表示設定
表示設定
目次 目次




2 馴れ初め(前)~「よ」は2回でOK~

ー/ー



 通話が終わり。
 男が端末をパチン、と折り畳むや否や。

「あのっ……――待ってました!」

 嬉しくて踊り回ろうとする心を抑えて。

「来てくれて、ありがとうございます……!」

 善夜は彼に向かって、精一杯の気持ちを込め頭を下げた。

 ***

 一昨日。
 罵詈雑言の彫られた善夜の机の上にあったのは、カラフルにラッピングされた小さな箱。

 中には『取引契約書』と『招聘理由書』、説明書が入っていた。
 説明書に従って、名前と願い事を書いた。

 そうして箱の中に入れておけば、翌々日に願いが叶えられるらしい。

 ***

 半信半疑だった。
 いや、3割ぐらいしか信じていなかった。

 それがまさかのまさか。
 『契約』が、本当だったとは。
 しかも、人が来た。

 なぜ世界が止まっているのか、彼は何者なのか――気になることは多々あるが、長年の夢が叶うことがそれ以上に嬉しい。

「……どんなふうにお願いを叶えてくれるのか、想像もできないけど……その……」

 期待と緊張と興奮でしどろもどろになりながら、

「よろしくおねがっ……」

 さらに頭を深く下げたところ、尻がフェンスにぶつかった。
 その反動で前のめりに――男の腹に頭突きをかましてしまった。

 硬い。そして痛い。
 いや、それどころではない。

「ごごごごめんなさい……!!」

 恐れおののき謝る善夜を、彼は無表情に見下ろしている。
 足元を歩いているアリを見るような――何の感情もない目つきで。

(あれ……なんか、ヘンな人……?)

 内心で戸惑いながらも、善夜は愛想笑いでやり過ごすことにした。
 ややあって、

「こちらこそ、よろしくお願いいたします」

 善夜の『失態』などなかったように。
 彼は淡々と返した。

 ***

 「――こちらをご確認ください」

 続いて彼が差し出したのは、黒地に白い文字の印刷されたカードだった。
 善夜は受け取り、その黒いカードをじっと見つめる。

(名刺、かな……?)

 そう思いつつ、善夜はカードを読み上げていく。

「まかい、がい……ざい……」
「――魔界外在留管理局の者です」

 苦戦する様子を見かねてか、男・オフィサーは簡潔に名乗った。

「簡潔に申し上げますと、『魔界の公務員』です」
「ま、魔界の……公務員……」

魔界という世界があって、そこには『願いを叶えてくれる役所』がある、ということだろうか。
 それよりも、

(公務員だから、『オフィサー』さん……?)

 それは彼の本名なのか、仕事上の名前なのか。
 気になりつつ、善夜は目の前の男を怖々ながらも改めて見上げた。

 かなり背が高い。
 自分の身長が160センチぐらいだから、彼は180センチを優に超えていることになる。
 見上げすぎて首の後ろが痛い。

「内容はご確認いただけたでしょうか?」
「あっ……」

 オフィサーの声で我に返った善夜は、すぐにカードに視線を戻す。
 細かい文字にもカードの裏にもまだ目を通していない。
 ――が、雰囲気に飲まれコクンと頷いてしまった。

「では、確認します」

 言いながらオフィサーは、彼女の手からカードをさっと取り上げた。

(名刺じゃなかったの……!?)

 眉をひそめる善夜をよそに、彼はカードの裏表に目を通している。
 何のためのやり取りだったのだろうか。

 奇妙といえば、オフィサーの装備もそうだ。

 軍服のような黒い制服に、黒い皮手袋。
 腰の剣帯には同じく、真っ黒な剣と折りたたみ式の端末と――何に使うのかわからない扉型のキーホルダーのようなものが吊ってある。

 彼自身の纏う空気も、この世界とは違う匂いが感じられた。

「――あなたのお名前を聞いています」
「あっ……!」

 気が付くと、カードを上着の内側にしまいながらオフィサーがこちらを見ていた。

「よ、善夜……です」
「ヨヨヨさん」
「善夜、です!」
「善夜さん」

 彼はようやく正解してくれた。

「――あなたには私の公務を代行していただきます」

 続けて伝えられたのは、わけのわからない依頼だった。

「こうむを、だいこう……?」

 善夜はきょとんとした顔で彼を見上げる。

(公務を代行ってなに? っていうか、『願いごと』は……!?)

