その日、私はバーで酔い潰れていた。
学生時代から付き合ってた彼に「結婚は考えてない」と言われたからだ。
何のためにこいつと何年も付き合ってきたのか。
でも、結婚するために付き合った訳ではなかった。
付き合った先には結婚があると勝手に思ってただけだ。
私はその話を聞いた後、彼からの連絡をずっと無視していた。
今もスマホに着信が来ている。
話す気もない。
「もう、忘れたい…」
好きな作家さんの恋愛小説のような、素敵なラブストーリーは私にはなかった。
少し離れた席に、同じく酔い潰れている男の人がいた。
高そうなスーツに、時計、身だしなみが整っていて、どこかの大企業のエリート社員みたいな感じだった。
その人と目があった。
お互い虚な目で暫く見つめあっていた。
あれ……この人どこかで見た事あるかも。
でもハッキリ思い出せない。
その男の人が、よろよろと近づいてきた。
「君、どこかで会った気がする」
「私もどこかであなたと会った気がしてたんです。でも覚えてないんです」
「俺も思い出せない…」
そのまま店が閉まって、私とその人はフラフラと深夜の繁華街を歩いていた。
「何で泣いてるの?」
「え?」
私の目から涙が出ていた。
「あ…長年付き合ってた彼に、結婚する気がないってわかって…なんか悲しくて」
情けない…
「あなたは…何かあったんですか?」
「うーんと…スランプなんだよね。なかなかイマジネーションが湧かない」
イマジネーション。
何か創作をやっている人なのだろうか。
「私、翠川雅人っていう小説家のファンなんです。その人が書く恋愛小説はとても素敵で、憧れてるんです。ただ、現実はそんな綺麗ではなくて…… 」
その男の人は何故か少し驚いた表情をした後、俯いていた。
「でも私、その人が書く小説を見るとすごく感動して、私も小説書いてみたいって思ったんです」
「そうなんだ…」
彼は少し複雑そうな表情をしていた。
「試しに作ったのをネットでアップしたんですけど、全く読まれませんでした……私には才能がなくて」
なぜ私は見ず知らずの人に、こんな事を話しているのだろうか。
「その小説、見せてくれる?」
真剣な眼差しだった。
「えーと……どこでですか?」
周囲の店は深夜でほとんど閉まっている。
「嫌じゃなければそこのホテルで」
すぐ近くにラブホテルが見えた。
不安になったけれど、今日は一人でいたくなかった。
しかも、彼は私の小説を見たいと言ってくれている。
そう言ってくれる人がいるなら、誰か一人でも読んでくれる人がいるなら──
「はい、読んで欲しいです!」
私はそのままその人とホテルの一室に入った。