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第104話 無謀なる提案とその可能性

ー/ー



「拙者たちには情報があまりにも不足しています。ですから、ここは策を練るために情報収集すべきだと思うんです」

 ヤスミの言っていることは、まあそれ自体が間違ったことではない。
 何せ、今ここに集まっているメンツの知識を併せてもアレフヘイムのエルフたちにできる対策法を思いつくまでには至らない。

 だからこそ、昼間は酷い目に遭ってしまった。トロールがいると分かっていたらより警戒してもう少し別な切り口でのアプローチも考えていたかもしれない。

「時間が惜しいことは分かっているつもりです。ですから、ここは拙者に少しの猶予をいただけませんか?」

 要するに、情報を集めてくるから任せてくれ、ということだ。
 ミモザが処刑されるまで明後日。この夜が明けて、さらに次の朝を迎えたとき、ミモザは殺されてしまう。そんな切羽詰まった状態でどうにかなるのか。

 ただでさえ、今この現状でさえ、アレフヘイムの連中は警戒態勢をとっていて森の中にはトロールが待ち構えている。どうやって情報を集めるつもりなんだ。

 仮に情報を得られたとして、そこからさらに策を組み立てなければならない。
 それはさすがに悠長が過ぎるとしか思えんが……。

 我は、ヤスミがそれなりの能力を持っている実力者だということを、ミモザの作った魔具、大賢者の眼鏡(ライブミラー)で知っている。

 これが駆け出しの見習いがほざいているだけの浅知恵なら期待はしない。
 だが、ヤスミほどの長けた能力を持っているものなら話は別だ。

「悩む時間も惜しい。ヤスミ、まず何をするつもりなのかを単刀直入に話せ」
「拙者がアレフヘイムの森に入り込んで直接調べてきます」

 本当に単刀直入だ。
 こいつは頭が悪いのか? トロールの存在も知らず、トロールを見ただけで怯えて腰を抜かしていた小娘が、一体何を言っているんだ?

 しかし、冗談で言っているようには見えない。
 かなりの自信を持っていっているのはヤスミのその目を見れば分かった。

「エルフは警戒心が強いぞ? 見つからない自信はあるのか? そもそも、肝心の里の位置も分かっていない現状を理解していっておるのだろうな」
「無論です。拙者は、こう見えて隠密と情報収集に関しては本業と言ってもいいくらいなんですよ、実は」

 変な髪型をしておいてよく言ったものだ。
 おかしいのはその髪型だけにしておいてほしいのだが。

「信じてください、フィー嬢。己を過信しているつもりはありません。危険と分かれば潔く退きます。ですが、拙者はミモザ様のためならこの身を賭す覚悟です!」

 なかなか食い下がってくるではないか。あのトロールを見て腰を抜かして尚もそう言い切ることができるということは、単なる見栄っ張りでもなかろう。

 普段、ミモザの店で働いているときのヤスミを見ている限りでは、元気が取り柄で、明るいムードメーカーな印象が強く、それでいて決して他人の前には出てこない献身的な女だと思っていた。

 そんなヤスミが今、我を前にしてここまで言ってくるということは、その覚悟とやらも口先八丁ではないのかもしれないな。

「同じようなことをくどく聞いてしまうが、分かっておるのか? 相手は未知数のエルフたち。どんな魔法を使ってくるのかどうかも分からん。見つかりでもしたらまたトロールをけしかけられてこっちにも危害が及ぶかもしれん」
「フィー嬢、どうか。どうか、拙者を信じてください」

 個人的な我が儘だけでここまで言えたならヤスミもかなりの大物だろうよ。
 しかし、ヤスミからはそんな高慢な態度は感じられない。

「あい分かった。今はヤスミを信じておいてやろう」
「ありがとうございます!」
 ヤスミが感謝の意を表わすように深々と会釈を添える。

「つきましてはフィーお嬢。先ほどの変身する指輪を拝借してもよろしいですか?」

 変身する指輪、というのは昼間にアレフヘイムのエルフと話し合おうとしたときに使った瞬間的人違い(スルーポーズ)のことを言っているのだろう。
 自分の見た目を変える、ミモザお手製の魔具。

「こんなもの、頼りになるのか。お前は分かっていないかもしれないが、この指輪は精巧な整形をする道具ではないぞ。髪の色や瞳の色、あと背の高さをちょいと変えるくらいで、そこまで都合よく変身できるアイテムでもない」

 その仕組みについて事細かに語ってしまうと朝を迎えそうなくらいだ。
 ただ言えることは、見た目だけをちょいと変えた程度では、あのアレフヘイムのエルフたちを騙すことはできないに等しい。

「いえ、ちょっとした保険みたいなものです。一瞬でもちょっと誤魔化せるのなら今の拙者には十分ですから」

 ヤスミがどれだけ信用に値するのかどうかは、正直、今の我には分かりかねる。
 森での情報収集に失敗したらヤスミは死ぬかもしれない。
 最悪の場合、我らも巻き添えにして。

