#26
ー/ー 他に何も出来る事がないと思ったシロはそれだけ言うと踵を返しパーカに袖を通して外に出た。室内着で追ってきた母親から手間を取らせた事の侘びを渡されそうになったが、何もしていないのに受け取る訳にはいかないと突っぱね酷く重たい足を引き摺り帰路に着く。
誰も居ない村を進みながらフードを被り、そっと両方のこめかみと頬に計六つの単眼を形成した。
久峩耳シロは怪異である。それも日本の古い伝承から生じた怪異の末裔。
世界中に蔓延る怪異を二分割するならば昨日シェリーの父親から払った雪の妖精と同じカテゴリであるが、大昔から伝わる文献という錨があるがゆえに簡単に死ぬことが出来ぬ身の上でもある。
だからこそ命の失われる瞬間に立ち会うのは恐ろしかった。
——いや、違うな。
正確には失われた命に苦しむ誰かを見るのが恐ろしいのだと脳内で訂正する。
受肉の際に用いたのはもう何千年も前に久峩耳一族へと奉げられた村人であるが、この身体を当時の久峩耳に提供した者達の顔が浮かぶのだ。
身体の記憶の残るは一様に痩せこけた頬とギョロついた数十の目。そして村人達に取り押さえられながらも、這いつくばったまま目を剥いて腕を伸ばし何か叫んでいる男。
年月で擦り切れかけた記憶の断片に声が残っていないのは幸いだが、落命に苦しむ者を見ると恐らくこの身体の父親と思われる男の顔がちらついて何とも言えない気持ちで心が曇る。心が曇ると何も出来なくなる。
女は人間の悲しむ顔を見て言葉に出来ない感情が押し寄せる度、自分は人間ではなくどんなに人の世に慣れても怪異であると戒めていた。
根本的に命の繋ぎ方が違うのだから、彼らの感情は理解できないはずだ、と。
女は気を紛らわせようと頬の単眼を動かし、確かに居るが人間の目には映らない怪異達を視る。
犬や魚に人間が混ざったような異形。目と口の位置が逆に付いている半透明の女。牛ほどもある巨大な蛆。
彼らは明らかに伝承者が少なくいつ消えてもおかしくない者達だが、どこまで人間と同じ生活をし社会に馴染んでも自分は彼ら側なのだ。女は自身にそう言い聞かせ心を落ち着けた。
捕食者は獲物に同情してはいけない。
家に着くまで胸の内で母親に教わった言葉を何度も反芻するが、ついぞ靄は晴れなかった。
シロは帰宅するなりストーブの火がまだ消えていない事を幸いに薪をつぎ足し、安楽椅子の上で気疲れを癒しだす。
大して何をしたわけでも、実際何一つ出来なかったにも関わらず疲労感を感じていた。
この村に着いてから先リオンにシェリー、そしてガイアと立て続けに子供と関わってきたが彼女は子供が苦手である。
彼女自身もそうだったというのは棚に上げておくとして、自分本位で考え行動する彼らに付き合いつつ大人としての意見も出さねばならないのは面倒だし、なにより低い身長からなる上目遣いと小さな唇から繰り出されるお願い事は断る事が困難で、拳で分からせられる屈強な男達より煩わしい。
自分で決めた目標は達成するまで決してあきらめない事を身上とする女は、誰にも届かない決意を一人ごち昨日買ってから開きそびれていた手帳に今後の予定を考えながらシャープペンシルを振って芯を出す。
そして未だ脳裏に浮かぶ男の顔に誓った事と、交わした約束を果たす為の計画を立て始めた。
誰も居ない村を進みながらフードを被り、そっと両方のこめかみと頬に計六つの単眼を形成した。
久峩耳シロは怪異である。それも日本の古い伝承から生じた怪異の末裔。
世界中に蔓延る怪異を二分割するならば昨日シェリーの父親から払った雪の妖精と同じカテゴリであるが、大昔から伝わる文献という錨があるがゆえに簡単に死ぬことが出来ぬ身の上でもある。
だからこそ命の失われる瞬間に立ち会うのは恐ろしかった。
——いや、違うな。
