第100話 狭苦しい馬車の中で

ー/ー



 ガタンゴトンと揺れる馬車は、なんともはや窮屈なものであった。
 この馬車には我と、従業員四人と、メイド一人の計六人が乗っておるのだからそれは当然と言えば当然ではあるのだが。

 今乗っているこの馬車は、貴族御用達のしっかりと内装まで凝った車両――などではなく、荷馬車に幌を張ったものに、ちょっと手を加えた程度のものだった。
 いつぞやレッドアイズ国に向かったときの馬車とは違い、はっきり言ってオンボロでみすぼらしい。せめて出発が昼ぐらいだったらもっとマシだったかもしれない。

 だが、できるだけ余計な時間は掛けたくはなかった。
 壊れないように補強と、全員が座れる丈夫なシートを設置するのが精一杯だった。これでもまあまあ時間を浪費してしまってはいるのだが。

「デニア。森までは後どのくらい掛かる?」

 痺れを切らして、我は御者の席に座り、馬の手綱を握るデニアに訊ねた。

「このペースなら半日も掛かりませんよぉ」

 おっとり口調で答える。その反面、馬はトコトコ走りではなく、若干の駆け足で飛ばしてもらっていた。あまり飛ばしていると体力配分の管理が難しいところだが、このデニア、何処で馬術を学んできたのか、かなり手慣れている。

 見た目とのギャップが違いすぎるな。褐色肌で、白髪で、おっぱいデカくて、のほほんとしたいかにもアホ面ぶらさげておいて、このデニアというエルフは存外なんでもできるらしい。うちの使用人に雇っておけばと今さら後悔する。

「半日ですか。それはまたかえって緊張してしまいますね」

 えへへと、そんな明るい笑顔を見せながら、手元で見たことのない小型のナイフのようなものを磨いていたのはヤスミだった。

 その表情とは裏腹に物騒なものを構えるじゃないか。今回の旅では危険も伴うだろう、とは言ったが、まさかそんな武装をしてくるとは思わなかったぞ。
 普段見ているヤスミからは想像もつかないような殺意を、今このとき我は肌で感じ取っていた。お前、いつもそんな殺気を消してるの? 凄くない?

「あぁーっ! もう! まどろっこしいぜ! もっと飛ばせよ!」

 馬車内をギッシギッシと揺らしているのは、言わずもがな、ノイデスだ。正直コイツの図体がデカいからこそこの馬車が狭くなっていると言っても過言ではない。
 むしろ、ノイデスがいたから馬車の手配に手間取った側面もあるくらいだ。

 さっきからやめろと何度か言っておったのだが、またノイデスは筋トレを再開する。こんなところで馬車が壊れたらどうするつもりなんだ。
 誰かこの黒光り筋肉デカ女をどうにかしてくれ……。

「あまり暴れないでくださいノイデスさん。また幌に穴が空きますよ」

 冷静沈着に声を掛けるのはサンシだ。この馬車の中では一際小さい。こういうときドワーフの背丈の低さは羨ましくは思う。まあ、今の我の背丈はサンシとそう変わらぬのだが。

 サンシは落ち着き払った様子で、ヤスミと同じく自分の手元の道具をメンテナンスしていた。こんな状況だというのに、ここまで冷静に振る舞えるのも凄い。
 見た目は小娘なのに、熟練の冒険者のオーラが見えてくるくらいだ。

「お嬢様。このままアレフヘイムの森に着いたとして、どのような手筈で入るのでしょうか。向こうは大変警戒心の強いエルフがいると伺っておりますが」

 キリっとした鋭い目からピシっと言葉が飛んでくる。うちのメイドのオキザリスだ。長旅用の私服も持っていないのか、相変わらずのメイド服だ。

 オキザリスは、ミモザ捜索の方面やら我が勝手にパエデロスを出ていかないための監視やらであまり落ち着いた状況にはなかったこともあり、今回の旅については目的地の情報と移動手段くらいしか把握できていなかったのだろう。

