10話 君と僕の小夜曲―1
ー/ー「おぉすっかり治ってますね」と手をぷにぷにと押して傷を確認する結野。
「あと1週間だけど大丈夫なの?」
「えぇまああの人のことです。きっと大丈夫ですよ。私なんかよりずっと上手ですし」
「だといいんだけどねぇ……」
「何か気になることでもあるんですか?」
ある。あるにはあるんだけど、どうしたらいいかよく分からない状況だった。これまで麗華はたまにお昼に教室へやって来る程度だったのに最近では毎日のようにやって来る。
ただでさえ人目を集めるのに僕の所に積極的に訪れるとなれば、どうなるかなんて目に見えている。
やれ恋人だの恋仲だのとヒソヒソと話が聞こえてくる。僕としてはいつ恋人になったかなんて知らないし、そもそもそういった事には疎いんだ。だから話題に関してやめて欲しいんだけど……そう信じてしまうのも無理はなかった。
「ねぇ芳? これも食べない? ほら口を開けて、あーんよ。上手にできるかしら」
顔から火が出そうだ。これまでもこうして昼食を食べる機会はあったけど、それはただ単に雑談をしながら食べる程度。これに関しては初々しい恋人たちの有様じゃないか!! 前にも似たようなことはあったけど、それは餌付けみたいな感じだったのに。今じゃメロメロのカップル。ただ僕の顔色が優れないことは届いているのか、多少同情の声もあがる。本当に多少程度だ。大半の人たちは羨ましいだのご褒美だの話している。
それだけじゃ飽き足らず、かなりの頻度でスキンシップをするようになった。何かとあれば手を重ねてこようとするし……と、まあ僕が思い出してからは人がまるで変わってしまったのだ。
「そうそう、ピアノはうまくいってるってさ」
「そうなんですか!? もうスランプを抜けたんですか!」
「スランプとは言ってなかったけど、すごくいい音が鳴ってるってよく口にしてたかな」
「あの人の音楽感覚ってよくわからないんですよね。たしかに言わんとすることは分かるんですが、どこか真似できない感じが……」
「やっぱりライバルとして見ちゃうの?」
「えぇまあそうですね。ライバルでもありますし私の持っていない才能がある分、羨ましさと尊敬もありますよ」
「へぇそんなこと麗華も言っていたような気がするね。お互い尊敬し合ってるんだね」
「……む」
突然ジト目になり僕を見つめてくる。何かまずいことを言ったかな? 言ってない気がするぞ! ここ最近女性が怖いんだ! 一井さんもおかしくなってるから!
「綾音」
「え? 綾音がどうしたの?」
もう僕は分かるぞ! 麗華も一井さんこと小雪もみんなおなじ態度を取っているんだから。君もなんだろ! 僕は基本的に苗字で名前で呼んだことないし、麗華の時点でかなり頑張った方なんだぞ!
いや、麗華や小雪で培った貯金がある。今の僕なら後輩の名前をスラスラと言えるのでは!?
これは僥倖とも言える展開なのではないのか! 僕!
「あ、ぁ、あや、あやね」
駄目だった。カッコつけようとした分かえってダサくなった。超言葉が詰まってたぞ。だってほら普段あんまり笑わない結野さんが口元を抑えて震えてるんだもん。
僕はどうやら道化師の方が似合ってたのかもしれない……。
「ご、ごめん、なさい」
今度は床に丸まって震えている。何がそんなに琴線に触れたんだ……。僕の男としてのプライドの原型がなくなってしまうぞ! そんな光景を僕は結野さんに返すようにジト目で見守った。
「……ふぅ。面白かったです」
「ソレナラヨカツタヨ」
「ちょっと拗ねないでください! 一応先輩なんでしょ! 笑い飛ばしてくださいよ! 芳先輩!」
「へぇ?」
マヌケな声が出たと思う。まさにしてやられた。僕が上手く言えないことをいいことに、結野さんは流れるように僕の名前を呼んだ。くそう、これこそプライドだ! 僕だって言えるんだぞ!
