第102話 誤算

ー/ー



 ミモザが処罰される、だと?

 アレフヘイムの森の見張りエルフがあっさりと口走ったその言葉の意味を頭が理解する前に、怒りの感情が先走り、今にも我は目の前にいるエルフを、はたまた周囲にいるエルフを皆殺しにしかねなかった。

「処罰とは、なんだ? ミモザは一体何をされると、いうのだ?」

 我の言葉が言葉として成していることが奇跡のようにも感じられた。ここで感情に振り回されるがまま行動してしまえば、あらゆることが台無しになってしまう。

 もう穏便に済ませられないかもしれないが、それでもアレフヘイムのエルフたちをまとめて敵に回すようなことは避けねばならない。
 仮にも、向こうはミモザにとって本当の家族なのだから。

「ミモザは、追放されたのであろう? それ以上の処罰があるのか?」

 疑問をぶつけ、返事を待つが、どうにもエルフは戸惑った様子を見せる。いや、これは困惑と言うよりも混乱に近い。頭の中を掻き乱されているような感じだ。

 しまった。幻惑の腕輪の弊害だ。
 認識を書き換えれば全てがこちらの都合のいいように解釈されるというわけではない。必ず記憶の中に何かしらの齟齬が発生してしまうはずだ。

 常時、幻惑の腕輪を使っていればそんなことも回避するのは容易いが、今の我ではそこまでには及ばない。だから会話をすればするほど、相手は奇妙な感覚に陥ってしまうのだろう。

 実際、もう目の前のエルフは、我の顔を見て、疑問にまみれた表情をしている。

 おそらくだが、「そんなことは仲間なら誰でも分かっていることでは」「カシアという名の仲間なんて本当にいたか」といった記憶との食い違いが生じ始めている。

 あまりにも焦りすぎて、「カシア・アレフヘイムはこの森の仲間であり、ミモザの妹だ」程度の誤認識しか定着させなかったことが裏目に出たか。
 どうする? もう一度腕輪を使うか? もっと疑問も違和感もなくなるくらい、深く認識を書き換えてしまった方がいいんじゃないのか?

「あれは里の落ちこぼれだ。森を追い出されたことが最大限の温情といってもいい。そんな奴が、魔法も使えないエルフとして里の外に名を広めていることが大罪だと族長はおっしゃっていた」

 殴りたい――待て、殴ってはダメだ。誤認識そのものが解かれる心配はないだろうが、自分が誤認識させられている、はたまた幻覚を見させられているなどと察せられたら厄介だ。下手に敵対する行動はとれない。

「……魔法が使えなくとも、優れた技師として知れ渡っているのではないか?」
「族長はそのように考えておられない。崇高なる我らアレフヘイムの名を持つエルフが、掃き溜めのような土地で名を馳せるなど弁明の余地もない」

 こいつは頑固どころの騒ぎじゃないな。どうせ里に引き籠もっている連中なのだから、外界の伝聞など聞く必要もないだろう。自分たちの文化や文明、歴史に大層なプライドを持っているが故の発想か。

 今のパエデロスを知って尚も、あの町を掃き溜めなどと思い込んでおるようなら大したものだ。確かにパエデロスが著しく発展し始めたのはロータスが我を倒して以降の数年ちょっとくらいのこと。認識を改めるほどの期間もなかったか。

「ミモザに会いたい」
「それはできない。明後日、処刑の儀式が執り行われるからな。それまでは掟により家族であろうと面会は許されない」

 まずい、まずいぞ。周囲から敵意を向けられている。
 誤認識が解けていなかったとしても、我が不穏な動きをしようとしていることが読まれてしまっているのかもしれない。迂闊に探りすぎたか。

「カシア様。大変心苦しいですが、お引き取りください。今のあなたを里に入れることはできません」

 なんということだ。このままではミモザが処刑されてしまう。
 この人数のエルフを振り切って里まで辿り着けるか? 道も方角も分からんのに?
 やはり、腕輪をもう一度つけるしか……。