 確かに、エルフの里に入るには生半可な準備では土台無理だ。向こうは縄張り意識も強く、外部からの侵入者に対して敏感であり、領域に踏み込んだ途端、殺意剥き出して襲いかかってくることも容易に想像できる。

 しかし、我には秘策があった。少々リスキーが過ぎるものではあるが、確実にアレフヘイムの森に立ち入ることができる方法だ。

「はん! 強行突破しかねえよなぁ!」

 とりあえずノイデスのことは無視するとして。

「案ずるな、オキザリス。今はまだ明かすことはできぬが、確実に里の中に入ることができる準備が整っておる」

 とだけ言っておく。不用意に明かすと、我にも危険が降りかかりかねないからな。

「……分かりました」

 オキザリスも、それ以上の追求はしない。それは主に対しての忖度か、それともその策に何か心当たりがあったのか。何にしても、ここでここにいるメンツに余計な疑心を生ませる結果にならずに済んだ。

 ※ ※ ※

 それから、何度か馬の休憩を挟みつつ、またその度にノイデスがギャーギャー騒ぎつつも、我ら一行を乗せた馬車は目的地であるアレフヘイムの森が見える丘までたどり着いた。

 一旦その場で馬車をとめ、一行は丘の上から森を見ることにした。

「あそこがミモザの故郷の森か」

 遠目から見て分かることは、かなり禍々しい魔力が森から漂ってきているということだろうか。さぞかし濃密な魔素が豊富な土壌なのだろう。まだ昼過ぎくらいの時間帯だというのに、森の周辺だけ夜の帳が降りてきているようにさえ見えた。

「ここまでは久しぶりにきましたが……やはり圧巻されますねぇ……」
「拙者には森のようにしか見えませんが、そんなに恐ろしいところなんですか?」
「はえー、木も草もボーボーじゃねぇか。よく分かんねぇけど」

 少々怯えた様子を見せるデニアとは対照的に、魔力を感知することのできないヤスミとノイデスの二人は何が凄いのか分かっていないようだ。
 おそらく、何処とも変わらない普通の森にしか見えていないのだろう。

「あの木と、その向こうの木が境界です。あの先はアレフヘイムとは違うエルフの縄張りになります」
 とデニアが遠くを指さしてみせるが――

「……それはどの木でしょうか?」
 といった感じで、オキザリスも困惑している。

 ちなみに我の目には、まるで炎のように立ち上る木が点々と生えているように見えている。エルフが意図的にマーキングしているのか、魔力の質が異なり、それぞれが目印として機能していることもよく見えた。
 他の連中には全部が同じ木に見えているらしい。

「なるほど……ドワーフの私でもよく分かります。あれがアレフヘイムの領域なのですな。いやはや、私も幾度かエルフの里と関わることはありましたが、あんなにも濃密で明瞭なマーキングは久しぶりに見ました」

 まともに見えているのは我とデニア、そしてサンシの三人だけか。
 ドワーフは魔力に長けているイメージはてんでなかったが、そういえば大賢者の眼鏡(ライブミラー)で覗いたとき、多少なり魔力を持っているのが見えていたな。

 我もいい加減、古い知識や情報に頼らん方がいいのだろうな。
 エルフは森から出てこない種族だとか、ドワーフは魔力が全くないだとか、そういうのももはや偏ったものでしかないのだ。

 いつまでも我が魔王などと名乗れぬように、時代も歴史も変わっていく。

 今から向かうアレフヘイムの森では、おそらくこれからそんな時の流れに取り残されて凝り固まった偏執と対面することになることは間違いない。

 例えミモザがいなかったとしても、ミモザの過去についても触れてしまうのかもしれない。何にせよ、あの森に立ち入ろうと決めたからには面白くないことがてんこ盛りだということだ。