 だが、我も一度信じると言った手前、そこで言葉をねじ曲げるわけにもいくまい。

「ヤスミ。大事に使えよ。なくしたらお前の命はそれまでだからな」
 と、我はその指輪を外し、さっきまでカシア・アレフヘイムだった我の姿はいつも通りのフィーの姿へと戻ってしまう。

 指輪を受け取ったヤスミは、すかさずその指輪を自分の指にはめる。
 しかし、ヤスミの身体には何ら変化は起きていない様子。

「ええと、すみません。これってどうやって使うんですか?」
 
 照れくさそうにして我に聞いてきた。
 そういえば、ヤスミはミモザと同じくして魔力を持っていないただの人間だったな。ともなれば魔法の使い方など知るわけもない。

 よくもまあそれで指輪を貸してくれと言えたものだな。何か急に今の一言で信頼度がガクっと下がったぞ。

「その指輪をはめたまま、指輪に触れ、念じろ。その指輪に組み込まれた魔石が動力源となり、変装の魔法が構築される。例えばそうだな――丁度自分が着替えているのを想像すればいい」
「ふむふむ……なるほどなるほど……こうするんですね?」

 ヤスミの手が、自身の指にはめたソレに触れる。
 そうして、じっと目を瞑り、集中し始めた。
 すると途端に、ヤスミの姿が一瞬にして変わっていく。

 何やら何処か遠くの異国独特の変な形をしていた髪型は解かれ、ストレートヘアに。真っ黒だった髪も小麦のような色に染まっていき、瞳の色も今では空色だ。
 ハッと気付いたときにはヤスミはエルフになっていた。

 まあ、顔立ちまでは変えることはできないので、エルフのような格好をしたヤスミに過ぎないのだが――

「ちゃんと変われましたかね?」
「ふむ、初めてにしては筋がよいではないか」
 我は素直に驚く。

 瞬間的人違い(スルーポーズ)は、ミモザの店に売られているようなインスタントに魔法が使えるタイプの魔具と違い、魔法の発動を補助するタイプの魔具だ。
 要するに、魔法の発動自体は自分自身でやらなければならない。

 魔力を持たない者が魔法を使えるなんてあまり例を見ない。
 ミモザのように魔力を感知する能力が抜群に優れていたとしても、魔力を操作する魔法を使うとなればまた別問題。

 実際にミモザ自身は魔法の術式を道具に組み込むことはできても、自ら魔法を使うことはできないしな。しかも、ヤスミは魔力を持たないだけでなく、魔力の感知能力もないのに魔法を発動してみせた。