「うおおおおおおおおぉぉおおぉおおおおおぉぉぅぅっっっ!!!!!!」

――背後から響き渡ってくる雄叫びと激しい地鳴り。

 それに気付いたその瞬間、我は、振り返るよりも先に、回避を選ぶ。呆気にとられているエルフを横目に、真横の方角、茂みの方に頭から飛び込んだ。
 エルフどもが魔力を練り、魔法を構築するのを感知したが――

「どりゃあああああああぁぁぁあああああぁぁあああっっっ!!!!!!!!」

 黒光りの巨体がまるで崖の上から転がり落ちる大岩のようにこちらの方に目掛けて突進してくる様子が垣間見えた。紙一重の差、とでも言うべきだろうか。呪文を詠唱するよりも早く、黒光りする塊がエルフどもをまとめて弾き飛ばしていった。

 その正体は、言うまでもない、ノイデスだ。
 何してんだ、アイツ。

 我は、咄嗟の判断で回避していたからよかったものの、あんなものに体当たりをぶちかまされていたら即死だったぞ。

「フィー様、大丈夫か? 怪我ねぇか? なんかエルフの連中に囲まれててヤバそうだと思ったから思わず飛び込んできちまったぜ」

 ノイデスよ。頼むからもう少し先のことを考えて行動してほしい。
 結果として助かったように見えて、我のできる限り穏便に済ませる作戦がものの見事に全て打ち砕かれてしまったではないか。

「馬鹿者! 余計なことを……」

 と、ノイデスに怒鳴ってみせるが、もう遅い。

『敵襲だ! 敵襲だ! 我らの領域が今、侵されたぁ!』

 見張り台の方にいたエルフの声だ。今度は我の方に向けて声を飛ばしているのではなく、広範囲に向けて声を拡散しているようだった。

「あれ……? まずった?」

 ノイデスがきょとんとしている間に、今しがたノイデスが吹っ飛ばしたエルフたちが一斉に退避する。む? アイツらが臨戦態勢になるのではないのか?

 そんな疑問を抱いていると、ズウウゥゥ-ン、ズウウゥゥ-ンという、ノイデスの地鳴りとは比較にならない足音が聞こえてきた。というか、森自体が地震じゃないかってくらいめちゃくちゃ揺れてる。

「お? お? お? なんだ、地震か? 火山でも噴火すんのか?」
「違うっ! 召喚されてきたのだ!」

 魔素の濃い霧の向こうから、その圧倒的な存在感を持つ巨体が姿を現す。
 丁度、我が幻惑の腕輪を発動させるために森の魔素を利用したように、エルフたちもこの霧を使って召喚魔法を発動させたのだろう。

 方角は我から見て真横。ノイデスから見て真正面。
 あれは確か、トロールだったか。

 全身が苔に覆われた緑色の巨人。それが恐ろしくのそりのそりとこちらに向かって移動してきている。一歩一歩の歩幅が広い上に、歩く度に地震が起こる。
 まるで、森そのものが移動しているかのよう。

「あ、あれってヤバくね?」
 ノイデスがほぼ真上を見上げるようにして言う。

 そらそうだろうな。ノイデスも図体はデカい方ではあるが、あっちは本物の巨人だ。それこそノイデスをも頭から踏みつぶせるくらいバカデカい。
 というか、頭が何処にあるか分からないくらいデカすぎるんだが。

 ああ、見張りのエルフたちが一斉に逃げたのはアイツに巻き込まれないためか。
 歩く度に一本一本が家屋並みの巨木がバッタバッタとなぎ倒されてくる。
 ひょっとしなくとも全盛期の我よりデカいんじゃね、アイツ。