「皆、慎重に、心してかかれよ」


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 ガタンゴトンと揺れる馬車は、なんともはや窮屈なものであった。
 この馬車には我と、従業員四人と、メイド一人の計六人が乗っておるのだからそれは当然と言えば当然ではあるのだが。
 今乗っているこの馬車は、貴族御用達のしっかりと内装まで凝った車両――などではなく、荷馬車に幌を張ったものに、ちょっと手を加えた程度のものだった。
 いつぞやレッドアイズ国に向かったときの馬車とは違い、はっきり言ってオンボロでみすぼらしい。せめて出発が昼ぐらいだったらもっとマシだったかもしれない。
 だが、できるだけ余計な時間は掛けたくはなかった。
 壊れないように補強と、全員が座れる丈夫なシートを設置するのが精一杯だった。これでもまあまあ時間を浪費してしまってはいるのだが。
「デニア。森までは後どのくらい掛かる?」
 痺れを切らして、我は御者の席に座り、馬の手綱を握るデニアに訊ねた。
「このペースなら半日も掛かりませんよぉ」
 おっとり口調で答える。その反面、馬はトコトコ走りではなく、若干の駆け足で飛ばしてもらっていた。あまり飛ばしていると体力配分の管理が難しいところだが、このデニア、何処で馬術を学んできたのか、かなり手慣れている。
 見た目とのギャップが違いすぎるな。褐色肌で、白髪で、おっぱいデカくて、のほほんとしたいかにもアホ面ぶらさげておいて、このデニアというエルフは存外なんでもできるらしい。うちの使用人に雇っておけばと今さら後悔する。
「半日ですか。それはまたかえって緊張してしまいますね」
 えへへと、そんな明るい笑顔を見せながら、手元で見たことのない小型のナイフのようなものを磨いていたのはヤスミだった。
 その表情とは裏腹に物騒なものを構えるじゃないか。今回の旅では危険も伴うだろう、とは言ったが、まさかそんな武装をしてくるとは思わなかったぞ。
 普段見ているヤスミからは想像もつかないような殺意を、今このとき我は肌で感じ取っていた。お前、いつもそんな殺気を消してるの? 凄くない?
「あぁーっ! もう! まどろっこしいぜ! もっと飛ばせよ!」
 馬車内をギッシギッシと揺らしているのは、言わずもがな、ノイデスだ。正直コイツの図体がデカいからこそこの馬車が狭くなっていると言っても過言ではない。
 むしろ、ノイデスがいたから馬車の手配に手間取った側面もあるくらいだ。
 さっきからやめろと何度か言っておったのだが、またノイデスは筋トレを再開する。こんなところで馬車が壊れたらどうするつもりなんだ。
 誰かこの黒光り筋肉デカ女をどうにかしてくれ……。
「あまり暴れないでくださいノイデスさん。また幌に穴が空きますよ」
 冷静沈着に声を掛けるのはサンシだ。この馬車の中では一際小さい。こういうときドワーフの背丈の低さは羨ましくは思う。まあ、今の我の背丈はサンシとそう変わらぬのだが。
 サンシは落ち着き払った様子で、ヤスミと同じく自分の手元の道具をメンテナンスしていた。こんな状況だというのに、ここまで冷静に振る舞えるのも凄い。
 見た目は小娘なのに、熟練の冒険者のオーラが見えてくるくらいだ。
「お嬢様。このままアレフヘイムの森に着いたとして、どのような手筈で入るのでしょうか。向こうは大変警戒心の強いエルフがいると伺っておりますが」
 キリっとした鋭い目からピシっと言葉が飛んでくる。うちのメイドのオキザリスだ。長旅用の私服も持っていないのか、相変わらずのメイド服だ。
 オキザリスは、ミモザ捜索の方面やら我が勝手にパエデロスを出ていかないための監視やらであまり落ち着いた状況にはなかったこともあり、今回の旅については目的地の情報と移動手段くらいしか把握できていなかったのだろう。
