第101話 姉、再び

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 馬車に乗る一行。もうアレフヘイムの森を眼前にして、我はあまりにもむせ返りそうな魔力に当てられながらも、そこで馬の手綱を引いているデニアに声を掛けた。

「一旦ここで止めてくれ。我が交渉してくる」
「えぁ? 交渉ぅ? いや、でも」
「いいから頼む」

 デニアは素っ頓狂な声を挙げ驚くが、我はそれでも強く押し、一先ずは馬車を止めさせた。他の連中はあまりそのやり取りの荒唐無稽さには気付いていない事がある意味幸いというべきか。

 普通に考えれば分かることだ。森に引き籠もる偏執な種族のエルフが、交渉に応じてホイホイと外部の人間を取り入れるわけがない。それが明らかにおかしいことだと分かっていたのはデニアとサンシの二人くらいだろう。

「よし、じゃあ、行ってくる」
「お、お嬢様、わたくしめも……」
「案ずるな、策はあると言ったであろう」

 その言葉で納得させることができたのか、何とかオキザリスはそれ以上食い下がってくることはなかった。実に好都合。ここで無理やり引き留められでもしたら、この策は失敗に終わったかもしれん。

 我はすかさず、ソレを指に身につける。

 次の瞬間には、我の背丈がぐんぐんと伸び、我の月の如き美しき銀色の髪は太陽に照らされる小麦のような金髪へと変わる。そして、自分では確認できないが、血の如く紅い瞳も、空色の瞳へと変わったことだろう。

 これが何なのかは説明する必要があるだろうか。今我が身につけたこの指輪は以前、ミモザに作らせた変装用の魔具、瞬間的人違い(スルーポーズ)だ。
 これの効力により、我の姿はパエデロスの令嬢フィーから一瞬にして、自称ミモザの姉、カシア・アレフヘイムへと変身するのである。

 見るが良い、この麗しきプロポーション。先ほどまでの我も十分に美しかったが、さらに磨きが掛かったことだろう。おっぱいも大きくなったし。

 下準備ができたところで、続いて我は荷物を漁り、その箱を取り出す。かなり厳重に封印された箱だ。普段はこれを使おうとは思わない。あまりにもリスクが高すぎるからな。だが、今日はこの封印を解く。

 箱の中から取り出したるは、腕輪だ。
 これも我の腕に装着し、これにて準備万全。

 失敗は許されない。我は意を決して、森の中へと歩を進める。
 一本一本が家屋並みに太く、山のように高い木々に日の光が遮られ、また悍ましいくらいの魔素の霧により、ものの数歩のうちに我の視界は闇夜の如く暗くなる。

 身体にまとわりついてくるソレは不快と言えば不快でもはあるが、今の逆に我にとってはこの濃い魔素こそが好都合でもあった。

『待て、そこのエルフ!』

 もう何歩か歩いた辺りで、上の方から呼び止められる声が聞こえてきた。
 森の奥、大きな木の上に見張り台のようなものが見えた。どうやらあそこから魔法か何かを使って声を飛ばしてきているのだろう。

 何も知らない者が立ち入ろうものなら、あたかも木が喋っているように錯覚するか、はたまたゴーストか何かがまとわりついていると誤解していたところだ。

『貴様、ここが我らの領域と知らないのか。ここで引き返すのなら見逃してやろう。だが、そこより一歩でも動いたならば外敵と見なし、排除する!』

 明確な敵意を感じる。声の主は向こうの見張り台の上なのだろうが、どうやら見張りはそれだけには留まらないようだ。驚くべきことに四方八方から視線を感じた。
 ずっと息を潜めていたエルフが我に集中しているに違いない。

 だが、それでいい。しっかりと我の方に気を集中させておいてくれよ。

「我は、カシア。カシア・アレフヘイムだ」

 上に向かって、そう名乗る。

 当然、この名前は我とミモザが考えた偽名であり、本名などではない。いくら見た目がエルフで、同じ故郷の名を持っているからといって、それを鵜呑みにして易々と信じるはずもないが――。