「あや、綾音は何か好きな本はある?」
「……」
話題もだしまた名前を言うのに詰まってしまった……。これじゃさっきと同じように笑われてしまう。恐怖に包まれながら結野さんの方を見ると驚いた。
彼女は真っ赤になって手をパタパタと団扇にして風を送っている。そういえば彼女は意外と照れ屋さんだった。
「……私の好きな本ですか。……そうですね、『ドグラ・マグラ』とかですね……」
「おぉ、なんとも言えないやつがきたね、というかそんな趣味あったんだ」
『ドグラ・マグラ』これはいわゆる日本三大奇書とか言われるやつだったはず。作中に作中の内容が現れたりと、とにかくややこしい話。僕なんて全然理解できてない作品。それを好きな本にする結野さんのセンスはなかなかのもの。
「じゃあ芳先輩は何が好きなんですか?」
「僕か、うーん。よくあると思うけど『銀河鉄道の夜』かな」
「芳先輩らしいチョイスですね。だからいいんですが……っ!」
急に両手を口に当てる。何事かと思えば顔を手で覆い俯いてしまった。怪我をした日もそんな行動をしていたな、なんて思い出したけど別に変わったのことなんてなかった気がする。
「そういえばあ、綾音は麗華以外に会ったことないよね?」
「……はい、会ったことないですね」
まだ恥ずかしいのか俯いたまま。でも会話はしてくれるらしい。
「じゃあ今週末にでもみんなと遊んでみる?」
「何人いるんですか?」
「うーんと、麗華でしょ、一井さんでしょ、それと岡崎の三人かな」
まだ一井さんのことを小雪と呼ぶのには抵抗がある。本人もいないしそれくらいは許してくれるだろう。
「一井さんって女性の方なんですか?」
「うん。まあそうだね、僕の幼馴染だね。あっ、そういえば麗華とも幼馴染なんだった」
「うそ、そんなに? 私だけ幼馴染じゃない……」
驚いたと思えば、途端にメソメソと嘘泣きを始めました。彼女が冗談を言いながらも、一瞬だけ声が小さくなるのを僕は聞き逃さなかった。初めて会った時の綾音のクールさはどこに行ったんだろう……。
さりげなく僕の友人関係が三人だとバレてしまったことの方が僕としては辛いんだけど。
「でも麗華のことなんて最近思い出した程度だし、一井さんなんて……意外と仲がいいかも」
「やっぱり私なんてその程度だったんですね!」
「いや! そういうわけじゃないって! 綾音は相手してて一番楽なんだよ」
「私って軽い女なんですか!?」
「一番落ち着くというかリラックスできるんだよ!」
「あの人は? 一井……さんは? どうなんですか!?」
「麗華はなんだか捕食者みたいな感じで、何も抵抗できなさそうで怖いね……一井さんはたしかに良い人なんだけど、ペースを取られるというか」
「なんだか二人に飼われてません?」
綾音に指摘されて初めて気がついた。僕のこれまでは彼女たちに支配されていたと言ってもいいかもしれなかったのだ。ちょっと悲しい。だけどそんなことではめげないぞ!
「……芳先輩。どこで遊ぶんですか? 正直、私と神無月さんはピアノに夢中じゃないですかね。一井さんはどうかは知らないですけど」
ナチュラルに忘れられている岡崎に僕はあえてツッコむ真似はせずにそのままにしておく。悪いな岡崎。お前で話の腰を折るわけにはいかないのだ。
「根っこからピアノっ子なんだね君たち」
「もちろんそうですよ。まあ私は習い事として始めなければ絶対やってなかったと思いますけどね」
「それでもやっぱり遊びたいな、なんだか君が仲間はずれみたいだから……」
どうしてなんだろう、こうして会話していると妹のことがよぎる。綾音はクールな所があって意外と感情表現が豊かで……。そういう所が似ているんだ。そんなことは本人には決して言えない。僕だって綾音を妹として見ているなんて信じたくないんだ。
僕の空気を読んだのか彼女の表情が硬くなる。そういうところも似ているから辛いんだとは口が裂けても言えない。
「そんなに真面目にならなくてもいいですよ。私は芳先輩がこうして話してくれるだけで嬉しいですから」
「だからだよ……」
「私も芳先輩も透けて見ているんですよ、自分の欲しかったものを。それが悪いことじゃないって私は思います。……芳先輩もそんなに自分を責めないでくださいよ」
僕を見つめる双眸は正しさに溢れていた。こうして僕の存在の奥を見ようとするのは、これまでに君だけだったんじゃないか……?
