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ー/ー



 雨――

 山の斜面を伝うように落ちる雨の音は、テラスの床に吸い込まれて、音もなく消える。
 ただ、屋根を穿つ雨音だけが、ぽつりぽつりと耳の奥に残った。

 店内に客の姿はない。

  ――仕方ないよね? 雨だもの

  雨だから客足は鈍る。それは当然のことだ。
  きっと皆、降り注ぐ雨に二の足を踏んで、
  自分と同じように雨雲を見上げていることだろう。

「すいませんでした――」

 掬い上げるような視線、ジトっとした赤い瞳が彼女――ユウを射抜いて、彼女は苦笑いを浮かべながら頭を下げた。

「雨のせい?」

「でっ、でも――」

 赤い瞳の少女――リンの問いかけに、口ごもりながら言い訳を並びたててみても、雨の音しかしない店内が全てを物語っている。

「希望的観測」

 ジト目でばっさりと言い訳を切り捨てるリン。
 これにはユウも反論できない。

 リンはカウンターの端で、小さな手を組んでこちらを見上げた。

 かつてリンが連れられて行った、あの賑やかでたくさんの人間がいた場所――帝都に行った時に入った喫茶店はここより何倍も広くて、それなのに、ほとんどのテーブルが人で埋め尽くされていた。

