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神話

ー/ー



 地上にまだ動物も植物も存在しなかった頃、精霊たちは天から降り立ち、世界を形づくり始めた。

 一体の精霊は一本の樹となり、その身を地に根づかせた。
 
 その樹はやがて精霊樹と呼ばれ、あらゆる命の源となるマナを生み出すことで、世界の均衡を保っていた。

 精霊樹に宿った精霊チキサは、他の精霊たちを統べる存在となり、マナの女神と呼ばれるようになった。

 やがて、チキサのもとに四体の精霊が集い、共に世界を創造した。
 
 名はカーラ、レブン、コタ、ヴェンという。

 カーラは人間を創り、レブンとコタは山と森を築き、ヴェンは人間以外の動物を生み出した。

 カーラは姿を持たなかった。一方、レブンとコタはヴェンの創り出した動物の姿を借り、レブンは狼に、コタはフクロウに、ヴェンは蛇の姿をとった。

 やがて整えられた地上を見つめていたチキサは、そこに生きる人間たちに興味を抱いた。

 その中でも、ひとりの青年の清らかな心に惹かれ、ついに姿を現して彼の前に降り立った。

 二人はやがて恋に落ち、一人の子を授かる。子の名はルーク。

 ルークは明るく優しい少年に育った。彼は人間の子どもたちとよく遊び、とりわけ仲の良かったのが、ランパという少年だった。

 ランパの両親は早くに亡くなり、孤独だった。彼は体が弱く、友達もいなかった。茶色い髪はボサボサに伸びきっていた。
 
 ルークはそんなランパを放っておけず、よく森へ連れ出して一緒に遊んだ。彼は木登りと潜水が得意で、虫を捕ったり、川に潜って魚を捕まえたりした。

「オイラも虫取りしたい」

「じゃあ、やってみようよ。僕が教えてあげる」

 ルークに誘われ、ランパは勇気を出して高い木に登った。

 けれど、足を滑らせて落ちてしまう。

「ピェー、いたいー」

 それ以来、ランパは高いところが苦手になった。

 ある日、ルークは木の実を採ってきて差し出した。

「ランパ、食べないの?」

 ランパは首を振った。

「食べたら、吐いちゃうんだ」

 ランパの体は、日に日に弱っていった。
 
 ルークは毎日見舞いに通い、手を握りながら何度も励ました。

 けれど、その想いも届かず――やがてランパは静かに息を引き取った。

 瞬間、ルークは声を上げて泣き崩れた。

 その光景を、精霊樹の頂からチキサは見ていた。彼女は、ルークの涙の中に命を想う純粋な祈りを感じ取った。

 チキサは静かに地上へ降り立ち、ランパの亡骸の前で膝をついた。そして、両手をそっと彼の胸の上にかざす。

「この子の魂に、もう一度息吹を。私の力の半分を与えましょう」

「母さま、いいのですか?」

「ただし、条件があります。ルーク。あなたは人間たちが暮らしやすいように、道具を作りなさい。それができたなら、この子に新たな命を授けましょう。それまで、この子は私が預かります」

「わかりました」

 ルークは知恵をしぼり、網や弓矢などの生活道具を考案した。それらは人々の暮らしに欠かせないものとなり、人間たちは急速に栄えていった。

「よくできました。これで人間たちは、より繁栄していくでしょう」

 チキサが穏やかに微笑むと、光の中からランパが姿を現した。

 ランパは新たな命として目を覚ました。茶色だった髪はエメラルドグリーンに変化していた。

 ランパが最初に見たのは、涙をぬぐうルークの笑顔だった。


 人間たちが繁栄していく中、一体の精霊が不穏な動きを見せていた。

 ヴェンである。

 ヴェンは、魔族を創り出した。やがて魔族たちは人間を襲い、命を喰らい始めた。

「ヴェン。お前の子らが、命を奪っている。私たちが与えた命を。なぜ魔族を創造した?」

「なぜ、か。お前たちが生を創り続ける限り、世界は終わらぬ。終わらぬ世界は、いつか自らの重みに耐えきれず、内側から崩れる。だから私は、その崩れを外に形とした。それが魔族だ」

