【冒険者】天使を失った街

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 辺境の街パエデロス。そこは人間だけでなく、エルフや獣人、オーガにドワーフといったあらゆる異種族が訪れる、冒険者たちのためにある街だった。

 そんなパエデロスで名物は何かと聞かれたら多くの者は天使の店と呼ばれる魔具店を紹介することだろう。冒険者たちにとって、道具は命綱のようなもの。
 その点でいえば、天使の店はパエデロスでも最優良店だ。

 売っている魔具はいずれも性能は高く、都会で量産されている使い捨ての魔具とはワケが違う。それに加えて評判を決定づけていたのは、店員だ。

 天使の店と呼ばれるように、その店では二人の可愛らしい女の子がカウンターに立っており、その人気ときたらパエデロス内でも派閥争いが起こるほど。
 巷では、双子天使なんて呼ばれていたりする。

 しかしその天使の店では、今パエデロス全域を巻き込んだ大事件が起きていた。

 あろうことか、双子天使の片方が突如失踪してしまったのだという。
 この話の信憑性は絶大だ。何せ、もう片方の天使と呼ばれていた女の子がパエデロス中を探し回っている姿を目撃していたのだから。

 何故天使は失踪してしまったのか。その答えは誰にも分からない。
 ただ言えたことは、パエデロスでもトップに君臨する魔具店が開かれることはしばらくない。あるいは、もう二度と開かれないだろう、ということだ。

「おい、お前、ミモザ様の居場所を知らないか?」

 パエデロスの街中で、無精ひげを生やした男が通りがかりに乱暴に問い訊ねる。
 ミモザというのは天使と呼ばれていた少女の名だ。

「ああ、ミモザ様。貴女様はいずこへ」

 別の男がうわごとのように呟きながらパエデロスを徘徊していく。
 その瞳は半身を失ったかのような絶望色に染まっていた。

「ミモザ様がいないミモザ様がいないミモザ様がいないミモザ様がいない……」

 往来で膝から崩れ、呪詛のように繰り返し続ける女もいた。
 まるで新手の教祖を崇める信者のよう。

 その光景ときたらこの世の終わりかと思わされる恐慌状態。
 パエデロスの名物娘を失ってしまった反響はとてつもないものだった。

 天使の店の常連客は数知れない。ひょっとしたら、このパエデロスに滞在している冒険者の全てがお世話になっている可能性すら否めず、それだけ日夜ダンジョン探索で摩耗していた彼らの心の支えになっていたのかもしれない。

 また、ミモザの失踪の影響は彼らだけに留まらない。
 ところ変わって、パエデロスでも随一の資産家として有名な令嬢が住む屋敷の前に、住民たちが押し寄せてきていた。

 その令嬢とは、とどのつまり、双子天使と呼ばれているもう片方の少女のことだ。

「あーん! フィー様が死んだ!」
「くすん……美人薄命だ……」
「うっうっう……、ひどいよお……ふえーん!!」

 フィーというのは、その令嬢の名前だ。屋敷の前には仰々しい装飾が持ち寄られ、まるで葬式のような雰囲気を醸し出していた。
 絶望に打ちひしがれて泣き叫ぶ住民たち。これから世界が滅ぶかのよう。

 ちなみに、ミモザは失踪こそしたが、フィーの方は死んではいない。
 ミモザを探している最中に力尽きて倒れただけだ。それをパエデロスの住民が拡大解釈したのか、このような騒ぎに発展してしまっていた。

「この集会をただちに解散させろ!」
「ここはフィーお嬢様の屋敷の前だ! 今すぐ立ち去れ!」

 屋敷の中から使用人たちが現れ、鎮圧しにかかる。
 それと同時に――

「フィー様は死んでない!」
「フィー様はミモザ様とともに!」
「おおぉ! 我らがフィー様ぁ!!」

 何処からともなく、フィーの信者たちが現れ、鎮圧させるどころかさらに喧騒は増していく一方で、その場はますます混沌としていく。
 パエデロスの店に勤める小娘の安否一つで、よもやここまでの事態にまで発展しようなどとは誰が思っただろうか。

