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264 修学旅行のしおりの完成

ー/ー



 2時間目が終わった中休み、修学旅行実行委員委員長の藤城皐月(ふじしろさつき)は出来上がった修学旅行のしおりを印刷するために印刷室へ行った。書記の水野真帆(みずのまほ)がすでに複合機のセッティングをしていた。
「ごめんごめん。遅れちゃった。もう始めてるの?」
「とりあえず1部だけプリントしてみるね。実物の出来上がりを見てみたい」
「いよいよしおりができるのか……。なんかワクワクするね」
 皐月は昨日のことを気にしていた。真帆と一緒にいるのに、自分は年下の彼女の入屋千智(いりやちさと)と二人で話し込んでいた。そのことで、真帆が気を悪くして先に帰ってしまったんじゃないかと思っていたからだ。今のところ、皐月には真帆が昨日のことを引きずっているようには見えない。
 副委員長の江嶋華鈴(えじまかりん)がごついホチキスをいくつか持ってやって来た。皐月と華鈴の目が合った時、華鈴にいつもの親しみを感じられなかった。機嫌が悪そうだ。

「そのホチキス、でかいな。こんなの初めて見た」
「PPC用紙30枚くらいなら小学生の力でも綴じられるよ」
「マジか! すげーな、それ」
 話しかければ華鈴は普通に会話を返す。皐月は華鈴の気を引くために大げさに驚いてみせた。
 真帆が複合機の操作をすると、驚くべき速さで印刷されたしおりが排出される。あっという間に全て出力し終わり、ページ順になっている紙の束ができた。華鈴が慣れた手つきで紙の束を取り出し、ホチキスで止めた。この間、華鈴は淡々と作業を進めていた。
「出来上がりの確認をします」
 華鈴が椅子に座ると、真帆がその隣に座った。椅子が近くに二脚しかなかったので、皐月は他の椅子を持ってくるのが面倒だから、二人の背後からしおりを覗きこむことにした。
「黄木君の描いた表紙、こうして印刷物で見ると綺麗だな。過去のしおりと比べても、俺たちの代のしおりが一番よくできてると思う」
「ほんと……」
 華鈴を見ると、目に涙が浮かんでいた。真帆は何も言わず、じっと表紙を見つめていた。真帆は黄木昭弘(おおぎあきひろ)の描いた自分たち修学旅行実行委員のイラストを気に入っていて、かわいい眼鏡っ子に描かれた自分の絵に見入っている。

「中も見てみようぜ」
 皐月が華鈴に促してもページをめくろうとしなかったので、隣に座っている真帆が表紙を開いた。
「江嶋のペースでページをめくっていってくれ」
「あ……うん。悪いけど水野さん、代わりにお願いできるかな? 私、ちょっとこういうのってつい読んじゃうから、遅くなっちゃうかも……」
「いいよ。確認作業は私がやる。会長と委員長は見てて」
 真帆は感慨に耽るわけでもなく、淡々と機械的に各ページの出来上がりをチェックした。真帆に華鈴のような想いがないわけではないだろうが、仕事には感情を持ち込まないタイプのようだ。
「はい、これで終わり。濃度は問題ない。あとは人数分印刷したらしおり作りは終わりだね」
 軽くため息をついた真帆の表情がやっと緩んだ。だが、すぐに表情が曇った。
「ねえ会長、これって全部複合機でやっちゃっていいのかな? デジタル印刷機の方が早いし、安くできるよね?」
「それは北川先生から許可をもらってるから大丈夫。デジタル印刷機だと丁合を手作業でやらないといけないでしょ。うちの学校って丁合機がないし。時間がないから複合機で部単位印刷しちゃえばいいって言ってくれた」
「よかった……お金をかけるなって言われたらどうしようかと思った」
「そういうことは話がわかるよね、北川先生って。授業中も機械を動かしっぱなしにしてていいって。用紙切れするから、用紙の補充は休憩時間にしなさいって。そうすれば昼休みには印刷し終えることができるだろうって」