「あと1週間だけど大丈夫なの?」
「えぇまああの人のことです。きっと大丈夫ですよ。私なんかよりずっと上手ですし」
「だといいんだけどねぇ……」
「何か気になることでもあるんですか?」
ある。あるにはあるんだけど、どうしたらいいかよく分からない状況だった。これまで麗華はたまにお昼に教室へやって来る程度だったのに最近では毎日のようにやって来る。
ただでさえ人目を集めるのに僕の所に積極的に訪れるとなれば、どうなるかなんて目に見えている。
やれ恋人だの恋仲だのとヒソヒソと話が聞こえてくる。僕としてはいつ恋人になったかなんて知らないし、そもそもそういった事には疎いんだ。だから話題に関してやめて欲しいんだけど……そう信じてしまうのも無理はなかった。
「ねぇ芳? これも食べない? ほら口を開けて、あーんよ。上手にできるかしら」
顔から火が出そうだ。これまでもこうして昼食を食べる機会はあったけど、それはただ単に雑談をしながら食べる程度。これに関しては初々しい恋人たちの有様じゃないか!! 前にも似たようなことはあったけど、それは餌付けみたいな感じだったのに。今じゃメロメロのカップル。ただ僕の顔色が優れないことは届いているのか、多少同情の声もあがる。本当に多少程度だ。大半の人たちは羨ましいだのご褒美だの話している。
それだけじゃ飽き足らず、かなりの頻度でスキンシップをするようになった。何かとあれば手を重ねてこようとするし……と、まあ僕が思い出してからは人がまるで変わってしまったのだ。
「そうそう、ピアノはうまくいってるってさ」
「そうなんですか!? もうスランプを抜けたんですか!」
「スランプとは言ってなかったけど、すごくいい音が鳴ってるってよく口にしてたかな」
「あの人の音楽感覚ってよくわからないんですよね。たしかに言わんとすることは分かるんですが、どこか真似できない感じが……」
「やっぱりライバルとして見ちゃうの?」
「えぇまあそうですね。ライバルでもありますし私の持っていない才能がある分、羨ましさと尊敬もありますよ」
「へぇそんなこと麗華も言っていたような気がするね。お互い尊敬し合ってるんだね」
「……む」
突然ジト目になり僕を見つめてくる。何かまずいことを言ったかな? 言ってない気がするぞ! ここ最近女性が怖いんだ! 一井さんもおかしくなってるから!
「綾音」
「え? 綾音がどうしたの?」
もう僕は分かるぞ! 麗華も一井さんこと小雪もみんなおなじ態度を取っているんだから。君もなんだろ! 僕は基本的に苗字で名前で呼んだことないし、麗華の時点でかなり頑張った方なんだぞ!
いや、麗華や小雪で培った貯金がある。今の僕なら後輩の名前をスラスラと言えるのでは!?
これは僥倖とも言える展開なのではないのか! 僕!
「あ、ぁ、あや、あやね」
駄目だった。カッコつけようとした分かえってダサくなった。超言葉が詰まってたぞ。だってほら普段あんまり笑わない結野さんが口元を抑えて震えてるんだもん。
僕はどうやら道化師の方が似合ってたのかもしれない……。
「ご、ごめん、なさい」
今度は床に丸まって震えている。何がそんなに琴線に触れたんだ……。僕の男としてのプライドの原型がなくなってしまうぞ! そんな光景を僕は結野さんに返すようにジト目で見守った。
「……ふぅ。面白かったです」
「ソレナラヨカツタヨ」
「ちょっと拗ねないでください! 一応先輩なんでしょ! 笑い飛ばしてくださいよ! 芳先輩!」
「へぇ?」
マヌケな声が出たと思う。まさにしてやられた。僕が上手く言えないことをいいことに、結野さんは流れるように僕の名前を呼んだ。くそう、これこそプライドだ! 僕だって言えるんだぞ!