「「「フィー様ぁ!!!」」」
「「「ミモザ様ぁ!!!」」」
「「「「フィー様あぁ!!!!!」」」」
「「「「ミモザ様あぁ!!!!!」」」」
「「「「「フィー様ああぁぁ!!!!!!!!」」」」」
「「「「「ミモザ様ああぁぁ!!!!!!!!」」」」」

 傍から見たら何の集まりなのかも分からない。
 人々は口々に嘆き、悲しみ、泣き叫んでいく。
 こんな有様では、事情も知らない冒険者も住民たちも感化されて当然だった。

 あろうことか、パエデロスから天使が失われたというこの情報は、パエデロスの外にまで波及するにまで至る。そこには曖昧な情報さえも入り交じり、あらゆる誤解も拡散されていった。

 そういった誤解はさらなる誤解を呼び、そして曲解や拡大解釈が加速していく。

 ところによれば――
「あの辺境の街パエデロスには天使が降臨されていたらしい」
 だとか――
「パエデロスより悪魔が生まれ出でたらしい」
 などとか――
「パエデロスは魔王が密かに復活して世界征服を企んでいるらしい」
 といった根も葉もない噂が飛び交う始末。

 しまいには、当初からの事情を知っていたはずの噂の根源にいるパエデロス住民たちもこの意味の分からない噂の連鎖に飲み込まれていき、真実から遠く掛け離れた負のスパイラルの中へと巻き込まれていくのだった。

「ミモザ嬢が魔王の人質にされているだと!?」
「バカ、ちげぇよ! オレはフィーお嬢がミモザ様を食べたって聞いたぜ!?」
「お前ら全部間違ってるよ! フィー様が魔王で、ミモたんの奴隷なんだよ!!」

 やいのやいのと、パエデロスのそこかしこ、はたまたパエデロスの外にも、真偽不明な噂が蔓延していく。

 この事態に一番頭を悩ませていたのは、当然のことながら、パエデロスの治安維持を努めていた自警団たち、ならびに、それを総括していた勇者ロータスとその仲間たちだった。

「あ~らら……また変な噂が吹聴されちゃってるわ。どうしよう、ロータス」

 女魔法使いダリアが呆れた顔で民衆のたかる現場に駆けつける。

「まずは鎮圧からだ。取り押さえるのを手伝ってくれ」
「はいはい……」
 勇者ロータスの一声に、ダリアは杖を振り下ろす。
 すると杖の先から光の綱のようなものがはなたれ、今にも殴り合いのケンカに発展しかねなかった冒険者たちを捕縛する。

「あのね、アンタら! 変な噂に流されるのは仕方ないけど、この街で不当な騒ぎを起こしたら承知しないんだからね?」
 ダリアの一言に、冒険者たちも黙らないわけにはいかなかった。

 勇者の仲間たちは、かつて世界を恐怖に陥れた魔王を討伐した実力者揃いだ。
 それに刃向かうということは、魔王を超える戦力に刃向かうことと同義である。

「ダリア、できれば穏便に頼む」

 そう言うロータスはといえば、片手でオーガ族の男の豪腕をいなし、もう片手で横から切りかかってきた冒険者の剣をへし折っていた。

「ひぃぃ……ロータスさん、いえ、ロータス様! 申し訳ございませんでしたぁ!」

 力こそ全て、力により全てを解決するとまでうたわれる力の民オーガが、地面に這いつくばり、許しを請う光景が見られるのも、おそらくパエデロスくらいのものだろう。

 既に片手では数え切れないくらいの暴動を鎮圧してきたロータスたちだったが、無論それで事足りるわけもなかった。パエデロスの外にも密偵を忍ばせて情報操作まで行って、なおも状況はこの有様なのだ。