「ははは……どうしよっか、フィー様……」
 さすがのノイデスもあんなバケモノを見たら戦意喪失してしまったらしい。

「逃げるぞ。……というか、我を担いで走れ!」
 トロールの足は鈍足だが、巨大すぎて我の足ではすぐ追いつかれてしまう。

「わ、分かった! に、に、逃げんぞ!」


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第103話 危険すぎる番人


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 ミモザが処罰される、だと?
 アレフヘイムの森の見張りエルフがあっさりと口走ったその言葉の意味を頭が理解する前に、怒りの感情が先走り、今にも我は目の前にいるエルフを、はたまた周囲にいるエルフを皆殺しにしかねなかった。
「処罰とは、なんだ? ミモザは一体何をされると、いうのだ?」
 我の言葉が言葉として成していることが奇跡のようにも感じられた。ここで感情に振り回されるがまま行動してしまえば、あらゆることが台無しになってしまう。
 もう穏便に済ませられないかもしれないが、それでもアレフヘイムのエルフたちをまとめて敵に回すようなことは避けねばならない。
 仮にも、向こうはミモザにとって本当の家族なのだから。
「ミモザは、追放されたのであろう? それ以上の処罰があるのか?」
 疑問をぶつけ、返事を待つが、どうにもエルフは戸惑った様子を見せる。いや、これは困惑と言うよりも混乱に近い。頭の中を掻き乱されているような感じだ。
 しまった。幻惑の腕輪の弊害だ。
 認識を書き換えれば全てがこちらの都合のいいように解釈されるというわけではない。必ず記憶の中に何かしらの齟齬が発生してしまうはずだ。
 常時、幻惑の腕輪を使っていればそんなことも回避するのは容易いが、今の我ではそこまでには及ばない。だから会話をすればするほど、相手は奇妙な感覚に陥ってしまうのだろう。
 実際、もう目の前のエルフは、我の顔を見て、疑問にまみれた表情をしている。
 おそらくだが、「そんなことは仲間なら誰でも分かっていることでは」「カシアという名の仲間なんて本当にいたか」といった記憶との食い違いが生じ始めている。
 あまりにも焦りすぎて、「カシア・アレフヘイムはこの森の仲間であり、ミモザの妹だ」程度の誤認識しか定着させなかったことが裏目に出たか。
 どうする? もう一度腕輪を使うか? もっと疑問も違和感もなくなるくらい、深く認識を書き換えてしまった方がいいんじゃないのか?
「あれは里の落ちこぼれだ。森を追い出されたことが最大限の温情といってもいい。そんな奴が、魔法も使えないエルフとして里の外に名を広めていることが大罪だと族長はおっしゃっていた」
 殴りたい――待て、殴ってはダメだ。誤認識そのものが解かれる心配はないだろうが、自分が誤認識させられている、はたまた幻覚を見させられているなどと察せられたら厄介だ。下手に敵対する行動はとれない。
「……魔法が使えなくとも、優れた技師として知れ渡っているのではないか?」
「族長はそのように考えておられない。崇高なる我らアレフヘイムの名を持つエルフが、掃き溜めのような土地で名を馳せるなど弁明の余地もない」
 こいつは頑固どころの騒ぎじゃないな。どうせ里に引き籠もっている連中なのだから、外界の伝聞など聞く必要もないだろう。自分たちの文化や文明、歴史に大層なプライドを持っているが故の発想か。
 今のパエデロスを知って尚も、あの町を掃き溜めなどと思い込んでおるようなら大したものだ。確かにパエデロスが著しく発展し始めたのはロータスが我を倒して以降の数年ちょっとくらいのこと。認識を改めるほどの期間もなかったか。
「ミモザに会いたい」
「それはできない。明後日、処刑の儀式が執り行われるからな。それまでは掟により家族であろうと面会は許されない」
 まずい、まずいぞ。周囲から敵意を向けられている。