 木の上からヒュン、とエルフが次々の降りてきて、我の付近に着地していく。
 おいおい、上に何人待機してたんだ。一瞬にして、軽く十数人以上のエルフに我の周りが取り囲まれてしまう。

 そして、正面にいた一人の青年エルフが我に声を掛ける。

「あなたはミモザの姉、カシア様でしたか。おかえりなさいませ」

 そういって、握手を求めてきた。我はその握手に笑顔で応じる。

 さも、遠方の旅からようやく帰還してきた幼なじみかのような待遇だ。
 周りのエルフも同じような反応で、少なくともこの場に敵意を剥き出しにしているエルフは誰もいない。歓迎ムードでいっぱいだ。

 アレフヘイムの森とやらはこんなにも警戒心の薄い場所だったのか。
 否、そうではない。

 我はこの森に初めて立ち入る。だからそもそもここにいる連中がカシアというエルフのことも、そしてそれがミモザの姉であることも、知っているはずがない。
 奇妙なくらいに、認識が書き換わっている。

 種明かしをすれば、それは今、我が腕に付けている腕輪の効力だ。
 いつぞや我がダンジョン探索をしていてたまたま見つけた魔具。その昔、何処ぞの八方美人な王族が高尚な幻術師に造らせたという幻惑の腕輪。

 その効力は夢魔の力を封じ込めているが故に絶大で、周囲の者の認識をごっそりと書き換えてしまう。それは単なる幻覚などではなく、始めからそうだったと記憶さえも誤認識してしまうほどだ。

 何分、こいつは調整も難しいし、魔力の燃費も半端ではない。我はこの森から噴出している濃密な魔素の霧も拝借し、ミモザのお手製魔石も使ってようやく腕輪の効力を発揮させることができたが、もう既に限界ギリギリだ。

 魔力を放出しっぱなしにしないと使えないという制約が実に厳しい。

 我は、腕輪の発動を抑え、直ぐさま外し、封印の箱へとしまった。
 これ以上付けていたら手持ちの魔石も尽きて、腕輪は我の魔力をカスカスになるまで絞り尽くして干からびてしまう恐れもあったからだ。

 だが、この腕輪の効力というものは恐ろしく、こうして今、我は腕輪をしまったというのに、周りのエルフたちの認識は書き換わったままだ。まだ、我のことをカシア・アレフヘイムと思い込んでいる。

 なんとも恐ろしい腕輪だ。この幻惑の腕輪を造らせた王妃は、悲惨な末路を迎えたと聞く。使い方を間違えたら我もどうなるか分かったものではない。

「手短に聞きたいことがある」
「なんでしょうか、カシア様」

 しっかりと誤認識が機能していることを願いつつ、我は言葉を続ける。

「我の妹のミモザは、この森に帰ってきたか?」

 今、我が一番聞きたい情報だ。ここで全てが決まると言ってもいい。
 ここにいるのならまたこの森をさらに先へと進まなければならないし、いなかったのならまた別の策を練り直さなければならない。

「はい。先日族長の命令により、ミモザはこの森へと連れ戻されました」

 その答えを聞いて、我は安堵したのだろうか。それともえも言われぬ不安を覚えたのだろうか。自分が二本足で立てているのかも分からないような感覚に陥り、ほんの一瞬だけ気を失ってしまったような気がした。

「そうか……ミモザはこの森にいるのだな。その理由は、何だ。我は何も聞かされていないぞ」

 できる限り感情を平静に保つように、我は質問を続ける。そのさらなる答え次第では、我も冷静を失いかねない。

「そうでしたか。てっきりご存じのことかと。ミモザは森を追放された身であることをいいことに、このアレフヘイムの名に泥を塗ったため、処罰されることが決まったんですよ」
「処……、罰……?」