「けれど、彼らは奪うことしか知らない。命の声を聞かず、ただ破壊を撒くだけ。それを輪のための創造だというのですか?」

「創造とは、形を変えることだ。お前は命を与え、世界を広げた。私は命を奪い、世界に還す。お前の吐く息が春なら、私の吐く息は冬。どちらもなければ、輪は閉じぬ。世界はやがて、死ぬことを忘れて腐る」

「だが、彼らは痛みを知らない。命を終わらせるその手に、愛はあるの?」

「ある。だが、お前の思う愛とは違う。お前は命を抱きしめる愛。私は命を解き放つ愛。喰らわせ、終わらせ、また生ませる。それが、私の創った理だ」

「ならば、私たちは同じ輪の内にいる。お前が破壊するたび、私は新たな命を生む。お前の闇の中に、私の光が落ちていく」

「そうだ。光がなければ、影は生まれない。だが影がなければ、光もまた形を得ない。チキサ――お前が世界を愛するなら、私も世界を喰らって愛そう。それが、終わりなき創造のかたちだ」

「それでも、私は受け入れられない。お前の愛は、あまりにも深く、あまりにも冷たい。命が痛みの中で終わることを、私は赦せない」

 チキサは、力を解き放った。

 光が落ち、世界が震えた。
 
 ヴェンの姿が、影とともに崩れていく。

「チキサ――お前も、いずれ知る。終わりなき愛は、終わりなき――苦しみだ――」

 ヴェンは滅びた。だが、魔族は消えなかった。
 
 魔族を統べる魔神を封じるため、チキサはルークに命を与えた。
 
 その時点、ルークは十六歳になっていた。

 ルークは、立派な剣と黄金色に輝く鎧を受け取った。

「その武具は、精霊たちが力を合わせて作ったもの。それを身にまとい、魔神討伐の旅に出なさい」

「わかりました、母上」

 ルークは静かにうなずき、鎧を装着した。

「それと、もう一つ」

 チキサが手にしていたのは、顔の上半分だけを覆う仮面だった。

 ルークは受け取った仮面をまじまじと見る。

「この仮面には、どんな力が?」

「とくに力はないわ」

「え?」

「でも、顔が見えぬ方が少し勇ましく見えるでしょう?」

 チキサが微笑む。

「なるほど、悪くない。ありがとう、母上」

 ルークは笑い、仮面を装着した。

「似合ってるぞ、ルーク!」

 ランパが目を輝かせる。

「いいだろう? でも、やらないぞ」

「わかってるよ。それじゃ、頑張ってくれよ」

「ランパ、あなたもルークに同行するのですよ」

「えぇっ!? でも、オイラ戦えないし!」

「あなたはもう立派な精霊です。精霊術でルークを支えなさい」

「わ、わかったよ」

「ただし、怪我には十分注意しなさい。あなたは元人間。特別な精霊なのです。傷つけば、痛みもあるし、血も出ます」

「大丈夫だ。ランパは私が守る」

 ルークはランパの肩に手を置いた。

「ふふ、頼もしいですね。――任せましたよ、二人とも」

 チキサは静かに微笑み、その姿が淡い光の粒となって消えていった。

 ルークは剣の柄を握りしめ、空を見上げた。

 ◇

 意識が現実へと引き戻される。

 全員が言葉を失っていた。

 勇斗は、俯き両肩を震わせているランパに視線を移した。かける言葉が、見つからなかった。

「そ、それにしても、素敵なお話だったわね。死んだ友人を蘇らせるために一生懸命になる男の子。ね、ユート?」

 シグネリアは両手を打ち鳴らし、勇斗に向かって微笑みかけた。

「う、うん。そうだね」

 勇斗は曇った声で答えた。その後、手を組もうとしたが、片腕がないことに気づき、唇を噛んだ。

 少年が、亡くなった親友を蘇らせるために女神の試練を受ける。最終的に主人公は試練を乗り越え、女神の力を分け与えられ、再び親友と出会う――昔読んだ古い本の話そっくりじゃないか。
 
 どうしてこの話が、自分のいた世界に?

