表示設定
表示設定
目次 目次




第1話 面影

ー/ー



 その日、私はバーで酔い潰れていた。
 学生時代から付き合ってた彼に「結婚は考えてない」と言われたからだ。
 何のためにこいつと何年も付き合ってきたのか。

 でも、結婚するために付き合った訳ではなかった。
 付き合った先には結婚があると勝手に思ってただけだ。
 私はその話を聞いた後、彼からの連絡をずっと無視していた。

 今もスマホに着信が来ている。
 話す気もない。

「もう、忘れたい…」

 好きな作家さんの恋愛小説のような、素敵なラブストーリーは私にはなかった。

 少し離れた席に、同じく酔い潰れている男の人がいた。
 高そうなスーツに、時計、身だしなみが整っていて、どこかの大企業のエリート社員みたいな感じだった。

 その人と目があった。
 お互い虚な目で暫く見つめあっていた。

 あれ……この人どこかで見た事あるかも。
 でもハッキリ思い出せない。

 その男の人が、よろよろと近づいてきた。

「君、どこかで会った気がする」
「私もどこかであなたと会った気がしてたんです。でも覚えてないんです」
「俺も思い出せない…」

 そのまま店が閉まって、私とその人はフラフラと深夜の繁華街を歩いていた。

「何で泣いてるの?」
「え?」

 私の目から涙が出ていた。

「あ…長年付き合ってた彼に、結婚する気がないってわかって…なんか悲しくて」

 情けない…

「あなたは…何かあったんですか?」
「うーんと…スランプなんだよね。なかなかイマジネーションが湧かない」

 イマジネーション。
 何か創作をやっている人なのだろうか。

「私、翠川雅人っていう小説家のファンなんです。その人が書く恋愛小説はとても素敵で、憧れてるんです。ただ、現実はそんな綺麗ではなくて…… 」

 その男の人は何故か少し驚いた表情をした後、俯いていた。

「でも私、その人が書く小説を見るとすごく感動して、私も小説書いてみたいって思ったんです」
「そうなんだ…」

 彼は少し複雑そうな表情をしていた。

「試しに作ったのをネットでアップしたんですけど、全く読まれませんでした……私には才能がなくて」

 なぜ私は見ず知らずの人に、こんな事を話しているのだろうか。

「その小説、見せてくれる?」

 真剣な眼差しだった。

「えーと……どこでですか?」

 周囲の店は深夜でほとんど閉まっている。

「嫌じゃなければそこのホテルで」

 すぐ近くにラブホテルが見えた。
 不安になったけれど、今日は一人でいたくなかった。

 しかも、彼は私の小説を見たいと言ってくれている。
 そう言ってくれる人がいるなら、誰か一人でも読んでくれる人がいるなら──

「はい、読んで欲しいです!」

 私はそのままその人とホテルの一室に入った。


スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第2話 眼差し


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 その日、私はバーで酔い潰れていた。
 学生時代から付き合ってた彼に「結婚は考えてない」と言われたからだ。
 何のためにこいつと何年も付き合ってきたのか。
 でも、結婚するために付き合った訳ではなかった。
 付き合った先には結婚があると勝手に思ってただけだ。
 私はその話を聞いた後、彼からの連絡をずっと無視していた。
 今もスマホに着信が来ている。
 話す気もない。
「もう、忘れたい…」
 好きな作家さんの恋愛小説のような、素敵なラブストーリーは私にはなかった。
 少し離れた席に、同じく酔い潰れている男の人がいた。
 高そうなスーツに、時計、身だしなみが整っていて、どこかの大企業のエリート社員みたいな感じだった。
 その人と目があった。
 お互い虚な目で暫く見つめあっていた。
 あれ……この人どこかで見た事あるかも。
 でもハッキリ思い出せない。
 その男の人が、よろよろと近づいてきた。
「君、どこかで会った気がする」
「私もどこかであなたと会った気がしてたんです。でも覚えてないんです」
「俺も思い出せない…」
 そのまま店が閉まって、私とその人はフラフラと深夜の繁華街を歩いていた。
「何で泣いてるの?」
「え?」
 私の目から涙が出ていた。
「あ…長年付き合ってた彼に、結婚する気がないってわかって…なんか悲しくて」
 情けない…
「あなたは…何かあったんですか?」
「うーんと…スランプなんだよね。なかなかイマジネーションが湧かない」
 イマジネーション。
 何か創作をやっている人なのだろうか。
「私、翠川雅人っていう小説家のファンなんです。その人が書く恋愛小説はとても素敵で、憧れてるんです。ただ、現実はそんな綺麗ではなくて…… 」
 その男の人は何故か少し驚いた表情をした後、俯いていた。
「でも私、その人が書く小説を見るとすごく感動して、私も小説書いてみたいって思ったんです」
「そうなんだ…」
 彼は少し複雑そうな表情をしていた。
「試しに作ったのをネットでアップしたんですけど、全く読まれませんでした……私には才能がなくて」
 なぜ私は見ず知らずの人に、こんな事を話しているのだろうか。
「その小説、見せてくれる?」
 真剣な眼差しだった。
「えーと……どこでですか?」
 周囲の店は深夜でほとんど閉まっている。
「嫌じゃなければそこのホテルで」
 すぐ近くにラブホテルが見えた。
 不安になったけれど、今日は一人でいたくなかった。
 しかも、彼は私の小説を見たいと言ってくれている。
 そう言ってくれる人がいるなら、誰か一人でも読んでくれる人がいるなら──
「はい、読んで欲しいです!」
 私はそのままその人とホテルの一室に入った。