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第15話 朝って本当に大変!

ー/ー



「お邪魔しまぁす」
 アカネはそんなことを言って、ベランダからぼくの個室へと入ると、ベッドにあがった。

「ほ、本当にいっしょに眠る気?」
「そうだよー。でも、眠るだけだからねー。えっちなことをしたら、だめだよー」
「そんなこと、しないって」

 ——あぁ、でもこれでまた、眠れなくなっちゃうかも……。
 ぼくは、アカネの隣にあがると、横になった。
 背中を向けると、布団をかける。

 アカネが動いた気配はするが、体は密着させてはこなかった。
 ただ——背中の首筋に、息を吹きかけられた。
 ぼくは肩をすくめるが、何も言わなかった。

 どきどきする。
 村では、こうして何度もアカネにベッドに潜り込まれたことがある。
 ぼくとしては、出来る限り、距離を取ろうとしているのに、アカネはまったく、お構いなしだった。

「ね、ジンくんには本当、感謝しているんだー」
「な、何が?」
「あたしはねー、人生に特に何の目標もなかったから。ジンくんやチカちゃんと、一緒に笑って過ごせたら、それでいいって思っていたのー。だから、ジンくんがアリアンフロッドになりたいって言い出した時は、びっくりしちゃってー」

「そんな大したことじゃないよ」
「ううん。ジンくんが、あたしに人生の目標をくれたんだよー。ただ、いっしょにいるだけじゃ、何にもできない。はじまらないってねー」
「ぼくは——姉さんには、その……」

 感謝している……と声をかけようとするが、言葉が出てこなかった。
 今さら、アカネに正面から言うのは恥ずかしいと思ったし、彼女への感情は、そんな簡単なひと言では、とても言い表すことの出来ないものだ、と感じたからでもある。

「ジンくん……あのね。父さんがいなくなって、それから、セリカ姉もいなくなっちゃって、ああ、また居場所がなくなっちゃう。みんな、あたしのところから、いなくなっちゃうんだって、少し落ち込んでいたの。でも、それは違うんだよねー」
 セリカ姉——チカの姉であり、ぼくたちの育ての母のような存在だ。
 トップクラスのアリアンフロッドでありながら、一時期、ぼくたちを育てるために引退していたのだけど、その後、復帰している。

 だが、その彼女は間もなく、失踪してしまった。
 “塔の天辺で待つ——”
 置き手紙と呼んでいいのかわからないけど、その言葉だけが書きつけられた紙片だけを残して、彼女は旅立ってしまった。

 実際、彼女が塔のなかへと入っていったのは、他のアリアンフロッドによって目撃されている。
 他の人々は、セリカはもう、塔のなかで亡くなってしまっている、と話していたが、ぼくたちはまったく信じなかった。

 ことあるごとに、セリカ姉は塔のことを——特に、天辺にあるという、別世界について、語っていた。
 どうして、彼女が突然、旅立ってしまったのか、は謎だけど、セリカは絶対に、塔の天辺に至っているに違いない。

 だから、葬式もあげていない。
 彼女は今も、塔の天辺で待ち続けているのだ。
 それが、ぼくたちがアリアンフロッドとなって、塔を目指している理由のひとつでもあった。

「やっぱり、居場所は自分で見つけなきゃー。でも、それは簡単じゃないんだよねー。あたしたちが、こうしている間も、誰かがどこかで、居場所をなくしかけている人がいるかもしれない。それなら、あたしたちが、その力添えをしてあげなきゃって」
 アカネっぽいな、と聞きながら、ぼくは思った。
 動機はそれぞれだけど、共にアリアンフロッドを目指し、頑張っているのだ。

「ジンくん? 眠くなっちゃったのかなー。お姉さんも、なんだか……」
 次第に、アカネの声が遠くから聞こえるように、小声になっていった。
 背後で、もぞり、とアカネが動く気配があったが、ぼくにはそれを追いかけることができなかった。
 目蓋が重い。