 その時、どこからともなく澄みきった声が聞こえてきた。

「お帰りなさい、ランパ。そして、よく来ましたね、ユート」

 勇斗たちの目の前、湖の上に光が集まる。光はやがて人の形をとり、ひとりの女性が姿を現した。

 長く流れるようなエメラルドグリーンの髪。肩から腰にかけて羽衣のような薄布が揺らめき、常に淡い光をまとっている。その布は空気に溶けるようにゆらぎ、輪郭さえ曖昧だった。

「チキサ様!」

 ランパが声を張り上げた。

「あなたが、マナの女神チキサ」

「そう、私はこの世界の命の流れを見守る者。ユート、あなたがここへ来た理由は、もう知っています。元の世界に戻るため。違いますか?」

「え、えぇ、はい」

 先に言われてしまった。何でもお見通し、というやつか。

「僕は、高日町に帰りたいんです。もし方法があるなら、教えてください」

「帰ること。それは、あなたの世界とこの世界、どちらも救われてこそ叶うものです」

「どういうことですか?」

「魔神の再誕によって、世界を隔てる境が崩れはじめています。このままでは、この世界だけでなく、あなたの世界にも災いが及びます」

「そんな」

 二つの世界が――

「どうすればいいのですか!」

 勇斗は思わず大きな声を上げた。

「諸悪の根源たる魔神を倒すのです」

「魔神を、倒す」

 勇斗はぐっと右手を握りしめた。

「魔神の居城はミケーレ大陸のはるか南、火山の地下にあります。シンターを使って行くといいでしょう」

「――わかりました」

 二つの世界を救う。ただ元の世界に帰りたかっただけなのに、いつの間にか大きな使命を背負っていた。つい「わかりました」と口にしてしまったが、今の自分に本当に魔神を倒せるのだろうか。

 暗い思考が胸の奥を満たしていく。

「大丈夫だよ、ユート。お前ならやれる。オイラたちもついてるし、チャチャっと魔神をやっつけちゃおーぜ!」

 ランパは両腕を頭の後ろで組み、ニカッと笑った。
 
 チカップとシグネリアも顔をほころばせ、静かにうなずく。

「みんな、ありがとう」

 胸の奥がじんわりと熱くなった。

「チキサ様、自分も質問していいっスか? ルークは魔神を封印したあと、どうなったんスか? 伝承では姿をくらましたって聞いたんスけど」

 チカップが一歩前に出た。

「姿をくらましたのは本当です。ルークは魔神を封印したあと、武具を信頼できる人間に託しました。その頃には魔族も鳴りをひそめていましたからね。けれど、彼は思いつめた表情で私に言ったのです――母上、このままでは世界が再び危険にさらされる。そのために、新たな旅に出る――と。そして、二度と戻っては来ませんでした」

