしな。
 打つ手はないものか。何か、何でもいい。
 何か策を打たなければミモザが処刑されてしまう。ミモザが、ミモザが、ミモザが。焦る気持ちに急かされ、頭が働かない。
「……少し、拙者に時間をいただけませんか?」
 そういって立ち上がったのは、意外にもヤスミだった。エルフでも、オーガでも、ドワーフでもない、ただの人間が一点に我の方を見ていた。
「ヤスミ、お前に妙案があるのか?」
 我の問いかけに、ヤスミはそっと頷く。