 そして、おでこに柔らかいものが触れる感覚がした。
「じゃ、ジンくん。おやすみー……」
 その声が聞こえるのと同時に、ぼくの意識は途切れていった。

 □       ■   △

「ジンくん……起きてぇ……」
 耳もとで、甘ったるい声がした。
 ぼくは、瞬きをする。

 いつもなら、目覚めるのと同時に、ベッドから飛び起きるのに、今朝に限っては身体が動かない。
 アカネを起こすのだって、いつもはぼくがしているのだから、こんな風に逆になるのは、いつの日以来のことだろう。

「う~ん、姉さん……」
「私はアカネじゃないですけど、もう起きたほうがいいのではなくて?」
 そこで、ぼくはぱちり、と目を覚ました。

 目の前で添い寝をしているのは、チカだった。
 寝間着姿のまま、頬杖をついて、ぼくの顔を見下ろしている。
 ——えっ……。
 どういう状況なのだろう。

「姉弟で本当に、仲のいいことですわねー。妬けてきちゃうわぁ」
 棒読みで、チカがそう言う。

 背中にぴったりと身体を寄せてきているのは、アカネだった。
 ふたりに身体を挟まれるようにして、ぼくは寝ていたらしい。
 どういうことだか、チカが不機嫌だ。

「いでででで……」
 頬をぎゅっとつねられて、ようやく、ぼくはベッドから起き上がった。


「眠れましたか?」
 それから、数時間後——。
 ぼくたちは、広い部屋でリーリアさん、レイドリフさんの老夫婦といっしょに、円卓の席についていた。
 円卓の向こうには、暖炉があり、そこでも料理を温めることができるようになっていた。
 壁は一方の側がガラス窓で、その向こうは温室だった。
 色とりどりの植物を眺めながら、食事を楽しめるようになっている。

 リーリアさんとレイドリフさんだけど、このふたりは兄妹のように、本当にそっくりだった。
 ふたりとも、紅葉色の髪に、褐色の瞳の持ち主だった。
 年齢は、かなりの高齢のようだった。
 聞くのも失礼だから口にはしないけど、ぼくたちとは孫どころか、曾孫ぐらいの年齢差があるのかもしれない。
 痩せていて、少し、腰が曲がっているのも同じだ。

 表情は優しそうで、いつも、にこやかな笑顔を浮かべている。
 茶色のベストに、黒いダブルのジャケットを羽織り、膝までのパンツに長いブーツを履いている。
 刺繍もきっちりと入っていて、貴族の服らしい。

 三度の食事の時は、ぼくたちはリーリアさんとレイドリフさんと摂るようにしている。
 ふたりとも、色々と気を遣ってくれていて、食事の時は給仕はなしで、などと申し出てくれてもいた。

 そこまでされるのは、申し訳ない気もするのだけど、ぼくたちは夫婦にかなり気に入られているみたいだった。
 この王都ファル=ナルシオンに到着した時、この邸宅を訪れて、夫婦に挨拶したのだけど、リーリアさんなんて、感動してアカネに抱きついたくらいだった。

 今日の朝食は、トーストにベーコンを載せたものと、スクランブルエッグ、それに紅茶だった。
 チカは肉料理がだめなので、トーストはベーコンではなく、バターとハチミツを塗ったもの、スクランブルエッグの代わりに、焼きとまとだった。
「……えぇ、まぁ。睡眠時間はしっかり、取れたと思います」
 ぼくは、少し、引きつった笑顔を浮かべながら、答えた。

 チカは朝が苦手——というか、もともと、寝起きは悪いほうなんだけど、今朝はいつもに増して、不機嫌みたいだ。
 まぁ、いつものこと、と言えば、いつものことなんだけどね。

 食事を終えると、「ジンライさん。もう一度、懐中時計を見せてもらえるかしら」と言われた。
「え? あぁ……はい」
 ぼくは、上衣の胸ポケットにしまっておいた懐中時計を取り出した。
 自分になんて、懐中時計は似合わないと思うんだけど、アカネに言われて、ぼくは常に持ち歩くようにしていた。
 アカツキがそうしていたから、というのが理由みたいなんだけど、この間の”初心者殺しの小迷宮”に放り込まれた時もなくさなかったので、ちょっとほっとしていた。
 これで、なくしたり、壊してしまったりしたら、アカネに見せる顔がない。