 チキサは静かに天を仰いだ。

 少しの沈黙のあと、シグネリアが一歩前へ出て深く頭を下げた。

「チキサ様、お初にお目にかかります。私はソレイン王国の王女、シグネリアと申します」

「シグネリア。ふふ、あの娘によく似ていますね」

「え?」

「いいえ、何でもありません。あなたは悩んでいますね?」

「はい。私は国も家族も失いました。チキサ様、私はこれから、どう生きればよいのでしょう?」

「その答えは、あなた自身の意思で見つけなさい。シグネリア、あなたが進む先が正しくても、間違っていても構わない。それこそが、命に与えられた唯一の特権なのだから」

「私自身で」

 シグネリアは迷いを含んだ表情でうつむき、やがて静かにうなずいた。

「よしっ、じゃあみんな準備はいいか? 今から魔神の居城に突撃するぞー!」

 ランパは勢いよく精霊樹の枝を掲げた。

 突如、大地が激しく揺れた。
 
 バランスを崩したランパは、尻もちをついた。

「まさか、あちらから乗り込んできたというのですか?」

 チキサの表情が一変した。穏やかだった瞳に、緊張の色が宿る。

 次の瞬間、翼がはためく重い音が響いた。

「あのドラゴンは」

 赤い飛竜がゆっくりと降下し、花園に着地する。灼けるような熱風が巻き起こり、光の花々がはじけて散った。

 飛竜の背には、魔神とソーマが乗っていた。


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 地上にまだ動物も植物も存在しなかった頃、精霊たちは天から降り立ち、世界を形づくり始めた。
 一体の精霊は一本の樹となり、その身を地に根づかせた。
 その樹はやがて精霊樹と呼ばれ、あらゆる命の源となるマナを生み出すことで、世界の均衡を保っていた。
 精霊樹に宿った精霊チキサは、他の精霊たちを統べる存在となり、マナの女神と呼ばれるようになった。
 やがて、チキサのもとに四体の精霊が集い、共に世界を創造した。
 名はカーラ、レブン、コタ、ヴェンという。
 カーラは人間を創り、レブンとコタは山と森を築き、ヴェンは人間以外の動物を生み出した。
 カーラは姿を持たなかった。一方、レブンとコタはヴェンの創り出した動物の姿を借り、レブンは狼に、コタはフクロウに、ヴェンは蛇の姿をとった。
 やがて整えられた地上を見つめていたチキサは、そこに生きる人間たちに興味を抱いた。
 その中でも、ひとりの青年の清らかな心に惹かれ、ついに姿を現して彼の前に降り立った。
 二人はやがて恋に落ち、一人の子を授かる。子の名はルーク。
 ルークは明るく優しい少年に育った。彼は人間の子どもたちとよく遊び、とりわけ仲の良かったのが、ランパという少年だった。
 ランパの両親は早くに亡くなり、孤独だった。彼は体が弱く、友達もいなかった。茶色い髪はボサボサに伸びきっていた。
 ルークはそんなランパを放っておけず、よく森へ連れ出して一緒に遊んだ。彼は木登りと潜水が得意で、虫を捕ったり、川に潜って魚を捕まえたりした。
「オイラも虫取りしたい」
「じゃあ、やってみようよ。僕が教えてあげる」
 ルークに誘われ、ランパは勇気を出して高い木に登った。
 けれど、足を滑らせて落ちてしまう。
「ピェー、いたいー」
 それ以来、ランパは高いところが苦手になった。
 ある日、ルークは木の実を採ってきて差し出した。
「ランパ、食べないの?」
 ランパは首を振った。
「食べたら、吐いちゃうんだ」
 ランパの体は、日に日に弱っていった。
 ルークは毎日見舞いに通い、手を握りながら何度も励ました。
 けれど、その想いも届かず――やがてランパは静かに息を引き取った。
 瞬間、ルークは声を上げて泣き崩れた。
 その光景を、精霊樹の頂からチキサは見ていた。彼女は、ルークの涙の中に命を想う純粋な祈りを感じ取った。
 チキサは静かに地上へ降り立ち、ランパの亡骸の前で膝をついた。そして、両手をそっと彼の胸の上にかざす。
「この子の魂に、もう一度息吹を。私の力の半分を与えましょう」
「母さま、いいのですか?」
「ただし、条件があります。ルーク。あなたは人間たちが暮らしやすいように、道具を作りなさい。それができたなら、この子に新たな命を授けましょう。それまで、この子は私が預かります」
「わかりました」