「あや、綾音は何か好きな本はある?」
「……」
話題もだしまた名前を言うのに詰まってしまった……。これじゃさっきと同じように笑われてしまう。恐怖に包まれながら結野さんの方を見ると驚いた。
彼女は真っ赤になって手をパタパタと団扇にして風を送っている。そういえば彼女は意外と照れ屋さんだった。
「……私の好きな本ですか。……そうですね、『ドグラ・マグラ』とかですね……」
「おぉ、なんとも言えないやつがきたね、というかそんな趣味あったんだ」
『ドグラ・マグラ』これはいわゆる日本三大奇書とか言われるやつだったはず。作中に作中の内容が現れたりと、とにかくややこしい話。僕なんて全然理解できてない作品。それを好きな本にする結野さんのセンスはなかなかのもの。
「じゃあ芳先輩は何が好きなんですか?」
「僕か、うーん。よくあると思うけど『銀河鉄道の夜』かな」
「芳先輩らしいチョイスですね。だからいいんですが……っ!」
急に両手を口に当てる。何事かと思えば顔を手で覆い俯いてしまった。怪我をした日もそんな行動をしていたな、なんて思い出したけど別に変わったのことなんてなかった気がする。
「そういえばあ、綾音は麗華以外に会ったことないよね?」
「……はい、会ったことないですね」
まだ恥ずかしいのか俯いたまま。でも会話はしてくれるらしい。
「じゃあ今週末にでもみんなと遊んでみる?」
「何人いるんですか?」
「うーんと、麗華でしょ、一井さんでしょ、それと岡崎の三人かな」
まだ一井さんのことを小雪と呼ぶのには抵抗がある。本人もいないしそれくらいは許してくれるだろう。
「一井さんって女性の方なんですか?」
「うん。まあそうだね、僕の幼馴染だね。あっ、そういえば麗華とも幼馴染なんだった」
「うそ、そんなに? 私だけ幼馴染じゃない……」
驚いたと思えば、途端にメソメソと嘘泣きを始めました。彼女が冗談を言いながらも、一瞬だけ声が小さくなるのを僕は聞き逃さなかった。初めて会った時の綾音のクールさはどこに行ったんだろう……。
さりげなく僕の友人関係が三人だとバレてしまったことの方が僕としては辛いんだけど。
「でも麗華のことなんて最近思い出した程度だし、一井さんなんて……意外と仲がいいかも」
「やっぱり私なんてその程度だったんですね!」
「いや! そういうわけじゃないって! 綾音は相手してて一番楽なんだよ」
「私って軽い女なんですか!?」
「一番落ち着くというかリラックスできるんだよ!」
「あの人は? 一井……さんは? どうなんですか!?」
「麗華はなんだか捕食者みたいな感じで、何も抵抗できなさそうで怖いね……一井さんはたしかに良い人なんだけど、ペースを取られるというか」
「なんだか二人に飼われてません?」
綾音に指摘されて初めて気がついた。僕のこれまでは彼女たちに支配されていたと言ってもいいかもしれなかったのだ。ちょっと悲しい。だけどそんなことではめげないぞ!
「……芳先輩。どこで遊ぶんですか? 正直、私と神無月さんはピアノに夢中じゃないですかね。一井さんはどうかは知らないですけど」
ナチュラルに忘れられている岡崎に僕はあえてツッコむ真似はせずにそのままにしておく。悪いな岡崎。お前で話の腰を折るわけにはいかないのだ。
「根っこからピアノっ子なんだね君たち」
「もちろんそうですよ。まあ私は習い事として始めなければ絶対やってなかったと思いますけどね」
「それでもやっぱり遊びたいな、なんだか君が仲間はずれみたいだから……」
どうしてなんだろう、こうして会話していると妹のことがよぎる。綾音はクールな所があって意外と感情表現が豊かで……。そういう所が似ているんだ。そんなことは本人には決して言えない。僕だって綾音を妹として見ているなんて信じたくないんだ。
僕の空気を読んだのか彼女の表情が硬くなる。そういうところも似ているから辛いんだとは口が裂けても言えない。
「そんなに真面目にならなくてもいいですよ。私は芳先輩がこうして話してくれるだけで嬉しいですから」
「だからだよ……」
「私も芳先輩も透けて見ているんですよ、自分の欲しかったものを。それが悪いことじゃないって私は思います。……芳先輩もそんなに自分を責めないでくださいよ」
僕を見つめる双眸は正しさに溢れていた。こうして僕の存在の奥を見ようとするのは、これまでに君だけだったんじゃないか……?