 懐中時計は、ぼくたちがはじめて、ウォルグレンさんの邸宅を訪れた時も、夫婦がとても興味を示していたものだ。
 アンティークに目がない——ということらしかったが、そんなに珍しいものなのだろうか。
 値打ちにすると、そんなに高いものではなかったはずだったけど。

 レイドリフさんが頷き、食卓とは別のテーブルから、用意していたらしいケースを持ってきた。
 蓋を開き、ぼくたちに見せるようにする。
 なかに入っていたのは、銀色の長い鎖と、その尖端に金具が取り付けられたものだ。

「あー、それって、懐中時計用のチェーンですよねー」
 アカネが言った。
「ええ、そうよ。これがあると、なくさないと思うんだけど、どうかしら」
「え……でも、そんなことまでして頂けるだなんて」
「気になさらないで。アカツキさんと、セリカさんには、私たちもずいぶんとお世話して貰いましたから」

 ぼくは、アカネを見た。
「いいんじゃないー。ウォルグレンさんとは、これからも長い付き合いになりそうだしねー。それにお姉さん、そのチェーンをしているところ、見てみたいなー」
 あまり考えてなさそうに、アカネが言った。

 ——いいのかな?
 でも、せっかく用意してくれているのに、断るのもなんだか、失礼な気もする。
 それなら、ぼくたちも正式にアリアンフロッドになったのだから、何らかの形で返していけばいいのだろう。

 リーリアさんに、懐中時計を手渡した。
 すると、彼女は慣れた手つきで、チェーンの尖端の金具をぼくの衣服のボタン穴に通し、さらにポケットにクリップを噛ませると、反対側の金具を竜頭に留めた。
 これで、懐中時計はよほどのことがない限り、ぼくの衣服からは落ちなくなる。

 最後に、リーリアさんは、両手で懐中時計を大切そうに持つと、それをポケットに入れてくれた。
 アカネとチカが、ぼくに近づいてきた。
 鎖を弄ったり、懐中時計を取り出したりする。