 聞き慣れない言葉が多くて、皐月には華鈴と真帆が何を話しているのかピンとこなかった。華鈴が「藤城君がいたってやることないよ」と言った意味がよくわかった。ここでいちいち言葉の意味を聞いていたら、華鈴や真帆の仕事の邪魔をするだけだ。
「それは助かるね。用紙は1500枚くらいあれば大丈夫かな? もうちょっと多いかな?」
「とりあえず新品のコピー用紙をセットしよう。あれって1セット500枚だから、3時間目、4時間目、給食の時間でだいたいプリントアウトできるね」
 真帆が複合機から使いかけのB5用紙を取り出し、華鈴が新しい用紙をセットした。皐月はそれを茫然と見ているだけだった。
「授業が終わったら、私が用紙の補充に来るね」
「あっ、それくらいなら俺がやろうか?」
「いいよ、藤城君は。もし何かトラブルがあったら困るでしょ? まあ、こういうのは私たちに任せて」
「……じゃあ、江嶋に任せる」
「私は議事録を書きたいから、後は会長にお任せします」
「うん。用紙の補充はやっておくね」

 華鈴が複合機でプリントアウトを始めると、真帆はタブレットを持って、自分の教室へ戻って行った。
「後は機械に任せて、私たちも教室に戻ろうか」
「なあ、江嶋。用紙の補充、俺も付き合うよ」
「別にいいよ。特にやることないし」
 華鈴は皐月と目を合わせずに返事をしている。
「そんなことないだろ。例えばプリントアウトした分を一人づつ分けるとかさ、何かあるだろ」
「ああ……それはオフセット排出っていって、1部ずつ位置をずらして用紙を排出する機能があるから大丈夫。ほんと、私一人でできるから」
 この時、やっと華鈴が皐月の顔を見た。
「それなら、やることがなくても付き合うよ」
「いいって。来なくても」
「そんなこと言うなよ。俺だってしおり作りに関わりたいんだ」
 華鈴は何も言い返してこなかった。無言の時間がしばらく続いた。皐月は先に口を開いた方が負けのような気がしたので、我慢比べのように目を逸らしている華鈴のことを見つめ続けていた。
「じゃあ、藤城君に手伝ってもらう。でも、来たって本当にやることないからね」
「よかった。しおりが刷り上がるところを見たかったんだ」
 華鈴が皐月を見て、弱弱しく微笑んだ。