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
「おぉすっかり治ってますね」と手をぷにぷにと押して傷を確認する結野。
「あと1週間だけど大丈夫なの?」
「えぇまああの人のことです。きっと大丈夫ですよ。私なんかよりずっと上手ですし」
「だといいんだけどねぇ……」
「何か気になることでもあるんですか?」
「えぇまああの人のことです。きっと大丈夫ですよ。私なんかよりずっと上手ですし」
「だといいんだけどねぇ……」
「何か気になることでもあるんですか?」
ある。あるにはあるんだけど、どうしたらいいかよく分からない状況だった。これまで麗華はたまにお昼に教室へやって来る程度だったのに最近では毎日のようにやって来る。
ただでさえ人目を集めるのに僕の所に積極的に訪れるとなれば、どうなるかなんて目に見えている。
やれ恋人だの恋仲だのとヒソヒソと話が聞こえてくる。僕としてはいつ恋人になったかなんて知らないし、そもそもそういった事には疎いんだ。だから話題に関してやめて欲しいんだけど……そう信じてしまうのも無理はなかった。
ただでさえ人目を集めるのに僕の所に積極的に訪れるとなれば、どうなるかなんて目に見えている。
やれ恋人だの恋仲だのとヒソヒソと話が聞こえてくる。僕としてはいつ恋人になったかなんて知らないし、そもそもそういった事には疎いんだ。だから話題に関してやめて欲しいんだけど……そう信じてしまうのも無理はなかった。
「ねぇ芳? これも食べない? ほら口を開けて、あーんよ。上手にできるかしら」
顔から火が出そうだ。これまでもこうして昼食を食べる機会はあったけど、それはただ単に雑談をしながら食べる程度。これに関しては初々しい恋人たちの有様じゃないか!! 前にも似たようなことはあったけど、それは餌付けみたいな感じだったのに。今じゃメロメロのカップル。ただ僕の顔色が優れないことは届いているのか、多少同情の声もあがる。本当に多少程度だ。大半の人たちは羨ましいだのご褒美だの話している。
それだけじゃ飽き足らず、かなりの頻度でスキンシップをするようになった。何かとあれば手を重ねてこようとするし……と、まあ僕が思い出してからは人がまるで変わってしまったのだ。
それだけじゃ飽き足らず、かなりの頻度でスキンシップをするようになった。何かとあれば手を重ねてこようとするし……と、まあ僕が思い出してからは人がまるで変わってしまったのだ。
「そうそう、ピアノはうまくいってるってさ」
「そうなんですか!? もうスランプを抜けたんですか!」
「スランプとは言ってなかったけど、すごくいい音が鳴ってるってよく口にしてたかな」
「あの人の音楽感覚ってよくわからないんですよね。たしかに言わんとすることは分かるんですが、どこか真似できない感じが……」
「やっぱりライバルとして見ちゃうの?」
「えぇまあそうですね。ライバルでもありますし私の持っていない才能がある分、羨ましさと尊敬もありますよ」
「へぇそんなこと麗華も言っていたような気がするね。お互い尊敬し合ってるんだね」
「……む」
「そうなんですか!? もうスランプを抜けたんですか!」
「スランプとは言ってなかったけど、すごくいい音が鳴ってるってよく口にしてたかな」
「あの人の音楽感覚ってよくわからないんですよね。たしかに言わんとすることは分かるんですが、どこか真似できない感じが……」
「やっぱりライバルとして見ちゃうの?」
「えぇまあそうですね。ライバルでもありますし私の持っていない才能がある分、羨ましさと尊敬もありますよ」
「へぇそんなこと麗華も言っていたような気がするね。お互い尊敬し合ってるんだね」
「……む」
突然ジト目になり僕を見つめてくる。何かまずいことを言ったかな? 言ってない気がするぞ! ここ最近女性が怖いんだ! 一井さんもおかしくなってるから!