 何やら魔法とは別の、似たようなものに触れたことでもあるのだろうか。

「それではフィー嬢。これより潜入を開始します。日が昇るまでに帰ります!」

 え? 今から行くの? そう思ったときには既にヤスミの姿はなかった。
 速っ。アイツあんなに素早く動けたのか。


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 ヤスミの言っていることは、まあそれ自体が間違ったことではない。
 何せ、今ここに集まっているメンツの知識を併せてもアレフヘイムのエルフたちにできる対策法を思いつくまでには至らない。
 だからこそ、昼間は酷い目に遭ってしまった。トロールがいると分かっていたらより警戒してもう少し別な切り口でのアプローチも考えていたかもしれない。
「時間が惜しいことは分かっているつもりです。ですから、ここは拙者に少しの猶予をいただけませんか?」
 要するに、情報を集めてくるから任せてくれ、ということだ。
 ミモザが処刑されるまで明後日。この夜が明けて、さらに次の朝を迎えたとき、ミモザは殺されてしまう。そんな切羽詰まった状態でどうにかなるのか。
 ただでさえ、今この現状でさえ、アレフヘイムの連中は警戒態勢をとっていて森の中にはトロールが待ち構えている。どうやって情報を集めるつもりなんだ。
 仮に情報を得られたとして、そこからさらに策を組み立てなければならない。
 それはさすがに悠長が過ぎるとしか思えんが……。
 我は、ヤスミがそれなりの能力を持っている実力者だということを、ミモザの作った魔具、|大賢者の眼鏡《ライブミラー》で知っている。
 これが駆け出しの見習いがほざいているだけの浅知恵なら期待はしない。
 だが、ヤスミほどの長けた能力を持っているものなら話は別だ。
「悩む時間も惜しい。ヤスミ、まず何をするつもりなのかを単刀直入に話せ」
「拙者がアレフヘイムの森に入り込んで直接調べてきます」
 本当に単刀直入だ。
 こいつは頭が悪いのか? トロールの存在も知らず、トロールを見ただけで怯えて腰を抜かしていた小娘が、一体何を言っているんだ?
 しかし、冗談で言っているようには見えない。
 かなりの自信を持っていっているのはヤスミのその目を見れば分かった。
「エルフは警戒心が強いぞ? 見つからない自信はあるのか? そもそも、肝心の里の位置も分かっていない現状を理解していっておるのだろうな」
「無論です。拙者は、こう見えて隠密と情報収集に関しては本業と言ってもいいくらいなんですよ、実は」
 変な髪型をしておいてよく言ったものだ。
 おかしいのはその髪型だけにしておいてほしいのだが。
「信じてください、フィー嬢。己を過信しているつもりはありません。危険と分かれば潔く退きます。ですが、拙者はミモザ様のためならこの身を賭す覚悟です!」
 なかなか食い下がってくるではないか。あのトロールを見て腰を抜かして尚もそう言い切ることができるということは、単なる見栄っ張りでもなかろう。
 普段、ミモザの店で働いているときのヤスミを見ている限りでは、元気が取り柄で、明るいムードメーカーな印象が強く、それでいて決して他人の前には出てこない献身的な女だと思っていた。
 そんなヤスミが今、我を前にしてここまで言ってくるということは、その覚悟とやらも口先八丁ではないのかもしれないな。
「同じようなことをくどく聞いてしまうが、分かっておるのか? 相手は未知数のエルフたち。どんな魔法を使ってくるのかどうかも分からん。見つかりでもしたらまたトロールをけしかけられてこっちにも危害が及ぶかもしれん」
「フィー嬢、どうか。どうか、拙者を信じてください」
 個人的な我が儘だけでここまで言えたならヤスミもかなりの大物だろうよ。
 しかし、ヤスミからはそんな高慢な態度は感じられない。
「あい分かった。今はヤスミを信じておいてやろう」
「ありがとうございます!」
 ヤスミが感謝の意を表わすように深々と会釈を添える。
「つきましてはフィーお嬢。先ほどの変身する指輪を拝借してもよろしいですか?」
 変身する指輪、というのは昼間にアレフヘイムのエルフと話し合おうとしたときに使った|瞬間的人違い《スルーポーズ》のことを言っているのだろう。
 自分の見た目を変える、ミモザお手製の魔具。
「こんなもの、頼りになるのか。お前は分かっていないかもしれないが、この指輪は精巧な整形をする道具ではないぞ。髪の色や瞳の色、あと背の高さをちょいと変えるくらいで、そこまで都合よく変身できるアイテムでもない」
 その仕組みについて事細かに語ってしまうと朝を迎えそうなくらいだ。
 ただ言えることは、見た目だけをちょいと変えた程度では、あのアレフヘイムのエルフたちを騙すことはできないに等しい。
「いえ、ちょっとした保険みたいなものです。一瞬でもちょっと誤魔化せるのなら今の拙者には十分ですから」
 ヤスミがどれだけ信用に値するのかどうかは、正直、今の我には分かりかねる。
 森での情報収集に失敗したらヤスミは死ぬかもしれない。
 最悪の場合、我らも巻き添えにして。
 だが、我も一度信じると言った手前、そこで言葉をねじ曲げるわけにもいくまい。
「ヤスミ。大事に使えよ。なくしたらお前の命はそれまでだからな」
 と、我はその指輪を外し、さっきまでカシア・アレフヘイムだった我の姿はいつも通りのフィーの姿へと戻ってしまう。
 指輪を受け取ったヤスミは、すかさずその指輪を自分の指にはめる。
 しかし、ヤスミの身体には何ら変化は起きていない様子。
「ええと、すみません。これってどうやって使うんですか?」
 照れくさそうにして我に聞いてきた。
 そういえば、ヤスミはミモザと同じくして魔力を持っていないただの人間だったな。ともなれば魔法の使い方など知るわけもない。
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「その指輪をはめたまま、指輪に触れ、念じろ。その指輪に組み込まれた魔石が動力源となり、変装の魔法が構築される。例えばそうだな――丁度自分が着替えているのを想像すればいい」
「ふむふむ……なるほどなるほど……こうするんですね?」
 ヤスミの手が、自身の指にはめたソレに触れる。
 そうして、じっと目を瞑り、集中し始めた。
 すると途端に、ヤスミの姿が一瞬にして変わっていく。
 何やら何処か遠くの異国独特の変な形をしていた髪型は解かれ、ストレートヘアに。真っ黒だった髪も小麦のような色に染まっていき、瞳の色も今では空色だ。
 ハッと気付いたときにはヤスミはエルフになっていた。
 まあ、顔立ちまでは変えることはできないので、エルフのような格好をしたヤスミに過ぎないのだが――
「ちゃんと変われましたかね?」
「ふむ、初めてにしては筋がよいではないか」
 我は素直に驚く。
 |瞬間的人違い《スルーポーズ》は、ミモザの店に売られているようなインスタントに魔法が使えるタイプの魔具と違い、魔法の発動を補助するタイプの魔具だ。
 要するに、魔法の発動自体は自分自身でやらなければならない。
 魔力を持たない者が魔法を使えるなんてあまり例を見ない。
 ミモザのように魔力を感知する能力が抜群に優れていたとしても、魔力を操作する魔法を使うとなればまた別問題。
 実際にミモザ自身は魔法の術式を道具に組み込むことはできても、自ら魔法を使うことはできないしな。しかも、ヤスミは魔力を持たないだけでなく、魔力の感知能力もないのに魔法を発動してみせた。
 何やら魔法とは別の、似たようなものに触れたことでもあるのだろうか。
「それではフィー嬢。これより潜入を開始します。日が昇るまでに帰ります!」
 え? 今から行くの? そう思ったときには既にヤスミの姿はなかった。
 速っ。アイツあんなに素早く動けたのか。