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#25

ー/ー



「ジローさん!起きてますか!ジローさん!」

 変声期前の少年声と共に玄関扉が叩かれる。
 たどたどしい筆跡の平仮名で書かれた置手紙でリオンの帰宅を知ったシロが朝食明けのルーチンを終える直前だった。
 窓から覗くのは猛吹雪。
 流石に今日は家でゆっくりするかと思っていたのに戸を叩かれ、こんな吹雪の中でも子供は元気に遊んでいてそのお誘いかと勘繰りながら戸を開くと、玄関先で雪だらけのパーカの下から現れたのは逼迫した表情。ただ事ではないと察したシロは昨日のような怪異関連と予想をつけ少年へ問いかけた。

「どうした?」
「昨日妖精を追い払ったって聞いて。うちにキキルンが出たんです!」

 【キキルン】。
 聞いた事のない名前だったが急ぎ少年の家に向かいながら事情を聞いてみると、彼の相棒の犬がひきつけをおこし倒れ、その後の様子がおかしいのだと言う。
 少年はガイアと名乗った。リオンとタローの関係と同じく、少年もマラミュートのアースと産まれた時からの付き合いで、藁にも縋る思いでやってきたと語る。

「ごめんなさいジローさん。ガイアにはよしなさいと言ったのだけど」

 早朝過ぎて流石に人気のない広場を抜けガイアの家に着くなり「ジローさんが来てくれたからもう大丈夫だよ!」とリビングに駆け込んで横たわる犬の元へ寄る少年の背を眺めながら、パーカを腕に掛けた女が追いつくと犬は微動だにしていなかった。
 横たわる犬の側の椅子から立ち上がり出迎えてくれた母親の様子から察したシロは念のため犬の年齢を聞き、やはりと思いながらそっと少年の肩に手をやり囁くように諭した。

「ガイア、アースの命は旅に出たんだ。ネリット族の風習にならって弔ってやれ」
「嘘だ!これはキキルンが悪さをしてるんだ。いつもより長いだけできっとまた元に戻るんだ」

 シロを見ないまま発せられた言葉の内容とは裏腹に話始めから徐々に言葉は震え、尻すぼみになっていく。
 女は少年が実は察しているのを感じ取り、顔を上げずに未だにふわふわした体温が失われたばかりの相棒を撫でる姿が見ておられず、たまらず傍を離れリビング中央の椅子に腰を下ろし部屋の中に視線を彷徨わせた。

「本当にごめんなさいジローさん。昨日妖精を払ったって話が伝わって来て、それでこの子ときたらきっとアースについたキキルンも何とかしてくれるって貴女を呼びに飛び出てしまったの」
「そのキキルンってのは何なんだ?この辺りでは有名な妖精なのか?」

 シロはいたたまれない気持ちから目を逸らすべく、対面に座りなおし話しかけてきた母親の言葉に問い返す。

「キキルンというのは人や犬に病や引き付けを起させる悪い妖精なんです。名前を呼べば逃げると言われいて、子供達は病気になったらキキルンと口にして追い払うんです。昔の風習なので現代では病院や薬の効果の方が信じられていますが」
「なるほどな」

 シロは再び暖炉の薪の立てる音意外何もない室内でしばし黙考したが、少年の心を癒す最適な言葉が浮かばなかったので、慰め代わりに地元に伝わる犬の役割を話して帰ることにした。

「ガイア、俺はこの国での犬と人の関係を深く知らねーし、もしかすると失礼かもしれねーが他に言葉が見つかんねーから言うんだけどよ。俺の故郷では子供が生まれたら犬を飼いなさいって文言がある。赤ん坊のころは守り、共に育てば友となり、そして最後の時はその死を以て命を尊さを教えてくれるからってな。ネリット族の犬の役割はわかんねーけどよ、俺から見ればアースは最後の仕事やり遂げた立派な犬だと思うぜ」



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「ジローさん!起きてますか!ジローさん!」
 変声期前の少年声と共に玄関扉が叩かれる。
 たどたどしい筆跡の平仮名で書かれた置手紙でリオンの帰宅を知ったシロが朝食明けのルーチンを終える直前だった。
 窓から覗くのは猛吹雪。
 流石に今日は家でゆっくりするかと思っていたのに戸を叩かれ、こんな吹雪の中でも子供は元気に遊んでいてそのお誘いかと勘繰りながら戸を開くと、玄関先で雪だらけのパーカの下から現れたのは逼迫した表情。ただ事ではないと察したシロは昨日のような怪異関連と予想をつけ少年へ問いかけた。
「どうした?」
「昨日妖精を追い払ったって聞いて。うちにキキルンが出たんです!」
 【キキルン】。
 聞いた事のない名前だったが急ぎ少年の家に向かいながら事情を聞いてみると、彼の相棒の犬がひきつけをおこし倒れ、その後の様子がおかしいのだと言う。
 少年はガイアと名乗った。リオンとタローの関係と同じく、少年もマラミュートのアースと産まれた時からの付き合いで、藁にも縋る思いでやってきたと語る。
「ごめんなさいジローさん。ガイアにはよしなさいと言ったのだけど」
 早朝過ぎて流石に人気のない広場を抜けガイアの家に着くなり「ジローさんが来てくれたからもう大丈夫だよ!」とリビングに駆け込んで横たわる犬の元へ寄る少年の背を眺めながら、パーカを腕に掛けた女が追いつくと犬は微動だにしていなかった。
 横たわる犬の側の椅子から立ち上がり出迎えてくれた母親の様子から察したシロは念のため犬の年齢を聞き、やはりと思いながらそっと少年の肩に手をやり囁くように諭した。
「ガイア、アースの命は旅に出たんだ。ネリット族の風習にならって弔ってやれ」
「嘘だ!これはキキルンが悪さをしてるんだ。いつもより長いだけできっとまた元に戻るんだ」
 シロを見ないまま発せられた言葉の内容とは裏腹に話始めから徐々に言葉は震え、尻すぼみになっていく。
 女は少年が実は察しているのを感じ取り、顔を上げずに未だにふわふわした体温が失われたばかりの相棒を撫でる姿が見ておられず、たまらず傍を離れリビング中央の椅子に腰を下ろし部屋の中に視線を彷徨わせた。
「本当にごめんなさいジローさん。昨日妖精を払ったって話が伝わって来て、それでこの子ときたらきっとアースについたキキルンも何とかしてくれるって貴女を呼びに飛び出てしまったの」
「そのキキルンってのは何なんだ?この辺りでは有名な妖精なのか?」
 シロはいたたまれない気持ちから目を逸らすべく、対面に座りなおし話しかけてきた母親の言葉に問い返す。
「キキルンというのは人や犬に病や引き付けを起させる悪い妖精なんです。名前を呼べば逃げると言われいて、子供達は病気になったらキキルンと口にして追い払うんです。昔の風習なので現代では病院や薬の効果の方が信じられていますが」
「なるほどな」
 シロは再び暖炉の薪の立てる音意外何もない室内でしばし黙考したが、少年の心を癒す最適な言葉が浮かばなかったので、慰め代わりに地元に伝わる犬の役割を話して帰ることにした。
「ガイア、俺はこの国での犬と人の関係を深く知らねーし、もしかすると失礼かもしれねーが他に言葉が見つかんねーから言うんだけどよ。俺の故郷では子供が生まれたら犬を飼いなさいって文言がある。赤ん坊のころは守り、共に育てば友となり、そして最後の時はその死を以て命を尊さを教えてくれるからってな。ネリット族の犬の役割はわかんねーけどよ、俺から見ればアースは最後の仕事やり遂げた立派な犬だと思うぜ」