 誤認識が解けていなかったとしても、我が不穏な動きをしようとしていることが読まれてしまっているのかもしれない。迂闊に探りすぎたか。
「カシア様。大変心苦しいですが、お引き取りください。今のあなたを里に入れることはできません」
 なんということだ。このままではミモザが処刑されてしまう。
 この人数のエルフを振り切って里まで辿り着けるか? 道も方角も分からんのに?
 やはり、腕輪をもう一度つけるしか……。
「うおおおおおおおおぉぉおおぉおおおおおぉぉぅぅっっっ!!!!!!」
――背後から響き渡ってくる雄叫びと激しい地鳴り。
 それに気付いたその瞬間、我は、振り返るよりも先に、回避を選ぶ。呆気にとられているエルフを横目に、真横の方角、茂みの方に頭から飛び込んだ。
 エルフどもが魔力を練り、魔法を構築するのを感知したが――
「どりゃあああああああぁぁぁあああああぁぁあああっっっ!!!!!!!!」
 黒光りの巨体がまるで崖の上から転がり落ちる大岩のようにこちらの方に目掛けて突進してくる様子が垣間見えた。紙一重の差、とでも言うべきだろうか。呪文を詠唱するよりも早く、黒光りする塊がエルフどもをまとめて弾き飛ばしていった。
 その正体は、言うまでもない、ノイデスだ。
 何してんだ、アイツ。
 我は、咄嗟の判断で回避していたからよかったものの、あんなものに体当たりをぶちかまされていたら即死だったぞ。
「フィー様、大丈夫か? 怪我ねぇか? なんかエルフの連中に囲まれててヤバそうだと思ったから思わず飛び込んできちまったぜ」
 ノイデスよ。頼むからもう少し先のことを考えて行動してほしい。
 結果として助かったように見えて、我のできる限り穏便に済ませる作戦がものの見事に全て打ち砕かれてしまったではないか。
「馬鹿者! 余計なことを……」
 と、ノイデスに怒鳴ってみせるが、もう遅い。
『敵襲だ! 敵襲だ! 我らの領域が今、侵されたぁ!』
 見張り台の方にいたエルフの声だ。今度は我の方に向けて声を飛ばしているのではなく、広範囲に向けて声を拡散しているようだった。
「あれ……? まずった?」
 ノイデスがきょとんとしている間に、今しがたノイデスが吹っ飛ばしたエルフたちが一斉に退避する。む? アイツらが臨戦態勢になるのではないのか?
 そんな疑問を抱いていると、ズウウゥゥ-ン、ズウウゥゥ-ンという、ノイデスの地鳴りとは比較にならない足音が聞こえてきた。というか、森自体が地震じゃないかってくらいめちゃくちゃ揺れてる。
「お? お? お? なんだ、地震か? 火山でも噴火すんのか?」
「違うっ! 召喚されてきたのだ!」
 魔素の濃い霧の向こうから、その圧倒的な存在感を持つ巨体が姿を現す。
 丁度、我が幻惑の腕輪を発動させるために森の魔素を利用したように、エルフたちもこの霧を使って召喚魔法を発動させたのだろう。
 方角は我から見て真横。ノイデスから見て真正面。
 あれは確か、トロールだったか。
 全身が苔に覆われた緑色の巨人。それが恐ろしくのそりのそりとこちらに向かって移動してきている。一歩一歩の歩幅が広い上に、歩く度に地震が起こる。
 まるで、森そのものが移動しているかのよう。
「あ、あれってヤバくね?」
 ノイデスがほぼ真上を見上げるようにして言う。
 そらそうだろうな。ノイデスも図体はデカい方ではあるが、あっちは本物の巨人だ。それこそノイデスをも頭から踏みつぶせるくらいバカデカい。
 というか、頭が何処にあるか分からないくらいデカすぎるんだが。
 ああ、見張りのエルフたちが一斉に逃げたのはアイツに巻き込まれないためか。
 歩く度に一本一本が家屋並みの巨木がバッタバッタとなぎ倒されてくる。
 ひょっとしなくとも全盛期の我よりデカいんじゃね、アイツ。
「ははは……どうしよっか、フィー様……」
 さすがのノイデスもあんなバケモノを見たら戦意喪失してしまったらしい。
「逃げるぞ。……というか、我を担いで走れ!」
 トロールの足は鈍足だが、巨大すぎて我の足ではすぐ追いつかれてしまう。
「わ、分かった! に、に、逃げんぞ!」