 我は、唇と舌を噛みちぎる勢いで、怒りを押し堪えた。


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 馬車に乗る一行。もうアレフヘイムの森を眼前にして、我はあまりにもむせ返りそうな魔力に当てられながらも、そこで馬の手綱を引いているデニアに声を掛けた。
「一旦ここで止めてくれ。我が交渉してくる」
「えぁ? 交渉ぅ? いや、でも」
「いいから頼む」
 デニアは素っ頓狂な声を挙げ驚くが、我はそれでも強く押し、一先ずは馬車を止めさせた。他の連中はあまりそのやり取りの荒唐無稽さには気付いていない事がある意味幸いというべきか。
 普通に考えれば分かることだ。森に引き籠もる偏執な種族のエルフが、交渉に応じてホイホイと外部の人間を取り入れるわけがない。それが明らかにおかしいことだと分かっていたのはデニアとサンシの二人くらいだろう。
「よし、じゃあ、行ってくる」
「お、お嬢様、わたくしめも……」
「案ずるな、策はあると言ったであろう」
 その言葉で納得させることができたのか、何とかオキザリスはそれ以上食い下がってくることはなかった。実に好都合。ここで無理やり引き留められでもしたら、この策は失敗に終わったかもしれん。
 我はすかさず、ソレを指に身につける。
 次の瞬間には、我の背丈がぐんぐんと伸び、我の月の如き美しき銀色の髪は太陽に照らされる小麦のような金髪へと変わる。そして、自分では確認できないが、血の如く紅い瞳も、空色の瞳へと変わったことだろう。
 これが何なのかは説明する必要があるだろうか。今我が身につけたこの指輪は以前、ミモザに作らせた変装用の魔具、|瞬間的人違い《スルーポーズ》だ。
 これの効力により、我の姿はパエデロスの令嬢フィーから一瞬にして、自称ミモザの姉、カシア・アレフヘイムへと変身するのである。
 見るが良い、この麗しきプロポーション。先ほどまでの我も十分に美しかったが、さらに磨きが掛かったことだろう。おっぱいも大きくなったし。
 下準備ができたところで、続いて我は荷物を漁り、その箱を取り出す。かなり厳重に封印された箱だ。普段はこれを使おうとは思わない。あまりにもリスクが高すぎるからな。だが、今日はこの封印を解く。
 箱の中から取り出したるは、腕輪だ。
 これも我の腕に装着し、これにて準備万全。
 失敗は許されない。我は意を決して、森の中へと歩を進める。
 一本一本が家屋並みに太く、山のように高い木々に日の光が遮られ、また悍ましいくらいの魔素の霧により、ものの数歩のうちに我の視界は闇夜の如く暗くなる。
 身体にまとわりついてくるソレは不快と言えば不快でもはあるが、今の逆に我にとってはこの濃い魔素こそが好都合でもあった。
『待て、そこのエルフ!』
 もう何歩か歩いた辺りで、上の方から呼び止められる声が聞こえてきた。
 森の奥、大きな木の上に見張り台のようなものが見えた。どうやらあそこから魔法か何かを使って声を飛ばしてきているのだろう。
 何も知らない者が立ち入ろうものなら、あたかも木が喋っているように錯覚するか、はたまたゴーストか何かがまとわりついていると誤解していたところだ。
『貴様、ここが我らの領域と知らないのか。ここで引き返すのなら見逃してやろう。だが、そこより一歩でも動いたならば外敵と見なし、排除する!』
 明確な敵意を感じる。声の主は向こうの見張り台の上なのだろうが、どうやら見張りはそれだけには留まらないようだ。驚くべきことに四方八方から視線を感じた。
 ずっと息を潜めていたエルフが我に集中しているに違いない。
 だが、それでいい。しっかりと我の方に気を集中させておいてくれよ。
「我は、カシア。カシア・アレフヘイムだ」
 上に向かって、そう名乗る。