「お……おい」
 そんなぼくたちを見て、リーリアさんが微笑んだ。
 レイドリフさんも、声には出さないけど、表情を穏やかにしていた。




みんなのリアクション

「お邪魔しまぁす」
 アカネはそんなことを言って、ベランダからぼくの個室へと入ると、ベッドにあがった。
「ほ、本当にいっしょに眠る気?」
「そうだよー。でも、眠るだけだからねー。えっちなことをしたら、だめだよー」
「そんなこと、しないって」
 ——あぁ、でもこれでまた、眠れなくなっちゃうかも……。
 ぼくは、アカネの隣にあがると、横になった。
 背中を向けると、布団をかける。
 アカネが動いた気配はするが、体は密着させてはこなかった。
 ただ——背中の首筋に、息を吹きかけられた。
 ぼくは肩をすくめるが、何も言わなかった。
 どきどきする。
 村では、こうして何度もアカネにベッドに潜り込まれたことがある。
 ぼくとしては、出来る限り、距離を取ろうとしているのに、アカネはまったく、お構いなしだった。
「ね、ジンくんには本当、感謝しているんだー」
「な、何が?」
「あたしはねー、人生に特に何の目標もなかったから。ジンくんやチカちゃんと、一緒に笑って過ごせたら、それでいいって思っていたのー。だから、ジンくんがアリアンフロッドになりたいって言い出した時は、びっくりしちゃってー」
「そんな大したことじゃないよ」
「ううん。ジンくんが、あたしに人生の目標をくれたんだよー。ただ、いっしょにいるだけじゃ、何にもできない。はじまらないってねー」
「ぼくは——姉さんには、その……」
 感謝している……と声をかけようとするが、言葉が出てこなかった。
 今さら、アカネに正面から言うのは恥ずかしいと思ったし、彼女への感情は、そんな簡単なひと言では、とても言い表すことの出来ないものだ、と感じたからでもある。
「ジンくん……あのね。父さんがいなくなって、それから、セリカ姉もいなくなっちゃって、ああ、また居場所がなくなっちゃう。みんな、あたしのところから、いなくなっちゃうんだって、少し落ち込んでいたの。でも、それは違うんだよねー」
 セリカ姉——チカの姉であり、ぼくたちの育ての母のような存在だ。
 トップクラスのアリアンフロッドでありながら、一時期、ぼくたちを育てるために引退していたのだけど、その後、復帰している。
 だが、その彼女は間もなく、失踪してしまった。
 “塔の天辺で待つ——”
 置き手紙と呼んでいいのかわからないけど、その言葉だけが書きつけられた紙片だけを残して、彼女は旅立ってしまった。
 実際、彼女が塔のなかへと入っていったのは、他のアリアンフロッドによって目撃されている。
 他の人々は、セリカはもう、塔のなかで亡くなってしまっている、と話していたが、ぼくたちはまったく信じなかった。
 ことあるごとに、セリカ姉は塔のことを——特に、天辺にあるという、別世界について、語っていた。
 どうして、彼女が突然、旅立ってしまったのか、は謎だけど、セリカは絶対に、塔の天辺に至っているに違いない。
 だから、葬式もあげていない。
 彼女は今も、塔の天辺で待ち続けているのだ。
 それが、ぼくたちがアリアンフロッドとなって、塔を目指している理由のひとつでもあった。
「やっぱり、居場所は自分で見つけなきゃー。でも、それは簡単じゃないんだよねー。あたしたちが、こうしている間も、誰かがどこかで、居場所をなくしかけている人がいるかもしれない。それなら、あたしたちが、その力添えをしてあげなきゃって」
 アカネっぽいな、と聞きながら、ぼくは思った。
 動機はそれぞれだけど、共にアリアンフロッドを目指し、頑張っているのだ。
「ジンくん? 眠くなっちゃったのかなー。お姉さんも、なんだか……」
 次第に、アカネの声が遠くから聞こえるように、小声になっていった。
 背後で、もぞり、とアカネが動く気配があったが、ぼくにはそれを追いかけることができなかった。
 目蓋が重い。
 そして、おでこに柔らかいものが触れる感覚がした。
「じゃ、ジンくん。おやすみー……」
 その声が聞こえるのと同時に、ぼくの意識は途切れていった。
 □       ■   △
「ジンくん……起きてぇ……」
 耳もとで、甘ったるい声がした。
 ぼくは、瞬きをする。
 いつもなら、目覚めるのと同時に、ベッドから飛び起きるのに、今朝に限っては身体が動かない。
 アカネを起こすのだって、いつもはぼくがしているのだから、こんな風に逆になるのは、いつの日以来のことだろう。
「う~ん、姉さん……」
「私はアカネじゃないですけど、もう起きたほうがいいのではなくて?」
 そこで、ぼくはぱちり、と目を覚ました。
 目の前で添い寝をしているのは、チカだった。
 寝間着姿のまま、頬杖をついて、ぼくの顔を見下ろしている。
 ——えっ……。
 どういう状況なのだろう。
「姉弟で本当に、仲のいいことですわねー。妬けてきちゃうわぁ」
 棒読みで、チカがそう言う。
 背中にぴったりと身体を寄せてきているのは、アカネだった。