正確には失われた命に苦しむ誰かを見るのが恐ろしいのだと脳内で訂正する。
受肉の際に用いたのはもう何千年も前に久峩耳一族へと奉げられた村人であるが、この身体を当時の久峩耳に提供した者達の顔が浮かぶのだ。
身体の記憶の残るは一様に痩せこけた頬とギョロついた数十の目。そして村人達に取り押さえられながらも、這いつくばったまま目を剥いて腕を伸ばし何か叫んでいる男。
年月で擦り切れかけた記憶の断片に声が残っていないのは幸いだが、落命に苦しむ者を見ると恐らくこの身体の父親と思われる男の顔がちらついて何とも言えない気持ちで心が曇る。心が曇ると何も出来なくなる。
女は人間の悲しむ顔を見て言葉に出来ない感情が押し寄せる度、自分は人間ではなくどんなに人の世に慣れても怪異であると戒めていた。
根本的に命の繋ぎ方が違うのだから、彼らの感情は理解できないはずだ、と。
女は気を紛らわせようと頬の単眼を動かし、確かに居るが人間の目には映らない怪異達を視る。
犬や魚に人間が混ざったような異形。目と口の位置が逆に付いている半透明の女。牛ほどもある巨大な蛆。
彼らは明らかに伝承者が少なくいつ消えてもおかしくない者達だが、どこまで人間と同じ生活をし社会に馴染んでも自分は彼ら側なのだ。女は自身にそう言い聞かせ心を落ち着けた。
捕食者は獲物に同情してはいけない。
家に着くまで胸の内で母親に教わった言葉を何度も反芻するが、ついぞ靄は晴れなかった。
シロは帰宅するなりストーブの火がまだ消えていない事を幸いに薪をつぎ足し、安楽椅子の上で気疲れを癒しだす。
大して何をしたわけでも、実際何一つ出来なかったにも関わらず疲労感を感じていた。
この村に着いてから先リオンにシェリー、そしてガイアと立て続けに子供と関わってきたが彼女は子供が苦手である。
彼女自身もそうだったというのは棚に上げておくとして、自分本位で考え行動する彼らに付き合いつつ大人としての意見も出さねばならないのは面倒だし、なにより低い身長からなる上目遣いと小さな唇から繰り出されるお願い事は断る事が困難で、拳で分からせられる屈強な男達より煩わしい。
自分で決めた目標は達成するまで決してあきらめない事を身上とする女は、誰にも届かない決意を一人ごち昨日買ってから開きそびれていた手帳に今後の予定を考えながらシャープペンシルを振って芯を出す。
そして未だ脳裏に浮かぶ男の顔に誓った事と、交わした約束を果たす為の計画を立て始めた。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
他に何も出来る事がないと思ったシロはそれだけ言うと踵を返しパーカに袖を通して外に出た。室内着で追ってきた母親から手間を取らせた事の侘びを渡されそうになったが、何もしていないのに受け取る訳にはいかないと突っぱね酷く重たい足を引き摺り帰路に着く。
誰も居ない村を進みながらフードを被り、そっと両方のこめかみと頬に計六つの単眼を形成した。
久峩耳シロは怪異である。それも日本の古い伝承から生じた怪異の末裔。
世界中に蔓延る怪異を二分割するならば昨日シェリーの父親から払った雪の妖精と同じカテゴリであるが、大昔から伝わる文献という錨があるがゆえに簡単に死ぬことが出来ぬ身の上でもある。
だからこそ命の失われる瞬間に立ち会うのは恐ろしかった。
久峩耳シロは怪異である。それも日本の古い伝承から生じた怪異の末裔。
世界中に蔓延る怪異を二分割するならば昨日シェリーの父親から払った雪の妖精と同じカテゴリであるが、大昔から伝わる文献という錨があるがゆえに簡単に死ぬことが出来ぬ身の上でもある。
だからこそ命の失われる瞬間に立ち会うのは恐ろしかった。
——いや、違うな。
正確には失われた命に苦しむ誰かを見るのが恐ろしいのだと脳内で訂正する。