 当然、この名前は我とミモザが考えた偽名であり、本名などではない。いくら見た目がエルフで、同じ故郷の名を持っているからといって、それを鵜呑みにして易々と信じるはずもないが――。
 木の上からヒュン、とエルフが次々の降りてきて、我の付近に着地していく。
 おいおい、上に何人待機してたんだ。一瞬にして、軽く十数人以上のエルフに我の周りが取り囲まれてしまう。
 そして、正面にいた一人の青年エルフが我に声を掛ける。
「あなたはミモザの姉、カシア様でしたか。おかえりなさいませ」
 そういって、握手を求めてきた。我はその握手に笑顔で応じる。
 さも、遠方の旅からようやく帰還してきた幼なじみかのような待遇だ。
 周りのエルフも同じような反応で、少なくともこの場に敵意を剥き出しにしているエルフは誰もいない。歓迎ムードでいっぱいだ。
 アレフヘイムの森とやらはこんなにも警戒心の薄い場所だったのか。
 否、そうではない。
 我はこの森に初めて立ち入る。だからそもそもここにいる連中がカシアというエルフのことも、そしてそれがミモザの姉であることも、知っているはずがない。
 奇妙なくらいに、認識が書き換わっている。
 種明かしをすれば、それは今、我が腕に付けている腕輪の効力だ。
 いつぞや我がダンジョン探索をしていてたまたま見つけた魔具。その昔、何処ぞの八方美人な王族が高尚な幻術師に造らせたという幻惑の腕輪。
 その効力は夢魔の力を封じ込めているが故に絶大で、周囲の者の認識をごっそりと書き換えてしまう。それは単なる幻覚などではなく、始めからそうだったと記憶さえも誤認識してしまうほどだ。
 何分、こいつは調整も難しいし、魔力の燃費も半端ではない。我はこの森から噴出している濃密な魔素の霧も拝借し、ミモザのお手製魔石も使ってようやく腕輪の効力を発揮させることができたが、もう既に限界ギリギリだ。
 魔力を放出しっぱなしにしないと使えないという制約が実に厳しい。
 我は、腕輪の発動を抑え、直ぐさま外し、封印の箱へとしまった。
 これ以上付けていたら手持ちの魔石も尽きて、腕輪は我の魔力をカスカスになるまで絞り尽くして干からびてしまう恐れもあったからだ。
 だが、この腕輪の効力というものは恐ろしく、こうして今、我は腕輪をしまったというのに、周りのエルフたちの認識は書き換わったままだ。まだ、我のことをカシア・アレフヘイムと思い込んでいる。
 なんとも恐ろしい腕輪だ。この幻惑の腕輪を造らせた王妃は、悲惨な末路を迎えたと聞く。使い方を間違えたら我もどうなるか分かったものではない。
「手短に聞きたいことがある」
「なんでしょうか、カシア様」
 しっかりと誤認識が機能していることを願いつつ、我は言葉を続ける。
「我の妹のミモザは、この森に帰ってきたか?」
 今、我が一番聞きたい情報だ。ここで全てが決まると言ってもいい。
 ここにいるのならまたこの森をさらに先へと進まなければならないし、いなかったのならまた別の策を練り直さなければならない。
「はい。先日族長の命令により、ミモザはこの森へと連れ戻されました」
 その答えを聞いて、我は安堵したのだろうか。それともえも言われぬ不安を覚えたのだろうか。自分が二本足で立てているのかも分からないような感覚に陥り、ほんの一瞬だけ気を失ってしまったような気がした。
「そうか……ミモザはこの森にいるのだな。その理由は、何だ。我は何も聞かされていないぞ」
 できる限り感情を平静に保つように、我は質問を続ける。そのさらなる答え次第では、我も冷静を失いかねない。
「そうでしたか。てっきりご存じのことかと。ミモザは森を追放された身であることをいいことに、このアレフヘイムの名に泥を塗ったため、処罰されることが決まったんですよ」
「処……、罰……?」
 我は、唇と舌を噛みちぎる勢いで、怒りを押し堪えた。