 ルークは知恵をしぼり、網や弓矢などの生活道具を考案した。それらは人々の暮らしに欠かせないものとなり、人間たちは急速に栄えていった。
「よくできました。これで人間たちは、より繁栄していくでしょう」
 チキサが穏やかに微笑むと、光の中からランパが姿を現した。
 ランパは新たな命として目を覚ました。茶色だった髪はエメラルドグリーンに変化していた。
 ランパが最初に見たのは、涙をぬぐうルークの笑顔だった。
 人間たちが繁栄していく中、一体の精霊が不穏な動きを見せていた。
 ヴェンである。
 ヴェンは、魔族を創り出した。やがて魔族たちは人間を襲い、命を喰らい始めた。
「ヴェン。お前の子らが、命を奪っている。私たちが与えた命を。なぜ魔族を創造した?」
「なぜ、か。お前たちが生を創り続ける限り、世界は終わらぬ。終わらぬ世界は、いつか自らの重みに耐えきれず、内側から崩れる。だから私は、その崩れを外に形とした。それが魔族だ」
「けれど、彼らは奪うことしか知らない。命の声を聞かず、ただ破壊を撒くだけ。それを輪のための創造だというのですか?」
「創造とは、形を変えることだ。お前は命を与え、世界を広げた。私は命を奪い、世界に還す。お前の吐く息が春なら、私の吐く息は冬。どちらもなければ、輪は閉じぬ。世界はやがて、死ぬことを忘れて腐る」
「だが、彼らは痛みを知らない。命を終わらせるその手に、愛はあるの?」
「ある。だが、お前の思う愛とは違う。お前は命を抱きしめる愛。私は命を解き放つ愛。喰らわせ、終わらせ、また生ませる。それが、私の創った理だ」
「ならば、私たちは同じ輪の内にいる。お前が破壊するたび、私は新たな命を生む。お前の闇の中に、私の光が落ちていく」
「そうだ。光がなければ、影は生まれない。だが影がなければ、光もまた形を得ない。チキサ――お前が世界を愛するなら、私も世界を喰らって愛そう。それが、終わりなき創造のかたちだ」
「それでも、私は受け入れられない。お前の愛は、あまりにも深く、あまりにも冷たい。命が痛みの中で終わることを、私は赦せない」
 チキサは、力を解き放った。
 光が落ち、世界が震えた。
 ヴェンの姿が、影とともに崩れていく。
「チキサ――お前も、いずれ知る。終わりなき愛は、終わりなき――苦しみだ――」
 ヴェンは滅びた。だが、魔族は消えなかった。
 魔族を統べる魔神を封じるため、チキサはルークに命を与えた。
 その時点、ルークは十六歳になっていた。
 ルークは、立派な剣と黄金色に輝く鎧を受け取った。
「その武具は、精霊たちが力を合わせて作ったもの。それを身にまとい、魔神討伐の旅に出なさい」
「わかりました、母上」
 ルークは静かにうなずき、鎧を装着した。
「それと、もう一つ」
 チキサが手にしていたのは、顔の上半分だけを覆う仮面だった。
 ルークは受け取った仮面をまじまじと見る。
「この仮面には、どんな力が?」
「とくに力はないわ」
「え?」
「でも、顔が見えぬ方が少し勇ましく見えるでしょう?」
 チキサが微笑む。
「なるほど、悪くない。ありがとう、母上」
 ルークは笑い、仮面を装着した。
「似合ってるぞ、ルーク!」
 ランパが目を輝かせる。
「いいだろう? でも、やらないぞ」
「わかってるよ。それじゃ、頑張ってくれよ」
「ランパ、あなたもルークに同行するのですよ」
「えぇっ!? でも、オイラ戦えないし!」
「あなたはもう立派な精霊です。精霊術でルークを支えなさい」
「わ、わかったよ」
「ただし、怪我には十分注意しなさい。あなたは元人間。特別な精霊なのです。傷つけば、痛みもあるし、血も出ます」
「大丈夫だ。ランパは私が守る」
 ルークはランパの肩に手を置いた。
「ふふ、頼もしいですね。――任せましたよ、二人とも」
 チキサは静かに微笑み、その姿が淡い光の粒となって消えていった。
 ルークは剣の柄を握りしめ、空を見上げた。
 ◇
 意識が現実へと引き戻される。
 全員が言葉を失っていた。
 勇斗は、俯き両肩を震わせているランパに視線を移した。かける言葉が、見つからなかった。
「そ、それにしても、素敵なお話だったわね。死んだ友人を蘇らせるために一生懸命になる男の子。ね、ユート?」
 シグネリアは両手を打ち鳴らし、勇斗に向かって微笑みかけた。
「う、うん。そうだね」