「綾音」
「え? 綾音がどうしたの?」
「え? 綾音がどうしたの?」
もう僕は分かるぞ! 麗華も一井さんこと小雪もみんなおなじ態度を取っているんだから。君もなんだろ! 僕は基本的に苗字で名前で呼んだことないし、麗華の時点でかなり頑張った方なんだぞ!
いや、麗華や小雪で培った貯金がある。今の僕なら後輩の名前をスラスラと言えるのでは!?
これは僥倖とも言える展開なのではないのか! 僕!
いや、麗華や小雪で培った貯金がある。今の僕なら後輩の名前をスラスラと言えるのでは!?
これは僥倖とも言える展開なのではないのか! 僕!
「あ、ぁ、あや、あやね」
駄目だった。カッコつけようとした分かえってダサくなった。超言葉が詰まってたぞ。だってほら普段あんまり笑わない結野さんが口元を抑えて震えてるんだもん。
僕はどうやら道化師の方が似合ってたのかもしれない……。
僕はどうやら道化師の方が似合ってたのかもしれない……。
「ご、ごめん、なさい」
今度は床に丸まって震えている。何がそんなに琴線に触れたんだ……。僕の男としてのプライドの原型がなくなってしまうぞ! そんな光景を僕は結野さんに返すようにジト目で見守った。
「……ふぅ。面白かったです」
「ソレナラヨカツタヨ」
「ちょっと拗ねないでください! 一応先輩なんでしょ! 笑い飛ばしてくださいよ! 芳先輩!」
「へぇ?」
「ソレナラヨカツタヨ」
「ちょっと拗ねないでください! 一応先輩なんでしょ! 笑い飛ばしてくださいよ! 芳先輩!」
「へぇ?」
マヌケな声が出たと思う。まさにしてやられた。僕が上手く言えないことをいいことに、結野さんは流れるように僕の名前を呼んだ。くそう、これこそプライドだ! 僕だって言えるんだぞ!
「あや、綾音は何か好きな本はある?」
「……」
「……」
話題もだしまた名前を言うのに詰まってしまった……。これじゃさっきと同じように笑われてしまう。恐怖に包まれながら結野さんの方を見ると驚いた。
彼女は真っ赤になって手をパタパタと団扇にして風を送っている。そういえば彼女は意外と照れ屋さんだった。
彼女は真っ赤になって手をパタパタと団扇にして風を送っている。そういえば彼女は意外と照れ屋さんだった。
「……私の好きな本ですか。……そうですね、『ドグラ・マグラ』とかですね……」
「おぉ、なんとも言えないやつがきたね、というかそんな趣味あったんだ」
「おぉ、なんとも言えないやつがきたね、というかそんな趣味あったんだ」
『ドグラ・マグラ』これはいわゆる日本三大奇書とか言われるやつだったはず。作中に作中の内容が現れたりと、とにかくややこしい話。僕なんて全然理解できてない作品。それを好きな本にする結野さんのセンスはなかなかのもの。
「じゃあ芳先輩は何が好きなんですか?」
「僕か、うーん。よくあると思うけど『銀河鉄道の夜』かな」
「芳先輩らしいチョイスですね。だからいいんですが……っ!」
「僕か、うーん。よくあると思うけど『銀河鉄道の夜』かな」
「芳先輩らしいチョイスですね。だからいいんですが……っ!」
急に両手を口に当てる。何事かと思えば顔を手で覆い俯いてしまった。怪我をした日もそんな行動をしていたな、なんて思い出したけど別に変わったのことなんてなかった気がする。
「そういえばあ、綾音は麗華以外に会ったことないよね?」
「……はい、会ったことないですね」
「……はい、会ったことないですね」
まだ恥ずかしいのか俯いたまま。でも会話はしてくれるらしい。
「じゃあ今週末にでもみんなと遊んでみる?」
「何人いるんですか?」
「うーんと、麗華でしょ、一井さんでしょ、それと岡崎の三人かな」
「何人いるんですか?」
「うーんと、麗華でしょ、一井さんでしょ、それと岡崎の三人かな」
まだ一井さんのことを小雪と呼ぶのには抵抗がある。本人もいないしそれくらいは許してくれるだろう。
「一井さんって女性の方なんですか?」