 ふたりに身体を挟まれるようにして、ぼくは寝ていたらしい。
 どういうことだか、チカが不機嫌だ。
「いでででで……」
 頬をぎゅっとつねられて、ようやく、ぼくはベッドから起き上がった。
「眠れましたか?」
 それから、数時間後——。
 ぼくたちは、広い部屋でリーリアさん、レイドリフさんの老夫婦といっしょに、円卓の席についていた。
 円卓の向こうには、暖炉があり、そこでも料理を温めることができるようになっていた。
 壁は一方の側がガラス窓で、その向こうは温室だった。
 色とりどりの植物を眺めながら、食事を楽しめるようになっている。
 リーリアさんとレイドリフさんだけど、このふたりは兄妹のように、本当にそっくりだった。
 ふたりとも、紅葉色の髪に、褐色の瞳の持ち主だった。
 年齢は、かなりの高齢のようだった。
 聞くのも失礼だから口にはしないけど、ぼくたちとは孫どころか、曾孫ぐらいの年齢差があるのかもしれない。
 痩せていて、少し、腰が曲がっているのも同じだ。
 表情は優しそうで、いつも、にこやかな笑顔を浮かべている。
 茶色のベストに、黒いダブルのジャケットを羽織り、膝までのパンツに長いブーツを履いている。
 刺繍もきっちりと入っていて、貴族の服らしい。
 三度の食事の時は、ぼくたちはリーリアさんとレイドリフさんと摂るようにしている。
 ふたりとも、色々と気を遣ってくれていて、食事の時は給仕はなしで、などと申し出てくれてもいた。
 そこまでされるのは、申し訳ない気もするのだけど、ぼくたちは夫婦にかなり気に入られているみたいだった。
 この王都ファル=ナルシオンに到着した時、この邸宅を訪れて、夫婦に挨拶したのだけど、リーリアさんなんて、感動してアカネに抱きついたくらいだった。
 今日の朝食は、トーストにベーコンを載せたものと、スクランブルエッグ、それに紅茶だった。
 チカは肉料理がだめなので、トーストはベーコンではなく、バターとハチミツを塗ったもの、スクランブルエッグの代わりに、焼きとまとだった。
「……えぇ、まぁ。睡眠時間はしっかり、取れたと思います」
 ぼくは、少し、引きつった笑顔を浮かべながら、答えた。
 チカは朝が苦手——というか、もともと、寝起きは悪いほうなんだけど、今朝はいつもに増して、不機嫌みたいだ。
 まぁ、いつものこと、と言えば、いつものことなんだけどね。
 食事を終えると、「ジンライさん。もう一度、懐中時計を見せてもらえるかしら」と言われた。
「え? あぁ……はい」
 ぼくは、上衣の胸ポケットにしまっておいた懐中時計を取り出した。
 自分になんて、懐中時計は似合わないと思うんだけど、アカネに言われて、ぼくは常に持ち歩くようにしていた。
 アカツキがそうしていたから、というのが理由みたいなんだけど、この間の”初心者殺しの小迷宮”に放り込まれた時もなくさなかったので、ちょっとほっとしていた。
 これで、なくしたり、壊してしまったりしたら、アカネに見せる顔がない。
 懐中時計は、ぼくたちがはじめて、ウォルグレンさんの邸宅を訪れた時も、夫婦がとても興味を示していたものだ。
 アンティークに目がない——ということらしかったが、そんなに珍しいものなのだろうか。
 値打ちにすると、そんなに高いものではなかったはずだったけど。
 レイドリフさんが頷き、食卓とは別のテーブルから、用意していたらしいケースを持ってきた。
 蓋を開き、ぼくたちに見せるようにする。
 なかに入っていたのは、銀色の長い鎖と、その尖端に金具が取り付けられたものだ。
「あー、それって、懐中時計用のチェーンですよねー」
 アカネが言った。
「ええ、そうよ。これがあると、なくさないと思うんだけど、どうかしら」
「え……でも、そんなことまでして頂けるだなんて」
「気になさらないで。アカツキさんと、セリカさんには、私たちもずいぶんとお世話して貰いましたから」
 ぼくは、アカネを見た。
「いいんじゃないー。ウォルグレンさんとは、これからも長い付き合いになりそうだしねー。それにお姉さん、そのチェーンをしているところ、見てみたいなー」
 あまり考えてなさそうに、アカネが言った。
 ——いいのかな?
 でも、せっかく用意してくれているのに、断るのもなんだか、失礼な気もする。
 それなら、ぼくたちも正式にアリアンフロッドになったのだから、何らかの形で返していけばいいのだろう。
 リーリアさんに、懐中時計を手渡した。
 すると、彼女は慣れた手つきで、チェーンの尖端の金具をぼくの衣服のボタン穴に通し、さらにポケットにクリップを噛ませると、反対側の金具を竜頭に留めた。
 これで、懐中時計はよほどのことがない限り、ぼくの衣服からは落ちなくなる。
 最後に、リーリアさんは、両手で懐中時計を大切そうに持つと、それをポケットに入れてくれた。
 アカネとチカが、ぼくに近づいてきた。
 鎖を弄ったり、懐中時計を取り出したりする。
「お……おい」
 そんなぼくたちを見て、リーリアさんが微笑んだ。
 レイドリフさんも、声には出さないけど、表情を穏やかにしていた。