 食事を楽しんでいると、髭を蓄えた中年の背の高い男がやってきてユウに頭をさげ、ユウは困ったような笑みを浮かべて立ち上がり、同じように頭を下げていた。

 どういう儀式なのかリンにはわからなかったけれど、これまで食べた事のないような美味しいものを食べて、思わず自分も髭の人に頭をさげていた。

 きっと、美味しいものを作った人に敬意を表する儀式なのだ。

 そうだ、あの場所にいたお客様がここへきて、自分のお菓子を食べてくれたなら……

 リンが目を閉じると、その情景がありありと浮かび上がってくる――

 *

「凄い! 美味しい!」

「こんなケーキ初めて食べた!」

「天才パティシエだ!!」

 店中から歓声があがる。
 大人たちがみんな笑顔で、リンの作った菓子をほおばっている。

 リンは艶やかな角と赤い瞳を輝かせて、得意げに頭を下げる。

「ありがとうございます」

 ――なぜか立派な髭を蓄えて。

 そして客全員もまた髭を蓄えていて、笑顔で頭を下げ返し、

「素晴らしい!」
「本当にありがとう!」

 店は拍手に包まれて――

 *

「リン?」

 ユウの声で、リンはハッと目を覚ました。

 自分の顔を覗き込んでいるユウには髭など生えていない。ただのユウだ。

「……ひげ」

「ひげ?」

 意味不明な言葉に首をかしげるユウ。

 リンはぐるっと店内を見渡し――ため息をついた。

「……お客……いない」

「うぐっ」

 ユウは胸のあたりを抑えて、目を逸らす。
 静かな店内と雨の音がじわじわとリンの言葉を浮かび上がらせて、ユウを撫でる。

 そのダメージを抱えたまま、ふらふらと身体を揺らしながら、ユウはリンに手を伸ばし――

「?」

 そのまま、がばっとリンを抱きかかえて、自分の膝に座らせた。

「ユウ、何?」

 ユウは何も言わずに、リンの頭を撫でる。

「子供じゃないよ?」

「わかってるよ」

 そういいながらもリンは目を閉じてされるがままにしていた。

 髪を梳くように撫でていると、リンはそっとユウの膝に寄り掛かった。
 そのうち、すぅ……と小さな寝息が聞こえ始める。

 少し残ったコーヒーが微かに香って、ふっとユウ達を包み込む。
 ユウも、柔らかく微笑んだまま、その背を抱き寄せてまどろんでいった。

 木の葉や地面を打つ雨音が、やがて遠い潮騒の様に店の中に染み込んでくる。

 静かな子守唄のように――


  どんな夢を見ているのだろう。

  起きたら、夢の報告会。
 
  きっと幸せな夢を見ているに違いないから。

  もしかしたら同じ夢をみたのかもしれないから――


 雨は降り続いている。

 雨音に、静かな寝息と夢が交じり合って流れてゆく。




 ――喫茶店『小道』

 そこには、とびきり笑顔の女性店主と小さなウェイトレスがいる。

 お勧めは小さなパティシエの作るお菓子。素敵な夢に笑顔を添えて――




みんなのリアクション

 雨――
 山の斜面を伝うように落ちる雨の音は、テラスの床に吸い込まれて、音もなく消える。
 ただ、屋根を穿つ雨音だけが、ぽつりぽつりと耳の奥に残った。
 店内に客の姿はない。
  ――仕方ないよね? 雨だもの
  雨だから客足は鈍る。それは当然のことだ。
  きっと皆、降り注ぐ雨に二の足を踏んで、
  自分と同じように雨雲を見上げていることだろう。
「すいませんでした――」
 掬い上げるような視線、ジトっとした赤い瞳が彼女――ユウを射抜いて、彼女は苦笑いを浮かべながら頭を下げた。
「雨のせい?」
「でっ、でも――」
 赤い瞳の少女――リンの問いかけに、口ごもりながら言い訳を並びたててみても、雨の音しかしない店内が全てを物語っている。
「希望的観測」
 ジト目でばっさりと言い訳を切り捨てるリン。
 これにはユウも反論できない。
 リンはカウンターの端で、小さな手を組んでこちらを見上げた。
 かつてリンが連れられて行った、あの賑やかでたくさんの人間がいた場所――帝都に行った時に入った喫茶店はここより何倍も広くて、それなのに、ほとんどのテーブルが人で埋め尽くされていた。
 食事を楽しんでいると、髭を蓄えた中年の背の高い男がやってきてユウに頭をさげ、ユウは困ったような笑みを浮かべて立ち上がり、同じように頭を下げていた。
 どういう儀式なのかリンにはわからなかったけれど、これまで食べた事のないような美味しいものを食べて、思わず自分も髭の人に頭をさげていた。
 きっと、美味しいものを作った人に敬意を表する儀式なのだ。
 そうだ、あの場所にいたお客様がここへきて、自分のお菓子を食べてくれたなら……
 リンが目を閉じると、その情景がありありと浮かび上がってくる――
 *
「凄い! 美味しい!」
「こんなケーキ初めて食べた!」
「天才パティシエだ!!」
 店中から歓声があがる。
 大人たちがみんな笑顔で、リンの作った菓子をほおばっている。
 リンは艶やかな角と赤い瞳を輝かせて、得意げに頭を下げる。
「ありがとうございます」
 ――なぜか立派な髭を蓄えて。
 そして客全員もまた髭を蓄えていて、笑顔で頭を下げ返し、
「素晴らしい!」
「本当にありがとう!」
 店は拍手に包まれて――
 *
「リン?」
 ユウの声で、リンはハッと目を覚ました。
 自分の顔を覗き込んでいるユウには髭など生えていない。ただのユウだ。
「……ひげ」
「ひげ?」
 意味不明な言葉に首をかしげるユウ。
 リンはぐるっと店内を見渡し――ため息をついた。
「……お客……いない」
「うぐっ」
 ユウは胸のあたりを抑えて、目を逸らす。
 静かな店内と雨の音がじわじわとリンの言葉を浮かび上がらせて、ユウを撫でる。
 そのダメージを抱えたまま、ふらふらと身体を揺らしながら、ユウはリンに手を伸ばし――
「?」
 そのまま、がばっとリンを抱きかかえて、自分の膝に座らせた。
「ユウ、何?」
 ユウは何も言わずに、リンの頭を撫でる。
「子供じゃないよ?」
「わかってるよ」
 そういいながらもリンは目を閉じてされるがままにしていた。
 髪を梳くように撫でていると、リンはそっとユウの膝に寄り掛かった。
 そのうち、すぅ……と小さな寝息が聞こえ始める。
 少し残ったコーヒーが微かに香って、ふっとユウ達を包み込む。
 ユウも、柔らかく微笑んだまま、その背を抱き寄せてまどろんでいった。
 木の葉や地面を打つ雨音が、やがて遠い潮騒の様に店の中に染み込んでくる。
 静かな子守唄のように――
  どんな夢を見ているのだろう。
  起きたら、夢の報告会。
  きっと幸せな夢を見ているに違いないから。
  もしかしたら同じ夢をみたのかもしれないから――
 雨は降り続いている。
 雨音に、静かな寝息と夢が交じり合って流れてゆく。
 ――喫茶店『小道』
 そこには、とびきり笑顔の女性店主と小さなウェイトレスがいる。
 お勧めは小さなパティシエの作るお菓子。素敵な夢に笑顔を添えて――