受肉の際に用いたのはもう何千年も前に久峩耳一族へと奉げられた村人であるが、この身体を当時の久峩耳に提供した者達の顔が浮かぶのだ。
身体の記憶の残るは一様に痩せこけた頬とギョロついた数十の目。そして村人達に取り押さえられながらも、這いつくばったまま目を剥いて腕を伸ばし何か叫んでいる男。
受肉の際に用いたのはもう何千年も前に久峩耳一族へと奉げられた村人であるが、この身体を当時の久峩耳に提供した者達の顔が浮かぶのだ。
身体の記憶の残るは一様に痩せこけた頬とギョロついた数十の目。そして村人達に取り押さえられながらも、這いつくばったまま目を剥いて腕を伸ばし何か叫んでいる男。
年月で擦り切れかけた記憶の断片に声が残っていないのは幸いだが、落命に苦しむ者を見ると恐らくこの身体の父親と思われる男の顔がちらついて何とも言えない気持ちで心が曇る。心が曇ると何も出来なくなる。
女は人間の悲しむ顔を見て言葉に出来ない感情が押し寄せる度、自分は人間ではなくどんなに人の世に慣れても怪異であると戒めていた。
根本的に命の繋ぎ方が違うのだから、彼らの感情は理解できないはずだ、と。
根本的に命の繋ぎ方が違うのだから、彼らの感情は理解できないはずだ、と。
女は気を紛らわせようと頬の単眼を動かし、確かに居るが人間の目には映らない怪異達を視る。
犬や魚に人間が混ざったような異形。目と口の位置が逆に付いている半透明の女。牛ほどもある巨大な蛆。
彼らは明らかに伝承者が少なくいつ消えてもおかしくない者達だが、どこまで人間と同じ生活をし社会に馴染んでも自分は彼ら側なのだ。女は自身にそう言い聞かせ心を落ち着けた。
犬や魚に人間が混ざったような異形。目と口の位置が逆に付いている半透明の女。牛ほどもある巨大な蛆。
彼らは明らかに伝承者が少なくいつ消えてもおかしくない者達だが、どこまで人間と同じ生活をし社会に馴染んでも自分は彼ら側なのだ。女は自身にそう言い聞かせ心を落ち着けた。
捕食者は獲物に同情してはいけない。
家に着くまで胸の内で母親に教わった言葉を何度も反芻するが、ついぞ靄は晴れなかった。
家に着くまで胸の内で母親に教わった言葉を何度も反芻するが、ついぞ靄は晴れなかった。
シロは帰宅するなりストーブの火がまだ消えていない事を幸いに薪をつぎ足し、安楽椅子の上で気疲れを癒しだす。
大して何をしたわけでも、実際何一つ出来なかったにも関わらず疲労感を感じていた。
大して何をしたわけでも、実際何一つ出来なかったにも関わらず疲労感を感じていた。
この村に着いてから先リオンにシェリー、そしてガイアと立て続けに子供と関わってきたが彼女は子供が苦手である。
彼女自身もそうだったというのは棚に上げておくとして、自分本位で考え行動する彼らに付き合いつつ大人としての意見も出さねばならないのは面倒だし、なにより低い身長からなる上目遣いと小さな唇から繰り出されるお願い事は断る事が困難で、拳で分からせられる屈強な男達より煩わしい。
彼女自身もそうだったというのは棚に上げておくとして、自分本位で考え行動する彼らに付き合いつつ大人としての意見も出さねばならないのは面倒だし、なにより低い身長からなる上目遣いと小さな唇から繰り出されるお願い事は断る事が困難で、拳で分からせられる屈強な男達より煩わしい。
自分で決めた目標は達成するまで決してあきらめない事を身上とする女は、誰にも届かない決意を一人ごち昨日買ってから開きそびれていた手帳に今後の予定を考えながらシャープペンシルを振って芯を出す。
そして未だ脳裏に浮かぶ男の顔に誓った事と、交わした約束を果たす為の計画を立て始めた。
そして未だ脳裏に浮かぶ男の顔に誓った事と、交わした約束を果たす為の計画を立て始めた。