「やれやれ……フィーたちの影響力を甘く見た俺の失態か。これじゃあ勇者失格だ。そろそろこの称号も剥奪されるのも時間の問題かもな」

 ロータスは深く深く溜め息をつき、そして次なる騒動の根源へと急ぎ足で駆けつけていくのだった。


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次のエピソードへ進む 第101話 姉、再び


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 辺境の街パエデロス。そこは人間だけでなく、エルフや獣人、オーガにドワーフといったあらゆる異種族が訪れる、冒険者たちのためにある街だった。
 そんなパエデロスで名物は何かと聞かれたら多くの者は天使の店と呼ばれる魔具店を紹介することだろう。冒険者たちにとって、道具は命綱のようなもの。
 その点でいえば、天使の店はパエデロスでも最優良店だ。
 売っている魔具はいずれも性能は高く、都会で量産されている使い捨ての魔具とはワケが違う。それに加えて評判を決定づけていたのは、店員だ。
 天使の店と呼ばれるように、その店では二人の可愛らしい女の子がカウンターに立っており、その人気ときたらパエデロス内でも派閥争いが起こるほど。
 巷では、双子天使なんて呼ばれていたりする。
 しかしその天使の店では、今パエデロス全域を巻き込んだ大事件が起きていた。
 あろうことか、双子天使の片方が突如失踪してしまったのだという。
 この話の信憑性は絶大だ。何せ、もう片方の天使と呼ばれていた女の子がパエデロス中を探し回っている姿を目撃していたのだから。
 何故天使は失踪してしまったのか。その答えは誰にも分からない。
 ただ言えたことは、パエデロスでもトップに君臨する魔具店が開かれることはしばらくない。あるいは、もう二度と開かれないだろう、ということだ。
「おい、お前、ミモザ様の居場所を知らないか?」
 パエデロスの街中で、無精ひげを生やした男が通りがかりに乱暴に問い訊ねる。
 ミモザというのは天使と呼ばれていた少女の名だ。
「ああ、ミモザ様。貴女様はいずこへ」
 別の男がうわごとのように呟きながらパエデロスを徘徊していく。
 その瞳は半身を失ったかのような絶望色に染まっていた。
「ミモザ様がいないミモザ様がいないミモザ様がいないミモザ様がいない……」
 往来で膝から崩れ、呪詛のように繰り返し続ける女もいた。
 まるで新手の教祖を崇める信者のよう。
 その光景ときたらこの世の終わりかと思わされる恐慌状態。
 パエデロスの名物娘を失ってしまった反響はとてつもないものだった。
 天使の店の常連客は数知れない。ひょっとしたら、このパエデロスに滞在している冒険者の全てがお世話になっている可能性すら否めず、それだけ日夜ダンジョン探索で摩耗していた彼らの心の支えになっていたのかもしれない。
 また、ミモザの失踪の影響は彼らだけに留まらない。
 ところ変わって、パエデロスでも随一の資産家として有名な令嬢が住む屋敷の前に、住民たちが押し寄せてきていた。
 その令嬢とは、とどのつまり、双子天使と呼ばれているもう片方の少女のことだ。
「あーん! フィー様が死んだ!」
「くすん……美人薄命だ……」
「うっうっう……、ひどいよお……ふえーん!!」
 フィーというのは、その令嬢の名前だ。屋敷の前には仰々しい装飾が持ち寄られ、まるで葬式のような雰囲気を醸し出していた。
 絶望に打ちひしがれて泣き叫ぶ住民たち。これから世界が滅ぶかのよう。
 ちなみに、ミモザは失踪こそしたが、フィーの方は死んではいない。
 ミモザを探している最中に力尽きて倒れただけだ。それをパエデロスの住民が拡大解釈したのか、このような騒ぎに発展してしまっていた。
「この集会をただちに解散させろ!」
「ここはフィーお嬢様の屋敷の前だ! 今すぐ立ち去れ!」
 屋敷の中から使用人たちが現れ、鎮圧しにかかる。
 それと同時に――
「フィー様は死んでない!」