「うん。まあそうだね、僕の幼馴染だね。あっ、そういえば麗華とも幼馴染なんだった」
「うそ、そんなに? 私だけ幼馴染じゃない……」
「うん。まあそうだね、僕の幼馴染だね。あっ、そういえば麗華とも幼馴染なんだった」
「うそ、そんなに? 私だけ幼馴染じゃない……」
驚いたと思えば、途端にメソメソと嘘泣きを始めました。彼女が冗談を言いながらも、一瞬だけ声が小さくなるのを僕は聞き逃さなかった。初めて会った時の綾音のクールさはどこに行ったんだろう……。
さりげなく僕の友人関係が三人だとバレてしまったことの方が僕としては辛いんだけど。
さりげなく僕の友人関係が三人だとバレてしまったことの方が僕としては辛いんだけど。
「でも麗華のことなんて最近思い出した程度だし、一井さんなんて……意外と仲がいいかも」
「やっぱり私なんてその程度だったんですね!」
「いや! そういうわけじゃないって! 綾音は相手してて一番楽なんだよ」
「私って軽い女なんですか!?」
「一番落ち着くというかリラックスできるんだよ!」
「あの人は? 一井……さんは? どうなんですか!?」
「麗華はなんだか捕食者みたいな感じで、何も抵抗できなさそうで怖いね……一井さんはたしかに良い人なんだけど、ペースを取られるというか」
「なんだか二人に飼われてません?」
「やっぱり私なんてその程度だったんですね!」
「いや! そういうわけじゃないって! 綾音は相手してて一番楽なんだよ」
「私って軽い女なんですか!?」
「一番落ち着くというかリラックスできるんだよ!」
「あの人は? 一井……さんは? どうなんですか!?」
「麗華はなんだか捕食者みたいな感じで、何も抵抗できなさそうで怖いね……一井さんはたしかに良い人なんだけど、ペースを取られるというか」
「なんだか二人に飼われてません?」
綾音に指摘されて初めて気がついた。僕のこれまでは彼女たちに支配されていたと言ってもいいかもしれなかったのだ。ちょっと悲しい。だけどそんなことではめげないぞ!
「……芳先輩。どこで遊ぶんですか? 正直、私と神無月さんはピアノに夢中じゃないですかね。一井さんはどうかは知らないですけど」
ナチュラルに忘れられている岡崎に僕はあえてツッコむ真似はせずにそのままにしておく。悪いな岡崎。お前で話の腰を折るわけにはいかないのだ。
「根っこからピアノっ子なんだね君たち」
「もちろんそうですよ。まあ私は習い事として始めなければ絶対やってなかったと思いますけどね」
「それでもやっぱり遊びたいな、なんだか君が仲間はずれみたいだから……」
「もちろんそうですよ。まあ私は習い事として始めなければ絶対やってなかったと思いますけどね」
「それでもやっぱり遊びたいな、なんだか君が仲間はずれみたいだから……」
どうしてなんだろう、こうして会話していると妹のことがよぎる。綾音はクールな所があって意外と感情表現が豊かで……。そういう所が似ているんだ。そんなことは本人には決して言えない。僕だって綾音を妹として見ているなんて信じたくないんだ。
僕の空気を読んだのか彼女の表情が硬くなる。そういうところも似ているから辛いんだとは口が裂けても言えない。
僕の空気を読んだのか彼女の表情が硬くなる。そういうところも似ているから辛いんだとは口が裂けても言えない。
「そんなに真面目にならなくてもいいですよ。私は芳先輩がこうして話してくれるだけで嬉しいですから」
「だからだよ……」
「私も芳先輩も透けて見ているんですよ、自分の欲しかったものを。それが悪いことじゃないって私は思います。……芳先輩もそんなに自分を責めないでくださいよ」
「だからだよ……」
「私も芳先輩も透けて見ているんですよ、自分の欲しかったものを。それが悪いことじゃないって私は思います。……芳先輩もそんなに自分を責めないでくださいよ」
僕を見つめる|双眸《そうぼう》は正しさに溢れていた。こうして僕の存在の奥を見ようとするのは、これまでに君だけだったんじゃないか……?