 聞き返す間もなく、オフィサーがこちらに向かって手を差し伸べてきた。

 初対面でいきなり叩くことなんか、あるはずないのに。
 反射的に、善夜は自分を庇うように両手を上げて目をぎゅっと閉じた。

 直後に感じたのは、右手を掴まれたような強めの圧迫感と温かさだった。
 その熱が腕を伝い、肩を通り、全身に広がっていく感覚。
 まるで、何かと接続されるような……

 自分の中の奥深くで――歯車が噛み合う音が聞こえた気がした。

「……」

 それだけだった。
 沈黙に耐えられず怖々と目を開ける。

「あれ? えっ……!?」

 オフィサーの姿がない。
 慌てて周囲を見回すと、目に入ったのは――
 いつの間に発生したのか、そこかしこに発生した謎のモヤだった。

 善夜が立っている屋上だけではない。
 園庭にも、周囲の建物や道路にも――自分の周りにも。
 雨雲を薄く引き伸ばしたような鈍色が、音もなく漂っている。
 温度や匂いは特にない。

 しいて挙げるとすれば、僅かにピリッとした感覚が鼻をつき――心に少し陰が差す。
 
 不意に、かすかな金属臭が運ばれてきた。
 全部止まっているはずなのに。

「……な、なに……?」
『――どちらについてのご質問でしょうか?』
「わあっ!?」

 突然すぐ近く――というか自分の中からオフィサーの声が聞こえた。

「えっ……お……」

 ――「オフィサーさん、どこにいるの!?」

 そう尋ねようとした矢先。
 右手がグン、と大きく上がった。
 驚くよりも先に響いた金属音に、善夜は思わず目を閉じて、

(今度は何なの……!?)

 そっと目を開けて――音のした方向をうかがい見て、目を剥いて絶句した。

 上がったままの自分の右手に、剣が握られている。
 オフィサーの剣帯に吊ってあったものだ。

「なに……これ……!?」
『この剣は無彩剣(アーテル)といいます』
(そういう意味じゃなくてっ……)

 またしても心の中でツッコミを入れて、口では「はあ……」と相づちを打ちつつ。
 オフィサーの声が『無彩剣』と呼んだものを、善夜はまじまじと眺めた。

 柄から剣先まで黒一色。
 光すら反射しないそれは、剣の輪郭をした底なしの暗闇を思わせた。
 重さは感じないが、不思議と手に馴染む感触がある。

 腰には――今気づいたが、彼が装備していた剣帯が巻かれていた。
 折り畳み式の黒い端末と、小さな扉を模したキーホルダーのようなものも吊ってある。
 ――と、

『動かないでください』

 不意にオフィサーの声がした直後。
 屋上の向こう――20メートルぐらい先から、一筋の銀色が飛んできた。

 鎖だった。

 風切り音とともに真っ直ぐ飛んでくる。
 同時に善夜の右腕がひとりでに動き――

「えぇえっ!?」

 振るわれた剣が、ぎんっ! と弾き飛ばした。

 もちろん彼女にそんな技術はない。
 肩も肘も手首も関節も――自分の腕なのに、自分の知らない滑らかな動きをする。

(なんで……!?)
『集中してください。大群が来ます』

 オフィサーの声が、淡々と怖いことを告げた。


スタンプを贈って作者を応援しよう!



みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 通話が終わり。
 男が端末をパチン、と折り畳むや否や。
「あのっ……――待ってました!」
 嬉しくて踊り回ろうとする心を抑えて。
「来てくれて、ありがとうございます……!」
 善夜は彼に向かって、精一杯の気持ちを込め頭を下げた。
 ***
 一昨日。
 罵詈雑言の彫られた善夜の机の上にあったのは、カラフルにラッピングされた小さな箱。
 中には『取引契約書』と『招聘理由書』、説明書が入っていた。
 説明書に従って、名前と願い事を書いた。
 そうして箱の中に入れておけば、翌々日に願いが叶えられるらしい。
 ***
 半信半疑だった。
 いや、3割ぐらいしか信じていなかった。
 それがまさかのまさか。
 『契約』が、本当だったとは。
 しかも、人が来た。
 なぜ世界が止まっているのか、彼は何者なのか――気になることは多々あるが、長年の夢が叶うことがそれ以上に嬉しい。
「……どんなふうにお願いを叶えてくれるのか、想像もできないけど……その……」
 期待と緊張と興奮でしどろもどろになりながら、
「よろしくおねがっ……」
 さらに頭を深く下げたところ、尻がフェンスにぶつかった。
 その反動で前のめりに――男の腹に頭突きをかましてしまった。
 硬い。そして痛い。
 いや、それどころではない。
「ごごごごめんなさい……!!」
 恐れおののき謝る善夜を、彼は無表情に見下ろしている。
 足元を歩いているアリを見るような――何の感情もない目つきで。
(あれ……なんか、ヘンな人……?)
 内心で戸惑いながらも、善夜は愛想笑いでやり過ごすことにした。
 ややあって、
「こちらこそ、よろしくお願いいたします」
 善夜の『失態』などなかったように。
 彼は淡々と返した。
 ***
 「――こちらをご確認ください」
 続いて彼が差し出したのは、黒地に白い文字の印刷されたカードだった。
 善夜は受け取り、その黒いカードをじっと見つめる。
(名刺、かな……?)
 そう思いつつ、善夜はカードを読み上げていく。
「まかい、がい……ざい……」
「――魔界外在留管理局の者です」
 苦戦する様子を見かねてか、男・オフィサーは簡潔に名乗った。
「簡潔に申し上げますと、『魔界の公務員』です」
「ま、魔界の……公務員……」
魔界という世界があって、そこには『願いを叶えてくれる役所』がある、ということだろうか。
 それよりも、
(公務員だから、『オフィサー』さん……?)
 それは彼の本名なのか、仕事上の名前なのか。
 気になりつつ、善夜は目の前の男を怖々ながらも改めて見上げた。
 かなり背が高い。
 自分の身長が160センチぐらいだから、彼は180センチを優に超えていることになる。
 見上げすぎて首の後ろが痛い。
「内容はご確認いただけたでしょうか?」
「あっ……」
 オフィサーの声で我に返った善夜は、すぐにカードに視線を戻す。
 細かい文字にもカードの裏にもまだ目を通していない。
 ――が、雰囲気に飲まれコクンと頷いてしまった。
「では、確認します」
 言いながらオフィサーは、彼女の手からカードをさっと取り上げた。
(名刺じゃなかったの……!?)
 眉をひそめる善夜をよそに、彼はカードの裏表に目を通している。
 何のためのやり取りだったのだろうか。
 奇妙といえば、オフィサーの装備もそうだ。
 軍服のような黒い制服に、黒い皮手袋。
 腰の剣帯には同じく、真っ黒な剣と折りたたみ式の端末と――何に使うのかわからない扉型のキーホルダーのようなものが吊ってある。
 彼自身の纏う空気も、この世界とは違う匂いが感じられた。
「――あなたのお名前を聞いています」
「あっ……!」
 気が付くと、カードを上着の内側にしまいながらオフィサーがこちらを見ていた。
「よ、善夜……です」
「ヨヨヨさん」
「善夜、です!」
「善夜さん」
 彼はようやく正解してくれた。
「――あなたには私の公務を代行していただきます」
 続けて伝えられたのは、わけのわからない依頼だった。
「こうむを、だいこう……?」
 善夜はきょとんとした顔で彼を見上げる。
(公務を代行ってなに? っていうか、『願いごと』は……!?)
 聞き返す間もなく、オフィサーがこちらに向かって手を差し伸べてきた。
 初対面でいきなり叩くことなんか、あるはずないのに。
 反射的に、善夜は自分を庇うように両手を上げて目をぎゅっと閉じた。
 直後に感じたのは、右手を掴まれたような強めの圧迫感と温かさだった。
 その熱が腕を伝い、肩を通り、全身に広がっていく感覚。
 まるで、何かと接続されるような……
 自分の中の奥深くで――歯車が噛み合う音が聞こえた気がした。
「……」
 それだけだった。
 沈黙に耐えられず怖々と目を開ける。
「あれ? えっ……!?」
 オフィサーの姿がない。
 慌てて周囲を見回すと、目に入ったのは――
 いつの間に発生したのか、そこかしこに発生した謎のモヤだった。
 善夜が立っている屋上だけではない。
 園庭にも、周囲の建物や道路にも――自分の周りにも。
 雨雲を薄く引き伸ばしたような鈍色が、音もなく漂っている。
 温度や匂いは特にない。
 しいて挙げるとすれば、僅かにピリッとした感覚が鼻をつき――心に少し陰が差す。
 不意に、かすかな金属臭が運ばれてきた。
 全部止まっているはずなのに。
「……な、なに……?」
『――どちらについてのご質問でしょうか?』
「わあっ!?」
 突然すぐ近く――というか自分の中からオフィサーの声が聞こえた。
「えっ……お……」
 ――「オフィサーさん、どこにいるの!?」
 そう尋ねようとした矢先。
 右手がグン、と大きく上がった。
 驚くよりも先に響いた金属音に、善夜は思わず目を閉じて、
(今度は何なの……!?)
 そっと目を開けて――音のした方向をうかがい見て、目を剥いて絶句した。
 上がったままの自分の右手に、剣が握られている。
 オフィサーの剣帯に吊ってあったものだ。
「なに……これ……!?」
『この剣は|無彩剣《アーテル》といいます』
(そういう意味じゃなくてっ……)
 またしても心の中でツッコミを入れて、口では「はあ……」と相づちを打ちつつ。
 オフィサーの声が『無彩剣』と呼んだものを、善夜はまじまじと眺めた。
 柄から剣先まで黒一色。
 光すら反射しないそれは、剣の輪郭をした底なしの暗闇を思わせた。
 重さは感じないが、不思議と手に馴染む感触がある。
 腰には――今気づいたが、彼が装備していた剣帯が巻かれていた。
 折り畳み式の黒い端末と、小さな扉を模したキーホルダーのようなものも吊ってある。
 ――と、
『動かないでください』
 不意にオフィサーの声がした直後。
 屋上の向こう――20メートルぐらい先から、一筋の銀色が飛んできた。
 鎖だった。
 風切り音とともに真っ直ぐ飛んでくる。
 同時に善夜の右腕がひとりでに動き――
「えぇえっ!?」
 振るわれた剣が、ぎんっ! と弾き飛ばした。
 もちろん彼女にそんな技術はない。
 肩も肘も手首も関節も――自分の腕なのに、自分の知らない滑らかな動きをする。
(なんで……!?)
『集中してください。大群が来ます』
 オフィサーの声が、淡々と怖いことを告げた。