「先輩今日飲みに行きませんか〜??」
仕事終わりに後輩に誘われた。
「今日沢山参加するみたいなんで、先輩も来た方がいいですよ絶対!」
目が輝いている。
「うーん。ちょっと用事があって……」
気晴らしに行こうかと思ったけど、仕事に小説執筆の練習で結構疲れていたから家でゆっくりしたい。
「先輩もしかして、長島商事の橘さんと付き合ってたりします?」
「え!?」
ヤバい……どうしよう、見つかってしまった??
「なんか、お二人が話してる時、距離が近く感じるんですよね〜。微妙に」
感が鋭い……怖い……。
「え、普通に取引先のマネージャーさんだよ、橘さんは……」
表情に出てないか不安だ!
「そうなんですかー。私の勘って割と当たるんですよね〜」
そのまま他の社員と一緒に行ってしまった。
怖すぎる……。
これからは仕事では意識して適切な距離でお互い接さないと……。
その後すぐにマンションに帰った。
マンションの前に着くと、マンションのエントランスから一人の女性がでてきた。
あ、翠川雅人の担当の人だ!
しっかり目があってしまった。
「こんにちは……」
どう接すればいいかわからない…。
「あ……この前先生と歩いてた方ですよね?先生の彼女ですか?」
彼女!?
いや……彼女ではない……。
「私は…取引先の会社の人間です……」
「そうですか……。最近先生がなかなか執筆が進まない状態で、とても困ってるんです」
「どんな様子なんですか……?」
またスランプ?
「何か別の事を考えているというか……。」
え!?
「すみません急いでるのでこれで失礼致します。突然申し訳ありませんでした。」
担当の方は足早に行ってしまった。
私は気になって、橘さんの部屋に行った。
インターホンを押して暫くしたら、橘さんが出てきた。
「どうした?」
「担当の方が悩んでましたよ」
「……入ってくれる?」
橘さんの部屋のリビングに行った。
橘さんは深刻そうな表情をしている。
「会社から、異動の話がでている」
「え?どこにですか……?」
「アメリカだ」
その瞬間、頭が真っ白になった。
「え……異動したら何年くらいそこにいるんですか?」
「それは会社次第だよ。早ければすぐ帰れるし、ずっといる人もいるし」
そんな……。
「サラリーマンか小説家か、一本にしないといけない時がきたな」
「橘さんはなぜ、二つ仕事をしてるんですか?」
「小説家は夢だったし、叶ったからよかったけど、それでずっと食べていける保証がないだろ」
とても現実的な意見だった。
小説家になったら終わりじゃないんだ。
始まりなんだ……。
橘さんの生きる道。
私は奥さんでも恋人でもない。
取引先の人で、憧れの小説家で……。
「行かないでって言ったら断るよ。その代わり、ちゃんと彼女になってね」
橘さんの怪しげな笑み。
私を試してる!?
「橘さんの将来なので……離れるのは心苦しいですが、私はどこにいても応援してます」
本当は行ってほしくないのに、言えない。
恋人になったら今の関係が崩れる。
中途半端で良くないのはわかってる。
でも、私は今の距離がいいんだ。
「寂しくないの?」
寂しくないわけがない。
「素直になれない理由。なんとなくわかってきたよ」
「え?」
「小説家になりたいから、恋愛に夢中になりたくないんだろ?」
「なんでわかるんですか!?」
「恋は盲目だからな……」
そう……恋愛と夢の境界が曖昧になっていくのが怖い。
「俺と付き合ったら、書けなくなりそう?」
橘さんが距離を縮めてきた。
「えーと、そうならないとわからない部分もあるんですけど……」
壁まで追い詰められた。
「美鈴が彼女になったら、束縛して自由を奪うな俺」
「それは困ります!」
やっぱり無理だ!
「じゃあアメリカ行こうかな……。今はネットでやり取りできるし。小説書けなくなるわけじゃないし。」
そうだ……別に海外でもできる。
どこでも書ける。
だから、家族や恋人とかしがらみがなければ、そんなに困ることではない。
「でも俺は見届けたい。この目で。美鈴の夢を」
「え?」
「だから、断るよ。降格するかもしれないけど」
「そんな!私のせいで降格するとかダメです!」
「降格しても、今は一人暮らしだし、そんなに支障はない」
「でも……」
「俺がそうしたいんだから、もう言うな」
「……はい」
橘さんの香水の香りが私を優しく包んだ。
「次も楽しみにしてる」
「はい。頑張ります」
橘さん。
好きとか愛してるとか、そういうことは言えないけど、
あなた以外の男性には興味はないです。
心はあなたしか見てないです。
心の中で私は呟いた。