 勇斗は曇った声で答えた。その後、手を組もうとしたが、片腕がないことに気づき、唇を噛んだ。
 少年が、亡くなった親友を蘇らせるために女神の試練を受ける。最終的に主人公は試練を乗り越え、女神の力を分け与えられ、再び親友と出会う――昔読んだ古い本の話そっくりじゃないか。
 どうしてこの話が、自分のいた世界に?
 その時、どこからともなく澄みきった声が聞こえてきた。
「お帰りなさい、ランパ。そして、よく来ましたね、ユート」
 勇斗たちの目の前、湖の上に光が集まる。光はやがて人の形をとり、ひとりの女性が姿を現した。
 長く流れるようなエメラルドグリーンの髪。肩から腰にかけて羽衣のような薄布が揺らめき、常に淡い光をまとっている。その布は空気に溶けるようにゆらぎ、輪郭さえ曖昧だった。
「チキサ様!」
 ランパが声を張り上げた。
「あなたが、マナの女神チキサ」
「そう、私はこの世界の命の流れを見守る者。ユート、あなたがここへ来た理由は、もう知っています。元の世界に戻るため。違いますか?」
「え、えぇ、はい」
 先に言われてしまった。何でもお見通し、というやつか。
「僕は、高日町に帰りたいんです。もし方法があるなら、教えてください」
「帰ること。それは、あなたの世界とこの世界、どちらも救われてこそ叶うものです」
「どういうことですか?」
「魔神の再誕によって、世界を隔てる境が崩れはじめています。このままでは、この世界だけでなく、あなたの世界にも災いが及びます」
「そんな」
 二つの世界が――
「どうすればいいのですか!」
 勇斗は思わず大きな声を上げた。
「諸悪の根源たる魔神を倒すのです」
「魔神を、倒す」
 勇斗はぐっと右手を握りしめた。
「魔神の居城はミケーレ大陸のはるか南、火山の地下にあります。シンターを使って行くといいでしょう」
「――わかりました」
 二つの世界を救う。ただ元の世界に帰りたかっただけなのに、いつの間にか大きな使命を背負っていた。つい「わかりました」と口にしてしまったが、今の自分に本当に魔神を倒せるのだろうか。
 暗い思考が胸の奥を満たしていく。
「大丈夫だよ、ユート。お前ならやれる。オイラたちもついてるし、チャチャっと魔神をやっつけちゃおーぜ!」
 ランパは両腕を頭の後ろで組み、ニカッと笑った。
 チカップとシグネリアも顔をほころばせ、静かにうなずく。
「みんな、ありがとう」
 胸の奥がじんわりと熱くなった。
「チキサ様、自分も質問していいっスか? ルークは魔神を封印したあと、どうなったんスか? 伝承では姿をくらましたって聞いたんスけど」
 チカップが一歩前に出た。
「姿をくらましたのは本当です。ルークは魔神を封印したあと、武具を信頼できる人間に託しました。その頃には魔族も鳴りをひそめていましたからね。けれど、彼は思いつめた表情で私に言ったのです――母上、このままでは世界が再び危険にさらされる。そのために、新たな旅に出る――と。そして、二度と戻っては来ませんでした」
 チキサは静かに天を仰いだ。
 少しの沈黙のあと、シグネリアが一歩前へ出て深く頭を下げた。
「チキサ様、お初にお目にかかります。私はソレイン王国の王女、シグネリアと申します」
「シグネリア。ふふ、あの娘によく似ていますね」
「え?」
「いいえ、何でもありません。あなたは悩んでいますね?」
「はい。私は国も家族も失いました。チキサ様、私はこれから、どう生きればよいのでしょう?」
「その答えは、あなた自身の意思で見つけなさい。シグネリア、あなたが進む先が正しくても、間違っていても構わない。それこそが、命に与えられた唯一の特権なのだから」
「私自身で」
 シグネリアは迷いを含んだ表情でうつむき、やがて静かにうなずいた。
「よしっ、じゃあみんな準備はいいか? 今から魔神の居城に突撃するぞー!」
 ランパは勢いよく精霊樹の枝を掲げた。
 突如、大地が激しく揺れた。
 バランスを崩したランパは、尻もちをついた。
「まさか、あちらから乗り込んできたというのですか?」
 チキサの表情が一変した。穏やかだった瞳に、緊張の色が宿る。
 次の瞬間、翼がはためく重い音が響いた。
「あのドラゴンは」
 赤い飛竜がゆっくりと降下し、花園に着地する。灼けるような熱風が巻き起こり、光の花々がはじけて散った。
 飛竜の背には、魔神とソーマが乗っていた。