「フィー様はミモザ様とともに!」
「おおぉ! 我らがフィー様ぁ!!」
 何処からともなく、フィーの信者たちが現れ、鎮圧させるどころかさらに喧騒は増していく一方で、その場はますます混沌としていく。
 パエデロスの店に勤める小娘の安否一つで、よもやここまでの事態にまで発展しようなどとは誰が思っただろうか。
「「「フィー様ぁ!!!」」」
「「「ミモザ様ぁ!!!」」」
「「「「フィー様あぁ!!!!!」」」」
「「「「ミモザ様あぁ!!!!!」」」」
「「「「「フィー様ああぁぁ!!!!!!!!」」」」」
「「「「「ミモザ様ああぁぁ!!!!!!!!」」」」」
 傍から見たら何の集まりなのかも分からない。
 人々は口々に嘆き、悲しみ、泣き叫んでいく。
 こんな有様では、事情も知らない冒険者も住民たちも感化されて当然だった。
 あろうことか、パエデロスから天使が失われたというこの情報は、パエデロスの外にまで波及するにまで至る。そこには曖昧な情報さえも入り交じり、あらゆる誤解も拡散されていった。
 そういった誤解はさらなる誤解を呼び、そして曲解や拡大解釈が加速していく。
 ところによれば――
「あの辺境の街パエデロスには天使が降臨されていたらしい」
 だとか――
「パエデロスより悪魔が生まれ出でたらしい」
 などとか――
「パエデロスは魔王が密かに復活して世界征服を企んでいるらしい」
 といった根も葉もない噂が飛び交う始末。
 しまいには、当初からの事情を知っていたはずの噂の根源にいるパエデロス住民たちもこの意味の分からない噂の連鎖に飲み込まれていき、真実から遠く掛け離れた負のスパイラルの中へと巻き込まれていくのだった。
「ミモザ嬢が魔王の人質にされているだと!?」
「バカ、ちげぇよ! オレはフィーお嬢がミモザ様を食べたって聞いたぜ!?」
「お前ら全部間違ってるよ! フィー様が魔王で、ミモたんの奴隷なんだよ!!」
 やいのやいのと、パエデロスのそこかしこ、はたまたパエデロスの外にも、真偽不明な噂が蔓延していく。
 この事態に一番頭を悩ませていたのは、当然のことながら、パエデロスの治安維持を努めていた自警団たち、ならびに、それを総括していた勇者ロータスとその仲間たちだった。
「あ~らら……また変な噂が吹聴されちゃってるわ。どうしよう、ロータス」
 女魔法使いダリアが呆れた顔で民衆のたかる現場に駆けつける。
「まずは鎮圧からだ。取り押さえるのを手伝ってくれ」
「はいはい……」
 勇者ロータスの一声に、ダリアは杖を振り下ろす。
 すると杖の先から光の綱のようなものがはなたれ、今にも殴り合いのケンカに発展しかねなかった冒険者たちを捕縛する。
「あのね、アンタら! 変な噂に流されるのは仕方ないけど、この街で不当な騒ぎを起こしたら承知しないんだからね?」
 ダリアの一言に、冒険者たちも黙らないわけにはいかなかった。
 勇者の仲間たちは、かつて世界を恐怖に陥れた魔王を討伐した実力者揃いだ。
 それに刃向かうということは、魔王を超える戦力に刃向かうことと同義である。
「ダリア、できれば穏便に頼む」
 そう言うロータスはといえば、片手でオーガ族の男の豪腕をいなし、もう片手で横から切りかかってきた冒険者の剣をへし折っていた。
「ひぃぃ……ロータスさん、いえ、ロータス様! 申し訳ございませんでしたぁ!」
 力こそ全て、力により全てを解決するとまでうたわれる力の民オーガが、地面に這いつくばり、許しを請う光景が見られるのも、おそらくパエデロスくらいのものだろう。
 既に片手では数え切れないくらいの暴動を鎮圧してきたロータスたちだったが、無論それで事足りるわけもなかった。パエデロスの外にも密偵を忍ばせて情報操作まで行って、なおも状況はこの有様なのだ。
「やれやれ……フィーたちの影響力を甘く見た俺の失態か。これじゃあ勇者失格だ。そろそろこの称号も剥奪されるのも時間の問題かもな」
 ロータスは深く深く溜め息をつき、そして次なる騒動の根源へと急ぎ足で駆けつけていくのだった。