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 2時間目が終わった中休み、修学旅行実行委員委員長の|藤城皐月《ふじしろさつき》は出来上がった修学旅行のしおりを印刷するために印刷室へ行った。書記の|水野真帆《みずのまほ》がすでに複合機のセッティングをしていた。
「ごめんごめん。遅れちゃった。もう始めてるの?」
「とりあえず1部だけプリントしてみるね。実物の出来上がりを見てみたい」
「いよいよしおりができるのか……。なんかワクワクするね」
 皐月は昨日のことを気にしていた。真帆と一緒にいるのに、自分は年下の彼女の|入屋千智《いりやちさと》と二人で話し込んでいた。そのことで、真帆が気を悪くして先に帰ってしまったんじゃないかと思っていたからだ。今のところ、皐月には真帆が昨日のことを引きずっているようには見えない。
 副委員長の|江嶋華鈴《えじまかりん》がごついホチキスをいくつか持ってやって来た。皐月と華鈴の目が合った時、華鈴にいつもの親しみを感じられなかった。機嫌が悪そうだ。
「そのホチキス、でかいな。こんなの初めて見た」
「PPC用紙30枚くらいなら小学生の力でも綴じられるよ」
「マジか! すげーな、それ」
 話しかければ華鈴は普通に会話を返す。皐月は華鈴の気を引くために大げさに驚いてみせた。
 真帆が複合機の操作をすると、驚くべき速さで印刷されたしおりが排出される。あっという間に全て出力し終わり、ページ順になっている紙の束ができた。華鈴が慣れた手つきで紙の束を取り出し、ホチキスで止めた。この間、華鈴は淡々と作業を進めていた。
「出来上がりの確認をします」
 華鈴が椅子に座ると、真帆がその隣に座った。椅子が近くに二脚しかなかったので、皐月は他の椅子を持ってくるのが面倒だから、二人の背後からしおりを覗きこむことにした。
「黄木君の描いた表紙、こうして印刷物で見ると綺麗だな。過去のしおりと比べても、俺たちの代のしおりが一番よくできてると思う」
「ほんと……」
 華鈴を見ると、目に涙が浮かんでいた。真帆は何も言わず、じっと表紙を見つめていた。真帆は|黄木昭弘《おおぎあきひろ》の描いた自分たち修学旅行実行委員のイラストを気に入っていて、かわいい眼鏡っ子に描かれた自分の絵に見入っている。
「中も見てみようぜ」
 皐月が華鈴に促してもページをめくろうとしなかったので、隣に座っている真帆が表紙を開いた。
「江嶋のペースでページをめくっていってくれ」
「あ……うん。悪いけど水野さん、代わりにお願いできるかな? 私、ちょっとこういうのってつい読んじゃうから、遅くなっちゃうかも……」
「いいよ。確認作業は私がやる。会長と委員長は見てて」
 真帆は感慨に耽るわけでもなく、淡々と機械的に各ページの出来上がりをチェックした。真帆に華鈴のような想いがないわけではないだろうが、仕事には感情を持ち込まないタイプのようだ。
「はい、これで終わり。濃度は問題ない。あとは人数分印刷したらしおり作りは終わりだね」
 軽くため息をついた真帆の表情がやっと緩んだ。だが、すぐに表情が曇った。
「ねえ会長、これって全部複合機でやっちゃっていいのかな? デジタル印刷機の方が早いし、安くできるよね?」
「それは北川先生から許可をもらってるから大丈夫。デジタル印刷機だと丁合を手作業でやらないといけないでしょ。うちの学校って丁合機がないし。時間がないから複合機で部単位印刷しちゃえばいいって言ってくれた」
「よかった……お金をかけるなって言われたらどうしようかと思った」
「そういうことは話がわかるよね、北川先生って。授業中も機械を動かしっぱなしにしてていいって。用紙切れするから、用紙の補充は休憩時間にしなさいって。そうすれば昼休みには印刷し終えることができるだろうって」
 聞き慣れない言葉が多くて、皐月には華鈴と真帆が何を話しているのかピンとこなかった。華鈴が「藤城君がいたってやることないよ」と言った意味がよくわかった。ここでいちいち言葉の意味を聞いていたら、華鈴や真帆の仕事の邪魔をするだけだ。
「それは助かるね。用紙は1500枚くらいあれば大丈夫かな? もうちょっと多いかな?」
「とりあえず新品のコピー用紙をセットしよう。あれって1セット500枚だから、3時間目、4時間目、給食の時間でだいたいプリントアウトできるね」
 真帆が複合機から使いかけのB5用紙を取り出し、華鈴が新しい用紙をセットした。皐月はそれを茫然と見ているだけだった。
「授業が終わったら、私が用紙の補充に来るね」
「あっ、それくらいなら俺がやろうか?」
「いいよ、藤城君は。もし何かトラブルがあったら困るでしょ? まあ、こういうのは私たちに任せて」
「……じゃあ、江嶋に任せる」
「私は議事録を書きたいから、後は会長にお任せします」
「うん。用紙の補充はやっておくね」
 華鈴が複合機でプリントアウトを始めると、真帆はタブレットを持って、自分の教室へ戻って行った。
「後は機械に任せて、私たちも教室に戻ろうか」
「なあ、江嶋。用紙の補充、俺も付き合うよ」
「別にいいよ。特にやることないし」
 華鈴は皐月と目を合わせずに返事をしている。
「そんなことないだろ。例えばプリントアウトした分を一人づつ分けるとかさ、何かあるだろ」
「ああ……それはオフセット排出っていって、1部ずつ位置をずらして用紙を排出する機能があるから大丈夫。ほんと、私一人でできるから」
 この時、やっと華鈴が皐月の顔を見た。
「それなら、やることがなくても付き合うよ」
「いいって。来なくても」
「そんなこと言うなよ。俺だってしおり作りに関わりたいんだ」
 華鈴は何も言い返してこなかった。無言の時間がしばらく続いた。皐月は先に口を開いた方が負けのような気がしたので、我慢比べのように目を逸らしている華鈴のことを見つめ続けていた。
「じゃあ、藤城君に手伝ってもらう。でも、来たって本当にやることないからね」
「よかった。しおりが刷り上がるところを見たかったんだ」
 華鈴が皐月を見て、弱弱しく微笑んだ。