 確かに、エルフの里に入るには生半可な準備では土台無理だ。向こうは縄張り意識も強く、外部からの侵入者に対して敏感であり、領域に踏み込んだ途端、殺意剥き出して襲いかかってくることも容易に想像できる。
 しかし、我には秘策があった。少々リスキーが過ぎるものではあるが、確実にアレフヘイムの森に立ち入ることができる方法だ。
「はん! 強行突破しかねえよなぁ!」
 とりあえずノイデスのことは無視するとして。
「案ずるな、オキザリス。今はまだ明かすことはできぬが、確実に里の中に入ることができる準備が整っておる」
 とだけ言っておく。不用意に明かすと、我にも危険が降りかかりかねないからな。
「……分かりました」
 オキザリスも、それ以上の追求はしない。それは主に対しての忖度か、それともその策に何か心当たりがあったのか。何にしても、ここでここにいるメンツに余計な疑心を生ませる結果にならずに済んだ。
 ※ ※ ※
 それから、何度か馬の休憩を挟みつつ、またその度にノイデスがギャーギャー騒ぎつつも、我ら一行を乗せた馬車は目的地であるアレフヘイムの森が見える丘までたどり着いた。
 一旦その場で馬車をとめ、一行は丘の上から森を見ることにした。
「あそこがミモザの故郷の森か」
 遠目から見て分かることは、かなり禍々しい魔力が森から漂ってきているということだろうか。さぞかし濃密な魔素が豊富な土壌なのだろう。まだ昼過ぎくらいの時間帯だというのに、森の周辺だけ夜の帳が降りてきているようにさえ見えた。
「ここまでは久しぶりにきましたが……やはり圧巻されますねぇ……」
「拙者には森のようにしか見えませんが、そんなに恐ろしいところなんですか?」
「はえー、木も草もボーボーじゃねぇか。よく分かんねぇけど」
 少々怯えた様子を見せるデニアとは対照的に、魔力を感知することのできないヤスミとノイデスの二人は何が凄いのか分かっていないようだ。
 おそらく、何処とも変わらない普通の森にしか見えていないのだろう。
「あの木と、その向こうの木が境界です。あの先はアレフヘイムとは違うエルフの縄張りになります」
 とデニアが遠くを指さしてみせるが――
「……それはどの木でしょうか?」
 といった感じで、オキザリスも困惑している。
 ちなみに我の目には、まるで炎のように立ち上る木が点々と生えているように見えている。エルフが意図的にマーキングしているのか、魔力の質が異なり、それぞれが目印として機能していることもよく見えた。
 他の連中には全部が同じ木に見えているらしい。
「なるほど……ドワーフの私でもよく分かります。あれがアレフヘイムの領域なのですな。いやはや、私も幾度かエルフの里と関わることはありましたが、あんなにも濃密で明瞭なマーキングは久しぶりに見ました」
 まともに見えているのは我とデニア、そしてサンシの三人だけか。
 ドワーフは魔力に長けているイメージはてんでなかったが、そういえば|大賢者の眼鏡《ライブミラー》で覗いたとき、多少なり魔力を持っているのが見えていたな。
 我もいい加減、古い知識や情報に頼らん方がいいのだろうな。
 エルフは森から出てこない種族だとか、ドワーフは魔力が全くないだとか、そういうのももはや偏ったものでしかないのだ。
 いつまでも我が魔王などと名乗れぬように、時代も歴史も変わっていく。
 今から向かうアレフヘイムの森では、おそらくこれからそんな時の流れに取り残されて凝り固まった偏執と対面することになることは間違いない。
 例えミモザがいなかったとしても、ミモザの過去についても触れてしまうのかもしれない。何にせよ、あの森に立ち入ろうと決めたからには面白くないことがてんこ盛りだということだ。
「皆、慎重に、心してかかれよ」